第27話 最後まで有効活用
新年あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
その日、1つのクランが、それも大手のそれが、迷宮都市『リングウッド』から消えた。
まあ、当然ながら『ビーストホール』である。消えたのは。
つか、俺らで致命傷負わせたうえで、きっちりとどめまでさして消したんだけどな。
ある意味当然の結末ではある。
構成員数十人を動員して俺らを襲って来たのを、俺たちがさくっと返り討ちにした結果、連中の主要な収入源である『探索』ができなくなった。
構成員全員がアレに参加してたわけではないし、まだいくらかそのための人員は残っているようだったが、主だった実力者はほぼ全滅だそうで。
経験豊富な、新人を指導し教練できるようなベテランは残っていなかった。
さらには、俺らの宿と同時に襲撃した連中も、デモルが配備した悪魔とカウンタートラップで全滅したとのことだったし。
結果、収入が激減どころでなくなってしまった連中は、もともと収入は減るわ、経費はかさむわでのっぴきならない状態になっていたこともあり、ほどなくしてクランとしての形を保てなくなったそうな。
構成員の賃金未払い、必需品・消耗品の不足、下部組織や協力者の離反……エトセトラ。
もともと、『長い物には巻かれろ』あるいは『寄らば大樹の陰』的な理由で所属していた者がほとんどだった組織。そのうまみがなくなってしまった結果は、あまりにも当たり前のもの。
賃金未払いで構成員は去り、家賃を払えなくなった拠点の建物からは追い出され、家財一切は差し押さえられた。傘下のクランやチームも離れていった。半ば強引に融資を引き出していた金貸しからは返済の督促、その他の細々とした商店からも、未払いの消耗品費の支払いの督促だ。
一時的な苦境ではなく、最早復活は望めない状態だと知られ、ついには探索者協会すら彼らを見捨てた。
最終的に、クランの幹部だった者達の生き残り数名は、その身に責任ありとして、先に述べた負債やら何やらの一切を背負わされ……どうやっても支払い能力がないと判断された結果、奴隷に身を落とすこととなったそうだ。
……という顛末が、今、俺の手元にある資料からの情報を紡ぎ合わせると見えてくる。
『ヘルアンドヘブン』のフロント企業である、高利貸しと、奴隷商と、その他もろもろの業者からまとめられ、今しがた報告されてきた情報だ。
どこも、今回のこの一件に多少なり、現在進行形で絡んでいる。
え、一体何でいきなり、うちの組のフロント企業やら何やらが出て来たのかって? 『ビーストホール』の壊滅とどう関係があるんだって?
そうだな……じゃあ、順序立てて説明するとしよう。
こないだ振り返りそびれた分の、俺たちがやっておいた『下準備』その他についても含めて。
こないだの作戦会議の時に、デモルが『支え合っているけど危うい』という感じの話をしたのを覚えているだろうか? どういう意味でそう言ってるかの説明も含めて。
町全体が『ダンジョン』と『大手クラン』を中心に、流通やら何やらのシステムを形作っており、その縦横の強固なつながりが、よそ者をシャットアウトして、その町の中に昔からある身内同士の権益を守ることを可能にしている。
そこだけ聞くと問題なさそうだが、そうではない。
厳密にはコレ、『支え合っている』とは言えない状態だったのだ。
互いに助け合っているように見えて、このシステムは……根本の部分を『ダンジョン』と『大手クラン』に依存しており、そこに全体が寄りかかるようにして形作られている。
支え合っているのはそこから分岐する枝葉……商店や工房、中小のクランやチームだけだ。
それらが大手クランの方を支えていないわけじゃないが、比率は明らかに釣り合っていない。
逆の矢印が成立しないのだ。
仮にこのシステム内で何かあった時……枝葉の方であれば、支え合うことは可能だろう。
商店がつぶれそうだって時に、他から一時的に援助をよこして立て直させる、とか。
だが、『ダンジョン』や『大手クラン』の方に何か壊滅的な事態が発生したとすると、そのまま連鎖的に末端の方まで一気に大変なことになるのである。
大手クランがダンジョンからもたらす資源がなければ、それを扱う店……大手クランと取引のある商会には商品が来なくなる。売るものがなくなれば金がなくなり、さらに他との取引ができなくなり……そことさらに取引があるまた別の事業者が、経営が立ちいかなくなり……延々。
その連鎖で、バカみたいに広い範囲が機能不全に陥るのである。
町の外、地域外とのやり取りがほとんどなく、ほとんどのリソースを『ダンジョン』という『身内』に依存していた結果だ。
そして今回、まさにその通りになった。
俺らに喧嘩売った『ビーストホール』が返り討ちに遭った件がそれだ。
「ま、規模だけは一級品のクランが空中分解したんだ……そりゃこうなるわな」
「わかっていてやったんでしょう? アイビスさんもお人が悪い……まあ、そのおかげで我々も儲けさせていただきましたし、どうぞこれからもごひいきにお願いしますわ」
