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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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第43話 仕事場と再会



「くっくっく……」


 含み笑いをどうにか押し殺しながら路地を歩くベアードは、今さっき報告を受けた内容を頭の中で反芻し、その喜びを抑えきれない様子だった。


「いいねえ、どいつもこいつも思い通りに動いてくれる……あいつらの舎弟とは言え、所詮は場数の足りてねえガキってことだな」


 ルゥナとアイビス。憎きレイザーとソラヴィアの舎弟。

 ここ数か月、ベアードが掌で転がしている2人の顔を思い浮かべて独り言を呟く。


 両名への進言はどちらも聞き入れられ、順調にシノギの利益を上げている。


 ルゥナは派遣で扱う業者の範囲を広げ、さらにベアードが用意した人脈などを使って1件1件の規模も増大してきている傾向にある。安定性とも両立させ、シノギそのものを成長させている。


 表の現場から裏稼業まで、幅広くカバーして人材と、それに付随するものの流れを取り仕切ることができるようになっていた。


 アイビスの方は投資や先物取引を新たにシノギとして付け加え……最初は様子を見るように慎重に進めていたものの、だんだんと規模を大きくして多額の儲けを出すようになっている。


 この頃は、アイビス自身のシノギであるリングウッドの各業者と多少なり絡める形で、徐々に規模やら範囲、投資するものの種類を増やしている。それに伴って順調に利益も増えていった。


 ここまでは正真正銘普通のシノギのやり取りであるし、ルゥナもアイビスも、さらに言えばベアードも損はしていない。ある意味、普通に理想的な取引関係を構築している。

 本来なら、このままこの関係を維持するだけでも十分な利益になるはずだ。


 だが、最初から復讐と嫌がらせ、さらには自分のビジネスにおける独り勝ちに的を絞っているベアードには、残念ながらその発想はない。


(さて、そろそろ手を打つ時だな……おっと、ついたか)


 考えながら歩いているうちに、ベアードは目的地に到着していたことに気づいた。


 裏路地をさらに入ったところにある、普通の人間ならまず近寄らないであろう治安の悪いスラムの一角……そこにある、少し大き目で、多少状態のいい廃墟。

 レオナのグループが根城にしている場所だ。




 中に入り、出迎えに出てきた孤児に、ベアードは簡潔に用件を伝える。

 応接間……というにはあまりにみすぼらしい部屋に通され、少し待つと、目当ての人物はすぐに表れた。


 現在、このグループのリーダー的な立ち位置に立っている、レオナである。


「よう、久しぶりだな……少し顔色がよくなったんじゃねーか?」


「そうだね。……最近は、前より食料に苦労することが減ってきたから、かな」


「そりゃ結構なこったな。見たところ、顔触れもいつからか変わってないようだし……仕事を回してるこっちとしても、その方が気が楽ってもんだ」


「……ベアードさんには感謝してるよ。仕事を増やしてもらって、その分入るお金も増えたし……例の失敗の件も上手くとりなしてくれて。詫び料の支払いは……まだ残ってるけど」


 数か月前、レオナが参加した仕事で、裏稼業の金を奪おうと計画された強盗。

 そこで、間違って襲ってしまったアイビスとカロンに、レオナ以外の全員が返り討ちに合ったことから、そのクライアントからレオナに賠償の請求が来た。


 普通に考えれば首をくくるしかないようなその事態に、ベアードが間に入って、少しずつ支払うということでとりなしてもらい、事なきを得た。


 その返済のため、レオナや他の孤児たちは、今までよりも力を入れて『仕事』を受けている。

 その報酬からピンハネして『返済』にあてているのだが、幸か不幸か、今までよりも入ってくる金額は相対的には増えているため、その分レオナ達の手元に残る額も、わずかだが増えている。

 結果、労力は多大に使うものの、生活には役立っている状況が出来上がっていた。


 先程ベアードが『顔触れが云々』と言ったのもそれに関連がある、というか原因だ。


 孤児のグループにはよくあることだが……たいていの場合、入れ替わりが激しい。

 理由は言わずもがな、死ぬからだ。


 ろくな食事をとれずに飢え死にする者、

 病気になっても医者にもかかれず、薬も手に入らず、そのまま死ぬ者、

 スラムの中でトラブルに巻き込まれて命を落とす者、

 犯罪に手を染め、それを咎められて私刑に処される者、


 様々な理由で、スラムの民は老若男女を問わず、よく死ぬ。ゆえに、入れ替わりが激しい。

 物乞いの少年・少女たちが道端に座り込んでいる路地で、数日前までいた者が何人かいなくなっていることなど日常茶飯事である……そして、それを誰も気にしない。


 そういう意味では、この環境下にあって、この間から顔ぶれが変わらない……すなわち、死んで見られなくなった者がいないレオナのグループは、あくまで比較的ではあるが、恵まれた環境にある、と言っても過言ではないのだろう。


