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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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第45話 策士、策になんとやら



 『ディアンド』の町の、とある貨物集積所にて。

 今日も労働者たちは、汗水流して荷物の積み下ろしを行っていた。


 そこそこに大きな規模であるこの町では、行き交う物流もそれなりの規模になる。相応の大きさの商店や倉庫がある場所であれば、そう珍しくもない光景だ。


 普通と違うのは……その積み下ろしが行われているのが深夜である、という点だ。


 もっとも、ここで積み下ろしが行われているのは、あまり表だって行うわけにはいかないものも含まれているため、この時間に目立たないようにやるしかないのだが。


 そんな現場を……視察に来ているアイビスとルゥナは眺めていた。

 アイビスは、単純に見物を楽しんでいるように気楽な感じに見える。一方でルゥナは、きちんと要所要所で作業状況や問題点等をチェックしつつ、適宜メモを取ったりしていた。


「いーねぇ、活気あって。見た感じ順調そうで安心するわ」


「何をわかったような口を聞いている……ここで行われているのは投資取引の物資のやり取りだぞ、見てわかるものでもない、視察なら貴様、きちんと真面目にやってはどうだ」


「わかってるって、見るとこはちゃんと見てるよ。けどよ、ここお前さんの人派のシノギも兼ねてやってんだろ? だったら見た感じの盛況も重要ってもんだろ」


 片や気楽に、片や冷静に、対照的な様子で『視察』を行いながら雑談する2人。


 そんな様子を、2人に気づかれないように、ベアードは物陰からこっそりうかがっている。


(ちっ……この前と言い、いきなり視察にきやがってよぉ……危うく見つかるところだったじゃねえか、予定にないことしてんじゃねえぞこのガキ共がっ!)


 アイビスとルゥナ。どちらも今、ベアードが取引相手としている者達であり……同時に、だまして利用するために正体を隠して交渉を進めている相手。


 その2人に、ベアードはそれぞれ別な変装、別な偽名を使って会っているため、2人と同時に会うことができない。ゆえに今日、自分がある目的で現場を訪れている時……よりにもよって2人が同時に『視察』に現れたのを知って、慌てて身を隠していた。


(やれやれ……だがまあ、悪いことばかりじゃあねえな。この目でしっかりあいつらを見れた、って点を考えればよ)


 そんなことを考えながら、にやにやと笑ってベアードが目を向ける先では、引き続き要所要所の視察を進めていく2人の姿。

 普通に見ている分には、淡々と仕事をこなしているようにしか見えないだろうが……ベアードの目には、所々に、両者の間の微妙な距離、ないし溝のようなものが見て取れていた。


「いやしかし、今回はありがとなルゥナ。儲け話に誘ってもらってよ。正直、投資とか始めたばっかりでノウハウも何もわからなかったし、俺の今のシノギとも結びつけるとか考えてもなかったから、助かったわ。使いようでいくらでも大きくできるもんなんだなー」


「ふん……貴様のためにやったことではない、私にも都合がよかっただけだ」


「へいへい。まー、やっぱりやってる内容が内容だし、多少はクレームとか対応な面倒な案件も出てきてんだよな……そのへんも今度相談していいか?」


「それについては貴様の仕事の範疇だろう、自力で何とかしろ」


「うぇー、冷てーな」


 ただ普通に雑談しているように見える、その端々に……ルゥナからアイビスへの、敵意、とまでは言わないが、隔意や苛立ちのようなものが見受けられた。

 そして、アイビスはそれに気づいておらず、普通に、友人に接するように話しかけている。


 よく見ていなければわからない程度の差であり、ルゥナ自身が上手くそれらがアイビスに見られないようにしている。無理もない、とベアードは思った。


(こりゃ本当というか、決定的なもんだな……あの2人の不仲の噂は)


 ベアードの目から見ても、アイビスはともかく、ルゥナは……感情・私情を押し殺し、冷徹に仕事に臨むことができるタイプの女だ。自分の考えていることを気取らせない演技力やポーカーフェイスは、かなりの水準まで熟達していると見てよかった。


 そんな彼女が、相手に見えないところでとはいえ――ベアードには見られているとも知らず――わずかにとはいえ、仕草や表情に思考や感情を漏らしている。


(シャールゥナにとって、よっぽど目の上のたんこぶらしいな、あのアイビスってのは……兄貴分思いのいい部下を持って幸せだなあ、レイザーの野郎め…………その部下に足元すくわれた時の顔、できればこの目で見てみたいもんだが……)


