第29話 オジキ
随分開いてしまいました……ようやく書けたので投稿します。
突然ですが豆知識です。
ヤクザ映画やドキュメンタリー、不良を題材にした漫画なんかでもよく聞く『オジキ』。
これは、『親分の兄弟分』のことを指す。
そして、ソラヴィアにとっての『親分』とは、すなわち『ヘルアンドヘブン』の組長だ。
その『兄弟分』となれば、相当な大物であることは間違いな……っていうか、さっき思いっきり言ってたもんな。
同盟組織のヤクザ……『旭枢会』の会長って。
と、いうわけで俺たちは今、さっきまでと違って、きちんと目上の人に対する正しい態度で、店長さん……もとい、ヴィルヘルム会長の前に座っている。
なお、さっきまでの砕けた態度については、『こっちで黙ってたんだから気にしなくていい』とのことで、一応一言謝っただけでとどめている。
そして、向こうも隠すことをやめたからか、この場での雰囲気も、ヤクザの親分さんらしい感じになっている。
本人の柔和な雰囲気に変化はないが……どこに隠れてたのかわからないが、部下と思しき人たちが何人か出てきて、その周囲に控えている。警護役なのはまあ、一目瞭然だ。
……そして見た感じ、ほぼ全員俺たちより確実に強い。
その純粋な強さのせいだろう、存在感というか威圧感みたいなのが、ただそこに居るだけなのにちょっと……息苦しくなるくらいのそれで……。
うん、井の中の蛙ってことだな、今の俺たちは。
こないだ、中途半端に強い連中相手に無双したくらいでいい気なっちゃいけない、肝に銘じておくべき、と思ってたところだったし……ちょうどいい気付けになったと思おう。
「では、あらためて……今回はわがままを聞いてもらって悪かったね、ソラちゃん」
「いえ、お役に立てたのでしたら何よりです。オジキ」
そう言って会釈するソラヴィア。
そして会長は、今度は並んで座っている俺たちに目を向ける。
「君たちも悪かったね。あのソラちゃんが目をかけているというから、どういう子たちなのか、素の君たちを見てみたくてね……ちょっと一芝居打たせてもらったんだよ」
こうして話しかけられている最中でも……この人からは、周りの人たちが放っているような、威圧感とか存在感みたいなものは感じないから不思議だ。
じゃあ、大したことないんじゃないかって? んなわけないだろ……ソラヴィアの『オジキ』だぞ? 普通の人物なわけないし……それ以前に、『何も感じない』方が逆に怖いわ。
以前、ソラヴィアに修行をつけてもらってる時に聞かされたんだけど……目の前で相対しても、威圧感とか何も感じないような奴には、2種類あるそうだ。
1つは、警戒するに値しない、全くの一般人か、それ以下の力しかないような奴。
もう1つは……その真逆。凄腕なんてもんじゃない手練れ、ないし大物。
敵だとしたら、最大限の警戒をしなければならないレベルだ。
例えば、自分に何か害意をもって近づいてくる人間がいるとして……そいつから、気迫や威圧感、敵意、殺気の類が出ているのなら……それ自体が怖いかもしれないが、まだマシである。
感じ取って、それに備えることができるからだ。
でも、これから自分を殺しに来る奴から、逆に殺意や敵意を一切感じなかったら?
そういうので判断することも、感知することもできなかったら? 警戒できなかったら?
