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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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第46話 アイビスとルゥナ



 裏切りやら奇襲やら、そういったものが敵対者への致命打になりうるのはなぜか。


 ひとえにそれは、全くの無警戒だったところから痛恨の一撃がとんでくるからだろう。信頼して背中を任せていた者に後ろから刺される、家を預けていた者が留守中に全てを持って逃げる……例を挙げようと思えば色々あるが、大方そんな感じにまとめられる。


 直接的なダメージもさることながら、信頼していた者に掌を返されたという心理的なダメージも大きい。トラウマになって、人間不信、ないしは再起不能になってもおかしくないだろう。


 客観的に見て、決して好ましく見られるものではないが……戦争に政争に、昔から効果的な手段として用いられてきた事実が、その有用さを証明している。


 ……しかしそれは、あくまでそれが『裏切り』『奇襲』として成立すればの話だ。

 無警戒の所に刃が突き立てられる形でなければ、奇襲は奇襲たりえないわけだ。


 真正面から刃物持って刺そうとすればそりゃ警戒されるだろうし、信頼していない者に家の留守を預ける道理はない。前提条件が違えば、そこに最早奇襲や裏切りは成立すらしない。


 ……何が言いたいのかといえば、すでに気づかれてる以上、何をこっそりやろうとしていても、無駄ないし無様なだけだってことだ。むしろ、それを通り越して滑稽にすら見える。


 直接ベアードの奴に言ってやりたかったセリフではあるが、自重した。

 こっちが『裏切って』『奇襲』するために。




 『薬局』に『投資詐欺』。

 ベアードが何を企んでるのかなんてのは……レイザーでなくてもわかることだ。


 こっちがアレの正体を知らず、無警戒のところに声をかけられて……っていうんだったらまた違ったかもしれないが、今回はむしろこっちから動いて奴を釣ったのだ。

 これで気づかなかったらそっちの方が問題だろう。


 というか、そういうのを手口として美味しく見せるためにレイザーが絵図を描いて、俺らがそれを実行したんだが……また見事に引っかかってくれたもんだ。


「んでさ、こっからどうするんだったっけ?」


「相手の策を逆用する。連中は自分達のラインと我々のシノギのラインを極秘裏につなげて『薬局』の販路に換えようとしているが……それを利用してベアードの販路を一網打尽にする。デモル達の仕込みで、接触があった場合は即それに反応して策が発動するようになっているはずだ」


「……えっと、つまり?」


「……簡単に言えば、相手の作戦が始まる直前で足引っ掛けて転ばせんだよ」


 ルゥナから説明を受けたエムロードが、いまいち理解してなかったっぽいので、ざっくり砕いて説明してやると『あー、なるほど』との反応が帰ってきた。

 ……本当に理解したかどうかはちょいと怪しいが、まあいいだろう。


 ちなみに今、俺たちは拠点の、俺ら『チームアイビス』の部屋で話している。

 デモルの呪いで防音もばっちり、鍵も頑丈で、外に漏らすわけにはいかない話をするにはぴったりの場所だからだ。


 なお、アリシアには事情を話して(詳しくはともかく)ちょっとの間だけ部屋を開けてもらえるように言ってある。


「んで、説明な。今ルゥナが言った通り、デモルが若頭の指示でカウンタートラップ仕込んでんだよ、シノギの仕組み自体に。あらかじめ認証した取引先以外が、設定した以外の方法で決済なりなんなりしようとすると、ガードは緩い代わりに確実に記録が残って、決済も遅くなるようになってんだ。第三者を絡ませて設定した裏ルールみたいなもんだから、ベアードはそれを知らねー」


「留保している間にこちらで手を打てばいい、というわけだな。しかし、最初は様子見のために小規模な取引にとどめるのではないか? そこで即座に摘発しても、奥の奥まで一気にめくるのは難しいと思うのだが……むしろ、ある程度食いつかせてから一気に引っ張るのではいかんのか?」


「それは俺も少し思ったんだが、却下になった。もともとうちの縄張りではヤクはご法度だ。少しでもそれを持ち込ませて広めるわけにはいかねーってことでな……それに、その対策なら若頭が既に完璧に終わらせてたよ。調べた『薬局』の取引の痕跡を分析して、いくつか敵の急所に当たりつけてた。トラップに敵が引っかかった段階で、それを材料にさらに絞り込めるようにな」


