第31話 団らんのひと時
月日が経つのは早いものだ。
ついこの間まで夏だったはずなのに、今はもう肌寒くなっている……なんてことは往々にしてあることだ。
そしてコレは、ただ時間が早く過ぎるだけじゃなく、その間にあった、青春の楽しい思い出もまた、どんどん後ろの方に過ぎ去っていく……ということでもある。
当然まあ、実際に時間が早く流れていってる、なんてことはなく……体感時間が、って感じだ。
これが意外とバカにできない。人の一生を、絶対時間でなく体感時間で測ると、18歳くらいで折り返し地点になる……とか言われてるし。そのくらい、年とると、時間が経つのは早い。
だからこそ人は……その1日1日を、いや、一瞬一瞬を大事にして生きていくべきなんだろうと思う。その命が燃え尽きるまで……精一杯頑張って、その命を輝かせて。
「なのにどーしてこう、命を粗末にするような輩が後を絶たないのかね……?」
「同感ですね。自分達のためにならないと、少し考えればわかりそうなものですが」
「その上こっちにとっても面倒が増えるんすよねー……ホント、迷惑な話っす」
俺たち3人は、大勢の屍の中心で……そんな風に、この世の無情を噛みしめていた。
只今、仕事終わり。
内容? 見てのとおり……『ヘルアンドヘブン』に噛み付いてきたバカ共の処分です。
死屍累々の戦場、というか敵組織のアジトの中で、俺ら3人そろって一休みしてます。
こういう荒事は前からあったが……最近はまあ、他にも色々な仕事を任されるようになってきたもんだ……『幹部候補生』っていう立場を実感するな、うん。
俺たち『チームアイビス(仮称)』が結成されてから、もう5年近くが経っている。
この5年間、俺たちは『仕事』をこなしながら、色々を修行続けてきた。
『仕事』に関しても、色々なものを任されるようになり、色々と勉強してきた。
それらの経験は、少しずつ、だが間違いなく俺たちの血肉となり、ひとつ、またひとつ、と俺たちを成長させてきた。頭も、腕も、何もかも。
その積み重ねの果てに……今の俺たちがいるわけだ。
当然ながら、そんだけの期間が経てば……見た目も大きく変わる。
特に……自分で言うのもなんだが、俺らみたいな成長期のガキは。背も伸びるし。
俺は、身長160手前くらいにはなったし、普段から鍛えてるのが功を奏してか、細マッチョくらいの体にはなったと思う。ただ……よく見ないと、鍛えてるのはわからないが。
銀色の髪は肩の下……肩甲骨あたりまで伸びていて、頭の後ろで縛ってまとめている。
デモルは俺よりも身長高い。160台後半……ひょっとしたら170あるかも。
髪の長さは5年前とさほど変わってはおらず、髪型も合わせてそのままだ。
やせ型で、身長以外はパッと見華奢に見える。屈強そうには、ちょっと見えないだろう。
カロンは俺よりもちょっと身長低いくらいだ。
髪の毛は、男にしては長い部類だろうが、俺よりは短い。肩にかかる手前まで、かな。
体つきは……俺と同じ感じの、よく見ないとわからない細マッチョ、ってとこだ。
そして、俺たち3人に共通のこととしては……全員同い年くらいであること。
そしてもう1つ、童顔……というよりも、中性的な女顔である、ということか。
まだ中学生くらいでしかない、年齢のせいかもしれないけど……俺ら3人、揃いも揃って、会う人会う人に『かわいい』と言われる顔なのだ。
自分で言うのも嫌な感じだが……女装したら女に見えるだろうな、って程度には。
年齢を重ねればどうにかなる問題かもしれないが、現時点における、多少コンプレックスに感じる点の1つでは……あるな。
まあ、何か日常生活に不都合があるわけでもなし。気にしなきゃいい話なんだが。
で、そんな俺らだが……変わった点がもう1つ。
これはまだ、俺だけだが……半年くらい前、肩書が、組織の『幹部候補生』になりました。
