第15話 何事も経験
ちょいちょい話していたとは思うが、もうすでに俺たちは、色々と仕事を経験している。
本当に簡単な、下っ端の雑用仕事から……先輩たちの稼業、すなわち『シノギ』の手伝いまで……この2年で、割と手広く経験済みだ。
色々と理解して手慣れてきてからは、任せられる仕事に占める、雑用系の比率は少なくなっていった。代わりに、色々と実践的な(っていう言い方が正しいのかはわからん)仕事の現場を手伝わされることが増えた。
それに、仕事での強みの1つだった『子供』っていう特徴も……あと数年だろうしな。そういう意味でも、色々と実践的な手法に触れて覚えていくのは必要なことだろう。
そういった仕事の数々を体験してきて、総じての感想は……まあ、なんてことないな、って感じだろうか。
難易度もそうだけど、忌避感的に。
ヤクザの『稼業』だけあって、さすがにアウトロー系が多いのは想定内だった。
もしかしたら、いや多分、普通の人なら嫌がる、忌避感を覚えるようなものもあったと思う。
けど……俺の価値観では、そうでもなかっただけの話だ。
多分、日本にいた頃の……『前世』の俺なら、また違ったかもしれない。
……いやでも、あの頃から割と生活とかギリギリだったから、モラル結構破たんしてた気も……まあいい。
だが、2度も死にかけ(というか1回は実際に死んだが)、そのたびに自分の力不足を嘆き、どうにもならない現実に絶望し、そしてそれらを打ち払うだけの力を欲して……そんな中で、価値観とかそのへんが変わったのかもしれない
弱肉強食。そんな言葉が、気持ち悪いほどしっくりくる感じだ。確かな価値観として、自分の中に位置づいている。そこまで極端な……弱者から搾取するとか、強ければ何をしてもいいとか、そこまで言うつもりはないが。
話がちょいとそれたが、ともあれシノギの話だ。
俺らが今まで色々と経験してきた中で、参考になりそうなものはいくつもあったが……中でも、今まで触れる機会がほぼなかった、しかし俺たちの力を活かせるようなのが、ちょっと印象に残っている。ほぼほぼアウトローと呼べるような領域で……全うとはちと言い難いけども。
たとえばそう……今まさにやっているコレのような。
「……お、出てきた出て来た。予想通りだな」
時刻は夜。
今現在、俺が町のある建物の屋根の上に乗って、息をひそめている。
街灯なんて気の利いたものはないこの異世界、夜になれば明かりは星の光だけである。
だが、その程度の光さえあれば……普通の人なら数歩先もほとんど見えないであろうこの夜の闇でも、『ダークエルフ』である俺には十分な視界だ。
昼間同然とはさすがに言わないが……人の顔の判別がきちんとできる程度には十分見える。
そして、今やっている仕事にはそれで充分である。
今、俺が屋根の上から見張っていた建物。そのドアが静かに開いて……中から、男と女の2人組が出て来た。闇夜に紛れるような黒系の布地の服、ないし外套のようなものを身にまとい、動きづらくならない程度の荷物を持って、こそこそと外に出てきて、すぐに裏路地に入っていった。
俺はそれを、気づかれないよう、しかし見失わないように屋根の上から追跡する。
同時に……『契約』によってできたラインを通じて、離れたところにいるデモルとカロンに『念話』で伝える。
『ターゲット動いた。2人そろって荷物まとめて……西方向、○○通りの方に移動中』
『了解。こちらも近辺に位置を取って待機します。引き続き観察を』
デモルから返事が返ってきたのを確認して、俺は尾行に戻った。
この1時間後、再度の連絡を受けてやってきた組の人たちによって、男女2人は確保されて連れていかれた。その後どうなるかはしらない。
俺たちは、手伝いの礼として駄賃をもらって、そこまでである。
一応何をしてたのか、何の仕事だったのか解説すると……簡単に言えば、債務者の逃走防止のための見張り、および回収の手伝いである。
あの男女2人は、2人してギャンブルにはまって借金がかさみ、首が回らなくなっていた。その金を借りた先が、うちの組が経営する金貸しだったのである。
それも、ただの金貸しじゃなく、高利貸しとか、闇金とか呼ばれる類。
もうこれ以上金は貸せない+利息で結構な金額になってるところだった上、なんか近々夜逃げしそうだって兆候があったらしい。その担当の先輩に頼まれて、見張っていたのである。
そしたら案の定、夜の闇に紛れてとんずらしようとしなすった。
結構裏路地とか通ってたし……住んでるだけあって足取りに迷いはない。暗い夜道だったこともあって、下手な追跡ならそのまま撤いてしまえていただろう。
もっとも、俺の暗視能力と追跡能力の前では、それも無駄な努力だったわけだが。
で、そのまま逃げる……のではなく、何か別の場所に隠してた、隠し財産、みたいなのをこっそり回収していくところだった。今後の生活資金か何かにしようとしてたのかもしれん。
