第42話 ベアードの策、レイザーの読み
久々の更新になります……お待たせしてしまい申し訳ございません(待ってくれてる人がいれば、の話ですが……)。
事前に作っていたプロットに割と致命的な矛盾が見つかって、それが修繕できず、そのままスランプに入って長いこと止まっていました……
年末年始でプロットを見直したので、少しずつ書いて投稿していけたらと思っています。
『災世』の方も同時に……やれるかな(汗)
ルゥナとベアードの最初の密談から1ヶ月半ほどが過ぎたある日。
ルゥナは、あの時と同じ店で……同じくベアードを相手に、席を設けていた。
ただし、今回は前回と違い……仏頂面でもよくみればわかるほどに、その表情やら素振りやらに苛立ちを滲ませて。
その様子を見て、表面上は不安そうにしつつも……内心しめしめと思っているベアード。
自分の作戦が、ここ1ヶ月半の間に、思った通りに進んでいると、目で見て実感していた。
「シャールゥナさん、その……いかがなされたのでしょうか? お呼び出しがありましたので参りましたが……その、何か事業のことで問題でも?」
「……単刀直入に言う。お前の所で、もっと販路を拡大できそうな方法はないか?」
苛立ち交じりに放たれたその言葉を聞いて、ベアードはより一層満足を強くした。
当初、ベアードの話に乗る形で始まったルゥナの新たなシノギは、大いに上手くいっていた。
それもそのはず、古物商はベアードのもともとの仕事の1つである。ノウハウもあるし、上手くいくという確信があった上で、きちんとルゥナにも儲けさせる意図で運営していた。
分け前もごまかさずに支払い、順調に売り上げを伸ばしていた。
それだけならまだよかったのだが……問題は、その取引が始まって1ヶ月になるかならないか、といったタイミングで起きた。
なんと、同じように古物商を相手取ったシノギを、他ならぬアイビスが始めたのだ。
ソラヴィアの舎弟であり、同じく『幹部候補生』の座にある……周囲からすれば、好敵手扱いと見られてもおかしくないアイビスが、である。
それも……彼のシノギを最大限に有効利用した形で。
具体的に言えば……ルゥナにはできなかった、壊れ物を運搬するという部分を含めた形で、骨董や美術品も扱っての運送代行の事業を始めたのだ。
こんなことになれば、当然ルゥナは面白くない。
今のところ、同じようなシノギを行っていることによる不利益などは起こっていないし、むしろすみわけが上手くて来ていると言っていい状態ではあるのだが……感情がそれで納得できるか、と問われれば、それは別の話だ。
しかも、問題になっているのは……自分がかつて断った提案の内容である。
『同僚』であるアイビスには、迷宮都市『リングウッド』から伸びる様々な商取引のルートそのものを牛耳っているというシノギがある。当然その中には、ダンジョンから出土するアイテムなどを換金し、運搬するルートもあり……そういったものの中には、壊れやすいものもある。
すなわち、古物商が扱う骨董や美術品を扱えるだけのルートがあるということだ。
当然そのことにルゥナは思い至っていたし、ベアードも調べて知っていた。
だが、ルゥナは手柄を一部とはいえアイビスに……ソラヴィアの陣営に渡すことを良しとせず、それを隠してシノギを始めた。
そして、自分をまねしたのかどうかはわからないが……アイビスは、自分と同じように、『ドノバン』とはまた別の古物商との間に協力関係を築き、シノギを始めた。
そして、同じ分野で自分よりも大きな成果を上げている。
これでルゥナは面白いはずがない。
同じシノギで差をつけられる……劣等感や悔しさは相当なものだろう。
その差はそのまま自分とアイビスの、さらには、兄貴分であるレイザーとソラヴィアの評価・評判の差に直結してしまうような気すらしてくる。
功に焦り、より一層シノギの手を広げようとするのも無理はない。
(…………と、この男は考えているのだろうな)
ある意味での『ポーカーフェイス』を顔に張り付けつつも、ルゥナは目の前でおべんちゃらをまくしたて、いかにも自分と共に問題解決に取り組もうとしている男……ドノバンと名乗るベアードを、冷めた心で観察していた。
問題になっている、ルゥナと被るアイビスの新しいシノギ。これには裏がある。
というのも、ルゥナのシノギが軌道に乗り始めた頃、ベアードは今度はアイビスに接触し、ルゥナにしたのとまったく同じ勧誘を行っていたのだ。
また別な偽名を使って、同じように古物商の裏取引の手伝いをお願いしたいと。