読んで字のごとく、将来『幹部』になると目される者達の立ち位置だ。今のうちに色々な経験を積んで、色々なスキルを身に着けて、これから上に上がってきてほしいという……現役の『幹部』からの期待の込められた呼び名である。
まだ成人前の――この世界では成人は15歳だそうだ――ガキだけども、能力的に問題ない、と判断されたんだそうだ。
マジでか……光栄だけど、恐れ多い。つか重い。
そして、それに伴って……俺の部下、ないし弟分という立ち位置になっている、デモルとカロンの2人……それに、アリシアについても、それに伴って、組織内での序列が上がっている。
『ヤクザ』という組織内では、仕事ぶりや上納金の額で評価がつけられる傾向があり、それに応じて組織における座布団――序列が上がったり下がったりする。
それを鑑みれば、俺たち『チームアイビス』がこないだやった、『リングウッド』の一件はインパクト大だったはずだ。
何せ、あの『ビーストホール』の後に、さらにちょっかいかけてきた他の連中も追加でシメて取り込んで……あの町の流通、ないしは都市機能の一部を完全に掌握したわけだし。
さらに言えば、実は俺たちはその後……いくつかのルートを、その販路や債権ごと上層部に献上している。そうだな……『シノギごと上納した』とでも言えばいいのか。
……まあ、色々と理由はあるが、一番はただ単に、管理しきれないからだ。
最初の『ビーストホール』の一件だけでも、今後俺たちが、俺たちの『シノギ』として継続的に管理していくには、ちとギリギリの規模だった。
あの頃は、まだ自由に動かせる部下とかもいなかったからな。今ならともかく。
そこにきて、追加で手に入ったさらなるシノギ。
嬉しいけれども、正直ちょっと手に余る。
例えばバイトで、いくらその方が給料もでるし評価も上がるからって……さばき切れないくらいにシフトを詰め込んだら、結局後で無理が来てパンクするだろ? それと同じだ。
俺たち『チームアイビス』で管理できるくらいの規模に収めておかないと、結果的にはマイナスになってしまう。
だったらいっそ……ってことで、ソラヴィアに相談の上、いくつかのルートを『上納』した。
その結果……まあ、そうなるように狙ってやったわけなんだが、上層部からの覚えはめでたくなり、同期ないし同じような下っ端連中の中における序列は上がり……さらに今回、『幹部候補生』の肩書までもらえたってわけだ。
もっとも、ソラヴィアやレイザー曰く、それだけじゃなくて、実力その他色々なものをきちんと総合的に評価した結果として与えられた地位らしいが。
とりあえず、それについては素直に喜んで受け取っておいた。
今後、肩書に見合った働きができるよう、一層努力しようと心に決めて。
なお、昇格に伴って上納金も当然上がったものの、今回開拓したシノギで十分賄える。
どころか、それ以上の額を上納する余裕も十分ある。
何せ、『リングウッド』のシノギは、幹部級でもそうそうないくらいに太い収入源だ。これだけで、俺たち『チームアイビス』3人分に加え、アリシアの分まで月々の上納を面倒見ても、痛くもかゆくもないくらいの額だし、それに加えて単発のシノギで収入もある。
結果として、今、俺たちの懐は非常に潤っている。買い物する時に、よっぽどの高級店とかでもなければ、いちいち値段気にする必要がないくらいには。
とはいえ、これで調子に乗って怠け癖がつくのとかは怖いので、初心は捨てずに行くが。
築き上げたものが崩れ去るなんて一瞬だ。謙虚かつ誠実に、堅実かつ勤勉に日々を過ごすことこそ、理想の明日を手に入れるための一番の近道である。
まあ時には、大胆にかっとばすのも必要だろうけども。
それはそれとして……すまん、もう1つあったな。変わったとこ。
いや、変わったというか、正確に言えば……新たに付け加わった、か?