 そんなことを考えつつ、ベアードは速やかにその場を立ち去った。

 2人の様子を見るために残ってはいたが、すでに今日ここに来た目的は達成していたからだ。


 この後の自分の計画のための、下調べと事前準備を。


(くくく……そろそろ頃合いだな。ここまで大きく汲み上げたシノギ……隅から隅まで、ごっそり利用させてもらうとするか)




 ベアードは最初から、自分の望むようにルゥナとアイビスを誘導してシノギを拡大させ、あわよくば統合ないし協力状態にもっていった上で、それを自分が利用するつもりだった。


 具体的には、『投資』と『人派』によって大きく広がった物流のルートを……そのまま、自分が今力を入れている、『薬局』に流用するつもりでいた。


 様々な投資対象や、最初に手を付けた『古物商』の取引のために、物と金の運搬ルートはかなり広く、太く広がっている。そこに隠れて、徐々に薬物の取引を紛れ込ませていく。

 

 もともと隠されている取引ルートを利用し、裏取引の隠蔽と販路の拡大、2つを同時に実行することができ……なおかつ、そのパイプ自体は、仮にこのアイビスとルゥナのシノギがなくなったとしても生き続ける。純然たる薬物取引のルートとして。


(薬を欲しがる奴はいくらでもいる……販路の構築は2ヶ月もありゃ終わるだろう。その後は……ちともったいないが、全部ぶっ壊してやるぜ)


 そしてもう1つ……ベアードがこのシノギの網を使って企んでいることがあった。


 それは……『投資詐欺』。


 アイビスとルゥナのシノギを統合させ、今までにない形態と規模の投資シノギを作り上げた最大の目的がここだった。


 現在、投資のシノギは、他者からの発注を受けて投資対象の物品等を代理で買い付け、その手数料等を収入にする形をとっているが……その際、売買の決済を代理で行うことから、当然、顧客から一時的に金を預かる形になるわけだ。


 客は、これまでの実績や、アイビスとルゥナがそれぞれ持っている信頼や人望から、信用して金を預けている。もちろん今までは、アイビスもルゥナもそれを裏切ることなく、きちんと発注のあった通りに取引を行い、その結果上がった利益をきちんと支払って来た。


 逆に、取引に失敗して損金が発生することもあったものの……これはまた別の話だ。

 何をどれくらい取引するか決めるのは客自身なのだから、それは仕方ないと割り切るべきだし、クレームを覚悟しつつも、その分の対応も、アイビスらはきちんと行っている。


 その繰り返しもあって、顧客は安心して取引のために、こちらに金を預けている。

 ベアードは、それを利用するつもりだった。


(大口で、手堅く儲けられる取引をでっち上げて、顧客の連中から取引資金をかき集める……そうしたらそのまま、その金と、シノギの店舗の運営資金も全部持ってとんずらしてやるぜ……!)


 取引のために客が預けた金を、そのまま持ち逃げする。

 さらに、店舗に保管してある、運営のための資金――これは当然、運営する側であるアイビスとルゥナの金である――や、重要な書類も全て持っていく。自分に都合の悪い証拠等は消して。


 1度きりしか使えないし、いざやってしまえば全てがぶち壊しになるが……得られるリターンは、そんなことが問題にならない程大きい。

 儲けもさることながら……ベアードの主目的である『復讐』においてもだ。


(そのために長いこと準備してきたんだ……くくくっ、レイザー、ソラヴィア……お前らの地位も信頼も人望も、何もかも全部ぶち壊してやるぜ……お前らの舎弟ごとな!)


 『投資詐欺』が実行されれば、いくら犯人が別にいると説明したところで……投資の音頭を取っていたアイビスとルゥナの信用は木端微塵になる。


 このシノギは続けられなくなるし、同じ、いや似たようなシノギすら二度と手がけることはできなくなるだろう。それどころか、普通のシノギすら満足にこなせるか怪しいものだ。そのまま稼業を続けられなくなり、全て失って落伍者へ真っ逆さま……ということも十分にありうる。


 回避するためには、相当上手く立ち回らなければいけないだろうが……いくら有能でもまだ若手も若手、踏んだ場数も不足のあの2人に、果たしてそれが可能かどうか。


 そして、降りかかる汚名はそれだけではない……そこにいたるまでにベアードが行っていた、『薬局』の取引が、恐らくはそれと同時期に明るみに出る。


 ベアードは、ライン構築のための2ヶ月の間こそ、それが表沙汰にならないように細心の注意を払うつもりだが、その後……投資詐欺で金を持ち逃げして以降は、後は野となれ山となれ。当然、発覚しようがお構いなしで、アフターフォローも何もなしに放り出すつもりだ。


