第41話 古物商と儲け話
「儲け話を持ってきた……だと?」
「ええ。いきなりこんなこと言われちゃ警戒されるかもしれませんが、こちらも事情があってですので……正確なことを言えば、儲け話にもなる相談をもってきた、というところですね」
ルゥナとベアード――今はベアードでもドギューラでもない偽名を使っているが――の会話は、そんな調子で始まった。
お互いに軽食と飲み物を注文しつつも、ほとんどそれに手を付ける様子もなく進む。
地味で目立たないような服を選んで場に溶け込み、簡単な変装で上手く人相もごまかしながら、ベアードは席についていた。
対するルゥナも普通の普段着である。こういう店に溶け込むにはどちらも不足ない。
「……ドノバン、といったな? まずは詳しく話してみろ」
「はい。先程自己紹介させていただきました通り、私は少々事情があって表に出せない骨董や宝石なんかを主に扱っている古物商なんですよ」
ドノバン、という偽名を使ってベアードがルゥナに話したのは、単純な内容だった。
「最近ますます世の中が荒れて来まして、取り潰しになる中小貴族や、店じまいする商会なんかも後を絶たない状態だ、っていうのはご存じのことかと。そんな世の中ですから、私のような古物商も儲かってるんですがね」
「なるほどな……規模にもよるだろうが、貴族家の取り潰し、またはその一歩手前の破産の危機ともなれば、手元にある価値のあるものを手放してでも金を作ろうとするわけか」
「ええ……それこそ、なまじ表に出せないものだけに、相場以下の値段になってもありがたがっていただけるんですよ。ああもちろん、単純に換金の手間や緊急性を鑑みた上で適切な値段をつけさせていただいてるんですが」
含みのある言い方に、ルゥナの眉がぴくりと動いた。
しかし何も言わず、そのまま話を聞く姿勢を取り続ける。
微妙な変化にベアードは気づいていたが、問題ないと判断してこちらも話を続ける。
「ただ私共には、そういった方々以外にも顧客がいましてね? 表向きは普通の古物商ですから、当然、別に金に困ってもいないが普通に古物を持ち込んでくる方もいますし……それ以外の理由で『訳あり』を持ち込んでくる方もいらっしゃいます。その代表例が……高利貸しです」
「高利貸し?」
「ええ。いくつか故意にしている業者があるんですが、借金のカタに取り上げたり、差し押さえた骨董なんかを持ち込まれることが多いんですよ。まあ、私もそれなりに販路は持っていますんで、さばくのは問題なくできるんですが……さすがに最近、件数が多くなりすぎましてね。モノと金の移動に難儀するようになってきまして」
金属ならともかく、骨董品や美術品の中には、相応に丁寧に扱わなければならないものも数多くある。陶器類や絵画などはその代表格で、下手な輸送手段は使えない。
その場で売買を成立させ、客が自分で持ち帰る場合は何も問題はない。
だが、必ずしもそうはいかない場合も多い。モノ事態がかさばるような場合や、数が多い場合、客が目立つのを嫌って荷車や馬車などを動かせない場合などだ。
そういう場合は、口の堅い業者を雇って運ばせるのがこれまでの主流のやり方だった。実際、それに使えるような業者はいくつか心当たりがあるし、普段から利用している。
だが、最近はそれでも間に合わないくらいに取引数が増えてきている。特に、これまでは出回るようなことのなかった、いい値段になるが扱いに困るようなものが。
嬉しい悲鳴ではあるが、実際このままではどこかで破たんしかねないため、また別に輸送網を構築する必要がある。それも、一度に大規模に動かせて、かつ積み荷の取り扱いが慎重でもおかしく思われないようなものを。
出来るならば、一部でもいいので商売自体をそこで完結してしまえるような、中継地点兼支店のような役割を持たせられる箇所が1か所以上あれば理想的である。
「なるほどな……話は分かった」
「ありがとうございます。それで、いかがでしょうか? シャールゥナさんのシノギは、主に人夫の派遣と、投資取引だとお伺いしました。でしたら、大規模に、かつ丁寧に物を運ぶような輸送のルートをお持ちなのではないか、と思うのですが」
そう聞かれて、ルゥナは顎に手を当て、しばし思考に入るようなそぶりをする。
確かにルゥナのシノギは、ベアードの言う通り投資・取引の類をシノギにしている。
具体的には、これから値が上がりそうなものを予想してあらかじめ購入し、値が上がったら売るというやり方で……先見の明が必要だが、当たれば大きく儲けられるビジネスだ。
株取引・先物取引などに近く、近代的な感じがする、とはアイビスの弁である。
だが、そこで普段取り扱っているのは、鉱石や食料などだった。
極端な話、確かに大量に運ぶことはあるものの、雑に扱っても問題ないようなものがほとんどである。骨董品などを運ぶのには向いていない。