さっき言った、アリシアのことなんだが。
☆☆☆
「ただいまー」
「あ、お帰りなさい、アイビス。カロンにデモルも一緒ね」
「ただいまっす、姉御」
「ただいま戻りました……アリシア様も、ご苦労様です」
『ヘルアンドヘブン』拠点内、俺の自室。
前まで居た、部屋住みの下っ端用の3人部屋じゃなく……『幹部候補生』になってから与えられた、新しい部屋だ。
そんなに広いわけじゃないが、れっきとした個室であり、ちょっとした旅館やホテルくらいの大きさはある。荷物その他丸々移しても、微塵も『狭い』とは感じない。
その部屋に帰ってきた俺たちを……せっせと掃除してくれている最中だったアリシアが出迎えてくれたのが、さっきの一幕、というわけである。
「ごめんなさいね、疲れてるでしょうし……軽くつまめるようなものでも用意しておければよかったんだけど……」
「いや、大丈夫だって、そんなに気にせんでも。夕飯までそんなに時間開いてるわけでもないし、ゆっくり休憩しながら待つわ」
「そう。じゃあ、お茶用意するわね? 貰い物で美味しいのが入ったの」
こんな感じで、アリシアはせっせと俺たちの世話を焼いてくれている。
家政婦……というわけでもなく、どっちかっていうと……世話焼き女房、って感じだ。
というのも、俺とアリシアがそういう感じの関係だというのが、もう既にこの組では周知の事実なのである。ずっと前……それこそ、アリシアがここに来た時から。
アリシアはこの『ヘルアンドヘブン』の、俺が連れて来た準構成員みたいな立ち位置で加入し、しばらくの間、俺たちと同じように――さすがに業務内容に差はあるが――住み込みで働く女給、という感じの生活だった。
しかし、それも最初のうちだけ。彼女の能力が知れ渡るまでのことだった。
アリシアは元とはいえ貴族令嬢だ。当然、その立場にあった水準・種類の教育を受けている。
そのため、そこらのチンピラ上がりなんぞとは比べ物にならないくらいに学力は高く、事務仕事なんかにおいては、古参の構成員すら舌を巻くレベルの仕事ができた。余裕で。
『ヘルアンドヘブン』は良くも悪くも実力主義・結果主義だ。
戦闘分野における即戦力として、俺たちがガンガン上に上がってこれたのと同じように、事務方における即戦力となったアリシアは、その分野で立場を確かなものとしていった。
数ヶ月も経つ頃には、事務分野で多少の嫉妬と、それ以上の尊敬の念を集める主力メンバーの1人になっていたし、新入りだからって軽く見るような者もほとんどいなくなっていた。
そして、それに伴って他の色々な仕事も任せられるようになってきて……しかし、そのほぼ全てをアリシアは完璧にこなしてみせた。
事務、流通、商取引、交渉、政治分野にいたるまで……貴族令嬢の面目躍如である。
半年が経つ頃には、彼女の能力を疑う者は、もう誰もいなくなっていた。
それどころか、幹部クラスにすら顔を覚えられ、目をかけられるレベルになっていた。
……で、同時にその頃にはもう……俺とアリシアの関係も周知のものになっていたと。
前置きが長くなったけど、そろそろ説明するか。
アリシアが俺が目をかけて連れて来た人材だ、っていうのは、来た当初から広まってたし、俺と彼女の間が『そういう仲』だと推察する者も少なくなかった。
そもそも、ヤクザが女連れてくるって大体そういうパターンらしいからな。
大概はどこかに家を用意して囲っておく形で、職場に入れるってのはあまりないが。
そして実際、俺とアリシアは、特に隠すこともせず仲が良かった。
アリシアは、自分の仕事はきっちりしつつ、その合間に俺の部屋に足しげく通って、掃除をしたり軽食を作ってくれたりしていた。そしてその様子は、ただ仕事だからやっている、という感じでは絶対になく、自分から望んで、俺の役に立てることを喜んでやっているのが明らかだった。
俺は、アリシアを買った、アリシアの面倒を見る立場の者として、彼女では手が回らない部分の世話をしていた。ちょうど、新米の頃にソラヴィアが俺にしてくれていたことを見本にして。
色々とここでのルールその他いろいろなことを教えたり、生活費も出していた。ずっと拠点の中に居てばかりじゃ気が滅入るから、休みを上手く重ねて外に連れ出して遊んだりもした。
俺たちにしてみれば、普通に接していただけだが――砕けて話すようになった分、屋敷にいた頃より距離は近かったかもな――周囲から見れば、噂の裏付けになったようなものだった。