そうして、その隠し財産や、家から持ち出した品々を含めてある程度の……というか、おそらくは正真正銘そいつらの全財産をそろえたところで、再び俺がデモルに合図を出した。
そのデモルに話を聞き、付近で待機していた組員の皆さんが、俺が教えた場所に集合。ばっと囲ってささっと連行。姑息にも持って行こうとしていた金目のものは回収。以上。
繰り返すが、その後どうなるかは知らん。
生活に困ってとか、病気の家族の薬代のためとか、子供を餓えさせないためとかの理由だったら、まだ同情したかもしれないが……100%自分のためのギャンブルなので、同情の余地はなし。
半ば最初から踏み倒す気で借りてた感じあったっぽいし……食い物にするつもりだったんなら、逆に食い物にされても文句は言えないだろう。
とまあ……こんな風に、アウトローそのものの『稼業』に加担しても、大して良心が痛んだりしないあたり、だいぶ俺もこの業界に染まってきているということなんだろう。
望んで入ったわけだから、何も文句も後悔もないが。
それはさておき、こんな風な……アウトローで一般的とは言えないものだが、色々と経験してるわけだ、俺たちも。
この、種族特性を生かした『夜逃げ防止の見張り』の他にも、アウトロー稼業は色々ある。
よくテレビとかでも聞く『ミカジメ』……主に、飲食店とか風俗店の用心棒代や、さっきもちらっと触れた、カジノその他、フロント企業の経営による収益、見張りとか遠回りな感じじゃなく、もっと直接的な、借金の取り立て……その他諸々。
もっとも、こっちの稼業では、逆に俺らの見た目……まんま子供なそれが不利に働くことも多い。借金の取り立てとか、小さい子供がやっても威圧感ゼロだからな。
いくら腕っぷしでは勝てるって言っても、それを出した方がいい場合とそうでない場合がある。見た目その他の威圧感で一喝してどうにかなるなら、そっちの方がいいわけだ。
そういう現場では、逆に小間使い程度の手伝い業務くらいしかすることがない。
それでも、色々と見て学べるものはあったし……そういう手伝いをしながら、警戒されない子供の姿で色々やる、というのもあったから、経験値にはなっている。
が……そういう中から、自分達に合った仕事……シノギを見つけて形にする、ってのは難しいもんがあるよな。
当然だけど、まるっきり同じような仕事しようとすれば、住みわけでもしない限り先輩たちとかぶるわけだし……かといって、フロント企業の真似事なんてするノウハウはない。あれって、背後にこそヤクザがいて色々指示とかしてるとしても、表向きは普通の商売だからな。
当然、それ専門のノウハウがある職員がきちんといて、きちんと経営されてる。
そんなきちんと整った設備・体制を準備できるような伝手は、俺らにはない。
かといって、俺ら3人で、ほとんど何の元手もなしにやれるようなか細い商売じゃ、それこそガキの手伝い程度、小遣いくらいの金額にしかならないだろうし……仮にもうちょっと安定して稼げるようになったとしても、全然足りない。
俺たちは、こないだソラヴィアにもはっきり言った通り、『上』を目指す。
だから、そこらへんに転がってるような普通のか細い稼業で満足するわけにはいかない。
まあ、とっかかりないし足掛かりとして、軍資金稼ぎのための手段として一時的にやるとかなら十分ありかもしれないが……できれば、なるべく早く本格的に動き出したいよな。
ソラヴィアも、実績や経験は早いうちから作る方がいい、って言ってたし……。
いや、でもだからって焦って手柄を立てようとしても、それはそれで問題が出てくるからな……。
迅速にやるのと、功を焦るのは違う。調子に乗って、自分の能力を過信して、あるいは希望的観測ばかりにすがって全部台無しにするようなことは絶対に避けるべきだ。
安全に、なるべく早く、大きな結果を、確実に。
酷い矛盾を感じる単語の並びだが……さて、どうするかね。
普通に考えれば『そんなの無理だ、真面目に働け』って言われて終わりだが。
使えるカードは、幼い見た目、戦闘力、種族特性……etc。
……1人で考えても、コレだって答えは……なかなか出ないな。
☆☆☆
そんな感じでその日の仕事を終え、部屋に戻っていつも通り3人で談笑していた時のこと。
カロンが、手伝いに行った仕事先で、面白い話、というか情報を聞いて持ち帰ってきた。
「ダンジョン?」
「はい、なんか最近、この近くにある『ダンジョン』ってのが活性化し始めたとか何とかで……稼ぎ口にならないかとかって話してたんすよ」
夜食を食べている最中に、そんなファンタジー極まりない単語が出てきたのである。
適宜、横からデモルによる解説や補足を挟みながら、カロンは説明してくれた。
『ダンジョン』とは……まあ、大方の人が、その名を聞いて思い浮かべるようなもので、ほぼほぼ間違っていない、と思う。
