第26話 『ビーストホール』の落日
だめだなこいつら、弱い。話にならん。
まあ、そりゃそのへんのゴロツキとかよりはマシかもわからんけど……やっぱりというか、数の多さとクランの名前を武器にして好き勝手やってきた連中だってことか。
そりゃ確かに、それ相応の実績の積み上げがあったんだろう。
こいつ――グレースだっけか?――が言うとおり、ここは探索者の町だ。大きくはないとはいえ小さくもなく、多くの人が暮らしている。そしてその多くは、探索者に大なり小なり、直接的又は間接的に関わる商売をしている。
それに、傘下に加わっていたり、教えを請うている探索者、クランやチームも少なくない。
だから、影響力が大きいってのは本当の話だし、この町で最大級のクランっていう自負事態も、別に間違ったものじゃないだろう。
ただ、それを武器にして、弱肉強食の理念で好き勝手やってたんなら……それ相応の『強』が現れた時に、自分達が『弱』の側に回ることも覚悟しておかなきゃいけないだろう。
異論は認めない。
……それに、だ。
繰り返しになるが……先に手を出してきたのは『そっち』だ。
あの……バングスだっけ? あいつが、恩知らずにも俺らの寝込みを襲って色々奪ったり売ったりしようとしてきたから、そういう奴にふさわしい対応をしただけであって……むしろ、こっちが詫びを入れてほしいくらいなんだけども。身内の不始末だろ、コラ。
それどころか、こっちを悪者にして色々しようとしてきやがったし。マジふざけんなよコラ。
そっちがその気なら、ってんで、こっちももう容赦なしにやってやることにした。
売られた喧嘩だ、高く買ってやろうじゃないか。
さて、じゃ、ここ3週間の出来事を振り返ろうか。
☆☆☆
必要な情報を仕入れた俺らは、どうやら『問題なさそう』だという結論を出し……容赦なくこいつらを返り討ちにすることにした。むしろ『丁度いい』し。
どうやらこいつら、俺らに対して『自白すれば多少は云々』って恫喝してきたことからしても、決定的な証拠はないようだった。どうやら、俺たちの自白を待ってるのと同時進行で探しているようだが……出ないだろうな、何一つ残さずに燃やすか、生贄にして消したし。
財宝を売却した流通ルートからも探してたようだけど、そっちも無駄だ。
俺たちが正規のルートで売った財宝は全部、正規の手段で……すなわち、普通にダンジョンから出てきて、普通に俺たちが手にした宝物ばかりだ。ちーとばかし量が多いけど。
あの連中から奪った宝や装備品は全て、ナタリア経由で裏ルートに沈めた。少々割安にはなったものの……あいつのルートは、表のそれとは完全に別物であり、バレる可能性はゼロだ。
あいつは、あの程度の連中を相手に商売をするような、小さい奴じゃあない。
この町で売りさばいたのなら、自分達に知らせが来るはずだー、って、連中が的外れにもそっちを追いかけている間に、俺たちは……ガッツリ働くことにした。
具体的には、ダンジョンでモンスター狩りと宝箱漁りだ。それも……主に『ビーストホール』の連中が餌場にしている階層とその下あたりを重点的に、片っ端から。
……さて、ここで1つ勉強の時間と言うか、豆知識というか。
このダンジョン探索において……協会のルールブックにも載ってないどころか、聞いたり調べなきゃ教えてもくれないような『暗黙のルール』というものが、この町にはいくつかあった。
例えば、連中も言っていた『大手クランが縄張りにして活動している階層では活動を控える』。これは、クランごとに分配を考えると必要になる財宝や素材の量を考えたもので、大手のクランであれば所属する人数も多く、その分多くの財宝が必要だから、という理由によるもの。
というのは建前で、単に大手のクランの既得権益を守るためのものらしいが。
一応、全く活動しちゃいけないわけじゃないが、あまり長く階層にとどまっていたり、一生懸命になってると、妨害入ったり絡まれたりするそうな。
他にも、『協会が発見していない宝部屋を見つけたら、そこで得た収入(財宝)の量も含め、独占せず必ず報告すること』とか、
『通常、宝部屋は単発で出たり消えたりするが、稀にある消えずに残っているパターンの場合、大手クラン以外はその部屋の財宝には手を出さないこと』とかの『暗黙のルール』がある。
どれも建前は、他の多くの探索者やチーム、クランのことを考えた、バランスを取るための方策ってことになってるが……その実、大手クランの権益を守るためのものである。
どれも、『大手クランは除く』とかで、有利性を保つための文言や仕組みが入ってるから。
中小のクランの活躍によって、大手のクランが間違っても脅かされることのないように。
『寄らば大樹』的に大手クランに所属している、文字通り大人数のメンバーが、きちんと等しくいい目を見れるように、ってところらしい。まあ、団体ってのは人数が多くなると、事務仕事然り会計然り、やたら難易度増すからな。
