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テンゴク  作者: 和尚
第0章 プロローグ
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第3話 誘拐事件と???との邂逅



俺がここに買われてきて、もう2年がたった。


俺の年齢は9歳になり、アリシアは14歳になった。


さすがにこの頃になると、前までみたいに、無邪気に走り回ったりして遊ぶようなこともほとんどなくなり……アリシアは、徐々に貴族令嬢としてのふるまいを、普段から見せるくらいに落ち着いていった。


色々なイベント、社交会なんかに呼ばれることも増え……仕事も、わずかずつだが任されるようになっていく。そしてそれに伴って、俺の『友達』としての仕事は減り、使用人としての仕事が増えていった。


それに、特に抵抗や悲しみ、寂しさなんかはない。

むしろ……あの小さかった子が立派になって……なんて感じで、微笑ましく思うことがある。……油断すると忘れがちになるが、俺の実年齢、前世も合わせると一応アラサーだからな……。親戚の小っちゃい子を見るような気分になりがちだ。


生活習慣も変わった。俺のも、アリシアのも。


さすがに、毎朝俺が起こしに行くようなことはなくなったし、使用人という立場がより明確になった現在、一緒に食事をとるようなことも、最早ない。


アリシアは、この世界の価値観で見れば、貴族家の令嬢としては立派なレディだ。もう結婚もできる年齢だし、何件も見合いやら縁談の申し込みも来ているとか。


まだ子供らしさが残るとはいえ、美人だからな……。


そして、アリシアと関わる時間が減った分、俺の仕事は増えた。

使用人としてのそれもだが……新しい分野のも、いくつか。


俺の、『ダークエルフ』としての力を活かしたものが、主に追加された。


まず去年、使用人棟に新しくできた、共用の浴室……そこの担当係。

俺は、魔法で水を出せる。それも、この2年の間の修行で、かなり進歩して……一度に大量の、それこそ、銭湯くらいの大きさの湯船をいっぱいにできるくらいの量を出せる。


コレのおかげで、風呂当番の苦行とも呼べる『水汲み』の必要がなくなり、さらに毎日でも風呂に入れるので、他の使用人たちからはありがたがられている。

こればっかりは、魔法が使えても、人間の魔法使いではまねできない部分だからな。


貴族家らしく、アルーエット家が私兵として抱えている者達の中にも、魔法使いはいる。

しかし、人間が使った魔法では、こんな器用なことはできない。


この世界では、魔法を使うにも適正というものがあり……さらに、種族によって使える魔法の種類も幅も限られるらしい。


例えば、人間の魔法使いなら……水系の魔法となると、魔力で水の球体を生み出してぶつける『ウォーターボール』なんかがあるらしい。これは攻撃魔法なのだが、相手に当たって攻撃が『終了』すると、その水はほとんどが消失してしまう。


魔力で生み出されたそれは、魔力に戻ってしまうのだ。そして、空気中に霧散する。

上手く魔法を扱える人の場合、多少残ったりするらしいけど。


しかしこれが、種族としてその属性の扱いにたけた『亜人』とかの場合、話が違う。


例えば『水』なら、『エルフ』や『マーメイド』、『サハギン』なんかの得意分野だ。

あと、俺こと『ダークエルフ』も。


これらの種族が使う水魔法は、バリエーションも、技の威力も、基本的に人間のそれとはレベルが違い……戦闘における強さはもちろん、応用というか、汎用性も極めて高い。

そもそも亜人は、生活に当然のように魔法を取り入れていることが多いし。


結局何が言いたいかというと、『ダークエルフ』である俺は、人間の魔法使いよりもずっと器用に『水』の魔法を扱うことができ、色々と役に立つ、というわけだ。

それゆえに、今俺はこういう立場で仕事してるわけ。


それと……戦闘訓練も始まった。


職業軍人ってわけじゃないので、そこまでガッツリ長時間かけて学ぶようなことでもないが、貴族家に仕える使用人である以上、いざという時に主人を守らなければならない。そのための訓練。


簡単な護身術の訓練と、救急手当の講習。

俺の場合は、それに加えて魔法戦闘の訓練も。


ようやくというか、異世界ファンタジーっぽい一面を見られて、若干テンションが上がったりしたこともあり、俺はやる気になって、一生懸命訓練に打ち込んだ。


特に魔法の訓練は、元々ネット小説好きの半オタク(前世)の本領発揮、とでも言えばいいのか……想像力と体のもともとのスペックに任せて、結構な成長ができたんじゃないかと思っている。


