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テンゴク  作者: 和尚
第2章 初めてのシノギ
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第24話 警告と恫喝と詰問



俺たちがこの迷宮都市に滞在し、ダンジョンアタックの日々を送るようになってから、一週間が経った。


すっかり『探索者』生活にも慣れてきた俺たちは、この町の店やら何やらを適宜利用しつつ、ダンジョンに潜っては出て、潜っては出て、を繰り返していた。


1回目で大体のノウハウはつかんだので、2回目以降は、浅い階層は無視していきなり深いところまでダッシュし、地下10階以降で主に宝探し、というのを常道にした。

俺たちの足なら、魔力で強化して走れば、そこまで数時間程度だし……いざとなれば奥の手もある。手間ではあったが、ワープ機能とかも特にない以上、仕方ない。


それに、そのくらいの時間をかけていくだけの実入りは毎回あるので、そんなに苦でもない。


実際に体感してわかったんだが……地下10階以降は、初心者やちょっと慣れただけの探索者ではまず生きて帰ることができないレベルの領域である。知識や実力がちゃんと釣り合った、本当の意味での『ベテラン』でどうにか、っていう感じだ。


上の階層にいるような探索者たちでは、束になろうがかなわない、普通に全滅するような敵が、ザコ敵として普通にポップする。こないだの『オルケテン』ほどじゃないものの、どれも強い上、それらが群れを成して襲って来たりするもんだからもう……


まあ、俺たちにとってはちょうどいい感じだけども。

属性魔法も使っての戦闘訓練や、油断できない状況下でのサバイバル訓練にはもってこいだ。


そうしながら、財宝とか魔物の素材を集め、売る。

主に探索者協会に。時々、なじみの業者に。


そんな風にここんとこ過ごしてみての所感だが……悪くはない、って程度か。

腕に覚えのある奴なら、その日その日を暮らしていくのに問題ない程度は稼げる職場だ。


ただやっぱり、その日その日の収入にはムラがあって安定しないし……言うまでもないが危険と隣り合わせ、油断したらいつ死んでもおかしくないような職場だ。

そういうのに抵抗のない人、あるいはここ以外に居場所がないような人間ならともかく……好き好んで就きたい職業じゃないんじゃないだろうか、と思う。


……こないだみたいな、ろくでもない同業者に絡まれるようなこともあるし。


そんな『探索者』商売ではあるが、このペースで進めて、俺たちが必要としている金額に届くか、って言われるとな……正直、厳しいと言わざるを得ない。


より深い階層に潜れば、そりゃ可能性は上がるかもしれないが……そうするとリスクも上がるし、何より『確実にそう』だって言えるわけじゃないからな……。


そろそろ、このままこの『ダンジョン探索』を続けるか、はたまた他の事業に手を出して稼ぐことを考えるか……決めなければならない時期に来ている。


一応、そういうのの候補も色々考えてはいるが……流石に準備は必要になるからなあ。

その分のタイムラグがもったいないと思えるのは、無精なのか……いやでも、ろくな準備もなしに満足な額を稼ぐなんてこと、できるはずもないしな……さて、どうするか。


そんな風に考えていた、ある日のことだった。



☆☆☆



滞在している安宿の食堂で、俺たちは遅い朝食をとっていた。


昨日の夕方、何度目かのダンジョンアタックから帰ってきた俺らは、さっさと戦利品の換金を済ませて宿に戻り、さっと軽く体を拭いて眠りについた。疲れてたし。


……が、その道中、何やら物陰から俺らを監視する視線を感じていたので、一応デモルの『呪い』と、カロンの超感覚で警戒しつつの休養だった。


幸い、夜襲に来たりするようなことはなかったものの……今朝、食堂に降りてきてからも、しばらくするとその無遠慮な視線がこちらをうかがいだしたのを感じた。


すると……そろそろ食事も終わろうかってくらいの時間になって、一番早く食べ終わった俺――デモルは食べるのがゆっくりだし、カロンは3回目のお代わりを掻っ込んでる最中だ――が、食後の茶を飲んでいた時のこと。


