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テンゴク  作者: 和尚
第0章 プロローグ
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第5話 ソラヴィアの提案



物が、ゴミが、散らかり放題の、汚い部屋。


喚き散らす、中年でジャージ姿の、汚らしい男。

手に包丁を持ち、目はイっている。


その男から、俺を守って……

ぼろぼろのスーツ姿の、よく知っている女性。


やめろ、やめろ、やめろ!

逃げてくれ! 俺なんかに構わずに!


振り下ろされる包丁


鮮血




「―――っあぁあぁあああ!!」




その瞬間、カッと目を見開いた俺の視界に飛び込んできたのは……


「……あ、れ?」


見たこともない、簡素な……しかし、それなりに整ったというか、整然とした雰囲気の部屋と、


「おっ、起きたか……少年」


名前も知らない、恩人だった。


☆☆☆


「さて……まあ、一応、自己紹介でもしておこうか。私の名はソラヴィア。ここは私のアジトだ」


「アイビスです。助けていただいて……ありがとうございました。……あと、名前、名乗るつもりなかったんじゃ?」


「少しばかり、状況と事情が変わったからな」


そう言って彼女……ソラヴィアは、上着を脱いで、椅子にかけ、そこに自分も座った。


どうやら今は夜らしい。明かりが小さなランプのそれだけで、部屋の中は薄暗いが、ダークエルフは目もいい。夜目も聞く。なので、何も問題ない。


それもあって、ソラヴィアの姿が……あの時は余裕なくてあんまりはっきりとは見てなかったけど、今はよく見えた。


髪は黒色で、セミロング。こないだ見た時はぼさぼさだったけど、くしを入れられて整っているようだ。瞳は紫。肌は色白で、この暗い中でもわかるくらいに、きめ細やかで滑らかに見える。


ぴったりしたサイズの、体にフィット……とまではいわないけど、ジャストサイズでほとんど皺ができないような服に身を包んでいる。しかし、今はそれを、首元とかで緩めていて……その下の体を締め付けないように、リラックスできるようにしているように見えた。


その胸元は……それでもきつそうな感じで、服の下から布地を押し上げていたが。


(……女、だったのか……)


失礼ながら……全く気付かなかった。

だって、繰り返すがあの時は、余裕がなかった。血だらけだったし、そもそも外套っぽいので体の線がわからない感じの着こなしだったし。あーでも、いやに声が丸いというか、高いな、とは正直思ってたけども……。


「……おい、少年……もとい、アイビス。今何か失礼なことを考えなかったか」


うえっ、勘が鋭い。ジト目でこっちを睨みつけてくる。

顔立ちが美人な分、余計になんか……怖く感じる。


どうにかごまかして――何か勘付いてはいたようだけど、ソラヴィアはあえてごまかされてくれたように見えた――話を続ける。

その中で、ソラヴィアは、あの後何があったのか……俺に話してくれた。




あの後、アリシアは無事に救出され、家に戻ったそうだ。


誘拐犯は、アリシアの家が手配した捜索隊によって全滅させられた。

抵抗が思ったより激しかったためで、生け捕りにする余裕がなかった上、連中は自分でアジトに火をつけて、1人でも多く道連れにして玉砕する道を選んだ、と。


まあ、実際には何人かは俺が、それに、あの後あそこで何かしていたらしいソラヴィアが始末していたわけだが。


そしてその際、俺も死んだ……ってのが公式発表の内容らしいが……ここで、2つほど、衝撃的な事実を告げられた。


まず、あの事件が起こってから、すでに3日間が経過していたこと。


その間ずっと、俺は寝ていて、一度も起きなかったらしい。

というか、いくら『治癒ヒール』で応急手当はしたとはいえ、死にかけだったから……その回復のために、体が休養を何よりも欲したんだろうな。


まあ、これは……考えてみれば、そうなってもおかしくないと納得できるから、いい。


……問題は、もう1つの方の事実だ。


「お、俺が……誘拐犯の一味だと思われてるって……何で!?」


「……あの時の行動や、その反応を見るに……やはり、でっち上げらしいな」


今回の誘拐は、内部で手引きをした者がいる。そしてそれは、屋敷に仕えていた、ダークエルフの使用人で……買収されて、警備の情報を横流しした可能性がある。

その他にも何名か、疑わしい使用人がおり、捜査と追及を進めている。


さらには、俺の部屋の机の中から、睡眠薬やロープ、あのアジトの住所が書かれたメモなど、証拠品もいくつか見つかっているらしい。

『断れば、お前が元・奴隷だったことをばらす。この屋敷にいられなくなるぞ』と書かれた、脅迫文みたいなものまで、一緒に。


つまり……俺は、元・奴隷だったことをネタに脅迫されて、誘拐犯たちに協力した……ってことになってる? ちょっと……何だよそれ!? ふざけんなよ!?


