第25話 飛んで火に入る夏の虫
この町の最大手クランの1つである『ビーストホール』とやらの何某さんから、聞き込みと言う名の恫喝、または圧迫込みのカマかけを受けてから、さらに3週間弱。
俺たちがここにきて、探索者の活動を始めてから、の日数で数えると、1ヶ月と少々が経過したこの日……俺たちは、何十人もの殺気立った探索者たちに、周りを囲まれていた。
「よぉ……3週間ぶりだな、御三方」
そう、顔に笑みを張り付け……しかし、本当の所は大きな怒りを押し殺しているのが丸わかりなグレースが、その集団の中心に立って、こちらを睨みつけている。
ちなみに俺たちは今ちょうど、今回のダンジョンアタックを終えて、もう地上に戻るところだった。今ここの場所は、出口の少し手前、地下1階層の、大きく開けた広間みたいなところだ。
ここに差し掛かったところで……あちらこちらに隠れていたこいつらがやってきた、ってわけ。
グレースは今言った通りだし、その周囲にいる他の探索者たちも、同じように、俺らに対して怒りや苛立ちのこもった視線を向けてきている。それを押し隠している者、隠していないもの、隠そうとして失敗している者……様々居るな。
そんな、針の筵の中心にいる俺たち3人ではあるが……特に、堪えているとかはない。全然。
「お、どうも久しぶり。何か用?」
「……とぼけんじゃねえよ、用が何かなんて、テメェらがわかってねえはずねえだろうが」
お、笑顔もやめたか……結構本気でキてるっぽいな。
しかし、表情にも怒りを露わにしたにも関わらず、普通にへらっとしている俺らに余計に腹が立ったのか……語気を徐々に荒げながら、グレースは続ける。
長くなりそうなので、俺ら3人、背負っていたリュックを下ろしてそれに腰かける。
ますます苛立つ皆さん。ああ、うん、もちろん狙ってますよ。挑発ですよ。
「……あの時は、証拠がなかったからぼかして言うにとどめたが……テメェらだろう? バングスたちを殺して、あいつらが持っていた財宝を奪ったのは……」
「そういうことを言うってことは、証拠が見つかったと?」
「ねぇよ……何もなかった。だがな、そんなことはもう関係ねえ。バングス達が行方不明になったタイミング、その後にお前らが売却した、ルーキーごときに稼げるはずのねえ量の財宝……お前らを疑うには十分だ。それに証拠がないなら、お前らの口からそれを認めさせてやればいい……!」
「これまた乱暴っすね……単に俺たちが優秀だから、とか考えなかったんすか?」
「……いつまでも生意気な口聞いてんじゃねえぞガキ共。お前ら、今自分たちがどういう状況にいるのか……何で俺らがこうして、人数集めて出張ってきたか、わかってねえのか?」
じりっ、と……包囲している探索者たちが、その輪を狭めたように見えた。
「証拠がないから手は出さねえだろう、なんて考えるなよ? 俺たちは最初から、お前らに吐かせるためなら何だってするつもりで来てんだからな……ここはまだダンジョンの中だ。何が起ころうが、誰も見てなきゃ『不幸な事故』で片付いちまうんだよ」
それに加えて……この大広間、出入り口は、奥に進むにも地上に向かうにも、それぞれ1か所ずつしかない。恐らくは、そこにもこいつらの仲間が控えていて、退路を断っているんだろう。
後は、ここでこれから何が起ころうが、目撃者は……こいつら『ビーストホール』の構成員以外にはおらず、そいつらが口をつぐんで、俺たちの口を封じてしまえば、事件は表に出ない。
せいぜい、調子に乗った新米チームを、大手クランが粛清した……っていう噂話が出るか出ないか、ってところか。
