第40話 ベアードと逆恨み
「そんな……そんな話、聞いてないよ!?」
「何言ってんだ。お前は失敗したんだぞ? おかげでクライアントは大損害、怪我人まで出ちまった……だったら、その分の責任を取るのは当たり前だろうが?」
「そんなっ、でも……あんな仕事! ただの強盗だったじゃないか! それを損害とか……」
「あぁ!? 毎回それで金貰っといて何偉そうなこと言ってんだ小娘!」
凄みを利かせた一喝に、レオナはびくっと身をすくませる。言おうとした言葉の続きは、ドギューラの迫力の前に、あっけなく引っ込んでしまった。
レオナたちがねぐらにしている廃墟にドギューラが訪れたのが、十数分ほど前だ。
ただ、その時のドギューラたちは、いつもと違って剣呑な雰囲気を漂わせていた。
日頃から胡散臭い感じは漂わせているものの、今回は輪をかけて危険というか、明らかに敵意、害意の類をレオナたちに向けていたのだ。
そして半ば強引に建物の中に入り、始まったのは……以前のレオナが参加した仕事が失敗したことへの叱責。そして、その分の損害の補填請求だった。
「で、でも……こんな額、あたしたちじゃどう頑張っても……あ、明日のパンさえ変えるかどうか毎日かつかつなんだよ……どこをどうひっくり返しても、そんな……」
「……まあ、そのあたりは俺もわかってるさ。長い付き合いだからな」
突き付けられた額は、普通に法外と言ってもいい額だ。大抵の平民は目にしたこともない大金だろうし、借金がこの額になったとすれば首をくくることになるものも少なくない。
当然、収入も貯蓄もろくな状態でないスラムの民が支払える額ではありえないし……レオナたちには先日の失敗以降、ドギューラからの仕事の話が1つも来ておらず、そろそろ貯蓄も危なくなってきていたところである。金などあるはずもない。
悲痛な声を絞り出すようにするレオナに、ドギューラは少しだけ態度を軟化させ、
「こっちでも事情はわかるし、できる限りかばうようにはする。だがな、相手方も相応にやばい連中だ……下手をするとこっちがやばい。全くのお咎めなし、ってわけにはいかないだろうぜ」
「で、でも……じゃあどうしたら……」
「できる限り支払いのいい仕事を回す。あるいは……向こうの利益になるような依頼を受けて、それでナシつけるっていうのが妥当だな……これ以上は俺たちも譲歩できねえぜ」
結局その後、レオナは強く出ることもできず……今後、定期的に一定の額を支払って損害の返済に充てるという約束と、時々ではあるが、拒否権のない依頼をこなしてそのクライアントに貢献する、という形で償いをすることを約束させられたのだった。
うつむいたままのレオナを置いて、ドギューラ……もとい、ベアード、という本名の男は、それ以上何も言わずに建物を後にした。
レオナからは見えないように……ニヤニヤと下品な笑みを顔に張り付けたまま。
「さて……これでレオナの奴はしばらくは俺に逆らえねえ。こないだの失敗は痛かったが……ま、これでトントンってとこか」
ベアードが戻ってきたのは、町の表通りから少し外れたところに構えている、彼のアジトだ。
表向き『商人』を名乗っているベアードだが、その実態は当然ながらクリーンなものではなく、様々な裏の仕事を行ったり、あるいは行う者に対して人材やノウハウを斡旋・融通して収入を得る裏稼業である。
当然、レオナたちに回す『バイト』もその関連のものだ。
ベアードはスラムの孤児や浮浪者に、個人、あるいはグループでいくつもの伝手を持っている。こういった仕事の時に、はした金で動かして『人手』として使うために。
裏稼業からすれば、孤児や浮浪者など、使い勝手のいい労働力の最たるものだ。
低賃金で使うことができ、悪い待遇にしても文句も言わず(言える立場になく)、最悪使い倒して死んでも誰も文句は言わない。ベアードも例にもれず、そういう考え方をしていたし、レオナたちに対して、表面上はともかく、そういう意識で接していた。
レオナたちは、年齢の割によく働く上、仕事の失敗もほとんどないため、多少条件をよくして優遇しているが、他の十把一絡げのグループなどに対しては酷いもので、死人出る前提での職場に送って、はした金の支払いすら理由をつけて渋ることすら珍しくない。
そんなベアードは、今回の『仕事』におけるレオナの失敗を、それほど気にしているわけではなかった。重大な問題になっている、ということもない。
というのも、クライアントなどおらず、あの強盗を計画したのはベアード自身だったからだ。
レオナと同じような立場のならず者を金で集め、黒い金の取り扱いがある店の収益金を狙う。そういう絵図を自分で描いて実行した。
しかし不幸なことに、間違えて別人を襲ってしまったばかりか、返り討ちにあってレオナ以外の手札が全滅してしまうという憂き目にあった。
これにはベアードも顔をしかめたが、特にこの件に多額の経費が掛かっているというわけでもないため、気にもしていなかったのだ。
……レオナたちを返り討ちにしたのが、『ヘルアンドヘブン』の構成員……それも、ソラヴィアの舎弟である、という事実が判明するまでは。
「弟妹たちの安全や生活を盾にして、適当に売っ払ってもよかったが……どうせなら有効利用した方がいいわな。いい情報がいいタイミングで飛び込んできてくれたもんだ」
日数が経っていて、責任追及としてはいささか遅いタイミングだ。『何で今更になって』などとごねられる可能性もなくはなかった。
