第36話 事情聴取
謎の集団の襲撃から、おおよそ1時間後。
若い連中によってそいつらの回収が済んだ後、デモルとも合流した俺達は、普段暮らしているのとは別な拠点――と言っても、そこみたいに整ってはいない、ちょっと休憩ができる程度の設備の場所――に移動した上で、こっちはこっちで取り調べを行うことに。
誰の? 言うまでもないだろう。
さっきから震えっぱなしの、この獣人娘……レオナのだ。
あの現場で、レオナは路地から唯一の出入り口に立っていた。それに加えて、襲撃があった場所は、レオナが暮らしている、っていう話だったスラムからはだいぶ離れている。
普通に考えて、何か関わりがあった……というか、加担して見張りをしていた、と考えるのが打倒だろう。強盗している最中に、邪魔が入ってこないように。
そのレオナは、今、そのアジト(質素)の一室で……震えながら、床に頭をこすりつけていた。見事な土下座である……あんまり見ていて気分のいい光景じゃないが。
それを、責めるような厳しい目つきで見下ろしているカロンとデモル。
俺はというと……まあ、二人ほど敵意バリバリじゃねーとだけ言っておく。
ただまあ、女だからって理由で加減するようなか細い神経は持ってないけどな。それについては、『リングウッド』のダンジョンで、襲って来た女探索者の末路からも分かると思うが。
この獣娘がどういうことになるかは、今後の取り調べの内容次第である。
「本当に……本当にすいませんでした! 恩を、仇で返すようなことを、してしまって……!」
少なくとも、きちんと詫びができる程度には分別はあるようだ。あの時のと違って。
繰り返しになるが、さっきから震えっぱなしである。今は止まっているようだが、涙まで流してたし……いや、単にこれからどうなるか、怖かっただけって可能性もあるが。
アリシアからも、『女の涙は信用しちゃダメよ。アレは女にとって、立派な武器の1つなんだから……ってお母様が言ってたわ』って言われてるしな。怖い話だ。
そんなことを考えていると、
「そればかり言ってもらっても、何もわかりませんし、始まりません。きちんと最初から、詳しい事情を聞かせてもらいましょうか」
「そうっすね……オイラとしては、お前を助けた時には、骨のある奴だな、とか思って割と気に入ってたんすけど……願わくば、それが間違いだった、なんてことがないといいんすけどね」
露骨に恐怖をあおる、2人の言葉。
しかし……どうやら、特にカロンに言われたことの方が、レオナには応えたらしい。わかりやすく絶望や悲痛を顔に浮かべて……また、泣きだしていた。体の震えも大きくなり……呼吸も、気のせいか不自然な感じになっているような……過呼吸じゃないのか?
……演技じゃなかったとすれば、カロンに懐いてたからな。そのせいかもしれん。
だとしたら、狙って俺たちと敵対したわけじゃないとか、そういう感じであってほしいもんだが……これも全ては、事情を聴いてからだな。
とりあえず、治癒の魔法の応用で過呼吸は治して……落ち着いたところで、説明させる。
聞いた内容によると、大体こういうことのようだ。
レオナのグループは、前にも聞いたように孤児の一団だ。まともな仕事なんて持っていないし、時には違法行為に手を染めてでも、食料や金銭を手にする必要があった。
でないと、食えなくて死ぬしかないから、比喩でなく、そのままの意味でだ。
そんな貧しい生活を送っているレオナたちに……ここ最近、時々だが、仕事を持ってくる男がいるらしい。
名はドギューラ。商人風の身なりの、小太りの中年男。
どこで何をしている奴なのかは不明。誰も知らないそうだ、少なくともレオナのグループは。
そのドギューラは、今言ったように、時々孤児たちに『仕事』を持ってくる。
