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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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第32話 酒場の風来坊



 大通りから少し入ったところにある、一件の静かな酒場。


 盛況・繫盛といった単語とは必ずしも結び付きそうにはないものの……逆に言えば、静かに酒を楽しむのが好きなような客には向いている、と思われる雰囲気の店。


 客席をぱらぱらと埋めて座っている客たちは皆、そういう趣味なのか、少なくともこの静寂を居心地悪く思ってはいないのだろう。皆、目の前のグラスの酒と料理を各々楽しんでいる。


 そんな中、カウンターに座って酒を飲んでいた1人の男が、店主を呼び『ごちそうさん』と言って店を出た。さほど酔ってはいないようで、足取りはしっかりとしたものだ。

 外套と、大きめの帽子を目深にかぶり、しっかりとしたつくりの服に身を包み、大きな肩掛け鞄を下げているその様子は、ふらりと店に立ち寄った旅人か何かにも見えた。


 その男は、店から出て数歩歩いたところで……足を止める。

 その前後からはさみこむように、2人の人影が立っていた。


 1人は、銀髪に色白、それに和装という、ややちぐはぐな恰好の年若い男。

 もう1人は……黒髪に色白の肌が特徴的な、背の高い、若い女。


 両者ともに、たたずまいには隙がなく……さらに、まとっている静謐な空気や、漂う緊張感のようなものもあり、たとえ素人でも『只者ではない』とわかる雰囲気だった。


 そんな2人に挟まれていてもなお……間に居る男は、さして動揺した雰囲気も何も見せない。


 気持ちよく酔ったらしい、機嫌のよさそうな表情のまま……やれやれ、とため息をついている。


 その男に対して、前に立ちはだかっている方の、若い男はつかつかと歩み寄り……


「おう、早かったなレイザー。助かったぜ、あんがとよ」


「何をいきなり『念話テレパシー』なんぞ使って呼び出してんだよ、組長オヤジ……つか、いつこっちに帰ってきてたんだ?」


「ついさっきだよ。仕方ねーだろ、財布に金入ってなかったんだから」


「使ったからだろーが、そりゃ。まーともかく……お疲れ様です、でいいか」


「お疲れ様です、組長オヤジ


「おう、ソラヴィアも元気そうだな……よかったのによ、出迎えなんぞ」


「いえ、そういうわけには」


「つか、俺の方は出迎え以前に財布として召喚されてんだが」


 先程までの雰囲気に反し、何とも緊張感のない会話が繰り広げられる。


 『ヘルアンドヘブン』No.2若頭・レイザーと、No.3執行委員長・ソラヴィア。

 そしてその2人に挟まれる形で立っている……『組長』ドラン・ローガン。


 親分・子分の間柄にある3人は、しばらくそのまま、内容はともかく、久方ぶりの再会を喜びつつ、少し肌寒いのも気にせず軽口を言いあっていた。


 ☆☆☆


 カチコミの指令にせよ、稼業の手伝いにせよ、ソラヴィアから俺たちに下される命令は、それほど頻度は高くないものの……その代わりに、結構唐突に下りてくる場合が多い。


 そもそもソラヴィアの用事ってのは、上からの指令も含めて――ソラヴィアの『上』って2人しかいないんだが――ほぼソラヴィア1人で対応できる場合が多い。

 実際、今もほとんどの仕事は1人でこなしてる。


 俺たちにその仕事を回したり、手伝わせたりするのは……俺たちに経験を積ませるため、っていうパターンを除けば、急に人手が必要になった場合、何かがある。


 なので必然的に、ソラヴィアから降りてくる仕事はほとんどが『いきなり』なのだ。


 そして今日も、いきなり『急用だ、面貸せ』って呼び出されたかと思ったら……また何というか、別な意味でもいきなりにもほどがある光景が目の前に……。


「「「お疲れ様です、組長!!」」」


「おぅ、お疲れさん。元気そうだなお前らも」