「さすがだな、レイザー様……ならば、我々はそれに従って動けばいいわけだ」


 うんうん、と感心するようにうなずくルゥナ。

 敬愛する若頭こと、兄貴分のレイザーの迅速かつ完璧な対応に驚きつつも、妹分として誇らしく思っているというか、率直に言って嬉しそうというか。


 実際ルゥナの言う通りで、レイザーは、ベアードに接触する前段階までの『薬局』の情報から、重要な拠点ないし物資集積所の類だと見られる場所についてすでにあたりをつけていた。


 そして、デモルのカウンタートラップに反応があった段階で、その内容に応じてさらに絞り込みができるようにすらなっていて……上手くいけば、片手の指以下にまで候補を絞り込める。


 あとは、デモルのトラップの効果で決済が滞っているうちに、それらの候補地を片っ端から潰して、証拠品を押収すればいいだけだ。

 そこにいる連中のガラを攫って、詳しいことを吐かせられればなおよし。


 ただ、そこから先は迅速に動く必要があるが。


 レイザー曰く、ベアードは今でこそケチなシノギで薬なんぞばらまくところまで落ちてしまってはいるものの、組にいた時代はれっきとした有望株だった。

 将来は幹部になるのは確実、とまで言われていたほどだ。


 強欲さと野心、嫉妬から、ご法度だった『薬局』に手を出して絶縁こそされたものの、その能力自体は本物であり、警戒に値するとのこと。


 レイザーの見込みでは、トラップはともかく、薬局の現場を摘発した段階で、おそらくこちらの動きを気取られるとのことだ。動き出したら、ベアードの身柄を抑えるところまで、迅速にことを運ぶ必要がある。


 さもないと、最悪逃げられかねない。ベアードのことだから、何かあった時の逃走プランは常に用意して、発動可能な状態にしているはずだ、とのこと。


「んー……そんなにすげーの? ベアードって奴。こないだデモルから聞いたんだけどさー、そんなに大した奴には見えないって言ってたぜ? 過大評価じゃないかって……あ、いや、違くてその、レイザー兄貴に何か文句とかがあるわけじゃなくてな!?」


 言っている途中で、ルゥナからぎろりとにらまれ、必死に言い繕うエムロード。


 まあ、無理もないが。目、怖いもの。ルゥナ。

 『レイザー様に不満でも言うつもりか』なんて言葉が幻聴で聞こえて来そうで……目は口程に物を言う、とはよく言ったもんだ。目だけじゃなくて、気配とか圧もそんな感じだったが。


「まあ言ってることはわかんなくもねーけどな。実際、俺やルゥナが間近で見てても……演技してるの差っ引いても、小物臭ただよう感じだったし……」


「確かにな……だが、それと能力のあるなしは別問題だ。我々としても、奴は油断ならないだけの能力は持っていると見ている」


「え、そうなのか? アイビスとルゥナが?」


 と、驚いた様子のエムロード。いかにも以外だ、とでも言いたそうな顔である。


「考えてもみろって、あいつ、俺たちの……既存のシノギやら販路を利用したとはいえ、事業拡大や統合に際して、あんだけ迅速にルートを整えたんだぜ? 今まで付き合いのなかった取引先や、取引のなかった品物、取引内容すら新規に設定するものがあったにも関わらずだ……もちろん俺たちは俺たちでやったとはいえ……稼働させるまでに要した期間、めっちゃ短かったろ」


「ああ、それは確かに……でもさ、アイビスやルゥナもそのくらいはできるだろ? 現に、2人とも自分のシノギ上手く回してるし、何かあってもすぐ対応できてんじゃん」


「規模がちげーよ……俺たちのは、あらかじめノウハウや下地があるところでやってんだって」


「私の『投資』や『人派』のシノギにしても、それ相応に時間をかけて、ノウハウを蓄積して構築したものだし、アイビスの場合はもともとそれができていたのを乗っ取った形だからな……そこへいくと、今回のベアードの手腕……あらたな業務形態を、ノウハウなしのほぼ0から構築したにしては、相当な速度だったぞ」


「ああ……ぶっちゃけ、これで頭ん中がまともだったらな、ってちっと思ったし」


「へぁ~……アイビスやルゥナが褒めるなんて、相当なもんだな。敵なのに」


「褒めてはいない。客観的な評価がそうだというだけだ……アイビスの意見には同意しなくもないが、現に掟を犯して絶縁されている以上、評価はしても認めるつもりはない」


 ツンデレっぽく聞こえるものの、明確にそうではないとわかるルゥナのセリフを聞きつつ、俺はこの後の俺たちの動きを再度頭の中で確認していた。


 ベアードが前評判通り、優秀ではあるのはいいとして……そのベアードを追い詰めるためには、トラップ発動後は速やかに動き、畳みかける必要がある。


 そのためのプランも既に組んであるが……そこから先は、全部を予見できるわけじゃない。

 相手がどんな手で防衛を行ってくるか、っていう点を考えないといけないからだ。


 策略、ないし戦略はレイザーが現時点で既に圧倒しているが、その先は『戦術』の分野になる。相手のセキュリティをかいくぐって、あるいは叩き潰して、証拠品とベアード自身を抑えないと。