これはもちろん、ルゥナと同じ内容のシノギでアイビスがより大きな結果を出すことにより、ルゥナの焦りや嫉妬心を大いに煽ろうという目論見である。彼女の商売が軌道に乗ってきたのを見計らってアイビスに始めさせたのも、それを後押しするためだった。
こうすれば、アイビスに負けないため、ルゥナは焦って事業を拡大、ないし新しいシノギを見つけようとするはず。そうベアードは睨んでいた。
「もっと販路を、ですか……古物商のラインでは、残念ながら今以上のものは……ああでも、他の業種でもいいのであれば、提示させていただけますよ」
「他の業種……?」
「ええ。シャールゥナさんのシノギは、投資の他に派遣がありましたね? 私の方でも、規模にムラはありますが、似たような商売がありまして……提携するというのはどうでしょう? より幅広く事業を展開できるようになる、と思うのですが」
ベアードの提案は、レオナに任せているような『バイト』の類で、よそに流しても問題なさそうな仕事を、ルゥナのシノギに一部組み込んで行うというものだった。
派遣のシノギは、1件あたりの規模や稼ぎ、その確実性はルゥナに軍配が上がるものの、手広さと多様さで言えばベアードの方が上である。これらを、欠点を埋める形で上手く噛み合わせれば、規模自体も拡大出来、回転も上がる。業績の改善すら見込める。
最終的には、ルゥナとベアードの双方に大きく利になる取引ができるようになるだろう。
(もっとも……それもそう長くは続かねえけどな)
声に出さすに、ベアードは話に食いついてきた――あくまでポーカーフェイスは保ったうえで――ルゥナに対し、憐れみと蔑みの視線を同時に向けるのだった。
別の日、ベアードは今度はまた別な偽名を名乗り……別な相手との商談に臨んでいた。
「いやー、悪いねロベルトさん。こないだ古物商のシノギ紹介してもらったばかりだってのにさあ……また儲け話持ってきてくれたんだって?」
「いえいえ、我々としてもアイビス様には大変お世話になっておりますので……互いのためになるのであれば、こちらこそ今後ともよろしくしていただきたい次第です」
別な店、別な日、別な時間、別な名前、別な変装、別な服で。
アイビスの前に立つベアードは、数日前にルゥナにしたのと同じように、今度はアイビスに話を持って行って、さらなる事業拡大を煽っていた。
(つってもこっちは余裕あるっつーか……あっちの小娘のことを大して気にしてねえみてえだな? まあ、それならそれでやりようはあるし……かえってあっちの小娘の機嫌が悪くなる手助けにはなりそうだけどよ)
よく言えば大物、悪く言えば大雑把で適当なアイビスの態度に、ベアードは当初予定していた、両者を積極的に敵対・競争させるというやり方が使えないことを悟ったものの……今自分でも考えた通り、それならそれでやりようはある。
大雑把だということは、総じて警戒心や危機管理能力に難がある場合が多い。
特に、一旦味方だと認識したような相手には。
同じ組の仲間でもない以上、警戒を解くには限度があるだろうが……それでも、あたらしいシノギをそそのかすには十分だろう、とベアードは見積もって話を始めた。
「今回ご紹介させていただきたいのは、投資絡みのシノギなんですよ」
「へぇ、投資? んー……あんまり手ぇ出したことない分野だな」
「それはご心配なく。私どもの方で知識・手続等はバックアップさせてもらいますし、何より……私が提案したいのは、今までの形とは全く違った『投資』なんですよ」
そして、その数十分後。
「それで……どうだった? 報告を聞こうか」
「は。問題ありません、概ねこちらの予想通りにことは進んでいます」
「こちらも同様です。なお、進められたのは投資でした」
「ほぉ……なるほどな。直接的な対立が目的か……あるいは、うまいこと噛み合わせて両方に傷をつけることが目的か……どっちにせよ、対応できるように動かねえとな」
「「はい!」」
『ヘルアンドヘブン』拠点の会議室にて、レイザーとソラヴィアに、互いに持ち込まれたシノギの詳細について報告するアイビス、ルゥナ両名の姿があった。
☆☆☆
結論から言おう。
全部こっちの……レイザーの計算通りだ。
そもそもこの一件は、とっかかりから何からこっちが意図して用意し、情報も操作した上で餌をばらまいている。そしてそれに、見事にベアードが食いついてきた形なのだ。
具体的には、ベアードはこちらの情報操作に惑わされ、レイザーとソラヴィア、それぞれの舎弟の間に不和の種、ないし火種があると思っている。
序列で言えば上にいるレイザーが最近停滞気味で、ソラヴィアの方は舎弟も含めて勢いがある。そんな風な話が届き……それを元に、ベアードはこちらを罠にはめる絵図を描いた。
