第6話 『力』を求めて
「まず最初に話しておくことがある……私は、とある『ヤクザ』の組に籍を置いている」
「……ヤクザぁ?」
ソラヴィアの説明は、そんな、予想だにしない単語から始まった。
……え……ヤクザって、あのヤクザ? あの、反社会的勢力の? 最近日本で、色々取り締まりが厳しくなってるあの? 『組』とか『会』とか『一家』とかある、あのヤクザ?
剣と魔法の異世界のファンタジーな世界観に、死ぬほど似合いそうにない、あのヤクザ?
……と、思ったら……今度はじっと、何も言わずにこっちを見つめている。え、何だ?
「……話の始めにいきなり脱線して申し訳ないんだが……1つ、確認しておきたい。アイビス、君……ひょっとして、『前世の記憶』を持ってたりしないか?」
「……っ!?」
予想外にもほどがある単語に、一瞬、息が詰まる。表情にも、隠し切れないくらいに、出てしまった。そして、それを見逃すソラヴィアではなかった。
目を細め……『見たぞ』とばかりに、鋭い目つきを向けてくる。
責められてるとか、怒ってる感じはないが……嘘やごまかしは通じそうにないプレッシャーだ。
「……あるんだな? 記憶が」
「……えっと、その……」
「安心しろ、別に責めてるとかじゃない。ただまあ、気になっていたんだ……アルーエット家のことを調べるついでに、君のことも調べていたら、それを疑わせる挙動や言動が、たまにあったことを知ってね。もっとも、私のようにその知識を持っていなければ気付けないだろうが」
そう言って、ソラヴィアは、少しだけ目力を弱め……しかし、視線は俺から外さずに続ける。
「君、私が『ヤクザ』と口にした時……妙な驚き方をしたろ?」
「妙な、驚き方?」
「ああ。この単語は簡単に言えば、世間一般に言う『ギャング』や『マフィア』というものの類語であり、同じような使われ方をするが……一般に知られているものじゃない。むしろ、私の所属する組織や、その関係者の間でしかほぼ知られていない単語なんだ。なのに君は……『どういう意味だ』ではなく、『本当か』という驚き方をした。『ヤクザ』という単語が持つ意味を、知っていた」
あの一瞬で……そこまで見抜かれたのか。すごいな、この人、やっぱり。
「そして、その『ヤクザ』という単語や、組織における『組』という形をはじめ、その他もろもろの仕組みなんかは……組織の初代組長によってもたらされたとされている。その初代も『前世持ち』でね……だから、何の予備知識もなしに、この『ヤクザ』という単語を知っているというのは、すなわち、初代と同じ『前世の記憶』があるか、あるいは、そこから『召喚』されてきたかの二択だ。そして、君はダークエルフだから……召喚されてきた『勇者』ではない、というわけだ」
うん、またさらっとすげー単語というか、すげー事実が飛び込んできたな?
勇者? 召喚? え、この世界、そんなのまであるの?
もしかして……人類と長きにわたって戦ってる、魔王とか、その配下の軍とかいたりする?
「いるぞ」
いたよ。
というか、思わずって感じで聞いちゃった質問にも答えが返ってきた。ありがとソラヴィア。
「……なるほど、私たちとは異なるものの見方や知識、反応……見るのは初めてなのだが、概ね話に聞いていた通りだな……これが『前世持ち』か」
ソラヴィア曰く、『前世持ち』とは……ここではないどこかの、あるいは『誰か』の知識、ないし記憶を持っており、それゆえに、普通の人間とかと価値観その他が微妙にずれる時があるらしい。
しかし、その記憶の明晰具合や自覚にも個人差があるため、自分がそうだと知らずに一生を終える者も少なくない。ましてや、他人がそれに気づくのは不可能に近い。
だがソラヴィアは、前もってそれについての詳しい知識を持っていたので、事前調査の結果と、俺の反応から、このことに気づけたということのようだ。
そしてその知識を持っていたのは……彼女が属している『ヤクザ』の創設者が、その『前世持ち』だったから、というわけか。
……より正確に言うなら、俺、『前世の記憶がある』どころか、人格そのまま引っ張ってこられた『転生者』とでも言うべき存在なんだが……まあ、いいか。
「で、話は戻るが、私はその『ヤクザ』と呼ばれる種類の……『ヘルアンドヘブン』という名の組織に属している。君が『前世持ち』であれば……その組織自体についての説明はいらないかな?」
あれ、名前、『組』じゃないんだ? まあいいけど。
「……一応ほしい。もしかしたら、俺の知ってる『ヤクザ』とは違うかもしれないし……そもそも俺の知ってる知識の中に、その単語が意味するものが複数ある」
