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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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第44話 経過は順調……?



「聞いてないよドギューラさん! あの職場……あそこって、こないだの件の人たちにかかわりのある職場だったじゃないか!」


 ルゥナとの再会の数日後、仕事のことで話があると拠点を訪れたドギューラ……もとい、ベアードに、レオナは食って掛かっていた。


 しかしながら、ベアードがそれをまともに聞いている様子はなく、むしろ鬱陶しそうに顔をしかめている。舌打ちの音さえ聞こえた気がした。


「あたし前から言ってたよな? あの人たちにかかわりのある職場での仕事はダメだって……この仕事場はそうじゃないってあんた言ってただろ? 話が……」


「ちったぁ落ち着けよ、レオナ……がたがたさわぐな、騒々しい」


「…………っ!」


 いつかと同じに、凄みで強引にレオナを黙らせるベアード。


 あんまりと言えばあんまりな対応の裏で、ベアード自身も……この事態に頭を抱えていた。


(ちっ、ついてねえ……急な視察であの小娘が現場を、しかもよりによってレオナのいるところに来るとは……いつか折を見て話すつもりだったとはいえ、予想外に早くばれちまったな)


 レオナとルゥナの邂逅は、ベアードにとっても予想外のことだった。


 ベアードは今回紹介した仕事を、いつも通り『カロン達とかかわりのない職場』だといってレオナに説明している。それと違ったのだから、レオナの憤慨も当然のことではあった。


 だが、いずれは自分からばらすつもりではあったことだし……そもそもこうして仕事を紹介したこと自体、思惑あっての確信犯である。当然、こちらの言い分も用意していた。


「それについては悪かったと思うがよ、仕方ねえだろ? 俺だって知らなかったんだよ……少なくとも、俺が調べた限りじゃ、あの職場に、例の連中との関わりはなかったんだ」


「ど、ドギューラさんも関わってる職場なのにかよ? あの人、自分がここの責任者だって言ってたぞ? 責任者の顔も知らないで人の融通っておかしいだろ!」


(ちっ、そんなところまで聞かれたのかよ、あの小娘、面倒なことしやがって……)


「あの手の商売は、規模が大きければ大きいほど、上の方の連中が誰なのか、裏で誰が糸を引いてるのかわからないようになってんだよ……無理に探ろうとすれば、いらんトラブルが降ってくる。俺も、その女と直接面識はないし、仕事の元締めだとも知らなかった……あくまで、そいつが表に立たせてる顔役とだけ取引して、人やモノを都合してるだけだ」


 一応筋は通っている説明に、レオナはまだ何か言いたげだったが……言ってもどうにもならないことだということがわかったため、渋々ながら引っ込んだ。


 微妙な空気になった応接間で、今度はベアードが口を開く。


「ちなみに言っとくが……今更この仕事やめる、ってのはできないからな?」


「っ……!」


 その言葉に、半ば予想していたことだったとはいえ、レオナはたじろいだ。


 仕事を受ける説明の時にも聞かされていたことだ。今回の仕事は長期のそれであり、途中で抜けることはできない。もしそれに違反すれば、また前と同じ賠償が発生する可能性がある。


 それどころか……そんなトラブルを起こしたのが、かつて迷惑をかけた自分だと知れた日には、余計に面倒、ないし大変なことになるかもしれない。レオナはそう思った。


 今思い出してみるだけでも……かつてレオナがあの取り調べの場であの女性、ルゥナにあった時、自分はひどく冷たい対応をされていた。組織に迷惑をかける愚か者、邪魔者だとでも言いたげで、ともすれば殺されてしまいそうな冷たい目は、未だに強く印象に残っている。


 幸いと言っていいのか、彼女は先日の様子だと、自分の顔など覚えていないようだった。


 だが、問題を起こして自分の素性を多少なり調べられれば……以前にも迷惑をかけた孤児だと明らかになるだろう。そしてその場合、賠償だけで済ませてくれるのかどうかは怪しい。


 自分達にとって害になる存在だとでも認識されれば、最悪……もっと物騒な処分が下ってしまう可能性もある。


 何より、以前はどうにか丸く収まってくれた、カロンとの間のトラブルないし問題が再燃し……こんどこそ愛想をつかされるようなことにでもなったら。


 それらの悪い予感ばかりが浮かんでは消える。レオナにはとても、ここでやめるなどという選択をすることはできなかった。


(そう考えるのも予定通り……ちっとタイミングは早いが、こうなった以上仕方ない。こっちも動くとするか)


 ベアードは、目の前で顔を青くしてうつむいているレオナを慮るふりをしながら、いかにも言いづらそうに続きを言う。


「今は向こうさんの商売にしても重要な時期らしいからな……ここで途中で抜けたりしたら何言われるかわかったもんじゃねえぞ。それに……今更なこと言うけどよ、別にお前さん、例の連中に見つかったところで何も問題ないだろ? きちんと詫びて、許してもらったそうじゃねえか」