 そうなれば、投資詐欺の混乱の最中、汚名と言うしかない『薬局』の取引が……それも、ルゥナとアイビスのルートで行われたそれが明らかになる。ただでさえ失墜していた2人の立場に、これはとどめになるだろう。


 そしてもう1つ、ベアードは確実にその疑惑を擦り付けるための仕込みをしていた。


(この町とももうおさらばだ……だったら、最後に有効活用させてもらうべきだよな? 今までいい目を見させてやったんだもんなぁ…………レオナよぉ)


 孤児・レオナと、ソラヴィアの舎弟・アイビス……そして、その弟分のカロンとの関係。

 周知の事実、というほどではないが、調べればわかるつながりだ。

 

 そしてレオナは日常的に、炊き出しが行われる例の教会に出入りしている。シスター・シャーリーが務め、ベアードの進めで中庭でハーブを栽培し、売って資金の足しにしているあの教会に。

 そのハーブは、ベアードの手元で加工され、『薬局』の商品であるドラッグになる材料だ。


(『脱法ハーブ』っつったっけか……こんなやり方があるとはな。教えてくれた『あいつ』にゃ感謝しなきゃいけねえが……まあ、ここまでの儲けを出せるようになったのは、俺の経験と手腕、人脈あってのもんだな。……この作戦もな)


 ふと、この商売の手法を知った時のことを思い出したベアードだが……すぐに思考を今後の計画に戻し……この後利用する予定の、教会やレオナの末路を想像してまた笑う。


 教会の中庭のハーブは、定期的にベアードが種を渡して栽培させている。ハーブは一度収穫すると、そのまま根からまた新しく葉が生えてくるなどということはなく……新たに種から育てる必要がある種類なのだ。


 その種……『投資詐欺』の決行直前に教会に配る種を、ハーブのそれに見せかけた、麻薬の原料になる植物のそれにすり替えておく。


 よく似た形ゆえ、発芽して少し育った程度ではわからないだろう。それこそ、専門家でもない限りは見分けることはできない。

 だが、よくよく見ればわかってしまう。ハーブではなく、麻薬の原料だと。


 そして、その『よく見る』タイミングは……『投資詐欺』と『薬局』で、アイビスとルゥナのシノギが……いや、『ヘルアンドヘブン』のレイザーとソラヴィアの周辺が大騒動になっている時に、実際に訪れることだろう。


 アイビスとカロンとつながりのある、孤児・レオナ。

 そのレオナがたびたび通っていた教会。


 『薬局』の取引の痕跡に加えて、ここでの麻薬栽培の証拠が見つかれば、レオナを経由してアイビスらに麻薬の製造ルートまでもがつながる。ここまで状況証拠がそろってしまえば、もはやいくら『違う』と言っても信じてはもらえないだろうし、ソラヴィア達も庇えないだろう。


 逆に、舎弟たちの失態の責任を追及されるまでありうる。

 いや、間違いなく、経歴に大きな傷がつくことになる。


 その混乱では、前もって逃走のプランを汲んで逃げているベアードを探し出すのは不可能……見事に逃げおおせ、これにて復讐は完了。


 ――これが、ベアードの計画だった。


(さて……取引ルートの全容はもう把握した。あとは、ばれねえようにちょっとずつこっちで間借りさせてもらって、薬の取引を始めていくとするか。何、あのガキ共にゃ、金つかませとけば気づきもしねえだろ)


 待たせてある馬車に乗るために、裏路地を早足で歩いていく――急いでいるだけではなく、今後への期待を隠しきれていないせいもあるだろう――ベアードは……結局最後まで気づかなかった。


 その後ろ姿に、冷たいまなざしを向ける……尾行者の存在に。




「ソラヴィア様は『優秀ではある』と言っていましたが……正直に言って過大評価に思えますね……。策士気取りで、自分が策にはまるとは思っていないのが、傍目からでもよくわかる。まあ……相手取る分には楽でいいか」


 廃墟の1つの屋根から彼を見下ろすのは……長身だが細身な体躯に、薄い茶髪の少年。

 今までずっと、それこそ作業場からベアードを観察していたデモルは、最終的にベアードが馬車に乗り込むまでそれを続け、それ以上は追わずに踵を返した。


「どうやら、そろそろ動き出す様子……ならば、こちらも頃合い、ということですね。こちらの準備は既にできている……愚か者にはせいぜい無様に踊ってもらいましょうか」





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