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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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第48話 証拠隠滅



 時は少しさかのぼる。


 具体的には……ベアードが、レイザーが仕掛けた十重二十重の策により、最早この状況は逆転不可能である、と悟った頃。

 とにかく、保身と逃亡を第一に考えているベアードは、自分につながる様々な証拠を回収、あるいは隠滅するために、部下に手早く対応を伝えて動かしていた。


 そのうちの1つに、口封じがある。


 一定以上自分の秘密を知っている者のうち、自分が信頼できる者以外は……仮にレイザー側に捕まれば、情報源として自分を追い込むことになりかねない不安要素でしかない。

 一番安全な方策――喋れないようにする――に走るのは、半ば必然であった。


 言うまでもないが、そうされる側からすれば……それも、一方的にベアードの計画に組み込まれた結果として、対象に認定される者からすれば、いい迷惑どころの話ではない。


 そう、たとえば……あの少女のように。




「おい、こいつで間違いないんだよな?」


「ああ……何度か仕事の現場で見たことがある。間違いない」


 小声でささやき合う、2人の男。

 そこそこのガタイでありながら、人目を避け、物陰でこそこそと動いているその様子は、明らかに挙動不審であり、およそ見る人見る人が怪しいという感想を抱くだろう。


 もっとも、実際に彼らが何をやっているのかと言えば、怪しいなどというレベルは通り越して、物騒極まりない仕事の真っ最中なのだが。


 そのことを雄弁に物語るのは……彼らの足元に転がっている、大きな袋。

 人一人入れてしまえそうなほどに大きいその袋には……既に何か大きな荷物が入っているらしいく、外から見ると、妙にごつごつした形に変形している。中身が何なのか、ぱっと見ただけではわからないだろう。

 もっとも……もぞもぞと微妙に動いていることから、察することはできるかもしれないが。


「しっかしもったいねえなあ、割と容姿も整ってるし、売りゃ金になるんじゃねえか?」


「バカ、口封じだって言われてんだろうが……しくったなんてばれてみろ、こっちがあぶねえ」


「それもそうだな……でもよ、ちょっとくらい味見してからでもいいんじゃね?」


 男の1人が、袋を見ながら……正確には、その中に入っているものを、だろうが、にやにやと下卑た笑みを浮かべている。

 もう1人の男は、それを見て呆れた様子だった。


「お前な……時間ねえんだからバカなこと考えてんじゃねえよ」


「大丈夫だって……俺たちの仕事はこれで最後なんだからよ。後はほら、残りの連中まとめて口封じして……あー、あと追跡かわすために、痕跡も偽装するんだっけか?」


 へらへらと笑いながらも、男は、きちんとこの後の手順を覚えていることをアピールしているのか、丁寧にもう1人に説明口調で話……その要所要所で屁理屈を並べていた。器用にも。


 ベアードは、部下たちそれぞれに命じて、別々な人物の『口封じ』その他を命じている。そして実際、彼ら2人の『仕事』はこれで最後だ。

 袋の中身を黙らせてしまえば、割り振られた分は全て終了……である。


 その後は、目立たないように各自バラバラに、経路とタイミングをずらしてこの町から撤収し……あらかじめ決めておいた別の場所で、これまたタイミングをずらして再度集結する。ほとぼりが冷めるまで、この町には戻ってこない予定だ。


 言ってしまえば、彼ら2人は、ここから先は捕まらないのが仕事、とでも言うべき状態であり……その過程で何をするかまでは重要ではない。


 ならば、最終的に結果さえきちんと残せば、多少遊んでもいいではないか。


 例えば……後はもう、廃棄処分するだけの袋の中身を、最後に有効活用する、とか。

 最終的に間違いなく処分してしまえれば、それまでに何をしようが問題ないではないか。


「……だめだ」


 しかし、もう1人の男からそう返される。

 先程から『お楽しみ』を渇望している男は、それに不満気な態度を隠そうともしない。露骨に面白くなさそうな表情をしながら、舌打ちをして相棒を睨み返していた。


「まだ最後の仕事が入るかもしれないだろうが……何かあったらそっちに手を貸さなきゃいけないんだ、さっさと終わらせてしまうに限る」


「そのことかよ……大丈夫だって! たかがガキと女相手だろ? 人手なんざ追加で必要になるような仕事じゃねーよ……むしろ、ガキと女に負けたりしたらそっちの方が問題だろ」