どう見ても、献身的に男を支える良妻と、その内助の功に報いるべく愛情を注ぐ夫だったと。
で、半年も経つ頃には、アリシアは完全に『事務方のエース』兼『アイビスの女』として組全体で認識されていて、最早公認の中、といった感じだった。
結果、俺の昇格に伴って、意図せずして彼女の立ち位置ないし序列も上の方に来た。
アリシア自身の能力も相まって、彼女を尊敬し、目上の人として敬う組員は決して少なくない。下っ端の中には、彼女を『姐さん』と呼ぶ連中もいるくらいだ。
そんなことになってると知った時は、俺もアリシアも慌てたもんだが、何かそれでデメリットがあるわけでもない。あっても気になるようなものはない。
だったらもう開き直って堂々とするか、ってことになった。
もともと……あの時の告白からもわかるように、俺もアリシアも両想いだ。自分たちから吹聴したことはないが、今、『周知の事実』となっている情報は、ほぼ全面的に真実である。
……訂正する点があるとすれば、割と俺たちどっちも奥手なので、噂されるほど大して『進展』なんかはしてない……ってことくらいか。
むしろ、噂や周囲の態度が後押しになって進展した部分もあるくらいだし……。
そして現在アリシアは、デモル、カロンと共に、この部屋に住み込んでいる。
この部屋、広い上に部屋がいくつもあるから、そのうちの1つをデモルとカロンの部屋に、また別な1つをアリシアの部屋にした。
……さすがに、同じ部屋で寝起きするのはまだ早いというか、うん。
デモルやカロンから『えー……』って視線が飛んでこようが、ソラヴィアから『このヘタレ』と舌打ち交じりに言われようが、それはもう仕方ない。物事には順序ってものがあるんだよ。
「あ、兄貴ー。お茶菓子出していいっすか?」
「いいぞー、好きなもん選べ。あーデモル、一休みした後で報告書作るから手伝ってくれ」
「承知しました」
「あ、それとアイビス。デモルにカロンも、洗うものがあれば出しておいてねー?」
それに、こういう雰囲気もいいだろ。なんか、全員ひっくるめて家族っぽくて。
もともとアリシアは、人と話すにも壁を作らない娘だ。真面目だし面倒見もいいし……よっぽど嫌な感じの奴でもない限り、すぐ仲良くなれる。
……陰謀渦巻く貴族社会で、よくここまでまっすぐ育ったもんだ……。
そんな感じな上、俺が心底信頼して仲良くしてる相手、っていう点もあってか、カロンもデモルもすぐに仲良くなって打ち解けた。
カロンはまさに姉弟みたいにアリシアを慕って懐いてるし、デモルは色々と学ぶ部分が多いのを理解して、様々な勉強の師として尊敬している。
この『幹部候補生』部屋を使うことになった時、今までずっと一緒だったのにいきなり離れ離れになるのも何だかなー、と思って、カロンとデモルも一緒に引っ越すことに決めた。
徐々に仲が進展してきていたアリシアも、思い切って誘った。
結果、この部屋が俺らのホームで、そこで一緒に暮らす家族、みたいな感じになってる。
今思うと、色々と勢いで決めた部分が多かったし、問題も結構あった気がするが……正直、俺は今のこの生活が気に入っている。
……しんみりした話に持っていくつもりはないが、俺が今まで持ってなかったものだから。
『家族』ってのは、知識として知ってはいても……それを、そのありがたさや温かみを実感したことなんて、1度もなかったからな。
前世のクズみたいな父親との思い出なんぞ、嬉しくも何もないものだし……転生してからのアリシアの家での日々は、温かみこそあれど、やはり仕事の上での、一歩引いた関係だった。
今のように……お互いに遠慮も何もなく、気楽に話せるような関係は、すごく落ち着く。
できることなら、ずっとこのまま過ごしていたい、と思ったこともあるくらいだ。
もっとも、そんな風には人生はできてないだろうし、山あり谷ありの苦労だって今後もあるだろう。まあ、そういうのはその都度乗り越えていけばいいか。
1人じゃなく……頼もしい家族が、仲間がいることだしな。
「アイビスー! 今日の晩御飯、何がいいー?」
「んー、そうさなー……割と腹減ってるからガッツリ食えるもんがいい」
いつの間にか台所に移っていたアリシア(エプロン着用)に、俺は、『何でもいい』と答えそうになるのを飲み込んで、きちんと具体的に注文を返しておいた。