中小のクランやチームからしてみれば面白くないだろうけど、さっきも言った通り、大手クランの町全体への影響力は大きく、楯突けば町に居られなくなる可能性や、より多くのものを失うことになる可能性も出てくる。それを嫌って、長いものに巻かれる者がほとんどだ。
また、大手クランは実際に、本当に町そのものに貢献している、ということもある。権力も同業者も、協会も、その存在を軽視したり、無視することはできない。
財宝の売却益や、素材の流通……探索者が役に立っている、なくてはならない部分は多い。
その中でも、組織だって動いて大きな利益を動かす彼ら大手クランは、それらとしても優遇したい相手なのだろう。どんな状況下でも。
……まあ、俺らの知ったことじゃないけども。
この3週間、俺らは『んなもん知るか』とばかりに、全力で『探索者』の活動に取り組んだ。
『ビーストホール』の連中がメインで狩りをしている階層付近で、連中が来る前に階層中を荒捜し。デモルの『悪魔召喚』で探索にたけた悪魔を出し、またカロンの感知能力をフルに使って、階層中に自然POPした宝箱や宝部屋を片っ端から回収して回った。
その後、連中が来る前に少し上の階層に行って、入れ違いになる形でそこでも宝漁りを始める。ただし、ここの宝はそこそこに残しておく。
こうすると、『一応宝がある』と知った連中は、少しでも実入りを確保するために、その階層の宝を残らず集めるしかなく、見逃さないために相応に時間をかけてそれは行われるのだ。
しばらくすると、宝が見つからない『ビーストホール』の連中が上がって戻ってくるので、そこで見つからないように再び下に降りる。今度は、連中がいた階層よりも下側に。
『ビーストホール』の連中では、実力不足ゆえに立ち入れない領域ではあるが、俺たちにとってはなんでもないレベルだ。そこでも俺らは宝を片っ端からゲットし、さらに上の階の宝や魔物がリポップするタイミングで上に戻り……また、階層中を宝さがし。この、繰り返しである。
結果、連中は宝箱や宝部屋による収入が激減、というわけ。
連中は、俺らのせいで『儲けが不当に奪われた』っていう理屈で、こっちに突っかかってきた。
全くの的外れではないとはいえ、俺らにしてみれば、襲って来たバカを返り討ちにして、その分の迷惑料をもらっただけだ。それをまるで、こっちが一方的にすべて悪い、みたいに非難されるってのは、さすがに不快な言いがかりであると言わざるを得ない。
だったら実際にそうしてやろうじゃねーか、ってことで、こっちも強硬手段に出たわけだ。
本当に遠慮なしにやって、洒落にならないレベルで損害を出させてやろう、と。
……まあ、そもそもその『不当』っていうの自体、こいつら視点というか主観の理屈であって、法的根拠も何もないんだけども。
極端な話、こいつらの理屈の根底にあるのは、単純に暴力である。
直接的なそれか、それとも周囲に手を回すことによる間接的なものかはともかくとして。
『大手クラン』に歯向かうと、商店や宿屋を含む各種施設が、町の仕組みの多くが敵に回り……探索者にとっては、それらを利用しないことには日常生活を送ることすら困難になる。その上さらに、大手クランやその傘下のクランやチームによる直接的な攻撃や妨害が加えられる可能性もある。
そういう、抗いようのない、死角なく畳みかけるような様々な『暴力』によって、敵対者は打ち倒され、頭を垂れて許しを請うしかなくなるわけだ。
実際こいつらは、最終的にではあれど、こうして直接的に俺らを叩きに来ているわけだし……実はコレ以外にも、こいつらは俺たちに対して嫌がらせと言うか、負けを認めさせるための裏工作というか、根回しの類を仕掛けてきていた。さっき言った通りのものを。
商店や換金所に根回しして、俺たちから財宝を受け取っても換金に応じなかったり、あるいは不当に安く金額を提示したり、商品を売らなかったり……そういう、直接的な暴力じゃない部分で。
要するに、流通その他から締め出して、探索者として干す、というわけだ。
実際に、各店舗や宿屋のおっちゃんにまで、俺たちを締め出す内容の包囲網は整っていった。
が、その程度で俺らを困らせられるかと問われれば、NO。
換金や物資調達のルートくらい、自前の……組の伝手で簡単に用意できる。
『沈め屋』が入り込んでいることからも分かるように、小規模なものであれば、監視の目を潜り抜けて色々取引するなんてことは簡単なことだ。
それなりの額以上の取引であれば、よろこんで出張してくれる『業者』はいくらでもいる。
逆に、そっちのルートで質のいい財宝やら何やらが大量に流れだしたもんだから――確認できたわけじゃないだろうが、状況的に――かえって損してると感じている関係者も多い。
そもそも、俺らが独自のルートで財宝をさばいてるってことは、その分の富が、町の外に出ていっていることを意味する。それはそのまま、冗談でなくこの町自体の損失なのだ。
大手クランがもたらす富が換金され、それが様々な形で方々に売られ、さらなる富となる。転売益が町に入って町の懐はうるおい、それを財源に様々な産業が活気づいていく。
この町は、そういうシステムで動いているのだ。
