第22話 遭遇戦、カロンのターン
さて、恩を仇で返そうとしていたろくでもない探索者チームを返り討ちにして……あ、待て。
「い、嫌っ! 放して……放しなさいよ、放せ!」
デモルが捕まえて、後ろ手に関節きめて拘束している、魔法使いの女性。
ああ、うん……もう1人いたんだ。
必死に身をよじって逃れようとしていたが、俺とカロンが合流、というか、後ろにいるデモルと合わせて彼女を包囲するようにして集まると、顔を青くして大人しくなった。
代わりに、口を動かすことにしたらしいが。
「……お、お願い……い、命だけは……! 謝るから、い、いや、何でも! 何でもするから、好きなようにしていいから……こ、殺さないで!」
上目遣いで――俺らの方が身長低いのに器用なもんだ――そう懇願してくる女性。
逃げられないと悟って、どうにかしてこの場を切り抜けるには、命乞いしかないという結論に達したらしい。
「私……あ、あいつらと同じように、探索者としてはベテランだから、連れて行けば役に立つわよ? 魔法も使えるし、色々知ってるし、それに……体も、その、好きなようにしていいわ」
自分の有用性を必死にアピール。それに加えて……俺たちが3人とも男だから、色仕掛けで上手くすれば切り抜けられる、とも考えたか。
まあ、無駄だが。
「デモル」
「はい」
ぽん、と、
背後にいるデモルが……女の頭に、手を乗せる。まだ、上目遣いに媚びた表情を浮かべて、俺たちの興味を引こうと必死の、名前も覚えていない、女探索者の頭に、手を。
その意味が分からないまま……女は、他の3人とは少々違った形で、その命を散らした。
「生贄……悪魔召喚」
「――ぁ」
か細い声だけを残し、女の体が……空間に溶けるように消えてなくなった。
デモルの……『悪魔』の能力の1つに、自分の眷属ないし、自分より低位の悪魔を召喚、あるいは精製して使役する……というものがある。
それを使う際、普通は自分と、契約者の魔力を使うが……その他のものを『代償』に追加することで、より強力な悪魔を呼び出すことができる。
そう、例えば……生きた人間の生贄、とか。
「デモルっちのそれ、髪の毛一本残さずに消せるから、証拠隠滅にも使えて便利っすよね」
「処女だったらもっといいのが召喚できそうだったんですが……どうやら違ったようです」
「まあ、そりゃ、あのスレ具合で生娘ってこたないとは思ってたけどな」
そんな軽口を交わしながら、待つ。
ちなみに、女以外の死体3人分は、カロンに頼んで骨も残さず焼き尽くしました。遺灰は多分、その辺に散ってると思う。邪魔だったんで、さっき、風魔法で適当に散らしたから。
そして、数秒後……この世界と『魔界』をつなぐゲートとなる魔方陣が現れ、中から、デモルが呼び出した『悪魔』が現れた。
現れたのは……黒に近い青色の毛皮を持つ、一匹の狼だった。
大型犬より少し大きいくらいの大きさ。細身でしなやかなその体躯は、しかし、それに似合わぬ膂力に満ち溢れていることを容易に想像させるもので……ぶっちゃけ、かなり強そうだった。
このへんの階層で出てきていた『ワイルドドッグ』なんかとは、比べるのも失礼だろ、ってくらいには、強い。戦わなくても、触らなくてもわかる。
『ペイルウルフ』という名のその魔物は……この間、敵対する組織へのカチコミの時に召喚した際、1匹で10人以上の敵を葬る暴れっぷりを見せた前例があり、並の人間では反応する間もなく喉笛を食いちぎられるほどの敏捷性と攻撃力がある。
また、犬らしく鼻も利き、索敵能力や周辺警戒にも適している。
そして、魔力を媒体に生み出された召喚悪魔であるこいつは、休息を必要としない。
つまり……今から俺たちが寝るにあたって、寝ずの番を任せるのに最適ということだ。
☆☆☆
さて、明けて翌日。
