第17話 ソラヴィアの課題
「驚いたでしょう? こんなところで会うなんて……それも、こんな形で、ね」
「それは、まあ……否定はできないですね」
気を利かせてくれたのか、それとも何か別の思惑でもあるのか。
あの衝撃的な再開の後、ソラヴィアと店長さんは、ちょっと話すことがある、と言って、少しの間別室に行ってしまった。
後に残ったのは、壁際に控えている店のスタッフ数名と……俺と、アリシアだけ。
そして、去り際にソラヴィアが『話があるなら手短にな』と言い残していった。
なので遠慮なく、短い時間かもしれないが、彼女とこうして話している。
あらためてアリシアを見る。
俺の記憶の中の彼女よりも、女性らしく魅力的に成長していて……気のせいか、若干言葉遣いも変わっているような気がする。より女の子らしい感じに、だが。
それでも、きちんとアリシアだってわかるな……面影もきちんと残ってるし。
そしてアリシアの方も、俺のことを一目でアイビスだと、あの頃自分に仕えていた、あのダークエルフの少年使用人だと察したようだった。
まあ、俺は見た目からして異種族で特徴的だから、ってのもあるかもだが。
「でも……」
ふいに、アリシアが……我慢できなくなった、という感じで、目を潤ませた。
つーっ……と、頬を涙が伝う。俺の目の前で、アリシアは肩を震わせて泣いていた。
「本当に良かった……あなたが、生きていてくれて……!」
「お嬢様……」
「あははっ、ごめんね、こんな……っていうか、お嬢様はやめてよアイビス。見ての通り私はもう、貴族令嬢どころか、こんな身の上になっちゃったんだし……それに……」
そこで、アリシアは言葉に詰まるかのように一拍置いて、
「…………本当は、あなたを心配するような資格なんて、私には……ないのに」
そこからは、何というか……アリシアの独白みたいな感じになった。
あの一件の後……何があったのか。裏事情というか、表には出ていないような話まで含めて。
ねつ造された(多分)証拠で、俺が犯人に仕立て上げられて。
それをどうにかして撤回させようとするも、当主――彼女の父親自らがそれを認めてしまったために、どうすることもできないまま、俺が誘拐犯の内通者になってしまって。
その際に、『あえて真相をあいまいにすることで名誉をギリギリ守る』という、よくわからない、詭弁にもなっていないような言い訳で言いくるめられた。
結局そのまま、俺を悪者にして事件は幕引きになってしまった。
……何だ、それ? 予想してたよりだいぶ意味わからないことになってたんだな……。
あらゆる部分が不自然すぎる感じの……まるで、強引につじつまを合わせて、それを勢いで押し通した、みたいな印象だ。実際にそうである可能性が高いが。
何より、それを率先して当主のエバンス氏が認めたっていうのが……これ、何かあの人の方に後ろ暗い事情があった、って考えるのが自然じゃね?
「……私もそう思うわ。今考えても、あの時の父は、何か様子がおかしかった……あの時の私は、焦りと悲しみで何も満足に考えられなかったけど、明らかにあなたに責任を押し付けることで、何かを隠そうとしていたもの……」
「そこにこれ幸いと、亜人嫌いだったあの警備隊長が発破かけたのかもしれませんね……あんにゃろう、あの時気づいてただろうに。まさか見殺しにされるとは思わなかった」
「……っ……」
あっ、やべ……今のは言いすぎだった。
いや、今ここに居ないあの見殺し野郎への悪口はともかく……今まさに良心を痛めてる最中の、アリシアの前で言うようなことじゃなかったな……と。
まいったな、あまりにピンポイントに無神経なこと言っちまったよ。
「あー、っと……すんません、ちょっと今のは……」
「ううん、何も言わないで、アイビス。……もっともだもの、あなたの怒りは」
辛そうな表情で言うアリシアは、別な理由で流れそうになる涙をこらえているように見えた。
「あなたの命がけの献身のおかげで、私は今、こうやって生きていられる。にもかかわらず、恩をあだで返すようなことを……それこそ、あの場であなたを死なせてしまうようなことを、私たちは……。その上さらに、あなたの名誉すら利用して、貶めるようなことまで……」
そしてアリシアは、頭のてっぺんが見えるくらいに、腰を折って深々と頭を下げた。
「謝って済むようなことじゃないのはわかってるけど……本当に、ごめんなさい」