なるほど、周到に考えて準備して、それに沿って動いている……さすがに最大手クランの1つ。一応、仲間同士の絆や、団体での行動力っていう意味で言えば、本物なのかもしれないな。
事実確認や各種プロセスがザルもいいとこで、露骨に身内びいきなところには呆れるが。
「てめえらが悪いんだぜ? 俺は確かに言ったのによ……自分から名乗り出てくれば、まだ温情をかけられるってよ。こっちも、殺気立ってる若い連中を抑えておくのは大変だったんだ。それを、見事に無駄にしてくれやがって……だからよ、こうなったのは自業自得なんだぜ、ガキ共」
「証拠不十分のところを開き直って実力行使に来といて『自業自得』と来たか……厚かましい通り越して新しいなこの展開。とりあえず容疑を否認します。帰るんでそこどいてもらえる?」
「……あくまでふざけるってんならそれでもいい。せいぜい泣き喚いて、俺たちの怒りを少しでも晴らさせてくれや」
そう言って、グレースは周りの探索者たちに合図をする。
それを待っていたのだろう。探索者たちは、手に手に武器を取って、親の仇を見るかのごとき、怒りやら憎悪やら全開の血走った目でこっちを睨みながら、一歩一歩、包囲を狭めてくる。
ふむ……問答無用の実力行使ですか。そうですか。
「……あー、じゃあ1つだけ」
俺が話し始めても、探索者たちの歩みは止まらない。
聞く耳持たず、私刑に入るつもりだ……まあ、だろうと思ってたし、別にいいけど。
「あんたらさあ、さっき言ってたじゃん? 『何で俺らがこうして、人数集めて出張ってきたか、わかってねえのか?』って。それのオウム返しっぽくなるんだけど――
――何で俺らがこうして。武装した大人数に囲まれても平然としてるか、わかってねーの?」
その問いに、ちょっとでも不思議に思ったとか、反応した様子な奴は……4、5人か。ま、何人いようがやることは変わらんし、別にいいけど……さて、問題です、マジで何ででしょう?
1.そろそろ来るだろうな、って元々予想してたから
2.むしろ好都合だし来てほしいと思ってたから
3.囲まれたところでこいつら程度じゃ脅威になりえないから
正解は………
「全部だよ。この展開……ウェルカムだ、バァーカ」
☆☆☆
(……何だよ、これは……?)
目の前の光景が信じられない。
何かの間違いだ。何でこんなことになっているんだ。夢だ、夢だ、夢だ夢だ夢だ!
頭の中で何度、どれだけ必死に叫ぼうとも……目の前の光景は、残念ながら変わってはくれない。依然として、彼……グレースの目の前には、地獄があった。
「そういや……似たようなことが前にもあったよな? こんな風に、アホな目論見で近づいてきたバカを返り討ちにしてよ、折角だからそいつの持ち物はまあ……有効活用したっけ」
「ええ。それに、今のこの状況と同じようなことを言った覚えもありますね……」
「ベテランの割には、相手を見る目がない……でしたっけ? 微妙に言い回しが違うような気もするっすけど……」
「「「まあ、いいか。別に」」」
そんな、軽い口調で話しながら……アイビス、デモル、カロンの3人は、今まさに……地獄を作り上げている所だ。
両手に構えられた、2本の『氷の刃』。
縦横無尽に振るわれるその2つの冷たい軌跡が走るたびに、1人、また1人と、『ビーストホール』の探索者たちが、悲鳴と共に物言わぬ屍に変わっていく。
今、探索者の中でも武闘派の1人が、後ろからそのダークエルフ……アイビスに襲い掛かる。
しかし、大上段からの渾身の大剣の振り下ろしは、背中に目がついているのかと思えるほどに簡単に受け止められ……しかも、ただの氷でできているはずの剣にヒビ一つ入らない。