……怖いどころじゃないよな、それ。
敵なのに、警戒できないんだぞ? 何も備えられず、無警戒のうちに殺されかねないんだ。
ヤクザの大親分。『旭枢会』の会長。
そういう人だと知っているのに、こうして正面から相対してもなお、何も感じない。
隠されていた今までならまだしも、その正体を明かされた今になっても……何も、だ。
そういうのを隠す術に、この人がすごく長けているのか……はたまた、大きすぎてその全容を俺たちが捕らえられず、逆に何も感じない状態なのか……
いずれにせよ、見せつけられた気がする。本物の『大物』って奴を。
聞けば、この人は『ヘルアンドヘブン』の組長の兄弟分であり……かの『初代組長』の直参でもあったらしい。つまり、その頃からの最古参……そういう意味でも大物中の大物だな。
さすがは……ソラヴィアの『オジキ』。
ソラちゃん、なんて呼び方できるだけはある、ってことか。
「見ていてもそう思ったし、今回やってみせたことには驚かされたよ。若いのに優秀なことだ……さすが、ソラちゃんが目をかけているだけはある」
「は……過分なご評価をいただきまして、恐縮です」
「将来有望なようだし、今後はうちの組や、うちの連中と何かの機会に関わることもあるかもしれないね。その時はまたよろしく頼むよ。同盟組織としても、君たちのように優秀で、元気のいい若い奴は大歓迎だ……期待させてもらう」
褒めてもらえたので、ソラヴィアと一緒に一礼。
さっきまでと違ってかなり緊張しているので、動作がぎこちなくなってないか心配である。
「それじゃソラちゃん、今日はこのへんにしとこうか。実はこの後少し予定があってね、準備しないといけない」
「はい、お忙しい中ありがとうございました、オジキ」
「いやいや、お互いに有意義な時間を過ごせたよ……それとソラちゃん」
「はい」
「近いうちに、ドランの奴と会うことになると思うから、よろしくね」
「……わかりました。私からオヤジに伝えておきます……機会があれば、ですが……」
「ははっ、放浪癖は相変わらずか、しょうがない奴だ」
何気に、『オヤジ』……恐らくはうちの『組長』であろう人物の名前が出てきたところで、ヴィルヘルム会長は席を立った。
それを、俺たち全員、同じように立ち上がって頭を下げ、部下の人たちと一緒に退室するのを見送る……と、思いきや。
「ああ、そうだ……もう1つだけ、いいかな?」
「はい? 何でしょうか、オジキ」
「うん。アイビス君、君……『前世持ち』なんだって?」
「はっ、はい!」
いきなり話がこっちに飛んできて、思わず変な声が出る。
横に居るソラヴィアから、『しっかりしろ』的な視線が一瞬飛んできた。お、落ち着け、平常心平常心……変な対応してソラヴィアに恥をかかせるな。頑張れ俺。
幸い、何を咎められてるわけでも……ない、よな?
え、ちょっと……『前世持ち』が話題に上ることってあんまないから正直わからん。
周りに居る、『旭枢会』の部下さんたちの何人かは知らなかったらしく、『そうなのか』的な表情を浮かべている人もいた。一瞬だけで……すぐに真面目な表情に戻ったけど。
「聞いているとは思うが、私の『オヤジ』……初代組長も『前世持ち』でね。だからどうっていうわけじゃないんだが、少し気になっていたんだ。ちょっと試しに聞いてみてもいいかな?」
「は、はい。何でしょうか?」
「うん、うちの組の名前……『旭枢会』なんだがね。コレは、オヤジが名付けてくれた名前なんだ……オヤジ曰く、この世界とは違う世界の言葉で、一つ一つに異なる意味がある文字の組み合わせで形作られているらしいんだがね? 君は、その意味が分かるのかな?」
「意味、ですか」
「そう、文字に込められた意味だ。ああもちろん、わからなかったり、間違っていたからと言ってどうこうするつもりはないから安心していい。ただの私の興味本位だから」
付け加えるようにそう言われて、若干安心した俺は……ちらっとソラヴィアを見る。
こくり、と頷かれた。答えてみろ、ってことか。うん、それなら……
ええと、漢字表記についてはさっき聞いた。
『旭』『枢』『会』……『会』はいいとして、前の二つの意味は……。
「『会』は、単にチーム、ないし集団の意味ですので省きます。『旭』は『あさひ』とも読むので……文字通りの朝日とか夜明け、太陽、という意味だったかと。『枢』は中枢・枢軸といった使われ方をするものなので……集団のまとめ役、頭脳、あるいは……中心、といった感じになるかと。これらを組み合わせていることから……太陽ないし朝日、あるいはその光の、中心……でしょうか?」
「……驚いたな、100点だよ」
と、何だか嬉しそうな表情と……声音にもそれを滲ませて、会長さんが褒めてくれた。