さっきから感じていた、視線の主。その1人が……予想外に、普通にこっちに歩いてきた。


「よぅ、ちょっといいかい、あんた方?」


「……? 何か?」


目線だけそっちにやって、俺が代表して返事をする。

一応、デモルとカロンも食べる手を止めて、聞くポーズはとった。


俺ら3人がついている食卓に近づいてきたのは……恐らくは彼も『探索者』だろう、と見た目でわかるような服装の、20代後半くらいの男だった。


俺らは今、4人掛けのテーブルに3人で座っているわけだが……その残る1つの席の後ろに立っている。座りはしないようだが、テーブルに手をついて、にやにやと笑いながら、


「突然悪いな、俺はグレームってもんだ……まあ、あんたらと同業者だ」


「あっそう。俺らの自己紹介は必要?」


「いや、いらねえよ。あんた達、今結構有名になってるからな。毎度、結構な量の財宝を持ち込んで換金所をにぎわせる大型新人、ってよ」


へー、そうなの。まあ、知ってたけど。


「そんでよ、ちっと協力してもらいてえんだ」


「……悪いけど、チームやクランへの加入とかは全部断ってるんだが」


素っ気無く見えるかもしれないが、あらかじめ決めておいた返し方でそう答えておく。

もっとも、もう何度もこうやって勧誘やら何やら蹴ってるんだが。


何度も言うが、一時的な身分として『探索者』になっている俺たちは、チームを組んで恒常的に探索を行って上を目指すということはないし、その他にも、普通の探索者の人らとは色々と価値観や方向性が違う。


加えて、自画自賛だけども……俺たちは、この都市にいるほぼ全ての探索者――少なくとも、今までに出会った連中では全員と言っていい――よりも強い。自信持って言える。

最初の探索の時にも思ったが、どうやら勘違いでも自惚れでもなかったようなのだ。


そんな連中とチームやらクランを組むのは、正直言って足手まといを増やすだけである。


連中もそもそも、俺らの腕を見て、自分たちの生存率や実入りをよくしようと寄ってきてるのがほとんどなわけだが……俺らにとって、そういう連中と組むメリットはほぼない。


その他にも色々理由はあるが、色々トラブルを呼び寄せるばかりか、割り勘的に俺たちの実入りが減る未来しか見えないし、仮に増えるとしても、継続して滞在する気のないこの土地にしがらみなんぞ作ってもいいことない。だから俺らは、基本、チームとかの誘いは一貫して蹴っている。


今回もその類だと思ったんだが……意外にもその男――グレームは、『いやいや、そうじゃねえ』と首を振って、話をチーム云々ではなく、別な方向に持って行った。


「ちっと調べものをしてんだよ。んでよ、お前さんたちも、何か知ってたら教えてほしくてな?」


「調べもの?」


「ああ……バングス、って男についてな」


言いながら……今度は、イスを引いて席に着いた。

若干無遠慮に、テーブルに肘をついてこっちを見ながら続ける。


「俺らのクラン……『ビーストホール』って名前なんだがな、そこに所属してた奴だ。1週間くらい前から行方が知れなくなってな……ダンジョンに潜ってるにしても長すぎるんで、こうして聞いて回ってるのさ。あんたら、何か知らねえか?」


手がかりが何もなくて困ってんだよ、とのこと。


……バングス、ね。


滅茶苦茶知ってる。名前も……どうして行方不明になったのかも。


あいつじゃん。俺たちがダンジョンに初挑戦した日に出会った奴。スケルトンの大群に囲まれて死にそうになってたところを助けて……けど、恩を仇で返す感じで、寝込みを襲って来た連中。