が、所詮スラムの子供にはそんな頭も発想もなかった。
予想通り杞憂だったことに呆れつつも、ベアードは、今日こうしてここに足を運ぶ理由になった……つい先日入手した2つの情報について思い出していた。
1つは、レオナが『ヘルアンドヘブン』につながりがあるという情報。
つながりと言っても、バックについているというようなものではなく……何かしらの一件で知り合う機会があり、それ以来顔を覚えてもらっているという程度のようだが、その相手がソラヴィアの舎弟だった。
ベアードにとって、忘れようと思っても忘れられない名前である。特別印象に残って意識することになるのも必然だった。
そしてもう1つは……最近、ソラヴィアが上り調子であると同時に、レイザーが停滞気味で伸び悩んでいるというもの。
そして、それをよく思っていないレイザーの舎弟が躍起になっているというものだ。
ベアードが失脚した最大の原因であり仇敵である――最大の原因は自分だろうが――ソラヴィアとレイザー。この2人が順調に上に行き、今ではそれぞれ組の『三役』たる立場についているということは、ベアードの耳にも届いていた。
忌々しく思いつつも、下手に手出しすることはできない状況だっただけに、今回手に入れた情報は、彼にとって最高に歓迎すべきものだった。
レイザーは組の『若頭』であり、序列は組長に次ぐNo.2。
対してソラヴィアは『執行委員長』。序列はNo.3だ。
これ自体には本人達の間では何のいさかいも起こってはいない。
むしろ、『戦いしか能がない』と日頃から言っているソラヴィアと、ソラヴィアと同等の戦闘能力に加え、参謀的な役割もこなせるレイザーでは、当然任される役も違ってくるだろう。
そして、本人達もそれをわかっているがゆえに、レイザーが上、ソラヴィアが下という今の構造を特に不満にも、疑問にも思ってはいないし、それを理由にいさかいが起こる気配もない。
だが、それはお互いの舎弟に話が及ぶと別であるらしい。
それが、今回ベアードが手に入れた情報だった。
発端は、ここ最近上り調子にあるソラヴィアの舎弟だ。
自他ともに認める一匹狼のソラヴィアが舎弟を取った。それも、3人も。
それだけで『何かあるのではないか』とベアードも見ていたのだが、案の定、その舎弟たちは過去に例を見ないほどのスピードで名を上げていっている。
その3人の中核たる1人に至っては、まだ加入して数年にも関わらず、『幹部候補生』にまでその序列を進めており、今最も勢いのある若手として名が知れている。
さすがに詳細まで調べたわけではないが、シノギも相当に太いものを持っているようで、組への上納金はもちろん、不定期だが自主的に出しているらしいソラヴィアへの上納金もかなりのものであるという話が聞こえてきている。
さらには、ここのところ社会が物騒になって来ていて、ソラヴィア自身にも出番が増え、その分手柄を上げて収入も出て羽振りがよくなってきているらしい。
その一方で、幹部時代に比べれば腰を落ち着け、事務所に構えているか裏方で動くことの多くなったレイザーは、舎弟たちまで含めてパッとした話はない。
シノギはこなしているようだし、堅実に結果は出しているのだろう。だがそこに派手さのようなものはなく、どうしてもソラヴィアに比べて見劣りしてしまう。
レイザー本人はそれを気にしている様子はないが……その舎弟がそうでないらしい。
レイザーにも何人かの舎弟がいるのだが、その中に1人、ソラヴィアの舎弟と同じ『幹部候補生』の立場に居る者がいる。その者が、現状に満足していない。
少し調べてみたところ、どうやらその『幹部候補生』の少女は、レイザーへの忠誠心こそ確かだが、気位というかプライドが高く、他者を見下す傾向があるらしい。
序列をないがしろにするようなことこそないとはいえ、レイザーや組そのものへの貢献度等を鑑みて、重要でない、大したことがないと判断できるような相手に対して、容赦なく毒舌で批判し、こき下ろす様が何度も目撃されている。問題になったことも少なくないようだ。
そんな性格であっても、今言ったようにレイザーへの忠誠心は本物。
当然、レイザーを軽んじるような噂が流れている現状に納得がいくはずもない。
序列で下のソラヴィアに見劣りしているという噂が流れているのに加え、なまじ同じ『幹部候補生』という立場の舎弟がいるだけあり、そこでも比較されてしまう。
さらには、ソラヴィア側が彼女自身を含めて武闘派で知られるのに対し、レイザー側は必ずしも大きく取り上げられることはない。
基本方針が違うからと言えばそれまでだが、だからと言って比較され、軽く見られて気分がいいはずもない。
最近では、その挙動に、わかりにくくも『焦り』のようなものが見受けられることもあるのに加え、酒の席や身内での話で、現状への不満や愚痴を聞くこともあるようだ。
……逆恨みだと分かっていても、ソラヴィア側の活躍が面白くない、という話も。
(おーおー、わかるぜお嬢ちゃん、評価されるべき者が評価されねえ悔しさって奴はよぉ……俺も散々苦労させられたからな。どれ……おじさんがちょっと手を貸してやろうじゃないか)
☆☆☆
その数日後、
裏通りの人気のない店で待ち構えていたベアードの前に、件の人物が現れていた。
「うちの手の者から聞いた。……私に話があるというのはお前か?」
黒に近い青色の長髪が特徴的な、切れ長の目を持つ美少女……シャールゥナ・クゥインスが。