最後の方は……泣くのをこらえてだろうか、喉の奥から絞り出したような……かすれるような声だった。
☆☆☆
少し時間を置いて落ち着いたところで、話題を変えることにした。
あの後、謝罪はきちんと受け取って、その上で『もういいから泣かないで』ってなだめて励まして――色々胸の中につっかえてたもんが爆発したみたいで、大泣きされたもんだから――その気分転換にでもなれば何でもよかった。
ただ、変わった方の話題も……こっちはこっちで、あんまり明るい話じゃなかったが。
「それにしても……今となっては、立場が完全に逆転してしまったわね」
ちょっと赤くなった目元。そこにまだ残っている水滴をぬぐいながら、アリシアは言った。
「あなたがご主人様で、私が奴隷……か。まあ、自業自得なのだろうけど」
「いや、自業自得はちょっと違うでしょ。アリシアが悪いわけじゃないんだから」
さっき、『もう貴族でもないし、主従でもないんだから、そんな話し方しないで』って言われたので、お言葉に甘えてタメ口にしている。
アリシアへの敬語が癖なので、油断すると戻りそうになるが。
「というか、ご主人様……いや、どうなんだろ? アリシアのこと買ったわけじゃ……いや、そう聞いてないだけで、ソラヴィアがもうすでに買ったのか? どっちにしろ……」
「? アイビス自身は何も聞かされていないの? 見たところ……今の主人のようだけど」
「主人っつーか上司っつーか……まあ、『ちょっと付き合え』って連れてこられただけだよ」
……そういや、俺がここにこうして連れてこられた理由って何だ?
単にソラヴィアの買い物に付き合わされるだけ、荷物持ちでもするのかと思ってたんだが……今こうしてアリシアと再会してることを考えると、絶対偶然じゃないよな。狙ってたよな?
……ひょっとして今、こうやって話してるのも、商談とかじゃなくて……俺らのために時間取ってくれてる、とか?
さっきから、一応店員さんが壁際に居るものの、何も言ってこないしな。
俺はともかく、アリシアが……言っちゃなんだが、奴隷身分の彼女が、タメ口をはじめとして結構雑なやり方で俺(客)と話してるのに、何も注意したりとか言ってこない。
俺が気にしてないから、なのかもしれないが……ひょっとして、ソラヴィアが事前に何か、店の方に言い含めてたんじゃないか? だとしたら、その目的は……?
……それも気になるが、もう1つ特大の疑問があった。
けど……コレ質問しづらいよなあ。ほぼ確実に地雷だろうし。
「……そういえば、何で私がこんな風になってるのか、って話してなかったわね」
と、思っていたら、アリシアの方から言って来た。
俺がずっと抱えていた疑問――何でアリシアが奴隷になってるのか、って点について。
そこから話してる最中、アリシアはちょっと辛そうで、つっかえたり嗚咽が混じったりしながらだったので……要点だけまとめると、以下のようになる。
俺がいなくなった後、あの邸宅から亜人の使用人は根こそぎ排斥された。
理由は簡単……『亜人なんてやっぱり信用できない』だそうだ。
排斥を主導役になって推し進めたのは、やはりと言うかあのレオナルドである。俺を見殺しにした奴だ……あんにゃろう、好き放題しやがって。
とはいえ、既に無関係な身の上になっている俺がこれに対して何か言うのも違うわけだが……問題はここからだった。
きっかけは、その亜人の使用人の排斥によって、事実上、『亜人に対しても平等』『差別しない』という感じだった、アルーエット家の方針が180度転換になったこと。
そしてその結果として、今まで付き合いのなかった亜人嫌いの貴族との交流が増えたことだ。
その手の貴族は、亜人と人間以前に、貴族そのものについての選民意識も強い者が多かった。
簡単に言うと、平民や弱者を見下し、踏み台にし、搾取するようなのが多いってことだ。
そういうのばっかりじゃないのかもしれないが、少なくとも、アルーエット家がそれ以降付き合いが増えた家は、不幸なことにそんなのばっかりだった。
そういう家との付き合いは、まともな神経を持っている(どうしてもこういう言い方になる)アリシアや、母親であるアスタリアにとっては、あまり気持ちのいい物ではなかった。
2人は未だに俺のことを信じてくれていて、犯人だとは思ってなかったそうだし、亜人に対して隔意も持っていなかったので、今のやり方を心苦しく思っていたそうだ。