「勝ち負けじゃない、仕事の量の問題だ……手っ取り早く焼き払うといっても、やることは意外と多いんだ、万全を期すなら……」


 そう懇々と説いてくる相棒に、はぁ、とうんざりしたようなため息をついたもう1人の男は、苛立ち交じりに、少々声を荒げて反論した。



「教会のシスターと孤児のガキ共攫って閉じ込めて、火ぃつけて事故に見せかけて殺すだけだろ! そこでヤクの取引やってたように証拠偽装して、色々擦り付けてよ! それが何で……」



 ―――ビリビリビリィ!!



 最後まで言い終えるより早く、袋の中から……布を切り裂いて、小柄なシルエットが躍り出た。

 その目に怒りをたぎらせ……牙をむいて、獰猛な肉食獣のような迫力と共に。




 数分後、

 袋から飛び出した中身――レオナは、裏路地を走っていた。


 全力で、わき目もふらず……歩きなれた暗い道を、ひたすら走る。


(お願い……間に合って……っ!)




 レオナを異常事態が襲ったのは、ほんの十数分前のことだ。


 裏路地を歩いていたレオナは、突如、薬を嗅がされて布袋に入れられた。

 が、薬が粗悪品だったのか、それとも獣人ゆえの強靭なバイタルのおかげか……体こそ上手く動かなくなったものの、レオナの意識は割とはっきりしていた。


 それゆえに、布袋に入れられて連れ去られるという状況を恐ろしくも思ったが……怖がっても仕方がない、今できることを考えるべきだ、と思い直し、大人しく時が過ぎるのを待った。

 体を蝕んでいる薬の気だるさが消えるのを待って。同時に、逃げ出すための隙を伺って。


 今にも袋の向こうから剣が突き立てられるのではないか、と恐ろしかったが、レオナは待った。


 ……その待っている最中に、聞き捨てならない言葉が聞こえてくるまでは。


 気が付けばレオナは、薬の作用を振り切って体を動かし……それどころか、どうやったのか自分でもわからないが、今までに1度もやったことがないほどの力を発揮していた。


 頭が真っ白になるほどの怒りに身を任せたがゆえの、一時的なものだったのだろうが……袋を破って外に出たレオナは、勢いそのままに男2人をなぎ倒し、そして走り出した。


 袋の中で聞いたのは、たった二言三言の怒声。

 しかし……それだけで、自分の仲間に、恩人に危機が迫っているということはよくわかった。


 孤児。

 シスター。

 教会。

 そして……口封じ。


 この2人がベアードの……レオナからすれば『ドギューラ』の部下であり、先程の物騒な会話や、自分をさらったのはドギューラの指示。そして、そのドギューラと関わりのある『教会』や『孤児』となれば……最悪の可能性は、不気味なほどすんなり頭に浮かんできた。


 その一瞬後、何か考えるよりも早く、レオナの体は動いていた。


(あいつらが言ってたシスターって……きっとシャーリーだ! 孤児は、うちのグループの皆……殺される? 罪を擦り付けられて? ふざけるな、そんなの嫌だ!)


 行って何をすればいいのかもわからない。考えていない。

 考える余裕はないし、考えるより先に体が動く。


 レオナはただひたすらに、最悪のイメージを振り切るように、その場所を……あの教会を目指して、走り続けた。



 ☆☆☆



 レオナが男たちの会話から聞いて、断片的なそれをイメージで保管して描いた『悲劇』は……さほど入り組んだ形が考案されていたわけではない。

 むしろ、単純でわかりやすく、それゆえにそのまま流されてしまいそうなものだった……それが真実であるかどうかは別にして、だが。


 ベアードは逃走するに際して、少しでも追跡をかわし、追手をかく乱するために……いくつものミスリードを準備するつもりだった。


 簡単に言ってしまえば、自分にたどり着かせないための罠だ。偽物の証拠を用意して、それをわかりやすい位置に置いておき……それを見つけた追っ手の足を鈍らせる。


 そのためベアードは、口封じもかねてこの教会で『隠蔽』を行うことに決めた。

 正確には、何かあったらそうしよう、と決めていたことを実行に移した。


 細かい作業やからくりはともかくとして、内容はいたって簡単である。


 この教会……シスター・シャーリーが務め、孤児たちが憩いの場として利用し、時に炊き出しが行われるここは、違法薬物の取引によって不正な利益を上げている。

 どうやら、不幸な事故、ないしは火の不始末によって教会が火事になってしまい、そこにいた者達は皆、死んでしまう。しかし、幸か不幸か、彼女達が薬物に関わっていたという証拠はいくらか燃え残っていて、手に入った。