そして、そこから先はことごとくレイザーの予想通りだ。
まず、ルゥナに接触してきた。
そこで、何らかのシノギないし儲け話――恐らくは古物商か食糧品の取引あたりだと踏んでいた――を持ち掛け、最初は順調に稼がせる。
その少し後、同じ、あるいは上位互換になるような内容のシノギを俺に持ち掛け、ルゥナ以上に稼がせる。わかりやすく、俺がルゥナよりも上の結果を出したことを示す。
焦ったルゥナはシノギの拡大に走り……それに乗じて、本題とも言うべき話を持ち掛ける。
ここから先は、レイザーの予想でも可能性が幾筋にも分岐していたため、詳しくは省くが……結果として、ルゥナには『人派』関係での販路拡大が持ち掛けられた。
そして同時に、俺には『投資』関係で話が持ち込まれた。
「ここから先……おそらくベアードの野郎は、また最初だけは順調にお前らに稼がせるだろう。動くとすれば、お前らがこのシノギに慣れた頃……半月、いやひと月は後だな」
「気の長い話ですね……敵も辛抱強いと申しますか」
「それほどまでに執念深く、我々に対して恨みを抱えている、ということでしょうか? もっとも、逆恨みですが」
俺とルゥナの疑問に、レイザーは『だろーな』と適当に答えた。
呆れたような口調に、だらける感じでソファに体を預けた、脱力姿勢で。
「それ以上に、間接的にでも自分の手で俺たち……の、部下を手玉にとれてるのが楽しいし、嬉しいんだろうよ。この作戦が上手くいけば、俺たちの中に不和をばらまけるわけだからな……最悪、出世街道から転げ落ちるようなのを」
「お前に見透かされている時点で失敗だろうがな……そろそろ話せ、ここから先は何が起こる? 私たちは何に、どのように警戒し、対応すればいい?」
急かすように言うソラヴィアに、レイザーは『へいへい』と軽い感じで返して、再び俺とルゥナの方に向き直った。
「んじゃ、簡潔に。そこそこに儲けさせたところで、一手打ってくるはずだ。恐らく、ルゥナの方の人派絡みで、規模を拡大したい、とか言う形でな。だが、単に人派自体の規模を拡大するんじゃなく、恐らくは……アイビスに寄こした、投資のシノギと関連させる形で持ってくる」
「投資……と?」
「雑な予想を上げれば……今、ベアードが投資系のシノギで、うまみが大きい儲け話を抱えている。その事業を拡大したい。だがそれには条件が足りない。市場の規模と、人手が要る、ってとこか」
そこからの話をさらに雑、というか簡単にまとめると、だ。
まず、今言った通り、ベアードはルゥナに『環境さえ整えば絶対儲かる』という触れ込みで話を持ち掛け……まず、人派の伝手で『人手』の方の問題を解消する。
そしてその際、自分の息のかかった手下を何人か送り込む。裏工作のために。
そしてもう1つの問題。市場の規模。
投資で儲けるには、事業自体の成功ももちろんだが、市場の規模……すなわち、参加者の数や集まる金の額がある程度以上のそれである必要がある。今回問題になっている件でビジネスを成立させるには、今ベアードが抱えている規模では足りない……という話をもっていく。
それを解決するために、ルゥナは自分の投資のシノギのリソースをいくらか回して規模を拡大させる。しかし、おそらくそれでも足りない(と、ベアードが言う)。
これ以上の規模の拡大にはどうすればいいのか、というところで……今度は俺を巻き込む。
それも、ルゥナのやり方に比してリスクが高いようなやり方で。
この直前に、今度は俺がルゥナと同じ(損益はぶつかってないとはいえ)投資のシノギをはじめてさらに成功していた、という話を表に持ってきて、ルゥナの対抗心や嫉妬心をさらにあおっておくことで、自分のシノギの規模不足と俺への意趣返しを同時に解決できる手段として、自分の投資のシノギ――正確にはベアードのビジネスだが――に巻き込むわけだ。
そして……おそらくそこで、俺とルゥナの両方に、さらにはソラヴィアとレイザーにまでダメージになるような罠を仕掛ける。
……という所までが、今しがたレイザーが上げ連ねてくれた『予想』である。
「ちなみに、その迷惑かける方法だが……予想はつくのか?」
「確証はねえが……多分それこそ『薬局』じゃねえか? 自分が失脚するきっかけになったものでもあるし……それを俺たちにぶつけるとなりゃ、あいつには最高の復讐手法だろ。それと、恐らくその段階で……も1つ、注意事項があるな」
「? それは?」
「今から説明する。アイビス、カロン呼んで来い」
「はい? カロン……ですか?」
今回アイツ待機だったんじゃ……出番か?