すると、ルゥナがその姿勢を解くより先に、ベアードは持ってきていた鞄から何かを出した。
「こんなもので参考になれば。私共が普段、取り扱っているものの見本です」
そう言って机に並べたのは、骨董品と思しき陶器の皿と、小粒だが透明度のある宝石のついたネックレス、それに、見た目からではよくわからない金属の塊だった。
「この金属の塊は何だ? 置物か?」
「それは遺跡からの出土品で……インゴットですね。溶かして使うんでなければ、歴史的価値の他は、まあたしかに眺めて楽しむくらいが使い道の品です」
「見本として持ってきたのか? 随分と用意がいいな」
「いいえ、実はついさっき商談を済ませて買い付けて来たものでして……言ってみれば、たまたま持っていたものなんですよ。もっとも、1週間もしないうちに売れてしまう見込みですが」
「ほう……回転が早いのだな」
「ええ、ですが、特に珍しいことではないんですよ。貴族家が破産するとなれば、その家が保有している財宝が売りに出されると、利に敏い人皆が予想するわけですので」
「なるほど……前もって買い付けの打診があるわけか」
例えば、ある家が値打ち物の壺を持っているとする。
その家が破産の危機に陥れば、その危機を脱却できるだけのものを売って金を作ることが予想される……例えば、件の『値打ち物の壺』などを。
ゆえに、古物商に対して、『もしあの家から『値打ち物の壺』が売りに出されたら、それをうちに売ってほしい』あるいは『競売を行う時は必ず呼んでほしい』といった打診を先回りして行うわけだ。合法的に、欲しかったけど譲ってもらえなかったものを手に入れる機会になる。
そう言った事例が多くあるために、貴族相手の商売は回転も速く、そしてほぼ確実に金になる、という説明を合わせてベアードは行った。
『手に取ってみてもいい』と言われたため、軽く眺めていたルゥナは、しばらくしてそれらを机に元通り置いて並べ、ベアードに尋ねる。
「先の話を掘り下げる形になるのだが、扱う骨董品はやはり壊れ物が多いのか? 正直に言って、私のルートでは、全くとは言わんがそういったものを運ぶのに向いてはいない」
「そうですね……梱包の時に、緩衝材になるようなぼろ布などを詰めますので、余程雑に扱わない限りは大丈夫だと思いますが……。このインゴットのように、頑丈なものだけを扱ってもらっても、3~4割にはなりますので、それだけでも助かります。あるいは……」
そこで、一瞬考えるようなそぶりを見せて、
「ご同僚か、舎弟の方の中に、応用できるような取引ルートをお持ちの方がいれば、巻き込んでいただいても構いません。そうですね……宝物やら出土品を扱うような取引・輸送ルートなら、もともとある程度は丁寧に扱うのが当然でしょうし、問題なく任せられるのではないかと」
それを言った直後、一瞬だけルゥナの目が細められ、剣呑な光を帯びたのを、ベアードは見逃さなかった。
「いかがでしょう。よければ……さすがにあなたと同じだけとは言えませんが、その方にもお礼はお出ししますし、ご紹介いただければ交渉も私の方で……」
「不要だ。残念だが……そういう心当たりはないな」
「そうですか……それは残念です。では……」
それから十数分の話を経て、両者は店を出て別れた。
ルゥナは仏頂面のまま、ベアードは愛想笑い程度の笑みで。
しかし、それぞれ別の路地を通ってそこから帰る途中……ベアードの方は、満面の笑みが顔に浮かぶのをこらえきれなくなっていた。
(ふっふっふ……いい塩梅に動いてくれそうだな。期待の新鋭なんて言われてても、所詮はただの小娘ってことだな……俺にかかりゃ、ちょいと誘導するだけでこんなもんだぜ)
今回の交渉、概ねベアードの思い通りの形で終わった。
結局のところとしては、ベアードの依頼をルゥナは受けた。ルゥナのルートでも運ぶのに無理のなさそうなものだけを扱って手を貸す、というところに収まった。
壊れ物を運ぶルートについては、当てがないということで、残念ながらお流れになった。
同僚……アイビスのシノギを使えば可能だったにも関わらず。
そして、それを当然把握しているベアードは、自分の思惑通りに事が運んだことに……より正確に言えば、ルゥナの反応が想定通りだったことに満足していた。
(商売敵……いやそれ以上に、ソラヴィアの舎弟に手柄をおすそ分けしてやることになるのがそんなに面白くないってことかね……くくっ、まあ好都合だがな。偶然を装って話にあげただけであの反応だ。となりゃあ、実際にそうなれば……くくく、今から楽しみだぜ)
自ら計画した作戦の第一段階を問題なく終了させたベアードは、路地を抜けた先で、待たせていた馬車に乗り込み、その場を後にした。
それとほぼ同じ頃。
同じように、別な場所に待たせていた馬車の中。
「んで、どうだった?」
「ああ……釣れたぞ」
アイビスからの問いに、最後まで仏頂面を崩さないままに、ルゥナはそう答えた。