 呼び出されて応接間に出て来たと思ったら、ソファに普通に偉い人が座ってたんですが。


 上座に腰かけている、中年男性。ただし、ギリギリ20代に見えなくもない感じの見た目だ。顔には皺もほとんどなく、無精ひげを除けば割と若々しい。

 やせ形の体躯に、旅装みたいなしっかりした感じの服を身にまとっている。


 その横に座っているレイザーや、ソファの横に立って控えているソラヴィアの方が、恰好やら何やらを見れば身分もよさそうに見えるんだけども、実際はその逆。

 今、この部屋の中で一番偉い立場にいるのが、この旅人風のおっさんである。


 名は、ドラン・ローガン。『ヘルアンドヘブン』の組長。

 すなわち、ソラヴィアやレイザーにとっての親分だ。


 そしてそれは、俺にとっても同様である。


 数か月前、俺が『幹部候補生』になった時に初めて顔を合わせたわけだが……あの時もそうだったが、今こうして見ても、そんなにすごそうな人物には見えない。

 普通の、どこにでもいる気のいいおっちゃん、って感じだ。


 もっとも、これにはヴィルヘルム会長っていう前例があるので、戸惑いは別にない。

 ソラヴィアやレイザーが親分として慕う人物が、そんな程度のはずがないし……今はただ、それを気取ることができない自分の未熟を嘆くばかり、ってことだな。


 ……どっちかっていうと、俺の『幹部候補生』叙任の際に、組長に加えていろんな幹部クラスの人たちが集合して……その人らの方が威圧感・存在感バリバリで怖かったけど。


 俺なんかより明らかに強そうな人もいれば、俺の方が強そうだけど別な分野で突き抜けてそうな人、そもそも人じゃない種族まで……あらためて自分が井の中の蛙だってことを再確認した。


 その時にいろんな人から『これからがんばれよ』とかって声をかけてもらったりしたんだが……それにどうにか受け答えしつつ、俺は思った。

 こりゃ、俺が強くなって多少なりとも調子に乗れるのはだいぶ先だな、と。


 もともとそんなつもりはなかったとはいえ、調子に乗ってそれが原因で失敗するような可能性をこうして完全に潰しておけたのはよかった。結果的にだが。


 さて、回想と感想はこのくらいにして。


「それでオヤジ、一体何の用で戻ってきたんだ?」


 そんな風に、レイザーが口を開いた。

 こないだもそうだったが、どうやらレイザーは組長に対してため口がデフォルトらしい。


「何だよ、用がなきゃ戻ってきちゃいけねーってのか?」


「用があっても戻ってこねーだろあんたの場合。普段。ましてや今回みたいに、何の事前連絡もなく唐突に戻ってくる時は、大概は何か厄介ごとだって経験則で知ってんだよ」


「相変わらず親分に対して遠慮のねー物言いだなオメーは……まあいい、実際当たってるしな」


 言いながら、コップの水をグイッと飲み干す組長。

 それをテーブルに置くと、ソファに座りなおして話し始めた。


「用件はまあ……全部で3つだな。内2つがお前らへの頼み事で、残り1つがヴィル宛だ。明日にでも会いに行って話すさ」


「アポ取ってから行ってやれよ……いきなり来られたんじゃオジキも困るだろ。で、俺らに頼み事って何だよ?」


「おう。ちっと調べてほしいことがあってな」




 軽口で始まった説明だったが、その内容は割と真面目に考えなきゃいけないものだった。


「薬局? ……うちの縄張りで?」


「おう。その様子だと、そっちじゃまだ情報はつかめてなかったらしいな?」


「……申し訳ありません」


「責めてるわけじゃねーさ。そもそも、それが主に見られてるのは、この近辺じゃあねーからな」


 頭を下げるソラヴィアにそう言いつつ、組長は話を続ける。


 ちなみに『薬局』ってのは業界用語で、違法薬物の密売のことだ。覚せい剤とか。


 この世界でも、まあ、日本とかとは種類も成分も何もかも違うにせよ、そういう、常用すると人をダメにしてしまうヤバい薬っていうのはきちんと(?)存在している。そして、法で禁止されていつつも、当然のように裏で出回っていて、ヤバい連中の資金源になっている背景がある。