その中の1人、リーダー格の奴が、そんな名前だったはずだ。


で、行方不明になってる理由は……返り討ちにしたからだ。チーム全員、1人残らず。


そりゃ手がかりないだろうさ……何も残さないように処理したんだから。


男3人はカロンが焼き尽くして灰にした。

女はデモルの『悪魔召喚』の生贄にした。

なので、何も残っていない。


俺たち3人は、誰が何を合図するまでもなく……それぞれすっとぼける。


俺とデモルは、うーん、と考えるようなそぶりを見せて、カロンはそれに加えて、とりあえず残ってる飯を食べながら、って感じで皿の中身を掻き込んでいる。


「バングス、ねえ……どんな人? 特徴とかある?」


「ガタイのいい男だ。髪は短めで、大剣が武器なんだが……」


「……難しいことを言いますね? 鍛えている方の多い探索者には、割と多い特徴だと思いますが……武器はわかりませんが、あなたもそういう感じに見えますよ?」


「……ははっ、そうか、そういやそうだな!」


デモルの指摘に、こりゃ一本とられた、とガハハと笑うグレーム。

しかしそれもすぐに収まって、真面目な顔になる。口元に笑みは浮かんでいるが、その実こちらの様子をうかがうように、露骨ににらみを利かせた鋭い目つきになる。


「んでよ、そいつがな……俺たちで見つけた、迷宮の財宝を持ち逃げしちまったみてえなんだ」


「持ち逃げ……そりゃまた酷いな。何、金庫か何か開けて持ってかれたのか?」


「いや……実はな、どこかは言えないが……ダンジョンの中に、俺たちのクランが調査して発見した『宝部屋』があったんだよ。あいつは、そこの宝を回収して持ってくる役目だったんだが……そのためのダンジョンに入っていってからこっち、全く連絡が取れなくなってな……」


「それは、何というか……ご愁傷様、としか言えねーな」


「決して小さい額じゃないもんでよ。ぶっちゃけ、俺たちも困ってんだ……なあ、どうだ? 知らねえか? バングスのこともそうだが……その、宝のことも、よ」


「んー……人の顔と名前覚えんの苦手なんだよな……デモル、お前何か知ってる?」


「いえ、残念ですが何も……バングス、という名前も心当たりはないですね」


「あ、じゃ俺もねーわ。俺ら3人、基本いつも一緒にいるし、一番記憶力がいいデモルが覚えてないんなら、名前を聞いたこともないってことだろ」


「人任せにしないで下さいよ……」


「おえもほれはひょっほひいあほぉええっふ」


「飲み込んでからしゃべれ、バカ」


アドリブでそんな茶番を展開しつつ、適当に対応。

すると、少しの間じっとこっちを見て怪しんでいた感じだったグレームだったが、ふぅ、と一息ついて、


「そうか……知らないなら仕方ないな、何か思い出したら教えてくれや。協会の窓口ででも聞けば、俺らの連絡先……拠点の場所なんかは教えてくれるだろうからよ」


「んー……まあ、何かわかったら、ね。期待はしないでくれ」


「おう。はー……それにしても、どうしちまったんだろうなあ、バングスの奴……。ちと荒っぽいが気のいい奴で、こんなことするような奴じゃなかったんだが……」


はぁ、と再びため息をつき、頭を抱えてショックを受けるような様子を見せるグレーム。


「この仕事が終わったら、久々に皆で飲みに行こうぜ、って話もしててな……あいつを慕ってる後輩も多くて、日頃の感謝も込めて、こっそり選んだ贈り物をして驚かせてやろう、なんて言ってたのによ。俺は……どうしても、あいつが持ち逃げなんてするとは思えねえんだ。なぁ……何でもいい、わかったことがあったら教えてくれよ」


そう、弱弱しさすらにじませる感じで、ぽつりぽつりと、呟くように言う。

俺たち3人は、何かを言う雰囲気でもないので、黙ってそれを聞いていた。


しかし、沈黙もちと居心地が悪いため……適当に返す。


「まあ……案外、もうすぐ帰ってくるかもしれないじゃないですか。どっかで道に迷ってるとか、ケガしてそれがよくなるまで隠れて休んでるとか……」


「いや、そうだったらそれはそれで大変だし、探し出さないとまずいと思いますが……しかし、そのバングスという方は、面倒を見ている後輩が多い、というくらいですし、それなりにベテランの方なのでは? でしたら、不意のトラブルに対処しているということも考えられますし……もう少し待ってみてもいいのでは……あ、すいません、わかったようなことを」


