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テンゴク  作者: 和尚
第1章 事務所から始まる異世界生活
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第7話 『部屋住み』の1日



朝、俺が目が覚める時間は……『アルーエット』の家にいた頃にできた習慣のおかげで、安定して早い。

それは、ここ……ソラヴィアの『拠点』に移ってからも同じだ。


ただし……まあ、当然のことながら、生活リズムや、仕事の内容その他は、大きく違うが。


ソラヴィアの拠点であるここは、なんと、教会である。

しかも、孤児院を兼ねて設置されている……そこそこ大きな規模の。さらに、巡礼とかのシスターさんが時々来て、泊まっていったりするらしい。


また、ファンタジーではお約束的な感じで、金のない旅人なんかが、素泊まりの宿として利用したりもするそうだ。無料だが、食事は出ないし、寝床も質素なもの。さらに、孤児院があるから、子供の声で昼夜問わず、突発的に騒がしくなるので、決して人気はないらしいが。


……まあ、それらが『建前』で……実際はここ、ヤクザの事務所なんだけどね。カモフラージュと、その他いろいろ実益を兼ねた、偽りの姿を前面に押し出した。

当然、職員は全員『ヘルアンドヘブン』の関係者だ。泊まりに来る人たちや、孤児院の孤児たちはさすがに違うが。


ただし、旅人や巡礼者を装った関係者は来る。普通に来る。


ソラヴィアは表向き、ここの修道女シスター兼事務員、兼用心棒として働いている。

裏ではどうかと言うと、この拠点の責任者の1人である。彼女、一応……『ヘルアンドヘブン』の『幹部』らしいので。


俺はそこに、孤児として……ではなく、男手の雑用係として入り、働くことになった。

バックグラウンドは、昔、ソラヴィアにあることで(明確にはしない)助けられたことがあり、その恩返しのためにここで働く……という感じに、適当に決めた。


自動的に……背伸びしていて、まだ孤児院に入っていてもおかしくない年齢(9歳)なのに、大人に混じって働きたがる子、という立ち位置になった。

それ相応の能力はあるので、感心されつつ、きちんと受け入れられたけども。


そんなわけで……教会兼孤児院(兼事務所)に移り住んだ俺の1日は、当然ながら、アルーエットの家にいた頃とはまるで違う。さっきも言ったけど。




朝、目が覚めたら、まず寝ていたベッドを、シーツとか色々きれいに整える。

そして着替え。寝間着とかは、かごに入れて外に出しておくと、当番の子が洗ってくれる。


この教会兼孤児院では、その職員やシスター、そして手伝いの仕事を希望している子供たちによって、役割分担で仕事が割り振られている。今言った洗濯なんかも、その1つ。


種類はまあ、様々あるが、普通の家事手伝いとかから、孤児院運営のための事務系の仕事まで、様々だ。訪れる人たちへの対応なんかは、主にシスターの皆さんがやるが。


俺に割り振られている仕事は……これ、と1つ決まっているわけではなく、家事手伝い系全般の仕事である。顔を洗って身支度を整えた後、生活スペースの掃除、毎朝配達されて届く、新聞やら食べ物やらの回収・運搬・保管。その保管庫から、朝食の材料に使う分の野菜や穀物を取り出して運搬、そのまま炊事の手伝い……etc。


朝食は、孤児院の子供たちは、同じ大きな食堂で一緒に食べる。

一方、職員なんかは、別な小さ目の、職員専用の食事スペースで食べる。俺もこっち。


食事が終わると、後片付けは担当の子に任せ……仕事時間になる。


この教会兼孤児院は、表向き、というか基本のところは、普通のそれと同じだ。


教会はシスターや神父が運営し、まあ、普通の業務だ。礼拝とか、旅人の宿になったりとか、懺悔室で迷える子羊?の悩み事を聞いたりもする。


孤児院では施設の職員が、孤児たちに勉強を教えたり、その世話をしたりする。その運営に関して、金銭や物資の管理を、事務担当者がやったりする。


また、孤児達はただ遊ばせておくだけじゃなく、共同生活として仕事を割り振り、畑仕事や施設の掃除なんかをやらせている。また、自由時間を利用して、町でバイト的な仕事をして小銭を稼いでいる子もいるようだ。ここの孤児を雇いたい、と交渉に来る商人なんかもたまにいる。


俺はそこで、色んな雑用をしながら暮らしている。


朝と同じように、そこからものを持ってきて届けたり、仕事に必要なものの準備をしたり、炊事や配膳の手伝い、ゴミ捨て、その他色々。


もう、そのまんま小間使い、って感じの生活だ。

まあでも、どこの世界でも……そういう業界では、師匠ないし上司の面倒を弟子・部下が見るのはお決まりなんだろう。これも、仕事と同時にある種の修行として、受け取っている。


……が、それだけってわけではもちろんない。

ここは、教会で孤児院とはいえ、あくまでそれらはカモフラージュ。実態は『ヤクザ』の事務所であり……当然、それ相応の仕事や、それがらみの付き合いみたいなものもあるのだ。

