第37話 月の精霊と夢見
「聞かせてもらおうか、アシャラをどこで誰から買ったのか……!」
ドスの効いた、地の底から響くような低い声が自分の口から出る。「ヒッ」と伯爵が、総毛立った。脅かすつもりは無いが、直す気もない。
「…………」
俺は黙ったまま伯爵を見る。
話すまで、この場から出す気は無い。
「……アシャラの存在を知ったのは、二月前です」
「知り合いの、奴隷商人がいわく付きの奴隷の買い手に困っていると聞いた時です」
長く沈黙していたが、ロンデール伯は遂に観念し話した。ふてぶてしい様子で話し続ける。
「セレスティナの貴族らしいですが、落ちぶれて奴隷商人に売られたそうで……」
「セレスティナには売れず、ソルファレナで買い手を探ていると聞きましてね。セレスティナの奴隷なら、少々手荒に扱っても問題なかろうと思い、買った次第ですよ」
「はぁ、何か問題がありますかな?」
ガタタンッ!!
ガタガタッ!
「なりません!!」
「退け!リチャード!」
「あの態度……許せる訳が無いわ!」
「御二方、落ち着いて下さいませ!」
天幕の裏から、大きな音と声が響いた。
(はは、は)
やはり、止められぬか……苦笑が漏れる。
乗り込んでくる2人に、引き摺られるようにリチャードが乱入してくる。
「申し訳ありません~陛下……」
この2人の登場で、伯爵はさらに萎縮し知っている事を全て話したのだった。
夜遅く、月が真上に差し掛かる頃、ルーカスに呼ばれシルフィアの眠る部屋へと向かっていた。
あの後、ミュゼット公爵達は、セレスティナとソルファレナの奴隷商人を探すと言ってアルベルトと共に出て行った。
「陛下、絶対に探し出して来ますので、シルフィアの事、よろしくお願いします」
ルーカスは、シルフィアと『 会話する事はできた』と言っていた。含みのある言い方だ……何か問題があったのだろうか?
だが、何か問題があれば報告するだろう。
(何があった?)
悩んでる内にシルフィアの眠る部屋に着いた。部屋の前にグレッドが護衛として立っており、ルーカスもまた部屋の前にいた。
「陛下、お待ちしておりました」
「ああ、それで、どうした?」
「それは、中でお話します。グレッドも中へ」
グレッドと共に中に入ると、レンとローザ姫がいた。2人とも、ほっとした様子で和やかな雰囲気だった。和やか……と言うか、ニヤけている?
「陛下、単刀直入に言いますと、シルフィア嬢と会話する事は出来ましたが、昼間だった為、力及ばず時間切れになってしまったのです」
「だから力が増す夜、月が真上に昇る頃、もう一度、試してみようとなりました」
「うむ、それで、何故俺も呼ばれたのだ?」
「おや、夢の中に一緒に行こうと思ったのですが…余計なお世話でしたか?」
……この男は……
俺が気にしているのを知っていて、この態度なのだから、たちが悪い。
「……行くに決まっているだろう」
ふふふ、と笑う声が聞こえる。そちらを見遣れば、ローザ姫が口に手を当て上品に笑っている。レンを見遣れば、少し睨まれてしまった。
(?なんだ?)
直ぐに元に戻ったが、あの睨みは何だったのか……気にする必要は無いとルーカスは言うが、レンが睨むなんて尋常じゃない気がするんだが…
「ふふ、大丈夫ですわ、少し気に入らないだけですの。大事な人が、取られてしまうと思っているのです」
「ち、違います。さっ、始めますよ陛下」
ルーカスとレンは、月の光を浴びて神力を倍増させ、2人の力を同調させると、瞳が金色に変わる。
『月の精霊よ!
我らが願い聞き届けよ
意思ある者の夢の中へ
我らを誘いたまへ!』
月の精霊に、真言を唱える。
舞い降りた月の精霊は、金の髪を靡かせ優美に微笑んでいた。
そして、ルナの称号を持つ2人の額に口付けると静かに謡った。