「いや、いいんだ……そうだよな、信じて待ってみることも必要だよな。……だがもし、もしも……あいつが、誰かに教われて、宝を奪われて殺されたなんてことになっていたら……」


今度はグレームは、急激に声を低く、ドスの効いたものにして、


「その時は、俺は……俺たちは、その下手人を絶対に許さねえだろう。絶対にな」


……さっきから、説明じゃなく、俺たちに向けて言ってるように聞こえるのは、さあ果たして俺の気のせいなんだろうかね?

何だか、隠すのをやめて露骨な……むしろ、こっちの反応をうかがう目的が見て取れる。


「……あんまり考えたくないだろうけど、もしそんな奴がいたら?」


「殺すさ、ぶっ殺してやる。俺たちの仲間に手を出して、俺たち皆で探し出して、つかみ取った宝を横取りするような奴は、生かしちゃおけねえ。そんな奴は、クラン『ビーストホール』の、いや、この町の探索者全ての敵だ」


……割と笑いをこらえるのが大変だ。


そこそこ凄みはあるんだけど……説明の部分のブーメラン具合が酷い。


宝を横取りして奪うような奴、ね……寝込みを襲って持ち物を奪おうとした上に、俺らを攫って奴隷商人かどこかに売っ払おうとしてた人を知ってますけど?

たしか……名前が『バ』で始まって『ス』で終わる人だっけなー。誰だったかなー。


まあ、仮に正直にそう言ったところで、正当防衛はおろか情状酌量すら考えてくれなさそうな雰囲気だし……何も言わない方向で行きますけどね。


こっちに言わせりゃ、犯罪者を返り討ちにしただけだ。負い目は一切ない。


「まあそれでも……正直に名乗り出て、罪と責任から逃げずに、謝罪してきちんと罪を償うってんなら……命だけは助けてやってもいいかもな。俺たちも、反省してるなら多少は温情をかけるかもしれねえしよ……。それに、奪った宝や装備を売り払おうもんなら、すぐに足がつく。この町の買い取り業者なんかは皆、探索者の協会や大手クランとつながりがある。怪しい奴がいたらすぐに俺たちに教えてくれるぜ。逃げても無駄だ、絶対に見つけ出して、追い詰めて、捕まえる」


「そうですか……あんまりこういうことを言うのはアレですけど、見つかるといいですね。その、バングスさんか……あるいは、その人に何かをした犯人かは、わからないですけど」


「……そうだな。新人の中には、調子に乗りすぎたり、探索者としての、あるいはダンジョンの中での暗黙のルールを知らずにおイタをしちまう奴もいるからな」


「? 暗黙のルール?」


「ああ。例えば……大手クランが主に縄張りにしている階層では、少なくともそのクランの活動中は、その階層での活動を控える、とかな。そのあたりをわきまえないと……運が良ければ警告で済むが、やりすぎれば、痛い思いをすることになる。この町に生きる者として、守らなきゃいけないルールを軽んじる真似は許されねえのさ、誰だろうとな」


そう言って、グレースは席を立ち、歩き去っていく。


その背中が食堂の外に消えるのを見送り……しかし、引き続き誰かに見られているような気配を感じている俺らは、食べ終わった後さっさと部屋に入る。

そして、デモルの力で盗聴・盗見防止のまじないを部屋全体にかけて……と。


「さて……どう見る?」


「明らかに我々が怪しい、とあたりを付けた上での接触でしたね。『正直に言うなら今のうちだぞ』と、分かりやすい恫喝も入っていました……まあ、言ったところで許す気もなさそうでしたが」