だからこそ、『部屋住み』が修行の一環になるわけなんだが。


どんなのがあるかっていうと……だ。


☆☆☆


例1。


雨宿りのために、一時教会の中で場所を借りて休ませてもらっていた旅人が、お礼として、教会寄付に銅貨数枚をシスターに渡す。


「ありがとうございます。あなたにも神のご加護がありますように」


「いえいえ、こちらこそ助かりました。私と同じような境遇の者に、これからも救いの御手が差し伸べられますよう……」


そんな感じで、他にも二言三言言葉を交わすが……この中のいくつかの言葉が『合言葉』になっている。


実は、この旅人は偶然ここに来たわけではなく、『ヘルアンドヘブン』の構成員である。

構成員の任務の途中の休憩、あるいは宿泊場所として、この教会は機能している。合言葉などでそれを判別し、応対役のシスターが、小間使いの俺たちに指示を出す。

もちろんこのシスターも組織の構成員。それも、結構偉い地位の人。


構成員には、普通の旅人とかとは別な宿泊スペースに案内したり、任務に必要な物資や資金をそこで渡したりもする。逆に、任務で手に入れた物品なんかを保管しておいたり、いざという時にしばらく身を潜めておく隠れ家的な場所としても、この教会は機能している。


今回は、そのいずれでもないが……シスターの指示で、俺は事務室に走った。

そして、指定された棚の、指定された引き出しの中から、手ぬぐいかってくらいに薄くて粗末な布でできたハンカチを一枚出して、それをシスターに届ける。


「よろしければこちらをどうぞ。ここの子供たちが、内職で作ったものです。粗末な品ですが」


そんな言葉と共に差し出したハンカチを、旅人は笑顔で受け取り、懐にしまって出ていった。


……あのハンカチ、実は、縫い目をほどいて裏地を見ると、裏稼業関連の必要な情報が書いてあるのである。


さっきの一連の流れは、シスターが合言葉で『何の情報が必要』かを読み取り、その情報が保管されている棚を俺に教え、そこから俺が持ってきた『情報ハンカチ』を提供したわけだ。


彼は人気のないところでそれを見て、覚えたら燃やして証拠隠滅するのだろう。


☆☆☆


例2。


「いやあ、いつもありがとうございます。何分、私共の商会もかつかつでして、新しい倉庫を買う余裕もなく」


「いえいえ。お役に立てたのなら何よりですわ」


シスターが応対しているのは、町に店を構えている、とある商会所属の商人だ。


商品の仕入れを担当しているのだが、時々、店の方の収納スペースに空きが上手いことなかったりして困った時に、この教会の倉庫を使わせてもらっている。仕入れた品を一旦ここに預け、後でスペースに空きができた時に、こうして取りに来る。

その際、お礼としていくばくかのお金を寄付していく、という感じの関係。


普通の寄付の額より多いので、やや俗っぽくはあるが、ありがたい客として、教会も快く間貸しを受け入れている……というのが建前。


この商人が預けている荷物は、大半は普通の食料品とか雑貨とかだが、中には、違法ルートで取引するようなやばいものも紛れていて、それをカモフラージュして運び出し、入荷するための作業……というのが実態だ。


店として注文して仕入れるとバレる危険が大きい。なので、注文して、間借りして、預けるものは……100%、中身のホワイトなものだけ。


ただし、運び出しの際に、こっちで独自に仕入れて運び込んでおいた『ヤバいもの』を、『これもうちの品ですね、回収していきます』って持っていくのだ。無論、帳簿は偽装済みである。


そして、寄付のためのお金としてその代金を……というわけではなく、寄付の金は、それ相応の、不自然でない程度の額をシスターに直接渡し……


「おお、そうだ。君にもご褒美を上げよう。手伝ってくれてありがとうね」


そう言って、商人さんは荷物の中からごそごそと何かを探すようにして……両手で持てるくらいの、そこそこ大きな袋を俺に渡してくる。

シスターの隣で、何も知らない子供、って感じで突っ立ってる俺に。


「うちで作ったパンなんだが、形が悪くて売り物にならない奴を詰めてある。味は美味しいから心配いらない。お友達と皆でおたべ」


「うん、ありがとうおじちゃん!」


そう言って、俺は待ちきれないとばかりに走ってその場を後にする。

背中に、ほほえましいものを見る感じの、商人とシスターの視線を受けながら。


その足で俺は……裏稼業用のオフィスに行き、


「これ、アルバートさんとこからいつものです」


「ご苦労さん。『中身』出してそこ置いといて。『入れ物』は食べちゃいな」


「うっす」


机に向かって事務作業をしている、応対担当とは別のシスター――こちらも中身はもちろん組織の構成員――のお姉さんに言われた通りにする。


大きめの皿と小さ目の皿を戸棚から出して用意。袋からパンを取り出し……仕分けていく。

平たいパンや細長いパン、小さすぎるパンは、そのまま大皿に。


しかし、丸くて手ごろな大きさの、バターロールみたいなパンは……ちぎって中を確認。

ビンゴ。中から宝石が出てきた。

それを小皿に分けて、外側の入れ物という名のパンは、大皿に。


こんな風に、お駄賃に偽装して支払われた、宝石金属類での『代金』を全部出して、お姉さんに渡し……残ったパンは俺と『お友達』……たまたま運よくその時そこにいた、構成員やら下っ端で食べてしまう。