(人生、何がどう転ぶかわかんないもんだな……不始末の落とし前で増やした『バイト』のおかげで、生活に余裕ができるなんて……もっとも、やばい仕事が多いのには変わりないから、あんまり頻繁にはやりたくないし……何より、できる限り仕事は選ぶようにしてるけど)

 

 あの一件で懲りたレオナは、ただ危ないだけ、あるいは過酷なだけの仕事なら、償いの意味も込めて文句も言わずにこなすことにしているが……万が一、億が一にでも、カロンやアイビスに抵触しそうな案件に関しては、頑として首を縦に振らないようにしている。


 幸いにして、そういう案件は……何件かあったものの、必死に説得するとベアードは取り下げてくれたため、今のところ問題は起こっていない。


 加えて、過酷の種類が違う……ある意味を含めて致命的なものについても同様だった。

 具体的には……『女』であることを武器にするような商売や、奴隷商人やら何やらに『身売り』するような、最早商売とも呼べないようなものだ。


 レオナとしては、いよいよどうしようもなくなった時には、やむを得ず手を出すかもしれない、くらいの覚悟は持っていたのだが……幸いにして、今のところそういう事態には陥っていない。それについては、『一応仕事は選んでるからよ』とのベアードの言葉に感謝していた。


 もっとも……ベアードからしてみれば、全てビジネスのためにやっていることで、むしろレオナ達のためを思ってやっていることなどないに等しい。


 そもそもからして、例の一件はベアードが主犯であり、クライアントも何もない。恩を売ったようなことを言って、より多く仕事を押し付ける口実にしているだけだ。


 さらに、自分への信頼度を一定に保つため、アイビスやカロン、さらには『ヘルアンドヘブン』に関わるような仕事は持ち込まなかったり、持ち込んでもレオナが否と言えば取り下げに応じるなどの形で便宜を図っている。話の分かる男だと印象付けるために。


 また、レオナが危惧している最悪の仕事についても……単に需要の問題である。


 たしかにそういう商売もないではないのだが、ベアードにしてみれば、レオナにそれは向いていない。見た目はたしかに悪くはないとは思うが……それ以前に、孤児であることが問題だ。


 栄養状態が悪くて痩せている、風呂に入っているわけもなく不潔、普段何を食べているのかわからない、その他、敬遠される理由はいくらでもある。

 仮にも肌をさらし、肌を合わせる職業だけに、求められるものは少なくはないのだ。場末の娼館などのように、利用した結果妙な病気を移されたりしたのではたまらない。


 さらに、レオナが『獣人』であることもネックだった。

 人間に近いがそうでない種族『亜人種』は、その種類によっては敬遠される。もっとも、逆に優遇される、好まれる場合もあるが……獣人はその中には含まれないのだ。


 かつてレオナが、質の悪い不良グループに捕らわれて暴行を受けて居た際、幸か不幸か性的な責め苦がなかったのは、これらの理由によるものだ。


 ベアードとしては、レオナが人間で、孤児でなければ迷わず選択肢に組み込むくらいには、彼女は整った容姿をしているとは思っていたが。


 孤児でも売れる先は、ベアードの販路の中にないではないが……そうして二束三文の金に換えるくらいなら、『仕事』を回してこなさせた方が、継続的に、かつまともな金になる。ベアードはそう判断していた。


 そういう経緯で、これまで、危なくはあるが一応マシな仕事をこなしてきたレオナに、今回持ち込まれた仕事は……


「運び屋……?」


「ああ。最近はその手の商売が順調でよ。俺の方も規模を拡大して食いついていってんだが、少々忙しすぎて人手が立ちなくなって来てな。そこでの雑用を頼みたい」


 そこだけ聞けば、単に雑用仕事に孤児を使うだけだ。

 実際、そういう形の仕事が回されることもなくはないが……ベアードが持ち込んでくる仕事であり、提示される報酬が多いとなれば、必然的に裏があるのは間違いない話である。


「と言っても、あからさまにヤバいものを運ぶわけじゃないから安心しろ。ただいつも通り……何も聞かず、中身を気にせず、上の連中の指示に従ってものを運ぶだけだ。ただ、少々量が多いんで、それを運ぶ馬車隊の積み下ろしを手伝う所まで一緒になると思うがな」


「要するに……運搬そのものじゃなくて、その荷物を運ぶためのやりとりの仕事がメインで、あとはそれ絡みの一切を口をつぐんでいればいい……ってことか?」


「そういうこった。まあ、量によっては運ぶ仕事もあるがな……あるはずのない仕事、仕事の履歴を残さねえ人足……ってとこだ。ああもちろん、金はきちんと支払われるからよ」