そして次の瞬間、ぎゅるん、と回転して一瞬で振り返り……その勢いで、横凪ぎに剣を一閃。
みぞおちのあたりが深く切り裂かれ……しかもその直後に、その傷口が凍結した。
外からは見えないが、その探索者は、斬撃と凍結の両方により、肺と、その下の横隔膜、そして何本もの主要な血管が取り返しのつかないレベルに破損し……そのまま死を迎えた。
文字通り身を切る冷気により、体の中から組織が凍結し崩壊、ズタズタにされていた。
その向こうでは、今度はデモルとカロンがその腕を振るっている。
デモルが手に持っているのは、いつも使っているのとはまた別な、黒塗りの弓。
ショートボウよりは大きいが、まだ取り回しも軽く『小ぶり』と言っていいサイズのそれを、しかしデモルは……比喩でなく、縦に横に『振るっている』。
そして、その軌跡に合わせるように電撃が迸り、一度に複数人の命を刈り取っている。
どういうことか、何が起こってるのかと言えば……今、デモルが持っている弓は、『杖』として……つまりは、魔法を使う媒体として使えるのだ。
むしろ、本来が魔法使いタイプであるデモルに見合った、臨機応変に手を変えられる優秀な武器であるし……もちろん普通に弓として使うこともできる。性能もなかなかのそれだ。
それでも、デモルにとっては『ちょっと本気』の域を出ないレベルの装備なのだが。
一方カロンは、少々特徴的な手甲と脚甲を装備して戦っていた。
いや、手甲はそれほど奇抜ではない。朱色に染められた、しかしよくあるタイプのものだ。
問題は、脚甲である。朱塗の点は手甲と同じだが、形状が独特だった。
一見して人間用ではなく……言うなれば、『馬用』とでも言えそうなデザインなのだ。
人間の膝から下を覆うのに適した形をしているものの、肝心の足の部分……より正確に言えば、足首より下の部分の形状が、どう見ても、馬や牛のような動物の『蹄』の形であり、底の部分はまるで『蹄鉄』のようなそれである。
重厚な外見に見合った重量をも持っているであろう、その脚甲を装備したカロンは、さらにそこから紅蓮の炎を吹き出しながら、多種多様な足技で敵を蹴り倒していた。
その蹴りの一撃が当たれば、頭は割れ、顔面を陥没し、腕はへし折れ、鎧は凹み、盾は弾かれ……防御などまるで意味がない、存在しないかのように、あっさりと死者が量産される。
そこにさらに、高熱による追撃が加えられるのだから凶悪である。
意図してそうしているのだが、カロンの拳や蹴りは、ただ同時に炎を叩きつけているだけではなく……熱そのものを叩き込んでいる。そのため、発生させた炎の他に、高熱による自然発火や、体内に叩き込まれた熱による様々な損傷が襲い掛かることになる。
食らった相手は、打撃の威力で死ぬか、炎に焼かれて死ぬか、はたまた叩き込まれた熱による様々な内部損傷で死ぬか……いずれにせよ、逃れる術はないと言ってよかった。
炎、氷、雷……どれをとっても、それらを操っている当人たちを含め、明らかに自分たちとは格が違う。視界のどこかで何かが煌き、迸る、その度に……誰かが死ぬ。
先程までは頼もしかったはずの、数十人の味方……クラン『ビーストホール』の選りすぐりの精鋭ばかりを集めたはずの、その仲間たちが、今は、酷く頼りない。
いや、そんな次元ではなかった。
頼る頼れないの話ではない。最早……彼らは、屠殺を待つばかりの獣に等しい。
戦いになっていない。これは、ただの……虐殺だった。
(ふざけるな! 何で、何でこんなことになってるんだ!)