裏取引、完了。


☆☆☆


例3。


各地を巡礼して回っているシスターの一団が、この教会にやってきた。


俺は、応対役のシスターに言われて、彼女達を居住スペースに案内する。

言うまでもなく……一般用でなく、『裏』用の方に。


部屋に入るやいなや、彼女達は修道服を脱いで楽な格好になり、ベッドに足を投げ出して座ってくつろぎだした。


「あぁ~、疲れた」「今回もハードだったねー、報酬、期待できるかな?」「もー今日、お風呂入って寝たいわ……何もしたくない」「お腹減ったー」


少し前までの、おしとやかで粛々とした感じの雰囲気を放り出し、言っちゃなんだが……俗物?な感じのくつろぎ方をし始めるシスターたち。


もうお分かりだろうが、彼女達も構成員だ。

それも、荒事なんかを専門にしてあっちこっちに派遣される、実働部隊の方々。


俺と、その他に数人の小間使いで、彼女達の身の回りの世話なんかもやったりする。


それぞれのベッドを回って、荷物を預かる。


水筒は……洗って、キレイな飲み水を入れて返す。もっとも、部屋には水差しがあるから、滞在中はそれで十分だが。その水差しの水を補充したりするのも、俺たちの仕事だ。


着替えとかは……洗っておく。ほつれとかがあったら、それも直す。お針子の担当に頼んで。


携帯食料その他消耗品……これらも、補充。物資の中から出せばいい。


武器・暗器類……血が付いたままだったり、欠けてたりするので、洗ったり磨いたり研いだりして、いつでも使えるように手入れしておく。


そして、魔法が使える俺は、ケガとかをしている人に回復魔法をかけて治療したり、大きなケガをしている人を、常駐している闇医者が診て治す手伝いをしたりする。

あとは、氷魔法で氷水を作って。疲れた足とかを冷やすのに使ってもらうと喜ばれる。


こんな風に、汗水流して働く人たちを、縁の下の何とやら的に陰ながら支えるのも、俺たちの大事な役割なのだ。

やってることはおおむね違法行為だが。


あとちなみに、基本、俺たちは彼女たちにとっては、小間使いというか召使というか、なので……色々、雑用を直接頼まれたりもする。


その為、交代ですぐ駆けつけられるように控えてるんだけども、今回は俺の当番の時に、『長い距離歩いてきて疲れたから、マッサージお願い』って指示が。


俺、主人を支えるための技能とかは、アルーエットの家にいた時に、様々教え込まれたから……自分で言うのもなんだけど、結構多芸だ。


マッサージもその1つ。しかも、俺の場合、氷の魔法で熱を持った部分を冷やしたり、回復魔法をかけながらやったりするので、すごくよく効く、って評判だった。

で、その噂がまたたく間にここでも広まって、ご指名、ってわけ。


今日は、全員から順番にやってくれって言われて、もうかれこれ1時間くらいやってる。

……皆さん、筋肉張ってるな……相当頑張ってるのがわかるよ。


「あ~、気持ちい~……もう寝たい、このまま」


「こらこら、汗は流しときなさいよ、せめて」


「うぁー、そうだった。お風呂入ってからマッサージ受ければよかったかも…………あ」


と、今俺がマッサージしている人が、首だけ動かして俺の方を見て、


「ねえ君、お風呂でマッサージってできる?」


「……はい!?」


いきなりとんでもないことを聞かれて、びっくりして思わず手が止まってしまった。

しかし、そんなことには構わず、その人はニヤニヤと笑ったまま続ける。


「そっちの方が気持ちよさそうだしさ~……どうせならそのまま、体洗うのとか手伝って貰っちゃおうかな? 疲れてだるいし」


「あ、いいねそれ! この際だし、お世話してもらっちゃおうか、この新人君に」


「そのお礼に、私たちが君の お・世・話 してあげるっていうのは……どーぉ?」


周りの人たちまで一緒になってそんなことを言い出す。え、ちょ……え?

な、何を言い出す……ど、どうしたらいいのコレ? どう、対応すれば……


と、困っていると……それに加わってこなかった、1人のお姉さんが、ため息交じりに、


「はぁ……よしなさいよあんたら、困ってるでしょその子。第一、その子はソラヴィア様のお気に入りらしいから、勝手に手を出したりしたら怖いわよ?」


そんな言葉と共に、いたずらっぽく、どこか熱っぽくもあった、お姉さん達からの視線は霧散し……『あははは、そうだよね』『ごめんごめん、変なこと言っちゃって』とか言ってくる。

な、何だ……冗談っていか、からかわれたのか、俺。


そのまま、全員分のマッサージを終えて、部屋を後にした……その、帰り際、



「まずは、ソラヴィア様に許可をいただいてからよね?」


「今度、それとなく聞いてみようかしら?」


「私は……うーん、もうちょっと育ってからがいいな」



……なんて、聞こえたが……えっと、冗談、なんですよね?





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