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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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第39話 脱法ハーブ

平成最後の更新になります。

皆様、令和の時代も本作をよろしくお願いいたします。



 例によって、使いどころがあるかどうか微妙な豆知識を披露しよう。


 『脱法ハーブ』とは。


 別名『吸い物』。乾燥植物に大麻等の『近似物質』の成分をしみこませた、比較的新しいタイプのドラッグだ。主に、手作りの紙たばこ用の巻き紙を使って『吸う』形で使用する。


 この『近似物質』ってところがミソ。要するに、似たような作用をもたらす物質ではあるものの……法律で禁止されている物質(大麻とか)そのものじゃないから、法律で規制できない。


 ゆえに、堂々と……とまでは言わないものの……禁止されずに販売することが可能なのだ。

 一応、表向きは『お香』として販売されているらしいが……。


 仮に法律やら条令で禁止されてしまっても、また新しい『近似物質』を……つまりは、ほんのちょっと成分をいじっただけのほぼ同じ物質を使ったギリギリ違うものが作られ、販売される。その繰り返しで、警察や司法当局とはいたちごっこになっている。


 そしてこの『脱法ハーブ』……普通のドラッグとは異なる点がいくつかあるんだが……その違いを一言でまとめてしまうと……『雑』。これに尽きる。


 まず、その作り方。さっき言った通り、乾燥植物に『近似物質』をまぶすだけ。

 たったこれだけで説明終わってしまうんだが……ホントにこれしかないからな。


 ここでいう『乾燥植物』ってのは、特に何の種類を使うということはなく、率直に言って何でもいい。極端な話、その辺に生えてる雑草でもいいそうだ。


 加えて、そのまぶす『近似物質』も……さっき言った通り、規制されたらちょっと成分変えただけのを延々を使っていくわけなんだが、そうして新しく作った時、いちいち品質のチェックなんてもんはしない。似たような成分、似たような作用が出ればそれでもう、売る。


 製法や材料以外にも、こいつは色々と『雑』である。


 多少のノウハウや『近似物質』の入手ルートさえあれば作れるため、素人が手を出すこともままある。不良の未成年とかが作ったりもしたそうだし、店売りの品ですら、ろくなレシピやマニュアルもなく、テキトーに手作業で作られているとか聞いたことある。


 さらには、入手も容易だ。ネットで簡単に買えるし、海外からの個人輸入も難しくない。値段という意味でも、コストもかからないので値段が安く……1パック数千円で売られていたりする。


 そんな感じなので……当然ながら、こいつは品質も『雑』だ。


 変な話、本筋の売人が売る覚せい剤ってのは、きちんと『品質』を管理されている。

 売る相手が死んでしまったら商売にならない、という酷い理由からだが……それでも、用法を守って使えば(法律を守ってないが)死んだり、危険な状態にならないようになっているそうだ。


 だが脱法ハーブは、作り方も雑ならその管理も雑。安全管理の『あ』の字もない。

 どんな成分がどのくらい使われていて、どの程度使えば危険で、どの程度ならそうでないのか……そういうのを、作っている人間も、売っている人間も知らない。


 極端な話、予想もつかない作用が起こって死人が出てもおかしくないわけだ。

 というか、現代日本では実際に出ているらしいが。


 ドラッグそのものが原因で使用者が死んだ事件もあれば、吸ってラリって暴れたり、車暴走させたりで周囲に被害が出た事件もあり……ひっどいなマジでこれ。


 ぶっちゃけ、合法であっても安全でも何でもない、なんなら違法なものより危険な薬物。

 それが……『脱法ハーブ』である。


 ……とまあ、こんな感じの内容を、『拠点』に戻ってからソラヴィア達の前で説明させていただいた。今日、カロンと尋ねた教会にあったハーブ畑のことを交えて。


「なるほど、な……現状浮かんでいる疑問全てが説明できるな、その仮説が正しければ」


 と、レイザーは少しの感心と、その何倍もの呆れを声と表情に滲ませて言った。


「供給ルートや加工する設備が見当たらないのは、そもそもなかったからってわけか……」


「専用の設備も専門的な知識もなし、簡単なマニュアルだけで素人が適当に作るドラッグ……そんなものがあったとは……タチが悪すぎるな」


「道理で網に引っかからねえわけだ……ベアードの野郎、厄介なもん考えやがって」


「あの……さっきも言いましたけど、割と推測とか入ってますからね? 決まったわけじゃ……」


 と、俺が念押しするように言うが、それを遮ってレイザーは言った。


「いや、おそらくその予想で正しいぜ、アイビス。こっちも偶然仕入れてたものの、役に立つかどうか微妙な情報だったんだがな……ベアードの野郎が表の稼業で、香辛料やハーブ類の取引に、不自然なほどに力を入れてる形跡があるんだわ。恐らくそれに使ってんな」


「その『近似物質』とやらも、薬物関係の網には引っかからない別ルートで仕入れていたんだろう。簡単ではないが、薬物そのものでないのなら、カモフラージュして輸送することは不可能ではないはずだ。そして、後から『テキトーに』混ぜて形にする……か……」


「しかし、アイビスの予想が正しいなら、それに使う植物は何でもいいのでは? わざわざハーブ類を使う理由は何なのでしょう?」


 レイザーとソラヴィアの推理の中で、ふと気になったらしい点を、ルゥナが確認する。


 それは俺も思った。何でわざわざ、媒介にする植物に『ハーブ』を選んでるんだ?

 今の話じゃ、あの教会も含め、金をかけて仕入れてるみたいだし……いくら後で、ドラッグとしての売却益でカバーできるとしても、余計な手間になるなら省いた方がいいんじゃないか?