レオナたちにとって、普通の仕事と言えば……靴磨きとか、荷物運びとか、そういうわずかな金にしかならない雑用系のそれだ。1日へとへとになるまで働いて、どうにか1日2日暮らせる程度の金額しかもらえない。孤児だからって足元を見られて、安く使われるのが常。
だが、ドギューラが持ってくる仕事は、それよりもはるかに実入りがいい。時々……数日に1回程度しか紹介されなくても、その1回で数日、グループ全員が食いつなげるほどに。
けどまあ……大方の予想通りというか、その仕事がそもそもまともじゃないようで。
言うが早いか、かなりやばい仕事、ということらしい。
もっとも……どうやばい仕事なのかは、レオナは知らないようだった。嘘でも何でもなく。
「し、仕事の内容は……もっと正確に言えば、詳しいことは何も聞かない約束なんです。私達は、ただ言われた通りのことをやるだけ、その他の重要な部分は、ドギューラさんの仲間……かどうかはわかりませんけど、私達じゃない、別な人たちがやる。何も聞かない、調べない。その最中や、後になってから誰にどう聞かれても、『わからない』とだけ答える……それがルールで……」
「それさえ守っていれば、ちゃんと金は支払ってくれる、ってわけか……」
聞けば、レオナが今まで担当した『仕事』は、どれもそんな感じだったようだ。ヤバそうなことをしているっぽいのはわかるが、その核心につながるようなことに触れる機会はなかったと。
以下、『仕事』の一例。
人の頭くらいの大きさの布袋を渡されて、『この場所へコレを運べ』『中身は見るな』とだけ言われて送り出され、実際にその場所にいた人にそれを渡す。
指定された日時に、指定された場所を訪れて、そこにあるものを掃除して処分する。
なお、普通のゴミとかガラクタの他に、ガラスの破片とか金属のかけら、湿った布の切れ端なんかが落ちてたらしいが、まとめて町の外に運んで焼いたそうだ。
指定された日時に、指定された場所を……事前に受け取っていた服を着て、髪型も変えて、何もせずにうろちょろ歩いているだけ。終わったら、服は燃やして処分する。
……どれも、どうってことないただの雑用か、意味も分からないいたずらじみた何かみたいだが……ちょっと見方を変えると、ヤバい意味がありそうなもんばかりでもあるな。
予想するに……運び屋と、証拠隠滅と……替え玉、あるいはアリバイ作りの類か? いや、何も根拠とかねーけど、雰囲気的に。それだけで高い金もらってるんだし、何かはあるだろう。
もっとも……自己申告どおり、レオナ自身には何も知らされていないんだろうが。
「では……マスターとカロンを襲った今日の一件も、何をするかは聞かされていなかったと?」
「はい……いつも通り、何も知らされずに呼び出されて、誰も入ってこないように見張れ、誰か来たら知らせろ、って……。けどそうしたら、来たのがカロンさんとアイビスさんで……私、どうしたらいいかわからなくて、けど、なんとかしなきゃ、って思って……それで……!」
「それで? ……! なるほど、あの直前に聞こえたのは、そういうわけっすか」
「ん? どういうことだ、カロン?」
「いや、ほら……あの連中が囲んでくる直前に、何か聞こえた気がするー、って言ったじゃないっすか。アレ多分……犬笛か何かっす」
「犬笛?」
それってあの……猟犬とか牧羊犬に指示を出すときとかに使う笛か?
たしか、人間の可聴域外の甲高い音が出るから、普通の人間には聞こえないんだよな。
「ええ。でもオイラみたいな獣人の一部には、聞こえる奴も多いんす。オイラは下積み時代、家畜の世話なんかもやってたから、実際にそれを聞く機会も、なんなら使う機会もあったんすけど……」
そこでカロンは、ちらっとレオナの方を見て……するとレオナは、恐る恐る、といった感じで、自分の服のポケットから……ちいさな金属製の何かを取り出した。
筒みたいな形をしてるが、ひょっとして……コレが?