起きて、身支度を整え、野営設備を全部片づけた俺たちは……再び、ダンジョンの攻略に入っていた。昨日呼び出した『ペイルウルフ』を、そのまま連れて。
きっちり一晩、寝ずの番を務めてくれたこいつは、結構な量の魔力と、生贄まで捧げて召喚しているので、そこそこ長いことこの世界に存在をとどめていられる。なので、その時間いっぱいは、俺たちの戦力として活躍してもらおう、と思うわけだ。
昨日の反省・経験を踏まえ……今日は昨日よりもハイペースで進むつもりだ。
敵もそれ相応に強くなるだろうし、戦力は多い方がいい。裏切らないのが。
罠については警戒しつつ、昨日よりも速足――というか、駆け足で歩き、ダンジョンの中を進んでいく。魔物については、見つけ次第仕留める感じで。
『ペイルウルフ』が働き者なので、ダッと駆け寄ってガブッと仕留める感じで大活躍だった。たいていのモンスターは一撃で死ぬし、わざわざ俺たちが手を下すまでもなく、ペイルウルフの攻撃への反応や対応で大体の強さはわかるので、その意味でも大助かりだ。
そんな調子でしばらくダンジョンを走り……途中、いくつかの探索者チームとすれ違ったりしながらも、まず奥へ奥へいくことを第一に進んだ。
その結果として、このダンジョンに出てくる魔物の危険度や、それを狩る探索者たちのレベル、そして、このダンジョンそのものの難易度と言うものが、大体わかりつつあった。
時に修行、時にカチコミ……日々、『ヘルアンドヘブン』としての仕事で、色んな相手と戦ったりしてきたわけだが、その中で培った価値観そのものと、大きくは違わないようだ。
あくまでこのあたりの魔物、および探索者については、だが……せいぜい、町でよく見る警備兵なんかの兵卒と同じ程度か、それよりはマシなレベル、といったところの連中が大半だ。
たまに、それよりもかなり腕が経つ連中や……魔法使いなんかも見るが、やはり比率は小さい。そういうのが1人もいないチームが大半のようだ。
これも、『部屋住み』として暮らしながら社会勉強していった中で学んだことだが、この世界では、魔法の才能というのは、それ自体がかなりレアな部類に入る能力らしく、そういう才能を持っている場合、それを活かせる荒事系、あるいは専門系の職業に就くことが多いようだ。
その中でももっともポピュラーなのものの1つが、ダンジョンの探索者であるため、ここでは外で探すよりも魔法使いの比率が多い。まあ、繰り返しになるが……それでも少ないが。
その魔法使いであれば、火力的な意味で、普通の兵卒よりは強いものがほとんどだが……それにしたって、仲間と力を合わせて、ここの魔物、もしくはその群れを相手にいい勝負になる程度。
ぶっちゃけ……そんなに強くないな。
まあ、場所に合った強さの連中がいるんだろうから、当然と言えば当然だが……逆に言えば、ここよりさらに奥深くに潜っていけば、それ以上の強さの連中がいるかも、ってことだ。
魔物も、探索者も。
ペイルウルフの攻撃でも、一撃では死なない奴らがぼちぼち出てくるようになったし、俺らもちょっとずつ、警戒心を上げていく方がいいかもだな。
……とか思ってた矢先に、
「……! 兄貴、デモルっち、ストップっす……何かいるっすよ」
「――グルルル……」
このメンバーの中で、最も感覚が鋭いカロンが、まずそれに気づく。次いで、ペイルウルフも。
それに従って、俺たちは足を止め……周囲を警戒する。
すると、その十数秒後……斜め前方に見えた、通路の曲がり角の先から、その『何か』が姿を見せた。
「……ほぉ」
「あらー? 何つーか……この階層に似つかわしくないのがいるっすね?」
「確かに……探索者としては素人の我々でも、そう思えてしまう程度には……不自然ですね」
現れたのは、巨大な人型の魔物だった。