……ここで、アリシアとアスタリアの名前だけを出して、エバンス氏(アリシア父)の名前を出さなかったのは……今言ったことに彼が当てはまらないからだ。
どうも彼、例の事件以降、だんだんと心が荒み始めたというか……アレな言い方をすると、ダークサイドに堕ち始めたような感じになっていたらしい。
例えるなら、今まで気を張っていた反動で、一旦足を踏み外したところから、真っ逆さまに転がり落ちていって、やけくそになっていったような……そんな感じだったそうだ。
見てないから、あくまでアリシアからの又聞きでしか語れないが。
で、そんな感じでダークサイドに堕ち始めたエバンス氏。次第に、優しかった時の彼ならまずやりそうにないようなこともやるようになっていった。
あまり感じのよくない人が邸宅に出入りしはじめ、黒い噂も立ち始めていた。
いつからか、そういう貴族たちが集まってできる『派閥』みたいなものに組み込まれていた。
貴族としてはさほど上の方の地位ではなかったアルーエット家は、それに振り回される感じで過ごしていっていたそうだ。
そんなある日、唐突に事態が動きだす。
アリシアの母親であるアスタリアは、アルーエット家と友好関係にある、別な貴族家から嫁に来た間柄だった。その家とは、方針転換を機に疎遠になってきていたが。
そして、そのアスタリアの実家が、今のアルーエット家とは別な『派閥』についた。
つまり、元々アレだったのがさらに仲悪くなってしまったわけだ。そして、その間に立たされているアスタリアの心情たるや、推して知るべしである。
ここからが下衆系貴族の思考というか……エバンス氏に対し、派閥からこんな打診があった。
打診というか、下位貴族であり、拒否権のない命令・指令に等しいものなんだが……
『アスタリアを離縁して、より派閥のためになる家と再婚せよ』
すでに派閥に依存しきる形になっていたアルーエット家は、その要求を断ることができず、アスタリアを離縁し、実家に帰した。アリシアを家に残して。
派閥ぐるみで袂を分かつ形になったアスタリアとは、それ以後連絡を取ることもできず、アリシアは悲しくて、毎晩泣いていたそうだ。
しかもその後がさらにひどい。その後すぐにエバンス氏が再婚した相手は、バツイチ子持ちであり……連れ子と一緒にアルーエットの家に来たらしい。
それでさ……貴族って、古臭い価値観かもしれないが、男尊女卑だったりするんだよな。
色々理由はあるが、その1つは跡継ぎだ。大概の場合、貴族家の当主ってのは男が担う場合が多く……そのためには、子供に男子がいることが望ましいわけだ。
しかし、アルーエットの家にはそれがいない。
アスタリアは、アリシア以降、子供をもうけられていない。
夫婦仲が冷めていたとかではなく、むしろ『営み』はきちんとなされていたにも関わらず――両親のそういう話をするアリシアはちょっと気まずそうだったが――生まれなかった。
男の子どころか、女の子すらも。アリシアはいまだに一人っ子だったのだ。
そして、後妻の連れ子は2人いて、2人とも男子だった。
結果、そちらの方を重要視されるようになってしまい……アリシアの肩身は狭くなっていた。
……いや、エバンスさん、味方してやれよ……血を分けた実の娘だろ。
そんな境遇を耐えながら過ごしていたアリシアだが、彼女はある時期から、『行儀見習い』として、派閥の他の家に勤めに出ていた。
『行儀見習い』ってのは、貴族の子女が、より上の位の貴族の家に、メイドとか使用人として仕え、働くことだ。
『貴族がメイド?』とか思うかもしれないが、こういうのは普通にある。むしろ、高位の貴族とかになると、使用人ひとつとっても、身元のはっきりしない者を使うわけには行かない。なので、傘下の貴族家の子女に努めさせたりするらしい。
そうして勤めに出ていた先の家は、アルーエットの昔からの知り合いで、『派閥』の中では数少ないまともな家だったそうなんだが……ある時、不祥事で没落してしまい、一族郎党が何らかの処分を受けた。貴族身分のはく奪で済んだ者もいれば……追放されたり、処刑された者もいる。
そしてその処分は一部、使用人にまで波及したという……そう、アリシアにも。
その際、実家であるアルーエットの家は……父であるエバンスはかばってくれず、弁護の1つもなかった。事実上、縁を切られて見捨てられたような形になった。
そしてアリシアは、処分として奴隷に身分を落とされ……どうしてこんなことになったのか、これからどうなるのか……そう考え、怯えた日々を送っていた。