呆然と立つ彼……グレースは、心の中で、答えが返ってくるはずもない問いを叫んでいた。
仲間たちと、クランの拠点を出た時は……単なる身の程知らずの粛清のつもりだった。
新人の中には、たまにいるのだ。昔からあるしきたりや、暗黙のルールと言うものを理解せず、または世渡りの仕方というものを知らず……他の探索者や、大手のクランに喧嘩を売ってしまう、運と要領の悪い者が。調子に乗って、あえてそうする、さらなる愚か者も含めて。
そういう奴は、決まってより大きな力によって……先達の探索者や、大人数のクランによって、制裁を受ける。時には、それらの息のかかった、町の中の商店が、ものを売らなくなったりという間接的な制裁が加わる場合もある。
そうして身の程を知り、地に伏して許しを請うて、一つ大人になり、一人前の探索者に近づくか……あるいは、夢破れて町を去る。あるいは……
今回も、そうなるものだと思っていた。クランの誰もが、1人の例外もなく。
少しは実力もあるようで、期待のルーキーと言われているようだが……所詮はたった3人しかいない、しかもまだ若い、文字通りの『ルーキー』だ。長年、ダンジョンで魔物たちと戦い、時には同業者とも戦って既得権益を守ってきた自分達が負けるはずはない。負けてはいけない。
今までずっとそうしてきたのだから。時に、かなり強引な理屈であっても……数の力で、あるいは張り巡らせた根の広さで、それを押し通してきた。
彼らは、それが許される立場だった。
それだけの力を持ち、それだけのものを積み重ねてきていたからだ。彼らが動けば、それが町全体の意思となる、とまで言えた。白も黒になる、とさえ言っても過言ではなかった。
今回は特に……限りなく黒に近い灰色、という疑いではあるが、クランの同胞が殺されている。
バングスはクランでも古株で、グレースとは長い付き合いだった。やや強引で、やりすぎるところもある男だったが、味方である分には頼もしかったし、慕う奴も多かった。
そのバングスが……恐らくは、死んだ。
死体が見つかったわけではないが、ダンジョンからもう1ヶ月以上も戻らない以上、生存は絶望的だと見てよかった。
敵を多く作る男だったから、もしかしたら何かトラブルを起こしたのかもしれない。
だが、だとしても、このまま黙っているわけにはいかない。
また、バングスが持ち帰るはずだった少なくない財宝は、そっくりそのまま失われている。恐らくは、下手人が奪い去って金に換えたのだろう。クランの金庫に収まるはずだったものを、横から奪われた……それもまた、『ビーストホール』の面々がいきり立つ理由の1つだった。
クランの面子にかけて、3人の生意気なルーキーに制裁を。
最早、待つことも、情けをかけることもできないほどに、クランの中がエキサイトした段階で……哀れみすら覚えながら、彼らは手に手に武器をとり、新米3人組の元へ足を運んだのだ。
今回は、いつもよりも過激になる。
仲間を奪った愚か者に、落とし前をつけさせる。無論、その命でだ。
そして同時に……金も奪う。奪われたのだから、奪い返す。
今頃、別動隊と言ってもいい何人かのクランメンバーが、3人が泊まっている宿に行っているところである。そこで、彼らが部屋に保管している、今までに稼いだ金を奪う。
宿の主人もすでにクランの味方だった。話はついており、障害は何もない。
そしてグレース達は、3人がダンジョンから出てくるところを、大人数で待ち構える。
恐怖と絶望に歪んだ表情になり、おそらくは交渉と言う名の命乞いをしてくるだろう。だがそれを突き放し、その場で囲んでいる全員で、制裁を……私刑を加える。
もしも、彼らが、以前に勧告した時に、自らの非を認め、謝罪と反省の意思を見せ、相応の償いをすれば……許したかもしれなかった。多くを失っても、命だけは助かったかもしれなかった。
だが、それももう手遅れだ。彼らの命なしに、この問題は収まらない。
死を持って償わせる。それが、クランとしての責任だと、皆の意見は一致していた。
楽には殺さない。誰を敵に回したのか、自分達がどれだけ愚かで、何をしたのか……その骨の髄まで叩き込んだ後で……殺す。それを持って、報復とする。
……障害があるとすれば、一応、見た目だけは確かに子供でしかない、その2人を……情けや仏心を加えずに、痛めつけ、殺すよう務めなければならない程度か。
……そう、彼らは思っていた。数分前までは。
(こんな……こんなことになるなんて……!)