「考えられる可能性としては……香りづけのため、ですかね?」


 と、デモルがつぶやくように言った。


「香りづけ? って……どういうことっすか?」


「ハーブの香りを、それっぽい雰囲気を出すのに役立てる……ということか?」


 カロンとゴウライがそう聞き返すが、デモルは首を横に振って否定する。


「いえ、そうではなく……たとえば、使用するその『近似物質』がもともと匂いが気になるようなものであれば、ハーブの匂いでそれをごまかすために……という可能性もあるかと思いまして」


「ありそうだな、それ。ベアードが力を入れてるのは、ハーブ以外だと香辛料のやり取りだ。それに紛れさせて『近似物質』を密輸してるとすれば、匂いが移っちまっててもおかしくねえし、そういうのって割と匂いきついの多いからな。吸う時に気になってもおかしくねえ」


「触媒そのものに匂いがついているのであれば、まぶすだけの『近似物質』の匂いを上書きして塗りつぶすのも難しくないな……俺やカロンの鼻でも、ごまかされるかもしれん」


 なるほど……なかなかよく考えられてるもんだ。

 これも同様に推測が多分に入ってるもんだが……いい線いってるとは思う。


 まとめると、『ヘルアンドヘブン』のシノギで『薬局』なんて真似をしてくれてる下手人は、元構成員のベアード。『ドギューラ』という偽名でこのあたりに出没し、原料になるハーブを教会で栽培させたり、孤児やチンピラを動かしてその他の後ろ暗いシノギを手伝わせている様子。


 その取引しているドラッグの正体は、おそらく現代日本で言う『脱法ハーブ』の類。生産のための工場等がどこにあるのかまでは不明だが、安かろう悪かろうの薄利多売ビジネスの様子。


 おまけに、構成員時代のノウハウを悪用し、こちらに悟られないように動いている様子である……とまあ、こんなところか。


「裏を取る必要はあるだろうが……だいぶ絞り込めたとみていいだろう。だがどうするレイザー? 今まで通りのやり方で動いていたのでは、時間がかかるぞ? もちろん、確実性を取るにはそれでも仕方がないかもしれんが……」


「それでも悪くはねえんだが……ちっと面白くねえな。これ以上、絶縁くらってるような半端モンに俺らのシマで好き勝手されんのはよ」


「同意するが……何か手でもあるのか?」


「一応な。……ソラヴィア、アイビスを借りていいか?」


 そんな会話の中、レイザーの口から不意に俺の名前が出てきた。


 思わず『え?』という声が出てしまったが、ソラヴィアとレイザーは、ちらりとこちらに視線を向けた程度で、そのまま会話に戻っていた。


「必要とあれば構わんが……何に使う気だ?」


「何、ちょいと奴をカタにはめてやろうと思ってな……それにはこいつが適任なんだよ」


「もう絵図ができたわけか……相変わらずよく頭が回る」


 何か勝手に俺が協力するとか、『借りる』とか『使う』とか言われてるが……まあ、別に協力すること自体に異論はない。言い方も、別に見下したりバカにして言われてるわけじゃないのはわかるから、特に気にはならない。


 が、何をやることになるのかは正直気になるな……ソラヴィアの舎弟として、その立場に恥じない働きをしたいとは思っているものの。


「あの野郎が組を追い出されることになったきっかけ、覚えてるか?」


「『薬局』だろう? よそのギャング連中が持ってきた密売の話……私やレイザー、他の幹部が蹴ったそれをアイツは裏でこっそり受けた。私達を出し抜こうとしてな」


「そーゆーこった。野心バリバリだったからな……人脈や実力でかなわねー以上、金で上行こうと思ったんだろうが……そんでその後、どうも俺たちを逆恨みしてる感じがあったろ」


「加えて、そのルートを潰して奴のガラを抑えたのも私達だったからな。奴にしてみれば、タチの悪い皮肉のようなもんだ。相手組織のギャングや、秘密裏に奴に従ってた舎弟連中もまとめて潰したしな……そのことに関係のある作戦か?」


「おう。簡単に言やあ……野郎の逆恨みと野心、復讐心を逆手に取る」


 そう言って、レイザーは再びこっちを見る。


「作戦の肝は、どれだけ自然体でいられるか……まあ、とどのつまり演技力だな。エムロードやカロンにはちっと向かねえ分野だ。ゴウライはそういう性格じゃねえことはアイツも知ってるし……デモルには別の仕事を頼みたいと思ってる。つまり、俺とソラヴィアの舎弟でこの作戦に出られそうなのは……ルゥナとアイビスだけなんだわ」


「「!」」


 俺と、ルゥナ?

 ますますわからん……何をさせられるんだ?


 それに今の言い方だと……前提条件として、役者はソラヴィアのレイザーの舎弟の立場にある者であることが上がってるな。多分、作戦に関係あるんだろうが……。


「細かいシナリオは今から詰める。とりあえずお前ら……特に今名前を挙げた2人。いつでも取り掛かれるように体を開けといてくれ。そしてこれが重要だが……俺が呼び出した時以外、この極秘任務のことは意識もしねえようにして、自然体でいつも通りに過ごせ。以上だ」


 そんなレイザーの言葉を聞きながら……おそらくは実行犯の役割を担うことになるであろう俺とルゥナは、どちらからともなく顔を見合わせ……無言でうなずいていた。


 どうなるかは、わからない。

 わからないけど、何であれ任されるからには全力を尽くそう。


 そんなやり取りが、無言で成立したと思う。





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