ただまあ……あくまで仕事優先、ってこともあり、そんなに練習時間取れないのが、ちょっとばかり悩みと言えば悩みだけども。


そんな感じで、あわただしくも充実感に満ちた日々を送っている俺。


最近では、アリシアを相手にした、またはアリシアに付き従う形での『従者』としての仕事も徐々に増えてきている。荷物持ったりとか、アリシアが使う道具の手入れしたりとか、掃除したりとか。


……執事長がこないだ、そろそろ俺にも執事としての教育を……とかなんとか呟いてるのを聞いたっけ。えらい評価されたもんだな。仕事増えるけど。


そんな日々の中でも……アリシアは、俺に会うたびに笑いかけてくれるし、時間がある時には『遊び相手』としての仕事をさせることもある。一緒にお茶飲んだり、世間話したり。

そんなにあることじゃないが、買い物に同行したりする時もある。俺以外の護衛も付けて。


また、その時は……俺は、奴隷の首輪を外してもらうことが多い。

俺が使ってる首輪はちょっと特別で、外した後も効果が残る。魔法で、体そのものに『隷属』の効果を刻み付けるタイプの、より強力なものなんだそうだ。


仕事によっては、見栄えが悪いから外され、術式で縛られる、ってことだ。


まあ、俺には首輪があろうがなかろうが、アリシアやそのご両親を裏切るつもりなんてないわけだし、関係ないけども。


……そんな、穏やかで、時々騒がしくもある感じの日々が……唐突に終わりを告げたのは、それから間もなくしてからだった。


☆☆☆


「でね? その伯爵家の令息が、いかにもいやらしそうなこと考えてそうな目で、じっとりこっち見てくるのぉ……もう気持ち悪くって、仮病使って逃げて来ちゃった」


「また思い切ったことを……バレたら問題になるんじゃないですか? 公務ごとすっぽかしたんでしょう?」


「平気よ。その『公務』だって、建前的にうちに話が持ち込まれただけだもの。あー、それにしても、あんなのがうちの遠縁とか……これから何度も、色んな場で顔合わせなきゃいけないって考えると、うんざりするなぁ……ねえアイビス、私の代わりに行ってくれない?」


「いや無理でしょ……種族性別年齢外見地位立場その他もろもろ全て違うんですから。今回だって、従者とは名ばかりの馬車のお留守番で、しかもピンチヒッターだからついてこれたんですし」


だよねー、と力の抜けた感じで言いながら、ため息をつくアリシア。

その他にも、続けざまに色々と愚痴が出てくる出てくる……


下から2番目の階級と言えど、子爵家はれっきとした貴族家。そのご令嬢ともなれば、人前では常に優雅に、上品にしていることが望まれる。


そんな生活がもうずっと続いている現在、アリシアはこんな風に砕けた言葉で話し、リラックスした態度を見せるのは……ご両親を除けば、俺の前だけだったりする。

こうして愚痴を聞かされたりしている時は、彼女の中では、俺はまだ『友達』でいられているんだな、と……ちょっと安心したり、嬉しく思ったりもする。


傍から見れば、まあ……14歳と9歳の子供同士の微笑ましいひと時、に見える程度なんだろうけども、彼女にとっては、貴重な心安らぐ時間、ということだ。俺としても、こういう形で、恩があり、日頃から世話になってる彼女の役に立ててるのは嬉しいし、楽しくもある。


もっと今、俺とアリシアは、屋敷の私室でお茶会してるわけじゃなく……友好関係にある貴族家の主催のイベントに行って、挨拶とか色々して……その帰りだ。今、馬車の中だ。


もうそろそろ、今日宿を取る予定の町につくはずなんだけど……と思ったところで、馬車が止まった。あれ、着いた……のか?


……? それにしちゃ、外が静かすぎるような……町に着いたのなら、いくら夕方とはいえ、もうちょっと喧騒みたいなのが聞こえてもいいだろうに?


そう思っていると、こんこん、と馬車の扉がノックされて、


「アリシアお嬢様、アイビス殿、よろしいでしょうか? 町に入る前に……門番が、本家からの言伝を預かっておりました。お嬢様だけに知らせるように、と」


「……? わかりました。アイビス、お願い」


「承知しました」


ドアの開け閉めも従者の仕事だ。そのために、先んじて俺は馬車の外に出て……



―――ゴッ!!