「あ、やっぱりアレそうだったんすね……まあ、どう考えても俺らの仕業っすもんね」


「それをどうやって連中が知ったのかは気になるがな……いや、あくまでも疑わしい、ってレベルなのか。確信持ってたら、あんなカマかけるような真似しねーだろうし。俺らが活動開始した時期とか、ダンジョンに出入りしたタイミングくらいか? 根拠になりそうなのは」


「でしょうね……物的証拠は何も残していないわけですし」


「でもあいつら、完全に俺らに目ぇつけてましたよ。多分、街中か……下手したらダンジョンの中ででも尾行とかされるかもしれないっす」


「そんなもんはいくらでも撤きゃいい。どの道、あの宝は『沈め屋』に流したから足はつかねぇし……それに、向こうからバカやってきたのを返り討ちにしただけなのに、あんな被害者面されてもな。何気に俺、何言ってんだこいつって笑いこらえるの大変だったんだけど」


「あ、実は俺もっす」


「しかし、予想以上に……こう、荒っぽいというレベルを超えて、ますます彼らが単なる無法者の集まりに見えてきて仕方ないですね。クラン……『ビーストホール』でしたか? その組織の権威や、逆らえば振るわれるかもしれない暴力への恐怖感を笠に、随分好き勝手しているようで」


「普通にギャングか何かじゃねーか……いやでも、大手クランってそんなもんなのか?」


まあ、荒っぽい職場だし、そういう連中が集まってできた集団なら、そのままそういう感じの組織になってもおかしくはないが……巻き込まれる方はたまったもんじゃないよ。


「……ところであいつ、さっきこの町の買い取り業者とかそういうのも全部、自分達の味方だとか何とか言ってたけど……あれ、マジなのかね?」


「ええ、裏を取ったわけではありませんが……概ねその通りのようですよ?」


と、デモルが言う。どうやらこのことについて、何か知っているらしい。


「この間の件もありましたし、時間を見てですが、少し調べていたんです。どうやら、件の『ビーストホール』ですが、話に聞いた通り、この町でもかなりの規模……三指に入る大手クランのようです。それに伴って、提携している事業者も多いようで……先ほど言っていたように、全て、というわけではないようですが、掛け持ちも含めれば、かなりのパイプがあるようですね」


「ほー……じゃあ、仮にそういう店でヤバいもん売ったりした場合、マジであいつらに話が行くパターンもあるってことか」


装備とか、財宝とかな。『沈め屋』使って正解だったわけだ。


「ええ、そうなります。ただ、そうだとしても気になりますね……調べている最中から思っていましたが、この町……どうも、不自然な発展の仕方をしている印象を受けます」


「? どういう意味だ?」


『発展の仕方』が不自然って……あんまり聞かない言い回しだな? 気になって聞き返す。


「この『リングウッド』の町ですが……そこそこ栄えている都市だと言えるでしょう。規模としてはディアンドには及ばないものの、活気で言えば同等以上。なのに……」


なのに?


「国内で広く展開しているような、大手の商会の支店や出張所が……全くと言っていいほどにないんですよ。ほぼ全ての流通を、この町ないし地域のローカルな商店で賄っているんです」


「? それ、何かおかしいんすか? 要するに、自分たちの力だけで自立できてる、っていうだけのことなんじゃ……」


「耳聞こえのいい言い方をすればそうなりますね。ただ……『ダンジョン』という資源があるにも関わらず、利益に耳ざとい商人や、権益に目ざとい貴族がそれをなぜ、許していると思います?」


「何か理由がある……ってことか?」


「ええ……簡単に言えば、そこまでするほどの旨味がない、ということなんですよ。確かにダンジョンから湧き出る魔物素材や財宝は魅力ではありますは、町の規模や流通規模から見て、大商人や大貴族が扱うにしては、既存の権益を狭めて労力を割いてまで影響下におくメリッ……」