 ベアード自体は戦力的な意味では脅威足りえないとはいえ、人を雇う、罠を仕掛ける……その他色々、自分の身を守るために手は打つだろうからな。


 その辺はもう、現場の判断だ。

 具体的には……ベアードの身柄拘束の担当になっている、俺とルゥナの。責任重大だな……。


「全力を尽くすのみだ……もとより『ヘルアンドヘブン』に弓を引いた者に対して、手心も何も加える道理はないし……レイザー様の命令だ。この身命に換えても遂行するのみ」


「おー……気合入ってんな、ルゥナ。いつものことながら……けど、気をつけろよ? そこまで言うんだからマジに油断はできない相手なんだろうし……」


 ルゥナの言葉と声音から、冗談でも何でもなく、それだけ腰を据えてかからなかきゃいけない相手だということを察したらしいエムロードは、大丈夫だとは思ってるようだが、彼女の身を案じてそう声をかけていた。


「ああ……わかっている。だが、万が一のことがあれば……アイビス、お前に託すことになるかもしれん、その時はよろしく頼む」


「……冗談で言ってるわけじゃなく、真剣に戦略上の懸念を思って言ってことはわかるがよ……前にも言った気がするが、俺に対してそういうこと言ってくれるな、ルゥナ。個人的な理由というか感情でわりーが……そういうの、あんまり好きじゃねーから」


 そんな言葉は、思わず口をついて出た。


 ……実際、そういうの……ルゥナがどうこうなって、後に俺に託されるとか、そういうシチュエーションは考えるだけでも、な。前世のラストが、それに似た……俺をかばって大切な人が斃れて、っていう感じのアレだったもんだから。


 もちろん、そうなるつもりなんぞルゥナにはないだろうし、そうそうそんなことにならないくらいには、こいつは強いのも知ってるが。『幹部候補生』の名は伊達じゃない。

 

「そうだったな……すまない、いやな気分にさせたようだ」


「いや、いいさ……実際、必要なことだしな。起こさせるかどうかはともかく」


「そうだな。まあ、そのくらいにはお前のことを信頼しているんだと思ってくれればいい……私がどうこうという事態でなくても、不測の事態には個人の迅速な判断・行動が求められるだろう……その際にためらいなく背中を預けられるのは、私は……同年代ではお前くらいだ」


 ただ、ルゥナは基本いつもこんな感じで……自分が認めてない者に対してはドライないし冷徹だが、自分が認めた者に対しては、盲目的……とは言わないまでも、徹底的に信頼して従う、みたいなところがある。上司なら命令に絶対服従、同僚なら……今みたいなこんな感じだ。


 最初にこいつに会った時に、主君に絶対の忠誠を誓う武士、という感じの感想を抱いたのも仕方ないと思う。


 兄貴分であるレイザーの、ひいては組織のためなら、どんな危険で困難な任務にも進んで赴くし、そのためなら自分の価値観やら何やらは二の次。


 そして、その為に肩を並べて戦える同胞を大事にし、信頼する。そこまでのハードルは高いが。

 俺の場合も……最初からこうだったわけじゃもちろんないが、色々任務とか通して、修羅場も潜り抜けて……本当に色々あって、ここまで来た感じである。


「随分と買われたもんだな……まあ、その信頼に応えるよーに頑張らせてもらうさ」


「ああ。だからお前…………




…………そろそろ私と結婚する気にはならんのか?」




「ならねーよ、つーかまだ言ってんのかお前それ」


 シリアスな空気が180度変わったのを肌で感じた。

 こいつは……いつも唐突にとんでもない話題をためらいなくぶっこんでくる……!


 神妙な様子で俺たちのやり取りを見ていたエムロードも、一瞬でジト目になってルゥナの方を見ている……多分だが、俺の目も今は同じ感じになっていることだろう。


 ただ1人、ルゥナだけは相変わらず表情筋をぴくりとも動かしていない。


 ポーカーフェイス……っつーか……これが標準仕様って感じだからな、こいつの場合。感情で表情が変わるのか、ってくらいに固定されてて……仕事の場では大きな武器になるものではあるんだが、こういう場では途端に……なんていうかこう、なあ?