おっと……説明が遅れたな。
今現在、俺らはいつもの安宿……ではなく、この町でも有数の高級宿に部屋を取っていた。
クランと内通して客の荷物に手を出すような宿に居る気はないし……それに、一気に懐に余裕ができたもんでね。ちょっと今、自分たちへのご褒美もかねて贅沢している最中である。
そして、俺のつぶやきにお礼まじりの言葉を返してきたのは、その部屋に訪ねてきている……『ヘルアンドヘブン』のフロント企業の1つの代表者の女性である。
彼女だけではなく、同じような立場の人間が数人、今、この部屋に来ている。
金融、奴隷商、卸売、人材派遣、その他いろいろ。皆、報告のために。
皆、今回の一件に協力してもらった方々である。
その結果として発生した儲け話を噛んでもらったわけだが……各々満足いくリターンがあったようで、取り繕っていつつも隠しきれない喜色が見て取れる。
なお、この女性は奴隷業の担当者だ。次いで、卸売業と人派の担当者も言う。
「左様、左様。のれん分けを考えていたところに、渡りに船でございました」
「うちは事業拡大でちょいと人手が欲しかったとこだったし……結果的にこの町に支店も出せたし、うん、大助かりだったよ」
「さすがはアイビス殿です。ご自分のシノギの開拓に動き出されたという話は先立って聞いておりましたが、わずかな間にこれほどの成果を出されるとは……恐るべき手腕ですね」
金融業の担当者もそう言って……机の上に置かれている資料のいくつかを見下ろす。
書かれているのは、『ビーストホール』の空中分解によって発生した、『儲け話』の内容だ。
さっき言ったように、この一件では、『ビーストホール』そのもののみならず……そことつながりのあった、かなり広い範囲に影響が波及したわけだ。
ざっくりいうと、俺たちはその『影響』を、そのまま金に換えることに成功したのだ。
例えば……クランに雇われていた人員は、当然ながらクラン消滅に伴い失職した。田舎に帰ったり、よそに再就職できた者はいいとしても、職を失って路頭に迷うことになった者もいた。
そういう連中を拾ったのが、人材派遣の部門である。さっき言った通り、何か最近事業拡大を狙ってて、ある程度まとまった人手を欲しがっている……っていう話を思い出して、声かけた。
近々、大量に失職者が出る見込みがあるんだけど、興味はないか?と。
で、その失職者……クランという拠り所を失った奴らを吸収し、えり好みしている余裕がない点をついて、好条件(意味深)で雇いあげた結果、利益をたたき出したと。
同じような感じで、他の部門も儲けている。
金融部門は買い取った債権で資産を根こそぎ差し押さえて限界まで搾り取った。金利が金利だから、連中の返済計画なんてもんはあっさり狂い、キレイに全て失うこととなった。
奴隷部門は連中自身の身柄を抑えた後、クランとして確かに残していた実績を武器に商談を進めて売り飛ばして金に換えた。
卸売部門は、直接クランの連中を相手取ったわけじゃないが、別口から利益をかっさらった。
大手のクランだけあり、取引していた業者はいくつもあり……『ビーストホール』との取引が生命線だった業者も中にはあった。そういう業者は、当然一気に存続の危機に立たされたわけだ。
それらの業者のうち、有力な、あるいは未来に期待が持てそうな業者に対して、卸売部門が近づいて、流通ルートの1つとして取り込んでしまったわけだ。
なお、未来がなさそうな業者については放置。アコギな商売をやっていた業者や、他をねたんで迷惑行為に走ってきたような業者には……『金融部門』と合同で対処したそうだ。
経営難の企業って、とかく融資を欲しがるからな……その先に何が待っているかも知らず。
その他にも、『ビーストホール』が絡んでいた様々な商売その他の利権のうち、急なことで宙ぶらりんになっていたものを、一切合切こっちで引き受けたり買い付けたりすることで、様々な分野の儲け話を『ヘルアンドヘブン』、あるいはそのフロント企業で回収できた。
商店や飲食店の用心棒代、酒や薬(やばいものじゃなく、傷薬とか普通のもの)の流通、賭博場の仕切り代、武器防具や、その素材になる鉱石類の取引……その他色々。
腐っても『大手』だけあるな、色々手広くやってたもんだ。
そんな感じで、『ビーストホール』の残骸全てを根こそぎ金に換えて、あるいはこっちで再利用できるようにあつらえて今回の騒動は収束した。
後に残ったのは、それぞれの部門で今まで以上に儲けられそうだわーい、っていう状況。
で、その結果として挙がってくるようになった儲けの一部が……俺らにも入ってくるようになっている。
利権の売買や債権の回収による儲けはもちろん、ルートそのものの掌握なんかの、継続的に利益が入ってくるようなものについてもだ。
要は、上前のピンハネを取るような形になるわけだが、これには特にフロントの方から反発もなく、むしろ向こうから話を回してきた。太い儲け話を回してもらって、しかも後ろめたいこともなく、正規のやり方で噛ませて利益を出させてもらったんだから、喜んで、とのこと。