「どうやら、君は本当にオヤジと同じ場所の『前世』の知識を持っているようだね。まさかここまで正確に言い当てて見せるとは……ははは、何だか感慨深いな。その通り、オヤジ曰く、『旭日会』のさらに中枢たる存在として長く在れ、という願いを込めて、そう名付けたんだそうだ」
『旭日会』……また新しい単語が出て来たな。
聞く限りだと……その『初代』が作った組か何かのようだ。
その答え合わせはすぐにできた。ヴィルヘルム会長が、自分で話してくれたからだ。
昔の懐かしみながら、どこか自慢するように。
今から100年以上前。当時、世界は荒れていた。
戦乱が続いて世は乱れ、国は大都市から離れた田舎とか……今この『ディアンド』があるあたりまで治安維持が行き届かず、世紀末よろしく無法地帯だったそうだ。
そんな中生まれたその『前世持ち』の男は……どうやら前世がヤのつく自由業、あるいはそれに近しい何かだったようで、成人すると、身近にいた骨のある若者たちを、そのカリスマと指導力で束ね上げ、自警団みたいな互助組織を立ち上げた。治安維持のために。
面倒を見てくれない国や領主に変わって自分たちを守ってくれるその組織に、人々は自然と心惹かれ、信頼を寄せ……活きのいい若い奴は、子分としてそこに加入することも多かった。
時は流れ、時代に合わせて拡大と変化を繰り返してきたその組織は、いつしか自警団の枠を超えた様々な活動を行うようになった。土木建築の人夫出し、禁制品の売買、密輸……違法なものも多かったが、その全てが、その時に必要とされてきたものだったらしい。
例えば、密輸や裏取引。民達が食べていくために、生活するために物資が足りない、しかし国は輸入やら買い付けに動いてはくれない……そんな状況を改善するため、認可のない取引が禁止だろうが知るかボケ、とばかりに、必要なものを仕入れて民間に売る、というものだった。
人夫出しは、そのままズバリ人材派遣である。人手が必要なところに組員を労働力として派遣したり、仕事がなくて困ってる若者とかに仕事を斡旋したりと、元締めとしても活躍した。
兵役で働き手が欠乏している農村やら商家なんかと、食い詰めた傭兵や帰る家をなくした復員兵といった、そのままでは盗賊にでもなりそうな連中の間に立って、働き手の確保と治安維持の両方に貢献し、国力の増加にもつながった。これも、国には放っておかれた事柄だ。
無論、もともとの仕事だった治安の維持も、何なら国の正規軍より熱心にやった。
そりゃまあ、こちらも食べていかなきゃいけないので、ミカジメはもらっていたが、それに見合った働きはしていたし、住民たちからも感謝されていた。
いつしか組織は大きくなり、自警団時代の中心人物だったその『前世持ち』の男や、その最初期の同志たちは、その組織のボスおよび幹部たちとなった。
その時の組織名は……『旭組』。シンボルとして掲げた旗は、『旭日旗』だった。
組織名は後に、多数の団体を傘下に持つようになったことで『旭日会』に変わったそうだ。
日本人だからか? とも思ったが……どうやら、この国、この組織の新たな夜明けが来るように、との願いを込めて……というのが由来だそうで。
しかし、その初代組長の没後、彼ほどに強いカリスマを持つ者は現れず、『旭日会』は消滅し、その傘下の団体もいくつかに分裂・統合して袂を分かち、それぞれに歩んできた。
その1つが、『旭枢会』そして『ヘルアンドヘブン』なのだそうだ。
「『旭日会』は、オヤジがあの頃のどうしようもない世の中を少しでも良くするために、国を、世界を照らす光になるという願いを込めて、『太陽の光』という意味でつけたと聞いた。その将来を担う中枢として、私は『旭枢会』の名を賜ったんだ……まあ、力及ばずだったがね」
「オジキ……」
「オヤジ亡き後、方向性の違いやら何やらで、『旭日会』は自然消滅し、いくつにも枝分かれして、あるいは下部団体が独立し……そこからさらに、あるものは消えていき、あるものは生き延びて、今に至る。『旭枢会』と『ヘルアンドヘブン』は、オヤジが健在だった当時からある数少ない組織だ。私にとっては、所属こそ違えど、どちらも大切な家族に違いはない」
そう言って、優しい目で俺たちを……ソラヴィアを含めた4人全員を見た。
どこか、懐かしい昔を思い出しているようにも見える。あるいは、今の俺たちを見て、何か思うところでもあったのだろうか。
「嬉しいもんだ、こうして優秀な若い芽が育ってくれているのを見るのは……いくつになっても心が躍る。……君たちの活躍を、楽しみにさせてもらうよ」
そう言って、ヴィルヘルム会長は今度こそ、踵を返して部屋を後にした。
俺たちはそれを、何とも言えない気分の中で……頭を下げて見送った。
そのすぐ後、店の方から、アリシアの準備が整った、という知らせが入った。