地上にある入り口から、地下に続く、遺跡みたいな感じで展開されているそこは……一体いつ誰が作ったものなのか、何階層あるのかも明らかにはなっていない。
今もって探索が進められている最中である。
その人手に困ることはない。なぜなら、そのダンジョンには財宝が隠されており……それを目当てに、人々は絶えず挑戦を続けるからだ。一攫千金の成り上がりを夢見て。
そういった人々は、『探索者』と呼ばれる。
だが同時に、その中には様々な魔物たちが跋扈し、侵入者を迎え撃つ。また、様々な罠も仕掛けられている。安全などとは口が裂けても言えない環境だ。
それだけじゃない……明らかに普通の建造物じゃない、っていう点がいくつもある。
どこからともなく湧き出る魔物。
誰が配置しているわけでもないのに、場所を変え、品を変え補充される財宝。
挙句の果てには、階層の構造、間取り等そのものが、ある時突然変わってしまうこともある。
いわゆる、ランダムマップのダンジョン攻略系ゲームみたいな感じの場所のようだ。
一説には、『ダンジョン』そのものが意思を持つ魔物であり、宝を餌にして人間をおびき寄せ、魔物に殺させることで自分の栄養にしているのだとか……ダンジョンは太古の昔、偉大な神や強力な悪魔が作ったものであり、人の理解の外にある奇跡の創造物なのだとか……色々説がある。
どれ一つとして、立証はおろか検証すらされてないわけだが。
そんなわけのわからない場所であるから、宝を手にする者などより断然多く、その犠牲者が出る。死者・行方不明者など日常茶飯事。五体を欠損する者も珍しくはなく、怪我人などはいちいち数えていられないレベル。
というか、ダンジョンに挑んでケガをせずに戻る者などほぼいない。よほど浅い階層しか探索していないか……よほど腕が立つかのどちらかだ。
そのため、挑めば楽に収入を得られるおいしい場所……なんていう言い方は口が裂けてもできない。むしろ、『あんなものに好んで入る奴の気が知れない』という意見の方が大多数である。
それに、ダンジョンに潜っても、必ずしも何か収穫を見つけられるわけじゃない。下手をすると、ケガしたり犠牲者を出して、コストがかかって……全くの空振り、なんてこともある。
つまり、それ相応の実力を持っている人しかそこに挑むことはできず、それだけの実力があるなら、傭兵なり貴族の私兵なり、他にもっと安全な、割のいい稼ぎ口はある。
だから、そこまで人気、ってわけじゃないのだ。『探索者』という職業も、ダンジョン自体も。
もっとも、だからこそ少数派の『探索者』や、彼らが持ち帰る財宝に需要はあるわけだが。
とまあ、この異世界における『ダンジョン』の定義というのはそんな感じなわけだが……カロン曰く、この近く……ってほどでもないが、この国にある、とあるダンジョンが今、『活性化』している状態にあるらしい。
読んで字のごとく、ダンジョンの活動が活発になっており……普段よりもたくさん魔物が出る。でも、宝物も出る。マップも罠もしょっちゅう変わる……その他諸々。
『探索者』からすれば、ある種の稼ぎ時というわけだ。危険も大きいが。
そしてそういう時期は、その時だけダンジョンにうまみを見出す『にわか探索者』とでも呼ぶべき連中が増えるらしい。危険はあるが、生きて戻れれば高確率でリターンを期待できる、と。
もっとも……あくまで普段に比べれば、だし……今言った通り、その分危険も増える。
それに、もともと居る探索者や、同じことを考えてる連中もいることを考えれば、帰って競争率は上がりそうなもんだが……まあそれはいい。
「で、それを何でここで持ち出したか、って話だけど」
「あっはい。こないだ話に出た、シノギの候補、あるいはその元手というか、とっかかりみたいなのに使えれば、と思ってたんすけど……厳しそうっすね?」
「まーな」
ハイリスクハイリターンのお手本みたいな手段だしな。聞いてると。
継続性がない以上、メインのシノギとしてとらえるのは難しいだろうな……まあ、今カロンが自分で言ってた、軍資金集めのための手段の1つ、くらいにとらえておくならアリかもだが。
☆☆☆
ところ変わって、ここは、とある場所にある奴隷商。
その、商品保管用のスペースである。
普通の平民の奴隷ならば、牢屋のような部屋の中に独居あるいは雑居で入れておくのが普通であるが、ここはそれなりに『品質』のいい商品を取り扱っているのか……それなりに清潔さにも配慮がなされたつくりになっていた。
そこを、店員らしき男に案内されながら歩くソラヴィアは……その中で、簡素な寝床の中で静かに眠りこけている、1人の『商品』……すなわち、奴隷を目にとめた。
「この少女が、そうか?」
「はい、間違いございません。先日、入荷しまして……起こしますか?」
「いや、いいさ。時間が時間だ、寝かせておいてやれ……明日また来るからな」
そう奴隷商に答えながら……ソラヴィアは、すやすやと眠る茶髪の少女を見下ろしていた。