なお、業界用語では『カスリ』という。豆知識。
上納の額についても、想定していたよりもかなり割安だったらしく、喜んでいた。
他のやくざ者の組織……ギャングとかだと、もっと吹っかけられたり、案件によってはそれをネタにして脅されたりするそうだ。
その点、『ヘルアンドヘブン』はそういうのがご法度だから付き合いはシンプルでクリーン(比較的、が頭につくが)。それに輪をかけて今回の取引は良心的だったから、彼らとしてはむしろ、今後ともどうぞよろしくお願いしたいんだそうだ。
これからも機会があれば、お互い得する取引をして、いい関係を続けていきましょう、と。
現代日本の価値観だと、何かこっちもこっちでアコギな感じがしなくもないんだが……世界が変われば価値観も変わる、ってことなのかね。
「それでは早速……こちら、私共の方でまとめておきました、今回の上納になります」
そう言って、代表して卸売部門の人が、ずっしりと重量感のある革袋を差し出してきた。
ちょっと口を開いて中を見ると、入っているのは小金貨や金貨だ。かなりの量、ぎっしりと。
「こりゃどーも。後で数えるけど……多いな?」
「色々単発で売りさばいたものの売却益が入ってますので、この先2~3か月はそこそこの額になりますよ。それ以降はまあ、多少下がるかもしれませんが」
「それはまあ、しゃーねーさ。こっちも助かってるし、何かあったら相談してくれな」
「ありがとうございます。それでさっそく、と言うわけではないのですが……」
「うん?」
すると、いきなり何か話があるようで、卸売部門の人が続けてしゃべりだした。
悩み事の相談……という感じはあんまりしない。
後ろめたさや申し訳なさの類が全く感じられないわけじゃないが、それ以上に、ビジネス……いや、もっと直接的に、今回と同じ『儲け話』の時の雰囲気が漂い始めている。
それなりに大口だったであろう、今回の企みを完遂したところで、早くも次とは、商魂たくましいもんだ……と思っていたら、
「実はどうやら……この町で、まだしばらく動きが続きそうでして。もしよろしければ、お三方にはもうしばらく、ここでご協力いただけないかと思いまして」
「? ってーと?」
「利権に目ざとい者達が動き始めています。具体的には、今回消滅した『ビーストホール』以外の大手クランや、それに近い位置の中小のクラン。また、『ビーストホール』が仕切っていた各分野の利権を狙う業者などですが……中には、皆さんを狙う者もいるようで」
「理由は様々のようです。殊勝にも、『ビーストホール』の敵討ちや、探索者クランが舐められている現状に我慢がならない、という者もいるようですが……その多くは、『ビーストホール』消滅によって手放された利権の類を手中に収めたい、というもののようで」
「そのために様々な手段を講じてくる見込みですが、皆さま方が居れば、そのほとんどが集中してまいります。御面倒をおかけすることになりますが、後は、今回と同様にできれば……と」
……なるほど。
要するに、同じやり方で2度、3度おいしい、と。『ビーストホール』の二の舞になるために、自分からこっちに突っ込んで吹っかけてきてくれる連中がいる……ってわけだ。
「……向こうから来るんなら、まあ……遠慮はしなくていいか」
動機が面子にせよ、利益にせよ……喧嘩売ってくるなら買うまでだ。
何かを求めて何か行動を起こすなら、それが上手くいかなかったときのリスクについても、甘んじて受けるべきであり、危害を加えられるなら、反撃するのは正当な権利だ。
そして、その結果また出て来るであろう『儲け話』を……目の前の彼らが拾う、と。
「よし……デモル、カロン」
「うっす! もうひと頑張りっすね!」
「第2段、第3段ですか……ふむ、絵図の見直しが必要ですね。まあ、さほど時間や手間は必要ないでしょう」
「そういうこった。まあ、できる分ガッツリやっていこうぜ」
そういう感じでこの騒動は一応の収束を見た。
喧嘩売ってきた連中は跡形も残さずに排除することに成功し、思いがけず収穫もできた。
さっき言った通り、今後、今回紹介したルートを介した収益の一部は……継続的に、安定して俺たちの所に収入として入ってくる。これは、『シノギ』そのものと言って差し支えないだろう。
当初考えていた形とは違うが、美味しい結果に終わった。まだ本格的にそういうのを開拓するのは先だと思っていたが……思いがけず、こうして手にすることができた。
しかも、面倒なところをフロントが引き受けてくれて、こっちは初期投資?だけで今後はほとんど何もしなくていい形に収まったから、実に都合がいい形に収まったと言える。
……そして、一番重要な部分。
この町に来た、そもそもの目的。それについても、もちろん達成することができた。
「ああ、でもよ。区切りいいとこまで来たら、俺ら……一旦でいいから、ちょっと抜けていいか? 先にっつーか、なるべく早く済ませたい用事が1つあってよ」
「? それはもちろん構いませんが……ちなみに、どういった?」
「ちょっと『ディアンド』まで、買い物を、な」