その体格は、力士のようなどっしりとした重量感あるそれで……しかし、サイズが明らかに人外である。身長5mクラス、丸太のように太い手足と、その3倍以上は太い胴体。
その頭部は醜悪にして独特。胴体から生えた、あるいは膨れ出たコブのように見える。そこに、目と鼻と口がついている。
『首』と呼べるような部分は……ない。だからだろうか、そいつは……コブのような頭部?を、ぐにゃん、とゆがませて変形させて、こっちに視線を向けた。
その口から『うぅうぅうう……』という、低く重い、うなり声のような声を上げながら、そいつは、今度は体ごとこっちを向いた。
理由は、まあ……想像に難くない。
隣でデモルが、購入した資料のページをぱらぱらとめくり……数秒ほどで、お目当てのページを探り当てたようだった。
「……オルケテン。本来はもっと下の階層に生息する魔物……しかし、稀に上の階層に迷い出てくるものがいる。実力に見合わない場所で出会った場合、即座に撤退を推奨……ですか」
「なるほど……あれらは、その撤退をしなかったか、あるいは間に合わなかった者の末路か」
その醜悪な巨人『オルケテン』の両腕には……戦った結果としてああなったのであろう、体を引きちぎられた人間の死体がぶら下がっていた。食料としてでも持ち歩いてたんだろうか? はたまた……ただ何となく持ち歩いてただけか。
それはわからないが……そのオルケテンに向けて、これまで同様、うちの尖兵が駆けていった。
自分の元に駆け寄ってくるペイルウルフを見て、オルケテンは、『攻撃が来る』と感じたのだろう。腕を前に出して、顔(多分)を守るようにし……そこに、ペイルウルフが噛み付いた。
その牙は、わずかにその腕に食い込んで血を流させたが……オルケテンは、その一撃で苦痛を覚えたというよりは、鬱陶しいとか、不快に思ったように見えた。
顔が怒りやらいらだちに歪んだような形になり……次の瞬間、手に持っていた死体を放したかと思うと……その巨体からは想像しづらい速さで腕を振るった。
ペイルウルフが牙を放す暇もなく、その丸太のような腕が、ペイルウルフごと地面にたたきつけられ……ずぅぅん、と、ここまで揺れが伝わってきた。
一拍の後、腕を再度持ち上げたオルケテン。
叩きつけた場所には……さすがに衝撃に耐えきれなかったらしいペイルウルフが、全身のほとんどの骨を砕かれて、ぴくぴくと痙攣しているのが見えた。
そして……仮初の肉体が壊れ、仮初の命が潰えた証拠として、召喚された悪魔に共通の消え方――魔力にその身を還元し、粒子になって、溶けるように消えていく。
「さすがにあのレベル相手じゃ無理っすか……」
「ま、仕方ないだろ。それより……奴さん、次の獲物を見つけたらしいぜ?」
ふん、と、邪魔者が死んだのを確認して鼻息を荒くするオルケテンは、今度は、今の獣が走ってきた方角に、3人の小さな獲物を見つけ、体ごと再びこっちを向いた。
『ううぅぅうう……』と、さっき同様、低いうなり声をあげながら、どすんどすんとこっちに走ってくるオルケテンを前に……カロンが一歩前に出た。
迫りくる巨体に、さして恐怖を感じている様子もなし。むしろ……にやり、と獰猛な笑みを浮かべているその様は……こちらこそ、獲物を前にした肉食獣を思わせた。
「さて、ちょっくら相手してきますか……」
呟くようにそう言ったカロンに、さっきと同じように、すごい速さと勢いで振り下ろされる腕。
しかし、それをカロンは、半歩横に移動しただけで回避し……
「まずは……挨拶代わりっす」
鋭く一歩踏み込んで、オルケテンの間合いに入る。
そして、ちょっとぱっと見あるかどうかわからない『みぞおち』めがけて……カロンの拳は降りぬかれた。
瞬間、ドゴォォオオン!! と、トラックとトラックが正面衝突したかのような轟音が響く。