無理もない、奴隷なんて、今までの自分にはあまりに縁遠い世界だ。悪い方にしかイメージが行かないのも当然だし、そりゃ怖いだろう。
世間一般に、奴隷が受ける仕打ちとかの噂ないし評判って、ほぼいいものないからな。
そんなある日のことだった。
奴隷商に引き渡されてから、期間にして数日も経っていないわけだが……声をかけられて、ついに自分が商品として並ぶのか、と思いながら、言われるままに歩いてきて……
……そして、俺と出会った、と。
……要約できなかったな。すげー長くなったわ。ごめん。
いやでも仕方ないだろこれ。アリシアの人生激動すぎるわ、この3年とかそこらで。略せん。
「……ちょっとかける言葉が見つからない、ごめん」
「気にしないで。私でも……ちょっと今でも、どうしてこんなことになってるのか、わからないところがあるし……でも、それを言ったら、アイビスも色々とあったみたいね」
ちょっと自嘲気味に笑いつつ、アリシアはそう言ってきた。
「『やくざ』だったっけ? その……ギャングみたいなもの、なのよね?」
「あー、うん。まあ、間違っちゃいないかな」
そう返すと、ちょっと微妙な感じの顔になったけど……まあ、そりゃ無理もないだろうな。いいイメージはないだろうし、実際やってることは違法行為が多い。
「私の立場であなたに何か言うことができるわけでもないのだけど……その、一応あなたか、あなたのご主人様……先程の女性が、私を買う、という可能性もあるのよね?」
「それはまあ……いやでも、さっきも言った通り俺何も聞いてないから、はっきりとは……」
と、そこまで言いかけたところで、奥の扉が開く。
ソラヴィアと、店長のお爺さんが入ってきて……こう言った。
「用は済んだ。帰るぞ、アイビス」
「……へ?」
……買わんの? アリシア。
その数分後、俺とソラヴィアは、そこそこに人気のない通りを歩いていた。
裏路地じゃなく、ただ単に町のはずれの方だってだけなので、治安は悪いわけではない……それ以前に、通る人がいないが。
結局あの後、戸惑う様子のアリシアと俺に何の説明もないまま、俺たちは別れ……アリシアは恐らく、今までと同じ部屋に戻されたのだと思う。
別れ際の、ちょっと寂しそうな、そして不安そうな顔がちょっと、頭に残っている。
……正直なところをいえば、あそこでアリシアを買うもんだとばかり思ってた。そして、それを嬉しい、とも感じていた。
しかし、そこに来るまでに生じていたいくつもの疑問に対する答えがわからないままだったし……何かあるんじゃないか、とも思っていた。
なので、こうなったのは予想外といえばそうだし、残念でもあるが、そこまで戸惑いはない。
……恐らく、それに関する答えは、これからソラヴィアが話してくれるだろうから。
「さて、色々と聞きたそうにしているな」
「まさにそんな感じです」
「……座って話すか」
適当な切り株の上に腰かけて、ソラヴィアの説明を受ける。
要約すると――こっちは本当に簡単に済んだ――ソラヴィアが今日、こうしてここに俺を連れて来たのは、やはり偶然でも何でもなく、彼女……アリシアに会わせるためだった。
ソラヴィアが、あの奴隷商にアリシアが『入荷』されたと知ったのは、これは本当に偶然。
しかし、かつて俺のことを調べたことがあるソラヴィアは、当然、俺の前の勤め先であるアルーエットの家の令嬢である彼女のことも知っていた。俺と仲がよかったことも。
なんだか皮肉というか、奇妙な状況になっているな、と思ったそうだが、ふと思いついた。
この状況を何かの形で利用できないか、と。
「率直に言って、我々『ヘルアンドヘブン』に、彼女を買うメリットはない。労働力なら足りているし、見目麗しいというだけで大枚をはたくこともない。偽善をやる気もないし……私自身、お前の知り合いということで記憶していなければ、気にも留めなかったろう」
うん……ドライというか、冷たい気がしなくもない考え方だが、それはわかる。
こんな世の中だ。奴隷一つにいちいち同情してたら何もできない。自分に深く関係のあるようなことでもない限りは……言い方は悪いが、見て見ぬふり、我関せず、ってのが無難な選択だ。
「もちろん、幹部連中の中には奴隷を持っている者もいるし、そういう者達の趣味とかで買うのであれば、特に問題はない。組織に損はないわけだからな……例えば、お前が買うとかな」
「うん…………は?」
え、今何て言った?
