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SPEED  作者: Syo
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駆け抜ける思い出

 私は覚えている。彼がバイク事故で死んだことを。彼が乗っていたバイクとともにガードレールにぶつかったときの衝突音が、一つの大きな潮の波となり、街を満たしていったことを。私がその高波にさらわれ、心音2000小節が塞ぎ込んだにもかかわらず、その彼方で息を吹き返したことを。そして自分が、どこか世界の果てに打ち上げられたことを。

 私たちは覚えている。そこはいつもなら、私たちが手を振ってさよならするときの交差点になるはずだったことを。

 私は覚えている。ガードレールのカーブが、いままだ彼の背中の形をしていることを。

 私は覚えている。私たちの過去が、剥がれたガードレールの尖った先によって、胸に突き刺さったままだってことを。そして彼の胸の傷口が死んでもまだ痛いのかもしれないことを。

  でも彼は覚えていない。私が彼のバイクと同じ車種を買い、学校やバイト先に通っていることを。両親やクラスメイトが、危ないからやめなさいって忠告したけど、やめるつもりなんてないってことを。彼らがいいたいのは、事故があったから、あるいはそんなとこ縁起が悪いから、なんて理由で言ったのではない。

彼らは覚えている。それは自分たちが忘れることを優先し、事故と向き合う勇気を持たないことを。そんなこと最初から起こらなかったと考え、口にしない行為によってその意識的な健忘症を達成しようということを。

私は覚えている。彼らもまたどこかで大きな波にさらわれて混乱しているということを。その無数の傷口が膿んでいき、自分たちの包帯や応急処置で手一杯だということを。だったら、そう言えば良かったのにってお互いに考えていたことを。

 私は覚えている。彼を失ったとき、彼はまだ17歳だったことを。遺留品が、クラスメイトとそんなに変わらないってことを。バッテリー付きスマホに、財布とヘアワックス、部屋の鍵、それだけだった。

 私は覚えている。深夜の国道沿いで彼がいったいどこへ向かおうとしていたのか、今もわからないということを。でもその数日後に、その真相がツイッターに配信されたことを。

 あいつらは忘れている。彼にお酒を飲ませてバイクに乗せたのに、その犯人が自分たちだって現実を。

 私は覚えている。なにもかも。あらゆること。なにもかも。

 私は覚えている。事故の翌朝に、本当は私が彼の部屋の掃除を手伝ってあげるからと約束していたことを。合鍵を持って部屋に行くことを。その日が日曜日で、掃除が終わったら一緒に朝ごはんでも作ろうかと話さないけど、わかっていたことを。しかし部屋に彼はいなかったし、代わりに警察がいたことを。

 私は覚えている。部屋にあった彼の飲みかけの烏龍茶のペットボトルの中身に、お酒と風邪薬が入れられたことを。

 私は覚えている。彼がお酒を飲んだことなど1度もないと証言したことを。しかし最後に彼が部屋を出る頃に口にしたものとして、警察が断定したことを。

 私は覚えている。その理由は、彼が飲酒してバイク事故にあったからだということを。

 私は覚えている。彼がアクセルを思い切り踏んで、ガードレールに突っ込んでバイクもろとも大破したときのことを。道路も、バイクも、彼自身も元通りにならないことを。

 私は覚えている。これから私が生きていくのは、彼を失ったあとの道であり、その何もかもが元どおりにはならない、荒野の道だということを。

 私は覚えている。それはいままで私たちが足を踏み入れることさえないと思っていた道だったことを。それでもその道は、私たちが産まれる前からあった。世界中の恋人たちが、恋も愛も小鳥のようにさえずりあっているいまにおいても。

 私は覚えている。彼がどのようにバイク事故で死んだのかを。私が世界の果てから、どのように、ここに、来たのかを。

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