第33話 カチコミと少女と適当なスープ
組長直々に密命を帯びて動き出してからしばらく。
俺ら3人は、特に何も変わったことはせずに、いつも通りの生活を送っていた。
『薬局』について調べなくていいのかって? いいんだよ、そっちはレイザーがやってるから。
そもそも、俺たちは何かこう……スパイみたいにして動くのが得意ってわけじゃあない。
多少の演技はできる自信はあるものの、そっち方面の仕事についてのノウハウはほとんどないし……それについては、ソラヴィアやレイザーも承知だろう。
だから、そういうのに比較的慣れていて、ノウハウもきちんとあるレイザーやソラヴィアにそれを任せている。俺たちは、まだ何もしない。
俺たちが動くのは……その尻尾をつかんだ時だ。レイザーやソラヴィアから指令が降りてきて、倒すべき敵が明らかになった時。迅速に動いて逃げる暇を与えずに叩き潰すのが俺らの役目だ。
そして、まだそういった情報は降りてきていない。
漏洩を防ぐため、徹底してレイザーはその調査内容や手段、進捗などを秘匿している。おそらくその情報を共有しているのはソラヴィアだけだろう。俺たちにできるのは、待つことだけだ。
当然、それをただ待機だけして待つってことはできないので、普通の仕事をこなしながらだ。
本日のお仕事は…………またカチコミかよ、最近多いな。
☆☆☆
今回は、うちの縄張で物流のルートにちょっかい出してきた連中の粛清。
当然ながら、密命にあった連中とはまた別件だ。
こっちで色々と品物を仕入れて卸して取引してる店に接近して、うちの品物を横流しさせたり、逆に粗悪な品物を無理やり売りつけて売らせたりしていた、半グレの小悪党連中がいた。小銭稼ぎに夢中になって調子に乗ってるバカ共が、『ヘルアンドヘブン』に喧嘩を売っていたわけだ。
その自覚があったのか、その意味が分かっていたのかは……この際どうでもいい。
指令が下った以上、俺たちがやることに変わりはないのだから。
「ほー、ここが拠点ね……街はずれだけど、いいとこ住んでるな」
「構成員の中に小金持ちがいるようで……恐らくは、そいつとその取り巻きが中心になって、調子に乗って始めた商売なんでしょうね。手口の悪質さの割に、その他の脇固めが随分とお粗末でしたから……あくまで趣味の範囲だったというのは読み取れましたし」
「趣味でバカやって虎の尻尾踏んづけてちゃあ世話ないっすね……ま、特段面白みもない連中みたいですし、わきが甘いのはオイラたちとしては楽でいいっすけど。さっさとやりますか」
「ええ。夜も遅い……早めに済ませましょう」
「だな。集会で幹部連中がそろうまでずっと張り込んでたから、飯まだだし、腹減った。さっさと片づけて飯食いに行こう……お前ら何食いたい? 俺、炭水化物」
「大雑把ですね。僕は……今日は鶏肉の気分ですね」
「あ、オイラも肉の気分っす。できれば豚かな~……」
「肉な。これ終わって……時間が……となると、屋台は閉まってるかもな……組の息がかかってる酒場にでも行くか。サンドイッチの美味い店知ってるから。鶏も豚もあったはずだし」
「酒場……子供3人で行って、つまみ出されませんかね?」
「大丈夫だろ。前にソラヴィアと一緒に行ったから、店主が俺の顔知ってるし。少なくとも持ち帰りで売ってはくれるから、そんときゃ買って帰って部屋で食えばいい」
「なるほど」
緊張感のない会話をしつつ、俺たちは、眼前にある、そこそこ豪華な洋館、といった感じの建物に向けて歩き出していた。
そして終わった。
……てんで手ごたえなかったなー……ただの、金と暴力で派手に遊んで粋がって、偉くなった気になってる不良、って感じ丸出しだった。
最初こそ、乗り込んできた俺たち3人を見て……どう見てもただの子供だったということもあってだろう。連中、大笑いして、『バカが自分から攫われにきた』『どいつもいい値段で売れそうだ』なんて、奴隷商人かどこかに売り飛ばすところまで考えて話したりしていた。