俺が、買う? アリシアを?
「……あの、俺、幹部でも何でもないんだが?」
むしろ、まだ入って3年とかそこらのペーペーである。
「そんなことはわかってる。別に、幹部しか奴隷を持っちゃいけないなんてことはない……さっきは幹部を例に出したが、下っ端に近い構成員の中にも、稼業に使うために奴隷を持っている奴はいるぞ? まあ、一山いくらのレベルの安い奴だがな。自分で買って養うだけの甲斐性があって、きちんとそいつの行動その他について責任もって管理できるなら、誰が持とうが何も言わん」
「なるほど……っていうか、そういう言い方をするってことは……?」
「……私がさっき言った『嫌われるかもしれない』ってのはな、これから話すことについてだ。何せ、押し付けに近い、かなり意地の悪いやり方だし……お前を試すような形になるからな」
ソラヴィアはそこで一拍置いて、
「率直に言う。お前にその気があるなら、あの娘を買ってみせろ」
そう、俺に言った。
「あの娘はこのままだと、どこか金に余裕のある豪商か貴族あたりが買っていくだろう。その場合の使用用途は、運が良ければ単なる使用人。悪くて……性奴隷あたりか。奴隷だからな、気が済むまで愛でて……要らなくなったら捨てても誰も文句は言わん」
「……っ……!」
……俺も考えないじゃなかったけど、こうしてはっきり言われるとくるものがあるな……。
特に、結構長いこと一緒にいた、仲のいい相手だから……余計にグサッとくる。正直、そういうのを考えたくもないくらいに。
アリシアが、そういう目に遭う……そんな風に考えると、ちょっと胸の中にドロドロしたものが湧き上がる感覚が……なるほど、俺は今でも、彼女のことは大切に思っているようだ。
……あの誘拐犯のアジトでのことを思い出して、っていうのもあるな。さらに気分悪い。
「今言ったが、私や組織があの娘を買うことはない。別に要らんからな。もしお前が、あの娘を救いたいのなら……自力で買うしかない」
「俺が……自分で、アリシアを?」
「そうだ。もちろん、そうしないと言うなら、それはそれで構わん。私としても……まあ、どの道、あの娘がそういう境遇にあると、お前に教えた方がいいと思ったからそうしただけだしな……逆に見たくなかった、知らない方がよかったというなら悪かったが……」
そう、ソラヴィアは言ってくるが、そんなことはない。
確かに、知らなければ、こうして悩んだり、胸に色々な感情を抱くこともなかっただろうが……俺はそれでも、このことを知らないままに全てが終わっているよりはマシだと思った。
……例え、俺にできることがなくても、見ていることしかできなくてもだ。
もしかしたら、後から後悔するかもしれないが、少なくとも今、そんな風には思わない。
そう話すと、『そうか』とソラヴィアは言って……
「なら、これも……この後どうするにせよ、全くの無駄にはならなそうで何よりだ」
そんなことを言いながら、俺に何かを手渡してきた。
「これは?」
「『引換券』だ。コレがあれば2ヶ月間、あの娘を売られずに取り置き……キープしておける」
「え!?」
「さっきお前達が2人で話している間に、オ……店長と話をして、もらっておいた。サービスで手数料は私の方で払っておいたから、心配いらん」
「そんな、手数料って……っていうか、それ俺がアリシアを買うってことにならなきゃ、全くの無駄になるんじゃ……」
「だが、買うんだろう?」
……いや、そりゃ、そうしたいと思ってたけども。
このまま見過ごすとかしたくないし、できる限りのことはやりたいと思ったけども。
……見透かされてた、ってことか。さすがは俺の師匠……。
「買わないとしても、それがあれば2ヶ月間は、取り置きしてあるあの娘に会えるわけだから、そういう使い方をしても構わんさ。だが、買うなら……それはそれで、行動が必要になる」
曰く、この『引換券』は、アリシアをキープしておくことはできるが、これ自体で彼女を買うことはできない。これとは別に、彼女の代金を用意して支払う必要がある。
その額、実に1500万ロール。
組もソラヴィアもあてにできない。貯金も全然足りない。
何か方法を……『シノギ』を考えて、自力で稼ぎ出さなければならない。
どでかい課題ができたもんだ……!