『ヤクザ』ってのは、日本で言う『暴力団』とか『反社会的勢力』とか、悪人・犯罪者の集まりみたいに扱われてる場合がほとんどだが……元々は、『任侠団体』の名の通り、義侠心に溢れた者達の集まりだった、って前に何かで見たことがある。弱きを助け、強きをくじく、的な。
前者は、まあ、そのまんま犯罪集団で……末端から上層部まで、色んな違法行為に手を染めて、基本手段を択ばず金を稼ぐ、みたいな感じ。そして、思い通りにならないと、暴力やら何やらに訴える。一般人ないし一般社会にも、普通に被害が及ぶので、嫌われている。
後者は……まあ、違法行為やるのは同じなんだけど、基本『堅気に手は出さない』的な考え方があって、筋の通ったやり方を主とする、みたいな感じ。収益も、あんまりにも非人道的な……薬物とかは御法度にしてる、とか。手を出さなければ、普通に気のいい人が多いとか、聞いた。
まあ、テレビやマンガでちらっと見た程度の素人の知識なんて、そうあてにもならんだろうけど……どうやら、ソラヴィアが属している組織は、基本、後者のようだ。
色々と違法行為そのもの、あるいはすれすれの手段・稼業はやってるものの……基本的に堅気に手は出さず、荒事の際も巻き込んだりしない。
また、薬物やら何やら、人を破滅させて儲けを得るようなやり方もご法度。
ただし、手を出してくる側がバカないし愚かな場合を除く……闇金とかか? それで破滅しても、ヤバいと知っていて手を出す方が悪いっていう理屈。
……こういう言い方をするのが正しいかどうかはわからないけど、言うなれば『古き良き任侠道』って感じだろうか?
そして……ソラヴィアの誘いが示すところ、そこに俺も入らないか、と?
「ああ、そういうことだ……率直に言うとな、私は、お前が気に入った」
「?」
「あの、人攫い共のアジトで、血の海に沈んでいたお前を助けた時……周りの状況で、何をやったのかは大体わかった。その上で言うが……土壇場、鉄火場であんなことができる奴はそういない。恩義を感じているとはいえ、自分の主を助けるために、正真正銘、命を……自分の全てをかける覚悟がなければできない。私は、それを持っているお前が気に入った」
それを聞いて……褒めてもらった部分が嬉しい反面、その原動力になった体験が、また頭をよぎり……少しだけ、俺の気分は悪くなった。
あの場で、ああまで無鉄砲というか、思い切った立ち回りができたのは……間違いなく、前世の『アレ』の……最大にして最悪の未練と後悔のおかげだから。
「それで、だ。私の所属する組織のために……っていう理由もないわけじゃないんだが、個人的に私は、お前を育ててみたい、と思ったんだ。素質もあって、将来有望そうな奴が、凡百の中で埋もれていくってのも勿体ないしな。おまけにちょうど良く、行く当てがないと来ている」
最後にちょっとグサッとくる皮肉を混ぜつつ、ソラヴィアはそう言った。
「悪い話ではないと思う。無論、組織に属する以上、決まりごとはいくつもあるし、覚えなければいけない流儀もある。その辺は……もしかしたら、『前世持ち』であるお前なら、さわりくらいなら知っているかもしれないな。まあ、知らなくとも私がきちんと教えてやるが。それと並行して……お前を、どこに出しても恥ずかしくない、一人前の男に育ててやれると思う」
「……その話を受けた場合……俺って、どういう立場というか、扱いになるんですか? やっぱりその、部屋住み、とかから始めるんですか?」
「む、やはり知っていたか。まあ、そうだな……ざっくりと言えば、我々の拠点……この町ではなく、もっと別の場所にあるんだが、そこに居を移して、色々勉強していく日々だな」
漫画で読んだ程度の知識だけども、『部屋住み』ってのは、ヤクザに入りたての下っ端が、事務所とか、親分・兄貴分の家に住み込みで働き、そのお世話や家事手伝いなんかをしながら、礼儀作法をはじめ、色々なことを勉強していく制度?のことだ。
そして、部屋住みになると、同じ部屋にいる先輩たちから、時に色々教えてもらい、時に怒られ、時に無茶ぶりされ、時に殴られ……みたいな感じで過ごすことになるとか……ヤクザの世界は、1日でも早く組織に入った方が『兄貴』で、年齢も経歴も関係なく、上下関係ができるから。
そして、そんな風に勉強しつつ、兄貴分たちに連れ回されながら……これまた色々なことを学んでいく。シノギのやり方や、色んな関係者・関係各所との付き合い方、業界のルールなんかも。
また、シノギっていうのは……簡単に言えば、ヤクザの『収入源』だ。
異世界ではどうなのかはわからないが、ヤクザは言うなれば、構成員1人1人が個人事業主みたいなものだと聞いたことがある。それぞれ独自の収入源を作り、金を稼ぐ。これは特に決まりはなく、何でもいいらしい。日雇いのバイトしてる場合もあるとかないとか。