当然まあ、その下卑た笑みが顔面蒼白の様相に、高笑いが悲鳴と断末魔の大合唱に変わるまで、そう長い時間は必要とされず……しまいには命乞い大会になっていた。無駄だが。
こいつらはバックに誰も、何もいない、ただの調子に乗った不良集団だということは調査済みだ。見逃したところで、毒にも薬にもならない。しかし、調子こいて復讐に来る可能性はある。
だったらきれいに掃除してしまえ、ということで……1人残らず始末した。
元々、相当にアコギな商売に手を染めていた連中である。特に躊躇もなかった。
そして、その拠点の中にあっためぼしいものは全部、後から応援で来てもらった人らと協力して運び出し、こないだと同じように持ち帰ることになった。
で、今、その到着を待ってるわけなんだけども……それまでにガサ入れ進めちゃおうと思って、部屋を順々に漁ってた時に……あるものを見つけた。
見つけたのはカロンで……『兄貴! デモルっち! こっちに!』との呼び声を聞いて、階段を駆け下りたところに、それはあった。
そこにあったのは……地下牢。
デモルやカロンを閉じ込めていた組織と同じように、ここの連中も地下に牢屋を隠していた。
そして、その中には……1人の少女が入れられていた。
年齢は……俺らと同じか、少し下くらいか? 小柄なせいでそう見えるのかもしんないけど。
汚れてくすんではいるが、ボリュームのある明るい茶髪と、口元から見える八重歯が特徴的だが……それ以上に目を引くのは、その頭についている、一対のネコ耳だな。獣人か?
そんな女の子が、全身に痛々しい打撲痕や青あざをつけて、全裸で牢の中に転がされていた。
眠っているのか(あるいは気絶しているのか)、ピクリとも動かない。
「つくづくクズだな、ここの連中……そういう趣味だったのか」
「いえ、これは……ただ単に、純粋な虐待ですね。幸か不幸か、辱めの跡は無いようです」
牢屋の外から見て素早く分析したデモルがそう判断する。
薄衣一つまとっていない少女の体は、どこもかしこも丸見えだ。『そういうこと』をされている痕跡がないかは、目視ですぐわかるし……正直、色々なものが見えたところで、欲情もしない。
カロンに視線をやると……こちらは恐らく匂いからの判断だろうが、同意見のようだ。
ただまあ、そりゃよかった……とは言えないだろうな。エロいことされてなくても、見た目一発、十分酷い目に遭ってるわけだし。
よく見ると、細かい擦り傷や切り傷もたくさんあるな。口元も切れてるっぽいし、手足の爪は何枚か割れて、血がにじんでるな、痛々しい。
全裸なのは……直接的なコトはされてなくても、さらし者か何かにされたか? 悪趣味な。
「奴隷を痛めつけるのが趣味……とか? 首輪ねーけど」
「……その可能性自体は否定できませんが……この牢屋の使用感を見るに、この少女がここに入れられてから、まだそう時間は経っていないようです。体の傷もほとんどが新しい傷だし、体は汚れが目立つ……それにこれ、見えますか? 爪の間に、真新しい土の汚れがつまってます」
「ああ、見える……っていうと、つまり?」
「この地下室には、土の床や壁はありません。つまり、ここ以外で付着した痕跡ということになる……推測ですが、この娘は、屋敷の外で暮らしていた孤児か何かではないでしょうか? 何らかの理由で最近ここに連れてこられて、暴行を受けていた、といった所かと」
デモルの名探偵っぽい推理に感心しつつ、もう一度、オリの中の少女に目を向ける。
言われてみれば……細身を通り越して、痩せてる、っていう表現を使ってもいいくらいには、体が細いかもしれない。肋骨とか若干浮いて見えるし……小柄なのも栄養足りてないせいか?