体を見事に『く』の字に負って吹っ飛んだ巨人。『うぅ――こふぉぉお!?』と、空気が抜けたような音を口から漏らし……手に持っていた死体を取り落として、宙を舞った。
さすがに突然のことだったからか、はたまた拳の威力ゆえか、オルケテンは体勢を整えることもできず、墜落。背中から地面に激突した。
が、その時にはすでに、殴った直後に素早く動いたカロンが、オルケテンの落下地点の、ちょうど頭が来る位置に回り込んでいて……引き絞るように足を後ろに引いて構えていた。
「っ――シュゥッ!」
そして放たれたのは、サッカーキック。斜めの角度から突き刺さるように、カロンの右足がその醜悪なコブのような頭部に直撃し……外からは見えない首の骨や、その付け根にある鎖骨やあばら骨の上部をも砕いて、オルケテンの巨体を吹き飛ばす。
さっきのパンチよりも強烈なその威力に、若干変形した巨体が放物線を描いて飛んでいった。
が、怒りでパワーアップでもしたのか、はたまた単なる偶然か……今度はオルケテンは、墜落せずに足から上手く『着地』していた。
陥没して原型をとどめていない頭部を、(多分)怒りに歪め……うめき声のような音をより大きくした咆哮を上げて、カロンに突進していく。その速度は、先程よりも明らかに速かった。
腕を振り下ろすときのような、見た目に反して驚くほどの……というレベルでこそないが、あの巨体があのスピードで迫ってくるとなれば、普通はその頭に絶望がよぎるだろう。
が、その先に立っているカロンは……絶望どころか期待全開で、顔いっぱいに楽しそうな、あるいは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「……またあいつの悪い癖が……」
「予想できたことでしょう……まあ、別にそうなって困る局面でもない。静観でいいのでは?」
なんて言ってる間に……カロンVSオルケテンの戦いは、より苛烈になっていた。
……いや、より正確に言うと……カロンの攻めが、より苛烈になっていた。
戦い自体は一方的……というか、戦いと言っていいのやら。
オルケテンの腕が振り下ろされるところに……迎え撃つ形で放たれたカロンのハイキック。その肘の部分にヒットし、丸太のような腕は、軌道を反らされた上に、バキィッ、という乾いた音と共に、本来曲がってはいけない方向に曲がって変形した。
体勢が崩れたところに、一瞬で懐に飛び込んだカロンが足払いをかけ、その巨体が転倒――するよりも早く、カチ上げる蹴りで背骨を粉砕しつつ、なんとその巨体が宙に浮く。
そこにさらに……何て言ったらいいんだあれ? ハイキックと回し蹴りを合わせたような感じで、しかも両足で連続で蹴りつけ……それでオルケテンを空中に放り出したところで、カロンは自分も空中に跳びあがる。
そこから、飛び膝蹴り、飛び後ろ回し蹴り、飛び回し蹴り、肘鉄、掌底、かかと落としと……格闘ゲームも真っ青な勢いで空中コンボ。一切反撃を許されないまま、オルケテンは浮いたと思ったら地面に叩きつけられた。
この時点で虫の息だったが……ここにとどめの一撃が叩き込まれる。
ほんの一瞬……カロンの右足が、『霊獣』の能力で、変化する。
膝から下が、馬のような『蹄』を持つ足に変わり……その足に、轟、と燃え盛る炎が宿る。
その状態で、目にもとまらぬ速さで繰り出された前蹴りが、ふらふらになりながらも立ち上がるところだったオルケテンの体の真芯、胸のあたりを捉え……爆散させた。
着弾と同時に吹き上がった爆炎により、飛び散った破片は数瞬のうちには……ほとんどが、空中で燃え尽き、灰になって周囲に散らばった。
後に残された……腰から下の半分ほどと、根元の部分が吹き飛んだ結果脱落した両腕だけが残っただけの残骸は……まあ当然だが、数分後に迷宮に溶けて消えるまで、そのまま二度と動くことはなかった。