別に、それを評価してくれとか言うつもりはなかった。俺は俺で、やりたいようにやって……アリシアを助けたわけだから。


けど……あんまりだろ、それは、いくら何でも。何で、俺が犯罪者にされてんだ……? あんなにがんばって助けたのに。死にそうになって……死を、覚悟して。


証拠品が見つかったって……知らないぞそんなの! 机の引き出しには鍵をかけてたはず……一体誰が、俺の机にそんなもの……。


それに何だその脅迫状! 元も何も、俺は今でも現役で奴隷ですけど!?

あの屋敷で働いてる奴で、それを知らない奴なんていないだろ! 隠す意味ないだろ!

明らかに『とってつけたような理由』だ……一体、誰が、何のために!?


「……これはその時に仕入れた情報の1つなんだがな……あの屋敷では、近々、使用人の雇用の方針を見直す方向で調整が進んでいるらしい。具体的に言うと……亜人の使用人を全員追放して、人間だけで侍従を構成する方向性のようだ」


「……! まさか……」


「心当たりがあるようだな……アルーエット家としても、なるべく早く火消しを図りたいだとか、事件をこれ以上引き伸ばしたくないだとか、色々あるんだろうさ……勝手な話だがな」


……さすがに、ショックだった。


死人に口なし、と言わんばかりに、こんな風に、やってもいない罪が、俺に降りかかってくるとは……それも、おそらくは……『亜人』だから、って理由で。


何よりも、これが『公式発表』という形で表に出てるってことは……旦那様が、

アルーエット子爵家当主、エバンス様が、それを事実として認めた、ということだ。こんな……明らかにでっち上げの、ねつ造されまくってる事実を。


……感謝してたし、尊敬してた。

それだけに、ちょっと……ショックが、大きい。


……多分だけど、何か理由があってのことだとは思う。エバンス様は、誠実で、正義感が強くて……曲がったことが嫌いな人だから。

あと……亜人嫌いの男が約一名、関わってそうな気もするし。


それでも、さあ……犯罪者って……いくらなんでも……。俺、何もしてないって、ホントに……。


そもそも、何でそんなことになったんだ? 一刻も早く事件を解決する必要があったから? そのために焦って……いや、証拠品がねつ造までされてるんだ、それはない。

だとしたら……形だけでも、犯人が見つかって解決したことにするため? それで、俺は生贄?


「……ふざけんなよ……っ!」


「……気持ちは察する。だが……酷なことを言うが、この事実がある以上、もう、あの家に……お前の居場所はないだろう。帰ってきても捕まって……口封じをされるだけだ」


……確かに。あそこにはもう、俺は……戻れない。


俺は……死ぬ気で頑張って、戦って、アリシアを守って……

そして、寝ている間に……全てを失っていた。



☆☆☆



『今日はもう、ゆっくり寝ろ』ってソラヴィアが言ってくれて……その言葉に甘えて、その後、俺は横になって休んだ。


そして翌朝。

一晩寝て……だいぶ落ち着いた。


まだ、心の中にショックな感情はあるが……一旦、蓋をしておくことにした。


ソラヴィアが持ってきてくれた食事――何だろこれ? オートミール? パンで作ったお粥、みたいな……病人食?――を食べながら、これからのことについて話した。


ソラヴィアは、あの日、あの場で……拘束を解いてくれただけでなく、魔法で回復までしてくれたことの礼として、俺を看病してくれていたらしい。


「これで、貸し借りはなしだ。少し乱暴な言い方だが、人に借りを作ったままにしておくのは嫌いでね……こういう形にさせてもらった。……それはそれとして、これからのことなんだがな」


「……これから、ですか?」


「ああ。アイビス……残酷なことを何度も言うような形になってすまないが、目を反らしていても解決することじゃないから、言わせてもらう。お前には今、帰る場所がない」


「…………」


「首輪こそないが、身分は奴隷。しかも、犯罪者。仮にこれから先、野宿して過ごしていくにしても……苦難の道のりになるだろう。魔法をそこそこ使えるようだから、仕事さえ見つければ、食うにはどうにかやっていけるかもしれないが……表社会で生きていくのは難しいだろうな」