「ストップ、デモルっち! もうちょっと簡潔に。わかりやすくオナシャス!」


「…………簡単に言えば、『そこまでしなくていいや』という結論になるんです。ダンジョンに潜る人、潜らない人の基準と同じ話で……大商人や大貴族は、確かにこの町に進出できるだけの力を持っていますが、この町は都市部からやや遠く、交通の便も悪いでしょう? それに見合うだけの利益をダンジョンから、そしてこの町から得られるかというと、NOなんです」


「なるほど……ここ以外にも『ダンジョン都市』はあるし、都市部なら他にももっといい儲け話の種があるだろうからな……そっちの方に行って、この町は放っとかれてるってことか」


確かに同じだな。実力があればダンジョンに潜れて稼げる。力があればあるほど、安全に。

しかしある程度以上の力があるなら、ダンジョンに潜るなんていう、収入が不確かかつ危険な手段でなくても、他に稼ぎ口はある……普通はそっちに行く。


この町も、中央に居る貴族や商人ががわざわざ傘下に組み込むだけの価値がない。費用対効果が釣り合わない……だから放っておかれている。

その結果、競争相手がほとんどいない分、町の中のローカルな事業者が成長したのか。


「その過程で、地域ぐるみで発展が進むうちに……そういった事業者と、『ビーストホール』をはじめとする古参の探索者クランとの癒着が進み、今のような形になったようですね。おまけに、そのせいで排他的な風潮ができてしまい、『大手』というほどでもない、中小の規模の商会などは、参入しようと思ってもそれができない、という土地柄になってしまっているようです」


「なるほど、なるほど……でも、それのどこが『不自然』なんすか?」


と、カロンに改めて聞かれて、デモルは少し考えて、


「……『不自然』という言い方は適切ではなかったかもしれませんね。より正確に言うなら……『いびつ』、あるいは『危うい』という感じでしょうか」


「っていうと?」


「この町全体が、程度に差やムラはあるとはいえ……ローカルな関係がより強まって形成されているわけです。お互いがお互いを支え合っているかのように。ですが見る限り、その状態は決して安定しているわけではなく……むしろ、脆いように思えるんですよ」


「? 支え合って助け合ってるなら、より強まってるんじゃないんすか? よそ者が入り込む隙間がないくらいに、地域の結束は強いんすよね? まあ、そのせいでクランとかからの影響力が大きすぎて、そこの言いなりになって迷惑する、俺たちみたいなのが出るんすけど」


「そこです。確かに、よそ者をはじいて、今ある商店の既得権益を守るような形で、ここの結束の強さは機能していますが……その『支え合い』の形態そのものが歪なんですよ」


そこから始まる、かなりわかりやすくかみ砕かれたデモルの説明を聞いていた時だ。

ふと、俺は思った。


「……なあ、これ、利用できんじゃね?」


「「はい?」」


頭の上に『?』を浮かべている2人のことは、とりあえずちょっと無視して……俺は頭の中で、素早く現在の状況を整理していく。


閉鎖的ないし排他的で、ローカルな結束が強すぎる町。その中心にいるのは、資源を生み出す『ダンジョン』と、そこから資源を取ってくる『大手クラン』。

それを中心にして全てが作られる。流通網、各種システム、規則にいたるまで。


だがそれは、二重の意味で『完璧ではない』。俺たちが利用してる『沈め屋』みたいな、裏稼業の人間が入り込む余地が残ってるし、その結束自体に……今しがたデモルが指摘した、致命的な欠陥がある。急所、あるいはアキレス腱とも言えるような部分が。


それが今まで問題になってきていなかったのは、単に誰も気づかなかった、あるいは、それをどうこうするだけのメリットがなかったからだろう。


けど、最初から裏稼業としての視点でこの部分を見れば……

流通ルート……閉鎖的な環境……自立して成立している町……


「……カロン、デモル、ちっと仕事頼んでいいか? 調べてもらいたいことがある」


「はいっす、兄貴」


「なんなりと、マスター」


どうやら俺の雰囲気が仕事モードに切り替わったのを察したらしい。2人とも、真面目な顔になって、背筋を正して俺の話を聞く姿勢に入った。





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