ひゅー、ひゅー、と聞こえる、寝息にしては弱々しく、痛々しさすら感じる音。
狙ったように……その腹からは、きゅるるる……なんて、これすらも弱々しい空腹の主張が。
それを見て、聞いて、いたたまれない気持ちになっていると……横で珍しく静かにしていたカロンが、すっくと立ちあがって言った。
「あー……兄貴、すいません。ちょっと頼みというか、提案というか」
「何だ?」
「上に……あいつらの食いかけの食いもんとか、出しっぱなしの食材とかあったっすよね?」
「おう。ついでに言えば、キッチンもあったな」
「ええ。というか、ちょうど食事をしていた者もいましたね」
……まあ、言いたいことは聞かなくても分かる。
実は、俺も大体同じこと考えてたからな。
応援の雑務部隊が来るまでまだ30分以上はあるし、このくらいはいいだろ。
どうせ捨てられる見込みのもんを、もったいないから有効利用する、ってことで一つ。
☆☆☆
「……っ!?」
それから数分後。
『言い出しっぺですから』と、その役目を引き受けたカロンは、アイビスとデモルにガサ入れの続きを任せ……今しがたできた料理を、鍋のまま持って地下に降りた。
その匂いに反応したのか、声をかける前に、牢屋の中の少女は飛び起きた。
そして周りを見回し、ちょうど階段で降りて来たところのカロンを……否、彼が手に持っている鍋を見つけると、そこに視線が固定される。
そのまま牢屋の前までくると……無言でただひたすら鍋を凝視していた少女の表情に、初めて変化が起こった。鍋を持っている俺を見て……すがるような目になったり、恨み骨髄の怒りの視線を向けてきたり、泣きそうになったり、悔しそうにしたり……相変わらず無言のままの、百面相。
「……そんな、親の仇を見るような顔すんなって。普通にやるから」
「…………えっ?」
と、今度は意外そうな顔になり、きょとんとしてカロンを見返す少女。
その目の前で、カロンは持ってきた鍵で牢屋の扉を開け、普通に中に入る。
そして、鍋から……小さ目の器に、その中身をよそった。
中身は、ありもので適当に作ったスープ、ないし煮物のような何かである。
大雑把なありあわせで、名前もどう読んだらいいのかわからない適当な料理だ。
それでも、短くない部屋住み生活で家事能力を身に着けたカロンである。アイビスや、専門の係には及ばないとはいえ、十分に食えるものを作れるだけのスキルはあった。
そしてそのスープは、通常よりも長めに煮込んで――さらにカロンの能力で、内部まできっちり熱を通して――具材全部が柔らかく、フニャフニャになるくらいにしてあった。
中には、溶けてしまったものもあるだろう。
これは少女が、見た目からして、長いこと満足に食べられていないとわかったためだ。
空腹続きで弱った胃袋に、消化に悪いものを放り込むと、腹を壊す。最悪、死ぬ。
そうして目の前に差し出された、スープの器を目の前にして、未だに少女は、首と目以外は動かさずに、呆然としていた。
「……どうした。腹減ってんだろ?」
「……いい、のか? 食っても……?」
「そりゃまあ、そのために持って来……」
言い終わる前に、少女は食べ始めた。スプーンを手に取って、一気にかきこんでいた。
「あーあー、もっとゆっくり落ち着いて食えって。胃びっくりするから、誰も奪らねーから」
「うっ、う……ぐ……っ! ひぐ……うま、っ、っ……!」
聞こえているかも定かではない。嗚咽交じりに、涙を流しながら、少女はスープを掻っ込む。
途中、何度かペースを落として、噛みしめるようにじっくりと味わったり……急いで食べすぎてむせたりしていたが、すぐに食べ終わり、鍋に入っている残りのスープを、物欲しそうに見る。
それを待っていたかのように、カロンはにかっと笑うと。
「ん。結構、結構、食う元気はちゃんとあるな」
遠慮すんな、と付け加えて言いながら、2杯目をよそってやるのだった。
それから十数分。
お代わりを繰り返し、小鍋の中のスープを全部平らげるまで……その少女は、一度もスプーンを置くことなく食べ続けた。
ぼろぼろ涙を流して、しゃくり上げて……裸身をカロンが見ているのも気にせずに。
もっとも、そのカロンが少女を見る視線に、やましいものはなく、『とりあえず』と自分が着ていた上着を貸してやることまでしていたので、警戒していなかったのかもしれない。
食べ終わると少女は、満足したかのように……あるいは、腹が膨れたことで安心して、今まで積み重なっていた疲れがどっと押し寄せたのか……そのまま、牢屋の中で眠ってしまった。
アイビスとデモルが後始末を終えて呼びに来たのは、その10分後だった。
戦利品その他回収のための、応援の雑務係の皆さんが到着したのが……その、10分後だった。