「ああ……そうだけど……」


 ベアードの言う通り、カロンとアイビスを襲撃した件については、レオナはすでに許されている。彼らのやり方を考えれば、必要以上に蒸し返すこともないだろう。

 これは単に、あくまでレオナの心情的に避けていたというだけのことなのだ。


 極端な話、今回の職場で今後、ルゥナを通してレオナの存在がアイビスに、ひいてはカロンに知れることとなってしまっても、大きな問題はない。そうベアードは説明する。


 レオナもそれを聞いて、確かにそうだと頭では納得できていた。


 可能性としてはせいぜい……以前に因縁のある相手だと知ってルゥナが悪感情を抱くかもしれない、という程度だが、これについてはルゥナも同様に、不必要に過去の件を蒸し返してトラブルに変えてくるようなことはないだろうとベアードは見ていた。


 当事者間で話がついているのだから、同じ組織とはいえあくまで他人であり、仕事の系列も違うルゥナが蒸し返してあれこれ言う道理もない。組織の方針にも反する。


 最悪の場合、それを理由にレオナを仕事から放逐するかもしれないが、それはそれで、できればやめたいと少し思っていたレオナには、ある意味好都合である。また別な職場を探して、あらためて収入は確保すればいい。


「まあ、この件は確かに俺にも落ち度はある……何かあったら、俺もできる範囲で口添えはしてやるからよ。とりあえずこれからもやってみろ、これまで通りにしてれば何も問題はないんだ。何、この先何もトラブルなく、上手いことやっていければ問題ないんだ、気楽にしとけ」


(起こるけどな……それまでは稼がせてやるから、安心しとけ)


「……わかった、やってみる」


 内心を押し隠し、あたかも励まして留めたかのようにしたベアードは、きりのいいところで話を打ち切ると、そのまま孤児院を後にした。




「これでひとまずは大丈夫だろう……ちっ、いらん手間をかけさせやがって。まあいい……計画自体は順調なんだからな」


 その帰り道、待たせていた馬車の中で、ベアードは、これからの予定を脳内で確認していた。


(それに比べて、向こうの小娘と小僧は俺の思い通りに動いてもらえてありがてえもんだよ。シャールゥナは予定通り投資シノギの拡大に入ったし、リスクを押し付ける形でアイビスを巻き込んだ。そしてお人好しなアイビスの方は、それに気づいてねえ)


 数日前、ベアードは自らの計画をいよいよ仕上げの段階にまで進めていた。


 自分が人材派遣のシノギで巻き返した直後、今度はアイビスは投資のシノギでさらに稼ぐようになった。それに焦ったルゥナに対し……ベアードは投資のシノギの拡大を進言。

 さらにそこにアイビスを巻き込み、事業の規模の拡大とリスクの押し付けをするように誘導し……現在、着々とその準備が推し進められている。


 もともとどれも事業自体は大成功と言っていい状態なのだ。規模を拡大して実施され……さらに、アイビスの持つ『リングウッド』のルートを絡めて行われる投資は、大きな利益を生むだろう。


 さらに、今までと違って、拡大した投資のシノギでは、人も相手にする。

 具体的には、ルゥナやアイビス自身が投資で稼ぐだけでなく、『投資したい』という他者の取引を代行したり、その支払いなどを仲介して行うビジネスも企画しているのだ。


 要するに、証券会社のように、取引を代行したり、蓄積しているノウハウを使って取引のアドバイスをしたりして……その手数料その他経費を徴収する、というものだ。投資を『する』側から『させる』側に立つのである。


 この形だと、取引のための資金や品物のやり取りもこちらで担当することになるわけだが……その際にトラブルが起こる可能性もある。

 というよりも、確実に起こるだろう。ビジネスの形態上、仕方のない形で。


 投資というのは、関わった者誰もが儲けられるわけではない。値上がりで利益を得る者もいれば、読みが外れて損失を被る者もいるだろう。


 このビジネスモデルでは、客が損をした場合の損金の回収や、値が下がった状態での品物の引き渡しなどもしなければならない。客から文句が噴き出て、反感を買うこと間違いなしの業務だ。


 ルゥナはベアードの提案で、この部分をアイビスのルートに任せることに成功している。

 

 品物のやり取りをそこに委託することで、それに伴って起こるトラブル等問題の対処全てを担当してもらう形となった。ここが、アイビスにリスクを押し付けた部分だ。


 このやり方のおかげで、ルゥナの溜飲は多少下がった、というわけだ。


(後は……頃合いを見計らって仕掛ければ全て上手くいく……! くくっ、美味しいところで全部持って行ってやるぜ)


 自分の策略の成功を信じて疑わないベアードは、最後の仕上げの準備に取り掛かるのだった。

 



 この後待ち受ける、全く予想もしていないであろう展開も知らず。





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