 なお、『ヘルアンドヘブン』においては、その手のブツは使用も販売も一切ご法度である。


 が……そういうのをさばく売人が、ここ最近、『ヘルアンドヘブン』の縄張りで活動している、っていう情報が入ってきているらしい。

 実際にそれらしき薬物も、まだ局所的にではあるが、出回っているそうだ。


 ただし、今組長が自分で言っていたように……出回っているのは、同じ『ヘルアンドヘブン』の縄張りでも、この『ディアンド』の周辺ではなく、また別の地域らしい。


「なら、俺らはその売人や、バックに居る組織を洗えばいいってことか?」


「そうなんだが……どうも、ちっと厄介というか、一筋縄ではいかなそうな気配でな」


 レイザーの問いに、組長はため息交じりにそう返す。


「実はすでに、それらが最初に確認された地域で、そこ担当のを動かして調べさせたんだが……どうもコレに関わってる連中、異様に逃げ隠れするのが上手くてな。末端の売人とかはすぐに見つかるんだが、ある程度上の方まで行くと途端にめくれなくなるんだわ」


「上手く隠してる、ってことか?」


「それもあるが、どっちかっていうと、勘が鋭いのに加えて、逃げ足が異常なまでに速い、って感じだな。担当した奴の話だと、まるで……こっちが目を向けた瞬間に、それを察知して逃げの一手に走っているかのようだとさ」


 それを聞いて、ソラヴィアとレイザーの目がやや細められる。

 まあ、何を考えたのか、何が懸念される状況なのかは……さすがに聞いていて俺も分かったが。


「……組織内部に、内通者がいる……と?」


「そうとは限らねえ……が、少なくとも、こっちの内情に詳しい、あるいは、何らかの方法で、こっちの動きを察知できるようなのがいると考えるのが自然だ」


「なるほど……わざわざこんなところに足を運んで、俺らに指令を出したのはそういうわけか」


 と、レイザーが納得したようにうなずく。


 ソラヴィアも同様のようで、レイザーとアイコンタクトを交わしてこくりとうなずくと、今度は俺らの方を振り返って言った。


「アイビス、デモル、カロン……今ここで聞いたこと、そしてこれから聞くことは誰にも言うな。アリシアや、先輩後輩問わず、組織内部の者にはもちろんだし……他の幹部や、オジキにもだ。何をどう聞かれても知らぬ存ぜぬで押し通せ。言うまでもないが、こちらからは話題にも出すなよ」


「わかりました」


「肝に命じろ。もし破ったら……相応の対処をしなければならなくなる」


 と、少し声のトーンを落として言うソラヴィアに、俺ら3人、神妙な面持ちで頷きを返す。

 しばしの間、じっと俺たちを睨んでいたソラヴィアだったが、一応は納得したように、視線を再び組長の方へ戻した。


 ……その『相応の対処』ってのが何なのかは、考えたくもないが……要するに、秘密を守ればそれでいい、ってことだ。深く考える必要はない……いや逆に、『深く考えちゃいけない』のか。

 単に、ソラヴィアの命令をきちんと順守すればいいだけの話だ。いつも通りだ。


 それはそうと、こうしてソラヴィアが口留めしたことからも、もう想像つくが……どうやら組長がこの話をここに持ってきたのは、秘密裏に調査を進めるためだったようだ。


 今まで手を付けた拠点とか、調べさせた幹部の周辺は、どこに敵の目や耳があるかわからない。

 もし仮に裏切り者、内通者がいるとすれば、そういう連中をまず警戒すべき。そして同時に、今までのように気取られて逃げられないよう、迅速にことをなすことも必要になる。


 ゆえに、組織のNo.2とNo.3であるレイザーとソラヴィア、そしてその直属の部下である俺ら3人にだけ話を通したんだろう。信頼と迅速さの両立という観点から。


 さらには、この2人に話を通したことがばれないように、組長自らこうして秘密裏に出向いて話を通す、というところまでやる徹底ぶりだ。

 ふらっとやってきたの、ちゃんと理由あったんだな。


「そういうわけで、なるべく急いで、しかし気取られないように調べろ。方法は任せる。……ああ、ソラヴィアとお前らはもういいが、レイザー、お前ちょっと残れ。も1つ話がある」


「おう」


「では組長オヤジ、私たちはこれで失礼します」


 さーて……結構な大仕事入ったな。気合い入れてかからんと。





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