「がっ!?」


「アイビス!?」


突如として、頭に何か硬いものがぶつかったような衝撃が襲い掛かり……そのまま、俺の視界は真っ白になった。


☆☆☆


徐々に意識が鮮明になっていく。

朦朧とした意識の中で、耳に、周りで誰かが話している声が聞こえてくる。


「いやあ、今回は楽な仕事だったな」


「ああ。小娘一人攫うだけ……しかも、腕の立つ従者も連れてなかったからな」


「連れてたけど、実は俺たちの仲間でした、の方が正しいけどな……後は、爺さんと女子供だけだったから、苦労しなかったな……で、一緒に捕まえたそいつらは?」


「爺さんは邪魔だからって殺してたな。メイドの方は、まだ休憩の連中がお楽しみ中だ。このアジトの連中全員、3人でかわるがわる相手すんだから、寝る暇もねえな、ははっ」


「え、3人とも使ってんのか? 3人中2人エルフだったろ……まじかよ」


「あん? お前、亜人ダメなの? 俺、普通にいけるぜ。つか、残りの人間1人だけで俺たちの相手とか、それこそ無理だろ」


「あー、そりゃわかるんだが……俺もダメ。見た目はいいけど、なんか生理的に萎えんだよな」


「もったいねーなぁ、んなもん気にしなきゃいいだろうに……亜人と言えば、そこにいるダークエルフのガキはどうすんだ?」


「売り飛ばして終わりだろ。小娘は身代金で開放するって話だが……あっちにそんな価値はねーだろうしな。つか、妙に亜人の多い馬車だったな?」


「極力、戦闘で死んでも惜しくねえ面子で構成したって言ってたからな。口うるさい老害と、目障りな亜人と……あと、飽きていらなくなった愛人だったか?」


「うわー、ひでーな。おかげで助かったけど」


……なるほど、だいたいわかった。


・馬車が止まったのは罠で、町についたんじゃなく、盗賊か何かの襲撃。

・しかもこっちに内通者いるっぽい。メンバーまで把握、というか『選抜』されてる。

・執事のじーさん死亡。メイド達、R18な事態に。

・俺、監禁中。後で換金予定……いや、ギャグじゃなくて。

・目的はアリシアと交換で手に入れる身代金。すなわち、営利誘拐。


……なかなかに胸糞悪い事態になってるな、畜生め。


しかし……これからどうする?


現在、俺は気絶してるふりを継続中だが……これから、俺に何ができるだろう?

どうやら、後ろ手に縄で手首と足首のあたりを縛られて、柱に縛り付けられてるみたいだが……これくらいなら、簡単に何とかできるな。


護身用の武器とか、金目のものも含めて全部奪われてるっぽいが、魔法を封じる措置なんかはされていないらしい。


……子供だからって甘く見たのかもしれない。今回はこの小さい体に感謝しなきゃだな。


その時、ふと、横というか、斜め後ろ?の方から……うめき声みたいなのが聞こえた。同時に、衣擦れの音も。

気づかれないように、視線だけをそっちにやると……


(……うわっ!?)


そこに……血だらけの人間がいた。

生きてはいるみたいだが……顔を含む全身に切り傷や打撲、青あざみたいなのがあって……満身創痍というか、死に掛けというか。


俺と同じように、いや、俺よりももっと厳重に、縄で雁字搦めにされている。


うめき声に気づいた、盗賊(多分)の男たちは、しかし、そいつを一瞥だけするか、あるいは忌々しそうに睨みだけすると……雑談に戻った。


すると……


「……おい、そこの少年……聞こえるか」


俺にだけ聞こえる程度の音量で、声が聞こえた。

見ると……血だらけの人が、目だけこっちに向けて……ぼそぼそと、どうにかギリギリ聞こえるくらいの声で、俺に話しかけてきていた。


もっとも俺、ダークエルフだから、割と余裕で聞こえるが。


「……少年、こんな状況で落ち着いているな……ひょっとして、この拘束を解く方法があったりしないか? できるなら……私の縄も解いてもらいたいのだが」


器用に音量を調節して、そう語り掛けてくる、血だらけの人。

どう見ても満身創痍なのは、さっきも言った通りだが……何だか、目だけは爛々と輝いているように見えた。まるで……まだ、微塵も諦めていない、という風に。


「無論……礼はする。さっきの話は聞いていた……君は、攫われてここに来たようだな。逃げ道を教えよう。それと……あそこにいる連中は、私が黙らせる」


「……できるんですか?」


思わず、そう聞き返してしまう。いや、だって超傷だらけで、今にも死にそうに見えるし。


「できなくてもやるしかないさ。このままじゃ私は、明日には出血で死ぬだろうし……まあ、連中も理解ってて放置してるんだろうが。それでどうかな? もし、君がこれを解けるなら、だが」


