異世界の医術
回復魔法は万能ではない、
これが我が病院の信条だ。
「先生、急患です」
「分かった」
しばらくして運ばれて来たのは腕を押さえた大男だ。
冒険者か何かだろう、青ざめた顔に脂汗を流している。一目で分かる症状だった。
「手術の用意を」
「はい」
清められた服をまとい聖水に腕を浸す。
麻酔草で寝かされた患者の元へ向かうと、患部の化膿を見てため息をついた。
「先生?」
「ああ、すまん。始めよう」
患者の腕に刃物を当てて切り開く、壊死しかけた筋肉を指でめくるとその中に腐った動物の牙らしき物があった。
「……よし、後は頼む」
「分かりました」
よくある事だ、体内に入った異物を取り除く前に回復魔法で傷を塞いでしまった。そのせいで体の中に残った異物が腐り出し、周りの組織も腐らせる。
痛みを抑える為に何度もその上から回復魔法を施したのだろうが、原因を取り除かない限り痛みは消えない。そしてどうにもならなくなってから病院に担ぎ込まれる。
私は取り出した牙をゴミ箱へと投げ捨てると再び聖水に腕を浸した。
「神よ、この者に浄化の光を……」
助手の詠唱が聞こえて来る。
あいにく私に魔法の才能はなかったが、この技術のお陰でそれなりに尊敬を集めていた。
それに最近は仕事も多い。
主に都市の女性に傷の縫合を頼まれる。
何でも回復魔法の使い過ぎは肌が黒くなるという、肌の蘇生力を無理やり高めるとその部分の老化が早まるという話だ。
ただこれも術者の技能によって違うのだが、それを説明しても美に取り憑かれた女性たちは聞く耳を持たない。
「先生、また急患です」
「ああ」
その患者を診て私は少しギョッとした、大怪我をしている割に傷口が開いたままなのだ。流血が廊下をずっと伝っている。
「あ、あの。この人、回復魔法を使うと急に症状が悪化して……」
「あなたは悪くない、魔法は使わないようにして静かにしていて下さい」
「はい……」
これも最近都市部でのみ増えている症状だった。
魔法アレルギー、原因は分からないが魔力に対して体が強い反発を示してしまう。
本人にもその自覚がないせいか、大怪我を負ってからようやく気が付く。ただほとんどの場合手遅れだ。
この患者の運が良かったのか悪かったのか分からない、だがまだ助かる見込みはあるようだ。
私は大きく深呼吸をした。
「先生?」
「大丈夫だ」
今度はため息ではない、私はこういう時の為に存在する。
さぁ、今こそ腕の見せ所だ──。