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SPEED  作者: Syo
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彼のバイク

 私は覚えている。どうしてこんなことを書くのかを。もしあなたが、世界の果てに追いやられ、自分一人では決して戻ってこられないときの命綱として、私がここに署名したことを。

 私は覚えている。つまり、私が溺れかけていたときに、誰かが命綱をこちらに投げ、救助してくれたことを。それがたとえ幻想の波だとしても、もしその命綱が私を助けたなら、それは助けたことには変わりないのだということを。

 あいつらは覚えている。彼が逃げるときのバイクの走駆音が、馬のようにいなないたことを。それがときおり喋る馬のように、彼の想いを代弁したことを。

 私は覚えている。その馬のように走るバイクが、あいつらの亡霊を踏み潰して世界の果てまで駆け抜けていくはずだと。

 私は覚えている。その祝福の鐘の音を、遠い大地にいる彼にも聴けるよう、町の子供達が精一杯の声で歌を歌ってくれたことを。

 でも私は覚えている。まだその歌が、世界の果てから吹きつける向かい風と混ざり合い、その歌に聴こえないことを。

  彼らは覚えている。彼の両親やクラスメイトが、どうしてあんなことになったんだろうとみんなで口を揃えて言ったことを。

 そのうちの何人かは覚えている。その本当の理由は、彼がついていく人を間違えたのだということを。もし誰かが正確なアドバイスや、忠告をしたとしても、その世界の果てに、彼が向かっていったであろうことも。

  私と彼の両親だけが覚えている。葬式のときの彼に、サイズの合わない、黒くて重い靴をを履かせて眠りに就かせたことを。今度サイズの合う靴を買う予定だったことを。歩きづらくてごめんねと彼の母親が話しかけたことも。

 私は覚えている。もし私がついていても、やっぱり結果は変わっていなかったかもしれないってことを。

 私は覚えている。悲しみには影も、形もないのに、胸に突き刺さったままだということ。

 私は覚えている。私の胸を貫いた、過去も未来を見て、その傷、ウソでつくったやつでしょって聞いてきたバカがいることを。

 それは私のことを好きだと言った男の子だ。胸をケバブみたいに串刺しにされて、傷口を晒した私が、魅力的に見えたらしい。

 誰かが覚えている。ツイッターとかじゃ、あいつ飲酒運転だったらしいよ:ほんとは違っていて、あいつらが運転させた。そう呟いたことを。

 あいつらは覚えている。笑顔で、自分たちが逮捕すらされないことを呟いて、アカウントが炎上したことを。そのあと、真相が拡散されて、あいつらが逮捕されたことを。

 私は覚えている。私のバイクが盛りのついた馬のように、燃える眼で夜の町で起こったなにもかもを見つめていたことを。

 私は覚えている。あのカーブをおんなじスピードでブレーキ踏んだら死ぬの。じゃあ私しあわせだよね。彼と同じ死に方できるもん。

 なんてウソ。そう信じたい。そう考えたことを。

 それが一回だけじゃなく、何千回も、ほんとにそうやろうとしたことを。

 私は覚えている。私たちが、同じ道を歩くことを未来と信じていたなら、違う道を歩くのは、なんてゆうのってことを。

 誰かの歌を聴いて、そんな口癖を言ったことを。

 私は覚えている。彼についてそんな簡単に諦めてはいけないのだということを。

 私の友人は覚えている。それは私の次第に肥大していった妄想で、学校中に損害をもたらすほど、膨れ上がっていったことを。

 私は覚えている。その結果、学校側から、この事件の真犯人のように扱われたことを。

 私は覚えている。事件のあと、誰もいない階段で先生とすれ違ったことを。そこで先生が考えていたことと、得体の知れない妄想が入り混じった視線をこちらに投げかけたことを。

 私は覚えている。その視線を野球みたく、三遊間に投げたことを。そしてそれを誰も捕らないまま、どこかに留まったままだということを。

 私は覚えている。そのボールを自分で拾い、制服のポケットに入れたまま、家に帰ったことを。

 あるとき私は確信する。私が覚えていることは、彼のバイクが生み出したそのスピードとともに破壊されていった。でもその中に、彼の生きたいって意思がきっとあったはずだ。私はそれを証明したくて、彼がいつも走っていた道を走ることに決めたのだ。彼が生きていたことを覚えているために、彼が死にたいと思って駆け抜けたわけではないと知るために。彼との思い出をひとつひとつ集めたら、彼が元通りになるなんて思っちゃいないけど、それでも。

 私も、彼も、自分たちで生きることを選んだって知りたいんだ。

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