 そんなことまで『なし』にはしねえよ、と笑うベアード。


 話を聞いて、それなら大丈夫そうだな、と考えたレオナだったが、返事をする前に『ああそれと』とベアードが何かを思い出したように口を開いた。


「一つだけ注意点というか、伝えておくことがある。この仕事なんだがな……割と長い期間、人手が必要になるんだ。だから、まとまった期間確実に働いてもらわなきゃならねえ」


「それってつまり、途中で抜けることができない、ってこと?」


「ああ。もしそんなことになったら……まあ、前みたいなことになるかもな」


 それを聞いて、レオナは眉を顰める。


 以前の『失敗』が原因で背負った負債は、今も彼女の肩にのしかかっている。この上さらに、同じようなものが加わるような可能性は、できれば抱えたくない。


 しかし、それを考えてもなお、継続的に仕事が、そして収入があるという条件は魅力的であるし……聞けば、必ずしも自分が出る必要はないようだ。それなりというか、最低限、力仕事をこなせるだけの体格があれば、代理でも可能。人手になって、秘密を守れれば、他は問わない。


 極端な話、休まなければいい、やめなければいいのだ。


 提示された金額は、今後の生活が大いに楽になるようなものであったし、レオナとしてはこのチャンスは是が非でも逃したくない、と思えるものだった。


「危険は……ないんだよね?」


「作業自体にはな。ただ、多少重い荷物を運ぶから……お前みたいな獣人や、男手が用意できれば一番いいってだけだ。ここの連中にも当てはまりそうなのは何人もいるだろ? もし誰かが体を壊しても、代理を立てる分には問題ねえさ」


 レオナの不安を見透かしてそう言うベアード。

 それから少し考えて……最終的に、レオナはうなずいた。


「わかった、やる」


「おう、頑張りな」


 詳しい話はまた後日、と言い残して……ベアードは廃墟を後にした。


 ☆☆☆


 その数日後から、レオナと他に3人の孤児は、ベアードに紹介された現場で働き始めた。 

 

 仕事は、簡単な荷物の積み下ろしだった。

 ただ、夜遅くに人気のない場所で、何が入っているのかわからないようになっている箱を、黙々と馬車や荷車に積み込んだり、下ろしたりするだけの仕事だ。


 箱ごとに重さは違い、同じラベルで中身が明らかに違うものが多くあったが……今更その程度のことで文句も何も言うレオナたちではない。


 日当は作業終了と同時に支払われ、それは彼女たちにとって満足いく額だったことや、その割のいい仕事が、毎日ではないが定期的にあり、大きな収入源となっていることもあり、彼女達は文句もなく真面目に働き続けた。




 ……その事情が変わったのは、仕事が始まってから半月を超えたあたりだった。


 レオナや孤児たちもだんだんと仕事にも慣れ、手際もよくなってきていたため、余裕が出て来たところだったのだが……その日の仕事中、レオナがいる現場に、予想外の客が来た。


 荷物の積み下ろしのため、馬車と集荷場所を往復していたレオナは、倉庫の中、入り口近くに、さっきまではいなかった誰かが立っていることに気づく。


 暗い中、扉の陰になっていたのでよく見えず、危うくぶつかりそうになったものの、彼女が手に持っていたランタンの明かりでそれに気づくことができ、どうにか止まることができた。


 だがその時、振り向いたその人物……若い女性の顔が、ランタンの光であらわになった瞬間、レオナは驚愕のあまり目を大きく見開いた。


「……何を突っ立っている。邪魔だ、そこをどけ」


 忘れもしない。その人物は……あの、カロン達を襲撃するという失態の後、取り調べの最中に入ってきた……カロンやアイビスよりも、さらに上の立場にいるという男性。


 その横に控えていた、冷徹な態度と視線、過激な口調が特徴的な女性……ルゥナだった。


 冷汗を流し、よく見ればわずかに体が震えているレオナに対して……ルゥナは、仏頂面の表情を全く動かさないまま、あわてて道を開けたレオナの横を素通りして外に出ていった。


「ん? 何ルゥナあの子、知り合い?」


「知らん。浮浪児の顔などいちいち覚えていると思うか」


「あっそう。まーいいや、仕事早く終わってよかったね、急きょこんな夜中に現場見なきゃいけないなんて、責任者はつらいねー」


「夜中しか営業しておらんのだから仕方がなかろう……仕事ぶりは問題ないようだし、この分なら収益も期待できる。……事業拡大の方も、方法はともかく問題はないだろう」


 幸か不幸か、そんな会話が後ろから聞こえて来たのだけは、呆然とした頭でもどうにかレオナは聞き取ることができていた。


(責、任、者……? ここの……ってことは……)


 未だにうまく回らない頭ではあるが、レオナが1つの事実を導き出すのには十分だった。


 ここは、あの切れ長の目の女性が『責任者』を務めている職場。

 そして、あの女性はアイビスの、ひいてはカロンの関係者である。


 すなわちここは、レオナが可能な限り避けていた、カロンに関わりのある職場ということだ。





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