「ひ、昼間に、農家の手伝いで羊の世話をして……その時に借りてたんだけど、返すのを忘れて……偶然持ってたんです。カロンさんなら、コレが聞こえるかもって、それで……!」
「……! それを使って、カロンに合図を出したのか」
「はい、もう、とにかく……何か変だって、ここを急いで離れた方がいいって、そう思ってくれればって……でも、間に合わなくて……ほ、本当にごめんなさいっ!」
そうして、また土下座に戻る。
なるほどね……一応、助けようとはしたわけか。
知らされていなかったこともあって(というかあの連中、そもそも勘違いで俺らを襲った可能性が高いんだが)、別に恩を仇で返す意図があったわけじゃないようだな。
どうしたもんかと黙って考えていると、恐る恐る、といった感じでレオナは頭を上げ、カロンの方を見上げる。
「……俺の顔見ても何も書いてねーぞ」
「いちいち怖がらすな、カロン。もう俺怒ってねーから……別にあんな連中、あの倍の人数来ても問題なかったしな」
「そりゃあの程度、兄貴なら目つむってても余裕でしょうけど……」
「いや、目瞑ってはさすがに無理だって。両手使わねーで足だけでやる、くらいならまあ、できなくもねーけど……そもそもお前だって、そんなに怒ってねーだろ?」
よく見ないと……っていうか、普段から一緒に居る俺やカロンくらいしかわからないかもしれないが、こいつの表情から、攻撃色みたいなのが消えているのは、見て既にわかっている。
多分だが、曲がりなりにも俺たちに危険を伝えようとはしていた、ってことが分かったからだろうし……そもそもこいつ自身、レオナのこと、悪くは思ってなかったしな。
「それはそうっすけど……オイラとしては、兄貴に危害が及ぶ危険があった、って時点で看過できねーんすよ。可能性とか、強さ云々は置いといても」
口をとがらせて、カロンはため息交じりに言う。
「レオナの言うことも多少はわかるんす。多分だけど……こいつにとってのグループの仲間達と同じように、オイラにとっても兄貴やデモルっち、アリシアの姐さん達は大切っすから、どうしても守りたい、助けたいって思うのは……けどだからこそ、大事なもんに手を出されて、黙ってるわけにはいかねーっつーか、納得したくないっつーか……」
「本当に……すいませんでした……」
カロンが口ごもったタイミングで、レオナが再び、恐る恐る口を開いた。
「知らなかったで済むことじゃないだろうし、恩をあだで返すことになってしまって……アイビスさんに……カロンさんの大切な人に、酷いことを……許されないことだって、わかってます。私……どんな罰でもうけます、どうなっても構いません。でも……せめて、グループの皆には……」
……相変わらず、恐怖に震えて泣きそうな目だけど……それでも、さっきまでとは少し違った輝きを帯びていた。これは……覚悟を決めた、かな?
自分はどうなってもいいと、本気で思っているらしい。けどその代わりに……って言っていいのかはわからんが、グループの子達に何かするのはやめてほしい、と。
……最初から別に、何かするつもりはなかったけどな……グループで結託して襲って来た、とかいう内部事情でもなければ。
さて、どうしたもんかね。
極端な厳罰に処すつもりはすでにないが、無罪放免ってわけにも……と、考えていたその時、
――ガチャ、バタン
「「「!?」」」
突然、部屋の外からそんな音が。
思わずというか反射的に、俺、カロン、デモルが身構える。レオナは、突然俺たちが動いたことで、何事かと驚き、戸惑っていた。
……今のは、家のカギが開く音だ。
この拠点で取り調べを行うにあたって、鍵は閉めていた。それが……恐らく、音の感じからして、ピッキングとかじゃなく、普通に開錠された。合鍵か……はたまた、マスターキーで。
そして近づいてくる、複数の足音。
そのまま、迷いない足取りで部屋の前まで来ると、当然のように部屋の扉も開けて……
「おう、やってんなお前ら」
「「「! お疲れ様です、若頭!」」」
この物件(拠点)のオーナーであり、『ヘルアンドヘブン』のNo.2若頭。
部外者であるレオナにも分かるように言うと、カロンや俺なんかよりもずっと偉い人。
レイザー・O・ホームズその人が……なぜか、後ろにメイド1人と幼女1人、そして熊1匹(!?)を引き連れて、取り調べ室に入ってきた。
……え、何これ?