1人、また1人、命が散っていく。
まだ自分の半分も生きていないであろう、若い、幼いとすらいえる子ども3人に……なすすべなく、彼らのよりどころだった『クラン』が蹂躙されているのを、グレースは見ていた。
壊される。奪われる。
積み上げてきたものが。自分が、仲間達が、先人たちが、長い年月をかけて作ってきた全てが。
この町において、何物にも屈さないだけの大きな力であったはずの、クラン『ビーストホール』が、今……何もかもが違いすぎる、圧倒的な『力』によって、奪われようとしている。
「……ふざけんな」
気づけば、グレースの口から、それは漏れ出ていた。
「……ふざけんな!」
思いのほか、大声が出たからだろう。その声に、そしてその様子に気づいたらしい、3人組のうちの1人……ダークエルフの少年――アイビスの視線が、グレースの方に向いた。
それに彼が気づいたかどうかは、わからない。
ただ、最早限界だったのだろう。その口から……心中に留まらない本音が、あふれ出た。
「ふざけんな! 何で、何でこんなことになってんだ! お前らがッ……お前らが死ぬはずだったのに! 何なんだお前ら! 何で……何でこんなことに!」
「何でってそりゃ……あんたらから喧嘩売って来たんじゃねーかよ」
言いながらアイビスは、また新たに1つ死体を作る。
奇声を上げながら、半ばやけになって真正面から突撃してきた男を、剣の氷の刀身を伸ばし……氷の槍にして串刺しに。そのまま、内部から凍り付かせて絶命させた。
「違う! お前が……お前らが悪いんだっ、元はと言えば! お前らが奪ったんだろうが! バングスの命も、俺たちのものになるはずだった財宝も! そうだ、だから……俺たちはお前らを殺す理由が、権利があるんだよ! それをお前らがっ……どこまで邪魔を……!」
アイビスは、伸びた刀身を途中で砕いて元に戻しながら、呆れたような視線を送る。
「証拠不十分で開き直っといてよく言う……まあ、融通が利きそうな連中じゃねーのはわかってたけどよ。せめて、証拠集めて公権力に訴えるとかなら、まだ手段としてまともだっただろうに」
――そんなもん残すヘマはしてねーけどな。
アイビスが心の中で呟いた本音は、当然だが、誰も聞き取ることはなかった。
「俺たちは『ビーストホール』だぞ! この町で俺たちの思い通りにならねえことなんて、1つもねえんだよ、あっちゃいけねえんだよ! それを、お前らがっ……俺たちが、今まで積み上げて来たものを全部奪っていこうとしやがる! 畜生、ふざけんな! 何の権利があってお前らは!」
「権利と来たか……俺らもちょっと調べたけどさ、あんたらだって随分とこの町で好き勝手やってるっぽいじゃん。新人や中小の探索者のチームやクラン相手に、なんかこう……威力交渉的な」
アイビスの話は――調べたのはデモルだが――事実である。
実のところ、グレース達もまた、決してお天道様に顔向けできる人生を歩いてきてはいない。
中小のクランや新人の探索者たちを、既得権益を荒らされないために恫喝していることも、
クランの力や、町への影響力をかさにきて、かなり強引な交渉などを行ってきていることも、
時に勢いで、時に計画的に行った犯罪すら、クランの力でもみ消してきたことも、
その他、大小様々な問題行動を、全て『俺たちはビーストホールだぞ』という、伝家の宝刀……と呼ぶのは少々躊躇われる、稚拙な力技で押し通していたことを、すでに調査済みだった。
「うるせぇうるせぇうるせぇ! この町は探索者の町だ! この町を支えて、守ってるのは探索者なんだよ! だから、俺たち大手のクランは、その探索者の集まる『ビーストホール』は特別なんだ! 俺たちに楯突く奴が悪で、俺たちに合わせるのがこの町のルールなんだよ! お前らがそれを破ってるんだ、お前らが、畜生そうだ、お前らが悪いんだぞ! なのに……なのに!」
実際、クラン『ビーストホール』の影響力は、誇張なしにこの町全体に及ぶ。
彼らと敵対すれば……少なくとも、彼らと付き合いや取引のある店舗や商人は、敵対した者との取引をするわけには行かないだろうし、表立ってではないだろうが、探索者協会でもいい顔はされないだろう。他の、傘下に入っている中小のクランやチームからも目の敵にされる。
それどころか、扱いにも露骨な差が出るはずだ。『ビーストホール』側からの嫌がらせや恫喝、妨害工作は黙殺され、逆に反撃すれば、非がなくとも悪者にされるだろう。
そんな村八分状態で長く続けられるほど、探索者は生易しい仕事ではない。
普通なら、グレースらの予想は何も間違ってはいなかった。順当に、そうなったはずだ。
……そう、あくまで……相手が、普通なら。