 ……というシナリオに見えるように、書類や薬物の現物など、痕跡を偽装して用意するのだ。


 シスター・シャーリーや、ここを憩いの場にしている孤児たちは、今、同じ部屋に一か所に集められ……薬で眠らされて、床に、あるいは長椅子などに無造作に寝かされている。それ相応に強力な薬を使われているため、多少騒いだくらいでは起きないだろう。

 それこそ……教会に火の手が回り、炎が、煙が、自分達を覆い隠しても。


 彼女達は、このまま……男たちが用意し、机や隠し金庫に忍ばせていた書類などの偽装証拠によって、薬物取引の汚名を着せられ……それすら知らないままにこの世を去ることになるのだ。

 ベアードが一時的に、捜査の手を交わす、ないし時間を稼ぐ……そのためだけに。


「しっかし、もったいねえなあ……ガキ共はともかく、こっちのねーちゃんは結構いい体してんのによ。攫ってっちゃダメなのか?」


 などと言いながら、下卑た笑みを浮かべているある男は、起きないのをいいことに、シスター・シャーリーの形のいい胸を、修道服の上からムニムニと無遠慮にわしづかみにしている。


 その様子を呆れた目で見ている別の男は、ため息交じりに窘めて言った。


「だめだ。残らず口封じするって言われただろうが」


「攫って監禁して外に出さなきゃいいじゃねえか。飽きるまで楽しんだら殺せば……」


「もしそれで逃げられたりした日にゃどうなると思ってんだよ。『万が一』も起こらねえようにするのが旦那のやり方だ、反目切るような真似してみろ、どうなっても知らねえぞ」


「ちぇっ……あーあー、面白味のねぇ仕事だな」


「普段思う存分好き勝手やってるんだから、仕事の時くらい真面目にやれ。だいたいお前、この間も新しい奴隷買ってただろうが」


「もう飽きたから2人とも売っちまったよ。大した金にはならなかったけどな」


「お前の『使用済み』なんだからそりゃ当たり前だろ……つか、3人買ってなかったか? もう1人はどうしたんだよ、まだ愛用中か?」


「いや、すぐ壊れたから適当に裏路地に捨てたわ。次の日にはいなくなってたから、起きて自力でどっか行ったか……そこらの浮浪者あたりが持って帰ったんじゃねーか?」


 酷い内容の会話を垂れ流しながら、2人は実に事務的に、必要な作業を1つ1つこなしていく。

 その手つきは手慣れたもので、一切のよどみなく行われていく様子が逆に不気味だった。何せ、今てきぱきと進められているのは、間違いなく人殺しと証拠隠滅の準備なのだ。


 空気が通りやすいように、窓を開ける。酸素がある方が、炎は燃えるからだ。


 逆に、脱出経路になりそうなところは、扉や窓を閉じてカギを壊すなり、バリケードを積むなりして使えなくしておく。


 一気に炎が燃え広がるように、油をまく。

 特に、石やレンガの床や扉、階段など……燃えにくい、あるいは燃えないものが主な材質となっている所には念入りに。


 その合間合間に、どうせ燃えてなくなるのだからと、机の引き出しや戸棚をあさり、あちらこちらにある金目のものをくすねてポケットに入れていく。


 もっとも、元が貧乏な教会ゆえに、大したものはなく、不満そうに舌打ちをしていたが。


 そんな調子で彼らは、わずか十数分のうちに様々な小細工を終え……最後に外に出てから、古びた歴史を感じる教会に火を放つ。

 そして、そのまま早足でその場から立ち去った。


 関係を疑われないために、着火してから本格的に燃え始めるまで時間がかかるようにしてあった仕掛けが正常に作動し……男たちが立ち去った数分後、勢いよく燃え広がった炎が、またたく間に教会を包み込んだ。





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