また、組の先輩や兄貴分、親分が経営している『シノギ』……クラブとか、金融とかの従業員をやったり、手伝いをすることで、そこで給料をもらう……なんてこともあるそうだ。
そして、基本的にヤクザは、下っ端だろうと組織の上の方に『上納金』を出さないといけないので、どんな形であれ、収入源は必須である。これもまあ、この世界の仕組みはわからないが。
「……何だか、説明する必要があるのか疑問に思えてきたな。『前世』を持っているようだから、ある程度は、とは思っていたが……詳しいな、お前? 『シノギ』やら『上納金』やら……ひょっとして、その『異世界』では一般常識だったりするのか?」
「いや、何というか……そういう系統のマンg……文献で、少々」
嘘は言ってない。
「……まあいいか、私も説明の手間が省けて助かる。概ねその認識で間違っていないよ。最も、私の所には弟子や舎弟の類はいないから、先輩はともかく、お前の上司は基本、私だけだがな」
あれ、そうなんだ。
聞けば、基本的にソラヴィアは一匹狼タイプだそうで、群れずに1人で行動する、組織においては遊撃兵のような役割というか、立ち位置らしい。なので、部下はいないそうだ。
部下に、舎弟になりたい、って人は引く手あまただそうだが、今まで1人もそういうのを取ったことはなかったって……え、じゃあ俺が最初の……舎弟?
「そうなるな。そんなわけで、私としても初めての経験なわけだ……お互い、初心者だ。だからと言って教育に手を抜くつもりはないがな」
そう言って、ソラヴィアは、俺の目を再びまっすぐ見据えて、言う。
「アイビス。厳しいことを言うようだが……今の世の中、亜人や魔族が1人で生きていくのは難しい。基本的に、人間よりも下の地位に見られていたり、もっと悪い場合、敵対する存在として認識されていたりするからな。お前は、並の奴よりは強い。魔法も使えるし、度胸もある。それでも……お前はまだまだ弱い。お前のような子供が1人で生きていけるほど、この世界は甘くない。その、『前世の記憶』という宝物のような武器を活かすこともできずに、野垂れ死にするだけだ」
「…………」
「生きていくにも、戦うにも……力が要る。力をつけるには、時間が要る。力を活かすには、知識がいる。力を振るうには、経験がいる。お前はそのどれも今はないが……私なら、お前がそれらを手にするまでの間、そばにいて守ってやれるはずだ。どうだ、アイビス……私と共にこないか?」
澄んだ瞳で、真剣な目で、そう問いかけてくるソラヴィア。
(……力、か……)
その問いに、俺は……
「……お世話になります。よろしくお願いします、ソラヴィアさん……!」
覚悟を、決めた。
☆☆☆
その夜。
俺は、そのアジトのベッドで寝ていた。
ソラヴィアと、一緒に。
このアジト、ベッドが1つしかないそうで……俺が占領していた間、彼女はソファで寝ていたという。
で、まだ体が治り切っていない俺をベッドから引きはがすわけにもいかず、かといってそろそろソラヴィアもベッドで寝たい。
しかし、意識も戻ったし、傷もほとんど塞がってるし、これなら……一緒に寝ても大丈夫そうだ。
こんな感じで、こういうことになった。
横を見れば、寝間着姿に着替えたソラヴィアが、ひどく無防備な感じで寝ている。
寝間着だから、体を締め付けるような服ではないらしく……あの服ではわかりにくかった、その、女性らしい体つきがよくわかる。
時々、寝返りを打つたびに、衣擦れの音や、『うぅん……』なんて悩ましい声が聞こえたりして、時には、こっちに寝返りを打って、『むにゅん』と色々あたったりもする。
……しかし、頭の中が煩悩とかエロい妄想に支配されてしまいそうな、そんな状況下、
俺の頭の中にあったのは……『不安』と『恐怖』だった。
ソラヴィアが……俺を助けてくれた、この女性が、前世のある恩人に……重なってしまって。
そして、そのせいで……思い出したくない記憶が、脳裏に蘇ったから。
前世……俺は、高校生だった。
だが、楽しい高校生活を送れていた記憶など、1日たりともない。
俺が行ったのは、レベルで言えば中の上程度の、普通の公立高校だったが……その高校での生活はともかく、私生活が最悪だったのだ。
酒飲み、博打好き、DV・虐待が日常茶飯事の、クズ親父のせいで。
上司を殴って会社をクビになってから、働きもせず、借金作って、酒を飲んでパチスロに行って……生活のために、俺がバイトして稼いだ金を、黙って持ち出して。
何度喧嘩したかわからないが、食うもんもろくに食えなくて、やせてて体も小さかった俺じゃ、親父には勝てなかった。いつも殴られて、床に転がされていた。