割と暴論だが……目は本気だった。

本気で、あいつらを引き受けると……俺が乗ってくれたら、期待に応えると、言っている。


「……わかりました。でも、その前に……『治癒ヒール』」


魔法を発動。気づかれないように、魔力と出力は抑えて……隣にいる、この人を癒す。

驚いた様子で……自分の体の傷が、徐々に癒えていく様子を見ている。


「……治癒の魔法? 使えたのか……すごいな、どんどん傷が塞がっていく」


「骨折とか、あんまり大きな傷はだめですけど……それに、疲労までは取れないし」


「いや、十分だ……ありがとう。これなら……自信持って、君に『できる』と言える」




その数分後、傷があらかた治ったところで……『氷刃アイスエッジ』で、俺と、血だらけの人のロープを切る。


その瞬間、その人は……後ろの柱を蹴って飛び出した。


見張りの男たちが、突然のことに驚いて目を見開く中……一番こっち側にいた男の頭が、その人の蹴りで吹っ飛んだ。


――吹っ飛んだ。マジで。

蹴りの一撃で、ボン、って。

肉片と、骨片と、あと眼球とかその他諸々になって弾け飛んで、グロ画像になった。


いきなりで、あんまりな光景に、俺も男たちも唖然としている中……その人は次々に、同じように素手で男たちを惨殺していく。


爪で首を掻き切ったり、首を360度回転させてねじ切ったり……えええ……この人、何者?


「ひ、ひぃっ、た、助け―――」


言い終わる前に、最後の1人が、振り下ろされた手刀で頭蓋骨陥没・即死確定の状態になり……見張り、全滅。ふぅ、と息をついて、こっちにスタスタと歩いてくる。


「終わったぞ、少年……何だ、意外だな……正直、怖がられるかと思ったのだが」


「いや、あの……多分まだ頭が追いついてないです。後から来る予感がします、色々」


そう言うと、一瞬その人はきょとんとしたような表情になった後、可笑しそうにくっくっと笑って、


「面白いことをいうな……君は。まあいい、さて、約束を果たそうか……この部屋を出て右に、壁伝いに進むと、階段がある。それを使って下へ降りて……踊り場の窓から外に出るんだ。子供の君なら通れる。いいな、踊り場の窓だ。下まで降りると、人が多いから見つかるだろう」


結構な早口で、さっき言ってた『逃げ方』を説明する。


「あ、あのっ……それなんですけど」


「それと」


俺の言葉を遮って、さらに続ける。


「……余計な欲はかかずに、速やかに逃げることを進める。営利誘拐なら、人質はおおむね丁重に扱われる場合が多いし、この場所を外部に知らせるという仕事もあるだろう。そして……私には私の用事があるから、君の主人を助けることにまでは……協力はできない」


「……っ!」


見透かされていたようだ。

これから俺が、アリシアをどうにかして助けようとしていることも……そのために、この人に協力を頼めないか、って考えてたことも。


協力云々に関しては、残念ではあるけど、別にいい。元々、無関係なことだし……見張りの連中を片づけてくれただけでも、御の字だ。


けど、だからといって……彼女を、

俺のことを『友達』と言ってくれて、大切にしてくれて、居場所を、日常をくれた彼女を……ここに残したまま逃げる、なんて選択肢は……俺にはない。


……何もできることがないとしても、この人の言うように、逃げる方ができることがあるとしても。……せめて、無事の確認くらいは……。


そんな、俺の思考を悟ったのか、あるいは顔色から読んだりでもしたのか……その人は、はぁ、とため息をひとつついて、俺に背を向けた。


「まあ……判断は任せるよ。ただ、私としても、恩人がこの後すぐに死んだ、なんてことになったら目覚めが悪い。無理はしないことだ」


「はい……ありがとうございました」


「こちらこそ。……応接室やその類は、さっき言った階段を、逆に上だったはずだ」


「あ、はい……あ、あの……お名前、とか」


「すまないが、名乗る気はない……武運を祈る」


そう言い残して、その人は……扉を開けて出ていった。開けて、左にかけていった。


残された俺は……今の言葉通りに、部屋を出て右に走り出した。見つからないように、注意して。





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