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テンゴク  作者: 和尚
第0章 プロローグ
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外伝4.5話 アルーエット家にて



「嘘! 嘘! そんなことあるはずない……でたらめを言わないで!!」


あの『誘拐事件』から、2日後のこと。


心身の療養のため、自室で横になっていた、被害者の少女……アリシアは、家に仕える調査員達の報告を聞いて……常日頃はまず見せることのないほどに、取り乱し、泣き喚いていた。


その姿に、貴族令嬢の慎みやたたずまいは見受けられないが……無理もないと言える。

何せ、内容が内容だ。むしろ、冷静でいられるはずがない。


今回の誘拐騒動に……彼女の『友だち』である、アイビスが関わっているなどと。


「ですが、証拠も多数見つかっております。脅迫文らしきものや、おそらくはその報酬と思しき、彼にはとても手にできないような大金も、デスクから……」


「だって! だってアイビスは、私を助けてくれたのよ!? たった1人で、ならず者たちと戦って……あんな、あんな傷を負って……命を、投げ出してまで……っ! そんな、そんな彼の覚悟を愚弄するようなら、いくら代々我が家に仕えてくれているあなたたちでも、私は……」


「……よしなさい、アリシア」


そんな、涙を流しながら怒りをあらわにするアリシアを止めたのは……今まさに部屋に入ってきた、この家の当主にして、アリシアの父親……エバンス・アルーエットだった。


エバンスは、従者たちに『下がりなさい』と合図すると……ベッドの上で上半身だけを起こしている、娘の所に歩いて行って、その傍らの椅子に腰かけた。


完全に腰を下ろすのを待たずして、アリシアは、


「お父様! これは何かの間違いです! あの子が……アイビスがそんなことをするはずがありません! あの時だって、命がけで私を助けてくれた……それなのに、なんて、ひどい……!」


涙を流す娘の頭を、髪をすくように撫でながら、エバンスは、こちらも沈痛そうな面持ちで、


「……人の心とは、わからないものだ。私も……彼が、アイビスが、そのような心の闇を抱えていることに気づけなかった。責められるべきとすれば、私もだろう」


「……! お父様まで、そんなことを言うの……!?」


ショックを受けたような表情になるアリシア。

まさか、自分の父までもが、自分の言葉を信じないとは……あのアイビスを疑うとは、と。


「我が家の誇る調査員達が、寝る間を惜しんで調べて持ち帰ってくれた情報だ……無碍にするわけにも行かないだろう」


「でも!」


「アリシア、聞きなさい。……私も、今回の事件は悲しく思っている……長年仕えて来てくれたセバスチャンが死に、メイド達も、救出はできたが、心に傷を負った……挙句の果てに、下手人を一刻も早く見つけようと、調査した結果が……これだ。だがなアリシア、私は……この事実を、握りつぶすつもりでいる」


「……? どういう、こと?」


「……何か、やむを得ない事情があったのだろうが……アイビスは、今までよく、我々に仕えてきてくれた。だから、その義に報いたい……私は、アイビスがこの件に関わったという、決定的な証拠を握りつぶして、アイビスの罪をうやむやにする。それが……せめてもの、できることだ」


そうすれば、貴族令嬢の誘拐に関与した『かもしれない』という調査内容に留まり、アイビスの名誉は、ある程度ではあるが守られる。もうすでに情報そのものはいくらか広まっているから、完全にごまかすことは不可能。ならばせめて……というのが、エバンスの主張だった。


だがそれでは……と、尚も涙をこらえて訴えるアリシアに、さらにエバンスは続ける。


「アリシア……よく聞きなさい。お前はこのことで、調査隊やその調査結果について、蒸し返すようなことを言うのはやめるんだ。何も言わず……ただ、悲しみでうつむいているようにしなさい」


「どうして!? それじゃあ、アイビスが……アイビスが、悪者になっちゃう……」


「だからこそだ! このままお前が言い続ければ、私が握りつぶす証拠まで表ざたになってしまって、アイビスは完全に犯罪者のレッテルを張られてしまう……今ならまだ、それはうやむやにできると言っているんだ! 従者たちも、『まさかあのアイビスが』と……アイビスのことを信じてくれているじゃないか。それを、悲しみに突き落とすようなことになってはいけない!」


「でも……でも……!」


「アイビスのためなんだ! これが……死んでしまったアイビスに、我々ができることなんだ! わかってくれ、アリシア!」




結局、わずかでもアイビスの名誉を守るため……という、エバンスの主張に押し切られ、アリシアはそれ以降……アイビスを庇ったり、事件の顛末に異を唱えることをやめた。


代わりに……それから何日、何週間もの間、枕を濡らし続けたという。


『ごめんなさい、アイビス』『私、あなたを守れなかった』そんな、くぐもったような声を……ときどき、独り言でつぶやきながら。




アリシアは知らない。

そんなことで、アイビスの名誉が守られるわけもなく……すでに手遅れであることを。


アリシアは知らない。

この件、裏にあるのは……単なる人の欲望であることを。アイビスも、アルーエットの家も、それに目を付けられ、巻き込まれ、踊らされたのだということを。


アリシアは、そしてその母、アスタリアは知らない。

当主エバンスに……メイドの1人であり、密かなお気に入りの愛人がいることを。


そしてその愛人こそが、誘拐犯への情報の流用元であり……もし彼女が捕まれば、自分との愛人関係が知れてしまうこと、そして何より、傾想している彼女が自分の手元から離れていってしまうことを……他ならぬエバンスが恐れ、嫌ったことを。


その為に、身代わりが必要になり……そこに、自分に忠義を捧げる警備隊長・レオナルドの口から、悪魔のささやきが飛び込んできた。


亜人に、あのダークエルフに罪を着せてしまえばいい。


部屋のカギ全てを握っているあなたなら、証拠をねつ造することくらいは簡単。


何より、アイビスはもう死んでいる。死人に口なし。


もともとアレは亜人で、奴隷。金を払って買ったあなたは所有者。その名も、名誉も……どう使おうとも、あなたの自由であるはずだ。


ましてや、今までいい暮らしをさせてやったのだから……最後ぐらい、役に立てよう。



気が付けば、全てが終わっていた。

娘を救ってくれたはずの、自分を尊敬してくれていたはずの従者の少年は、裏切り者になっていた。


ねつ造した証拠が出てきた。皆、そこから導き出される事実を、真実として受け取った。


その代わりに……当主にとって不都合な情報は、何一つ表には出なかった。


呆然としたまま、ふらふらと廊下を歩く当主に……愛人が、艶めかしくウインクを飛ばしてきた。


その夜は、その体で全てを忘れた。

事件のショックで静養している妻と娘を置いて。



(すまない、アイビス……だが、どうかわかってくれ……これも、私と、この家の名誉を……アリシアの未来を守るためなのだ。せめて、私たちだけは……お前の無実と、その、命をささげた見事な忠義、覚えていることとしよう! どうか、安らかに眠ってくれ……!)



第三者から見れば……どこまでも身勝手なものでしかない謝罪と祈り。


そんなことにも自分で気づけないエバンスは、炎に焼かれて、骨のかけらも残さず燃え尽き、この世を去った……と、思われている、ダークエルフの少年に対して、自己満足の謝罪を続けるのだった。





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