ただ……言い換えれば、そういうシステムでしか動かない、とも言えるが。
そのシステムの根本の部分が、一部とはいえ抑えられたこの現状は、遠からず町全体の景気に陰りをもたらす。察しのいい者は、もうそれを感じ取って動き出している。
俺たちの回収する財が大きすぎて、締め出している方がどんどん損になる、と気づいて。
その証拠に……秘密裏に俺たちに接触して、裏口で財宝を売ってくれ、って交渉に来る業者が、いくつかすでに表れていた。
また、宿屋の主人なんかを買収して、荷物を盗んだり壊したり、その他嫌がらせを……っていうのについても、対策はしてあった。デモルの召喚悪魔に部屋を見張らせたり、盗んだり壊そうとした瞬間に発動するようなカウンタートラップの魔法を仕込む、という形で。
ちょうど今さっき、デモルから、部屋に忍び込んできた連中を全員捕縛した、っていう報告を受け取ったし。宿の主人を説得か買収して、俺らをここでフクロにしてる間に荷物や財宝を奪う、っていう計画か……こいつらのやりそうなことだ。
まあ、どれもこれも何一つ成功していない現状、最早失笑を誘うだけだが。
証拠は見つからず、委縮して自白してくることもなく、締め出しも恫喝も効果なし。それどころか、買収に使う金はかさみ、しかしそれに見合ったリターンはなく、さらには収入は激減。かえってクラン側の財政にダメージが募るばかりで、水面下で離反する業者が出る始末。
最早その面からものっぴきならない事態になった『ビーストホール』は、半ば必要に迫られる形で、最後の手段として、直接的な私刑という形で打って出たわけだ……それが最も愚かな手段である、ということも知らずに。
気が付けば……戦いは終わっていた。
最初から戦いと呼べたかどうか、っていう点はともかくとして、ほんの10分かそこら前まで、俺たちから奪おうと意気込んでいた連中は……1人を残して、残らずこの世を去っていた。
斬られて死んでいる者、氷漬けにされて死んでいる者、斬られた上に氷漬けになって死んでいる者、矢で貫かれて死んでいる者、電撃で体を焼けこげさせて死んでいる者、超高熱で死体が炭化している者、肉がつぶれて骨が砕けている者……エトセトラ。
いちいち数え、上げ連ねればきりがない、物言わぬ屍の群れ。
そんな中、ただ1人残っているのは、最初の最初に俺たちに接触してきた、あのおっさん。
数分前まで、俺たちへの怒りと憎しみ(ただしほぼ逆恨みによる)を張り付けていた顔には、今は絶望以外の感情は読み取れない。冷汗で顔全体がテカテカ光っていて、鼻水や涙にもまみれた顔は、ちょっと見ていていい気分のものではない。
一応、手には剣が残ってるが、脱力し、構えも何もなしに、無防備に棒立ちになっているその姿は……最早、戦う気力なんてもんが残っていないのは、誰の目にも明らかだった。
「何でだ……何で、どうして、こんなことに」
「今この状況で『何で』なんて言葉が出てくること自体、ズレてる……や、もういいや」
何言ったところで無駄だし。
「何なんだ、お前らは……? 何で、俺たちが……無敵の『ビーストホール』が、こんな……あり得ない、あり得ない……違う、だめだ、こんなことあるはずが……」
「……何か変になってないっすか? 大丈夫っすかねこいつ?」
「半々じゃね? ま、別に大丈夫じゃなかったところでほら、別に困ることねーじゃん」
「そりゃそうっすけど……」
俺とカロンの会話は聞こえていないようで、グレースはブツブツとうわごとのように呟き続けている。……やっぱ大丈夫じゃなさそうだなコレ。
「違う、間違ってる、ありえない……俺たちは、永遠で、不滅で、誰にも止められない、何をしても許される、皆のあこがれで、町の生活を支える英雄、歯向かう者は誰だろうと……」
「デモルー」
「はいはい。生贄、悪魔召喚」
頭ぽん、からの消失。
コレのために適当に生かして残しておいたグレースは、いつだったかの女魔法使いと同じように、デモルの魔法の『生贄』になってその体を消失させ……代わりに現れた魔方陣から、何体もの小さな悪魔たちが姿を現した。
『グレムリン』という名前であるこいつは、力は全然弱いが低コストで複数召喚できるので、今回みたいな戦闘以外の、雑用みたいな任務にはもってこいなのだ。
「じゃ、後は打ち合わせ通りに」
「はい。ではグレムリン達……使えそうなものをはぎ取りなさい。それと、装備は……多少破損していても、形がおおまかに残っていれば、一応回収するように」
召喚の術式により、現れた悪魔……その数、10体。
命令を受けた彼らは、転がっている者達の装備や持ち物などを詳しく見て、ある程度の価値を認められるものについて回収する、という作業を行っていく。そしてはぎ取った後の残りは、これも一か所に、こちらは割と雑に扱われてまとめられていった。
その様子を見ながら、俺はこの後の『仕上げ』を、そしてそれによって得られるであろう収穫を、気が早いとは思いつつも、正直今から楽しみに思っていた。
今こうしてやったのは、あくまで因縁つけて来た邪魔者の排除である。
俺たちの、本当の目的は……ここからだ。