家具とかにぶつかってケガすることはなかったのが救いだ。借金のカタに全部取られてたから。
何度家を出ようと思ったかわからないが、俺1人じゃ、家も何もなしに生活はできない。学生バイトだって、住所なり、親とか保護者がきちんといて、初めて応募できるのだから。……あれを保護者と呼ぶのは、そもそも死ぬほど嫌だったが。
そんな俺のことを、気にかけてくれていた人がいた。
幼馴染の、昔からよく知っているお姉さんだった。結構年が離れていて、今は奇遇にも、俺が通っている高校の教師をしていた。しかも、俺のクラスの副担任だった。
彼女はいつも、家庭に問題を抱えている俺のことをよくわかってくれていて、たびたび家に来て、親父と話をしようとしてくれていたが……親父はいつも、うざったそうに追い返すばかり。
俺は彼女に、迷惑がかかったり、何か巻き込むようなことにならないとも限らないから、俺の家に関わらないように言った。
それでも、教師の役目だから、って、彼女はやめなかったけど。
しかし、ある時……恐れていた事態が起こる。
その日、バイトを終えて家に戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは……リビングで床に押し倒され、血走った目の親父に組み伏せられている、先生の姿だった。
服は、無残に破かれていて……下着も、上下とも剥ぎ取られていた。
先生の顔には、これ以上ないくらいの恐怖と絶望が、目には、涙が浮かんでいた。
親父は、自分のズボンに手をかけて、今にも脱ぎ捨てて……その下にあるものを出そうとしていた。
一瞬で頭を沸騰させた俺は、横合いから親父を蹴り飛ばして、殴りかかった。
しかし、いつもと同じで、勝てなくて……しかも、その日の親父は、明らかに普通じゃなかった。血走った目には理性が感じられず……まるで、ヤバい薬でもキメているかのようで。
蹴られ、殴られ、動けなくなった俺に……ためらいなく、台所から持ち出してきた包丁を振り下ろして……
……俺をかばった先生に、それは突き刺さった。
それから後のことは、よく覚えていない。
気が付けば……親父は、喉と腹に包丁を突き立てて、血だまりの中で、びくん、びくん、と痙攣していて……しばらくしたら、動かなくなった。刺さっている2か所の他にも、数えきれないくらいの刺し傷があった。滅多刺しにしたんだと思う。
そのちょっと離れたところで、先生も死んでいた。先生の周りにも……びっくりするほど、大量の血が流れて、血だまりを作っていた。
で、俺は……とりあえず体中痛かったが、もうすでに体が動かなかったので、どんな感じになっていたのかは、あんまりわからない。
ただ、痛みの種類とか感触からして……骨は折れてたし、俺も何か所も刺されてたし、血もすげー流れてたと思う。床についていると思しき背中が、生暖かったから。
親父と相打ちになったか……火事場の馬鹿力だろうか。いつも勝てなかったのに。
……けど、そんなことはどうでも良かった。
殺人を犯したこと、親父が死んだこと、この手で殺したこと……それらに対して、びっくりするほど、何も思わなかった。
ただ……先生を守れなかったこと。
それだけが、悔しかった。
そう思ったままに……俺は、死んだ。
そして……気が付いたら、ダークエルフになっていて、牢屋の中にいたんだ。
「……力がなければ、何もできない……あの時、とっくに思い知らされてたはずなのにな」
俺は、寝転がったまま……ソラヴィアの寝顔を見る。
これから、俺を引っ張っていってくれる人を。鍛えてくれる……『力』を授けてくれる、姉貴分となる人を。人攫いのアジトで見た、その強さを思い出しながら。
「ヤクザ……任侠、か。それも……いいかもな」
何でもいい、力が手に入るなら。
必要な時に、必要なことができる力。
大切なものを守り、障害になるものをなぎ倒す力。
この世の悪意、理不尽、略奪の魔の手……それらを打ち破る力。
先生の時も、アリシアの時も、それを欲した。
しかし結局、どちらも……俺一人の力では、どうすることもできなかった。
……ソラヴィアは強い。だから、その2人の時みたいに、俺の力不足で彼女がどうにかなることはないだろう。
いざって時には、俺を見捨ててもらわなきゃ……間違っても、かばうことなんてないように。
それでも……不安なイメージは、常についてきた。
……ソラヴィアじゃなくても、もし、この先……守りたい人ができたら。
それを、いざという時に、俺に力がなくて守れないなんて……もう、嫌だ。
だから……
(力……力が、欲しい。誰にも負けない力、何にも屈しない力! 手に入れる……そのためなら……ヤクザだって、何だってやってやる! 生き抜いて見せる……この異世界で!)