第30話 花精霊
「陛下」
「…………」
「ミュゼット公爵閣下、白薔薇様、紅薔薇様がご到着なさいました。拝謁を求めていますが、どうなさいますか?」
「……あぁ、通せ」
俺を狙った暗殺者を無事に捕まえる事が出来なかった。捕まえた者達は、全員自害したからだ。黒幕は分かっている…が、証人が全員死んだ為証言は出来ない。
アレを引き摺り下ろす事が出来ない…
「少し……お休みになられますか?」
謁見室から出る手前で振り返り、彼は俺に言ってきた。
(休む?……出来るわけがない!)
俺を庇った彼女は、未だに目覚めていない。
「いや、先に彼らの謁見が先だ。呼べ」
「畏まりました」
彼は1度視線を落とすと、一礼し出ていく。
それを見送り
(すまんな、ルーカス)
あの時
『アシャラ!』
『へい…か』
意識を手放そうとしている彼女を必死に抱きしめ、声をかけ続ける。
暗殺者を捕まえていたグレッドを呼び
『グレッド!お前の力で治せないか?!』
『ダメです!陛下!』
『彼女の魔道具は魔力を吸収してしまう!グレッドの力でも治せません!』
あの魔道具さえ無ければ!
回復魔法で直ぐに治すのに!
(クソっ)
何も出来ない自分が、口惜しい……
ただ傍にいる事しか出来ない自分が、手を握り声をかけ続ける事しか出来ない自分が…
目覚めの瞬間を見逃したくなくて、一睡も出来ない。皆に、ルーカスだけじゃなく、ヴィムク達にも心配をかけている事は重々承知の上だ。それでも……
「陛下、ミュゼット公爵閣下及び白薔薇様達をお連れしました」
扉の前から掛けられた声に、現実に引き戻された。
「通せ」
「失礼します」
ミュゼット公爵、白薔薇、紅薔薇が入ってくる。レンフォード、アルベルトが続き、最後に入って来たのは、モノクルをした無機質な笑顔を浮かべた男だ。恐らくは政務官のリチャードだろう、見た事がある。
「陛下におかれましては……」
「挨拶は良い。シルフィアは見つかったのか?」
挨拶を言い始めた彼を止め、シルフィアの事を聞く。彼らは顔を見合わせ、頷きあうと報告し始めた。
「残念ながら、見つかってはおりません」
「ですが陛下、青薔薇様は確かにこの国におりますわ」
「彼女の花精霊ティルクが、この国に来て飛んだのだ」
「……花精霊?……飛んだ?」
花精霊?飛ぶ?
聞いた事が無い単語が出てきて、聞き返す。
「ええ、花精霊とは私達がロズの称号を得た時に女神より賜った特別な精霊」
「薔薇の化身だよ。言うより見せた方が分かりやすいか」
紅薔薇は言うなり、右手を横に出し手のひらを上にした。すると、手の平から1輪の紅い薔薇が出現し消え、そこに1人の少女が立っていた。
「この子が花精霊、紅薔薇の化身ルージュだよ」
同じように、白薔薇も左の手の平から白薔薇を出し少女を出現させた。
「この子が私の花精霊、白薔薇の化身カレンですわ」
「称号を賜った者には、特別な精霊が与えられる。陛下にもいるでしょう?」
確かに、俺にも精霊がいる。精霊と言うよりも、聖獣と言うべきか…
「それで、飛ぶとは?」
「私達の花精霊は、主と同化する事で真価を発揮しますの」
「全ての能力が上がり、怪我や病気に強くなるんだ」
女神より賜る精霊は、
精霊王が守護する精霊とは違う精霊になる。
その為、精霊魔法は使えないが、それぞれ違う能力を発揮する。勿論、真価を発揮する条件も個々で違うものとなる。
「その花精霊が、ソルファレナに来て彼女の元に飛んだと?」
「ああ、そうだよ。彼女は神域に、青薔薇の化身たるティルクを置いていった」
「だから私達は、あの国を出る時に神域からティルクを連れ出してきましたの」
「そして……」
「青薔薇の化身ティルクは、ソルファレナに入った瞬間に飛んだんだ。怪我か病かは分からないが危機的状況なのかもしれん」
「そうか、何とか助けられたら良いのだが…」
謁見室は、静まり返っている。俺は静かに目を瞑り、紅薔薇の最後の言葉を頭の中で復唱する
『悲観する事はない。花精霊が彼女を助けてくれる』
数ヶ月前、魔の森の魔獣が溢れる事件が起きたスタンピートが起きたのだ。その時、我が民を、自らの身を顧みず命懸けで護ってくれた。国の意思を無視し、同盟国だからと直ぐに仲間と駆け付け助けてくれたのだ。
だからこそ、今度は……
瞑目し、ルーカス、ヴィムクと共に謁見室を出た。自室に戻らず、アシャラの部屋へと向かう俺に、ルーカスもヴィムクも何も言わなかった。