……言ってることはわかる。現代日本でも、前科持ちとかの人は、就職するにあたって、不利な部分が尋常じゃなく大きいそうだし。する時も、してからも。


ましてや、犯罪を犯した(と、いうことになっている)場所に戻ることなんて、不可能だ。


……悔しいし、納得いかないが、この事実は変わらない。


けどそうなると、これから本当に、どうしたらいいのだろう……


「そこでだ……アイビス。私から君に、4つ、選択肢を提示したい」


「選択肢……4つ……?」


「ああ。1つ目は……このまま、スラムか何かに住み着いて、1人で生きていく道」


スラムなら、前科者が居ようが誰も気にしない。もともと、ああいう場所はたちの悪い連中のたまり場だから……誰でも住みつける。

しかし無論のことながら、危険度は表通りの比ではない。油断すれば、あっという間に全てを失う。金も、持ち物も、自分自身の自由も……命も。


盗み、追いはぎ、スリなんてのは可愛い方。恐喝、誘拐、強盗、殺人まで、何でもあり。

浮浪者、浮浪児を攫って、奴隷商人に売り飛ばしたりなんてことまで、日常茶飯事だそうだ。


そこで生き抜いていけるだけの、心身の強靭さ、そして、抜け目ないし付け入る隙のないしたたかさがなければ、あっという間に食い物にされる。


「2つ目は……身売りだな。再び奴隷になり、ダークエルフであることを活かして、どうにか職を手に入れる。とはいえ、これもお勧めはできないがな……何せ、アイビスは今、表向き犯罪者だ。バレる可能性を考えれば、正規のルートでは流通はできないから、闇の、違法な奴隷商人を使うしかない……その行き着く先は、相応にろくでもないからな」


「例えば……?」


「そうだな……闇の奴隷商人が扱う奴隷なんて、まずまともな使い方はされない。人間なら、鉱山で強制労働とか、違法な闘技場で魔物相手に戦わせたりだろうが……ダークエルフは見栄えがいいし、種族としては希少だからな、もっといい使い道が色々ある」


「それは……待遇がいい、っていう意味じゃないんですよね?」


そう聞くと、察しがいいな、と薄く笑うソラヴィア。


「よくあるのでは……貴族のマダムや令嬢の愛玩奴隷だな。無論、かつて君が、アルーエット家で受けていたような扱いではなく……完璧に『玩具おもちゃ』……モノ扱いだ。夜の相手をさせられたり、憂さ晴らしに鞭でひっぱたかれたり、様々な辱めを受けさせて、それに悶える様を見物して楽しんだりする」


「後は、ダークエルフは希少で、高く売れるってこともあって……繁殖用の種馬にされることもあるな。奴隷の牧場、とでも言えばいいか。同族や、近しい種族の雌……肌馬を用意されて、それらを相手に腰を振る日々だ。そういう種族は、元々子供ができにくい場合が多い上、異種族が相手だとさらにそれが顕著だから、人間の奴隷は使えない。同種を使うしかないわけだ。そういうのが好きな奴にとっては、ある意味理想の職場だろうし、待遇も割といいらしいがな」


「一番怖いのが……血や髪の毛を抜かれて、魔法の発動や怪しい儀式の触媒にされたりすることだ。そのためにダークエルフなんかの奴隷を飼っておいて、必要な時に使うって話だ。違法奴隷ってのは、最悪死んでも問題にならないからな……最悪の場合、殺されて心臓や脳を取り出されて……なんてこともあるそうだ」


……表情筋が引きつっているのが、自分でも分かった。


どれもこれもダークすぎる……。3つ目は普通に命の危険を感じるし、1つ目も……当たりはずれが激しくて、何されるかわかったもんじゃない。……俺がアリシア達に買われたのは、本当に幸運なことだったんだな……と、今になって、改めて思う。


2つ目は……ソラヴィアは『好きな奴には理想(略)』って言ってたが……そうは思えないな。

思春期のエロガキにとっては、そんなエロ小説みたいな職場は楽しそうに思えるかもしれないし、実際楽しいかもしれないが……そこには尊厳も自由もない。結局、家畜の扱いだ。


それに、その、『種馬』をしている間はよくても……体壊したりして、それができなくなった後のことを考えるとな……。絶対、ろくな結末にならないだろ。今まで頑張ってくれたからって、手厚く養ってくれるなんてことはありえない……良くて放逐。悪くて……売却か殺処分だ。


ないわ、この選択肢も。


「選択肢の3つ目は……これが一番、苦労はするが簡単かもな。逃亡生活だ」


つまり、俺の顔や、あの屋敷で働いていた事実を知る人がいないくらいに遠くに逃げて、そこで新たな生活を始めると。


……確かに、面倒ごとは少なそうだし、リスクも、前2つに比べれば小さいけど……そんなに遠くに行くのって、それ自体が大変そうだな。

理想は、この国を出られれば一番いいんだろうけど、外野には魔物とかもいて、危険らしいし。


けど、逃げ出てしまえば、あとは自力で、努力してどうにかするだけ、か。


適当に就職して、表の仕事や住処を手に入れれば……ただのダークエルフとして、この先の人生を生きていくことも可能になるだろう。

そのままどこかの国、町に居付くか、旅をつづけながら暮らすかは、その時に決めるとしても。


これが一番、今のところは現実的か、と思っていた俺だが、あと1つ、ソラヴィアの言う『選択肢』は残っている。それははたして……?


「そして最後、4つ目。これは実は……一般的なものではなく。私個人からの提案なんだがな」


「?」




「アイビス、お前……私と共に来ないか?」




…………えっ?





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