 真面目な顔ですごいことを唐突に言いだすもんだから、ギャップが……効果音で(キリッ とか聞こえてきてもおかしくない感じの……だめだ想像したら笑いそうになる。


 そんなことを考えている間にも、ルゥナは表情を変えずに口撃(誤字にあらず)を続けてくる。


「前にも言ったが、私はお前をそういう対象としてくらいに信頼しているし、好意的にも思っている。自慢ではないが、私自身人並み以上には容姿もいいつもりだし、魅力的な女であるために色々と努力もしているぞ? 具体的には……」


「言うな、言わんでいい。何か生々しい言葉の羅列が出てきそうだから」


「そうか? それに何度も言うが……私達が結婚、ないし何らかの形でくっつくことにはきちんと意味がある。ベアードのそれは邪推だが、実際、今のソラヴィア様とレイザー様はそれぞれが別な勢力ないし派閥の頭だと見られている気配が多少なりある。かといって、本人同士が縁を結ぶには立場が問題になる……だとすれば、最も簡単なのは我々が相互に縁を作ることだろう」


 と、今度は一応真面目だけど、別方向にぶっ飛んだ話にシフトした。

 こっちはこっちで対応に苦慮するというか、どう説得したもんか毎回苦労するというか……


「お前そんな、政略結婚みたいな……そこまでする必要ないだろ別に。実際2人の間に溝か何かがあるわけでもなし、普通に仲いいんだから……むしろ、うかつに俺らみたいなのがくっついたら、問題の方が大きくなるだろ?」


 こいつからすれば、組織内外におけるレイザーの権力その他の基盤をより盤石にするための一手なのかもしれんが、それをやるには俺たちは立場が特殊すぎると思う。


 具体的には……近すぎる。

 地位もそうだが、所属も、それぞれの上役の立ち位置も。


 ソラヴィアの舎弟筆頭と、レイザーの舎弟筆頭。くっつこうもんなら、派閥の統合やら結託云々以上に、どっちかがどっちかに取り込まれた、みたいな見方をされかねないだろう。


 ……あと個人的に、結婚とかお付き合いってそういう感じでしたくないというか。

 きちんと恋愛から入ってそういうところまで持っていきたいですハイ。


「アイビスって変にロマンチストなとこあるよな」


「エムロードうるさい。とにかく、そんな損得勘定とか駆け引きでくっついてもろくなことにならないっつーか、お互いのためにならないっつーか……」


「それについては心配は不要だろう。政略結婚など、歴史を紐解けば、王族貴族のみならず、そこそこの規模の商家でも普通にやっているようなことだ、お互いがお互いを思いやれるような間柄であれば、割とうまくいくものだ」


「大いに心配だっつの。言わんとすることはわからないでもねーけど、それでもな……」


「それにそういうしがらみは、相互に目標に向かって努力することで、打ち解けて解消していくものだ。そういうパートナーとしての私とお前の相性はいいと思うぞ? 何なら、子供ができればよりいっそうそれにも役立つだろう……異種族間では子供はできづらいが、ダークエルフとセイレーンならできないことはない。がんばればそk……」


「話聞け、飛躍さすな、その顔をやめろ」


 ……わざとやってるのか、それともマジで天然で気づいていないのか……未だにわからん。

 できる女でありながら、変なところでポンコツ。相手の出方や感情を先読みして手を打つのは得意だが、それを知識でなく感情で理解してるかどうかと問われれば、首をかしげざるを得ない。

 

 合理性や費用対効果だけを考えて提案を出してるのか……それとも、また別な……俺が把握できていない思惑があるのか……果たして理解できる日は来るのだろうか(汗)。

 

 とりあえず、もう何度繰り返したかわからないやり取りではあるものの、ムードもへったくれもないプロポーズは断る。もっと自分を大切にしなさい。


 ……それにだ。

 何気に俺的にはこれが一番と言ってもいい理由なんだが、ちゃんと今俺には、それなり以上に深い仲と言っても差し支えない女性がだな……


 ……と、思っていた……その時だった。


 突如として、頭の中に……『念話』によるデモルの声が響いたのは。




『マスター。突然失礼します……例の件、動きがありました』




「……話はここまでだ。ルゥナ、それにエムロードも」


 俺の雰囲気の変化から、何かあったことを敏感に察知した2人。

 即座に今までのぐだぐだな空気が引き締まり、臨戦態勢に近い緊張感が漂う。


「……来たのか?」


「ああ、早速な」


 デモルから詳しい報告を聞きつつ……さあて、行動開始だ。





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