表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンゴク  作者: 和尚
第2章 初めてのシノギ
16/54

第14話 新米卒業の時期



暑くもなく、寒くもない、ちょうどいい気温の昼下がり。

弁当でも持ってきていれば、心地いい風の中でピクニックとか楽しめそうな、そんな日に……アイビスは、1人、周囲を木立に囲まれた林道を歩いていた。


手には、木剣。右手に、肩に担ぐようにして持っていた。

それ以外は、特に何も考えずにすたすたと歩いているだけに見える。


林の中を、木刀を手に歩く、銀髪に褐色肌、赤い目の、ダークエルフの少年。

周囲の景色から、少々浮いているように見えるのは、仕方のないことかもしれない。


そんな彼の前方の茂みが、ガサッと音を立てて揺れる。


その音にアイビスは一瞬ぴくっと反応し、音がした方向に視線と意識を向け……


……直後、木剣で正反対の方向、自分の斜め後ろをガードする。

と同時に、茂みから飛び出してきた何かがそれで受け止められた。


「ちっ!」


ガッ、と鈍い音を立てて止められたのは……飛び蹴りを叩き込んできたカロンの膝。


襲撃の失敗を悟ったカロンは、すぐさまそこを飛びのいて距離を取り、同時に、カウンターとばかりに振るわれたアイビスの木剣の一閃を腕で……そこに装着されている手甲でガードする。


体勢を崩すことなく着地したカロンは、目の前で、木剣を両手で握って臨戦態勢に移行したアイビスを前に、自分も両手の拳を構える。


そこに……その両方を仕留めるべく、木立の向こうから第三者の攻撃が入る。先端に布の巻き付いた、刺さらないようになっている矢が、アイビスとカロンに横合いから襲い掛かった。


カロンはとっさに気づいたような反応と共に拳でそれを払いのける。

アイビスは既に気づいていたように、余裕を持って木剣で切り払った。


その襲撃者は姿を見せることはなく……代わりに、木立の中をほぼ無音で素早く移動する。


しかしその音を、正しく人外の聴力を有するカロンは捉えていた。

正確にその位置を把握し、足元の石を一つ掴んで投擲する。


それが当たったどうかを知るよりも先にカロンは跳躍、ひと跳びで木の枝に飛び乗ると、そこから何度も同じことを繰り返して、木から木へ飛び移っていく。

両の足だけでなく、時に手を使い、サルか、あるいは4足歩行の獣のように俊敏に。


「……っ……この視界の中でどんだけ遠くから狙い撃ってきたんすか」


数秒後、逃げる者……デモルよりも足が速かったカロンは、その背中を視界にとらえる。


視覚、聴覚、そして嗅覚の3つ全てで標的を補足したカロンは、地上に飛び降り……そこでその強靭な脚力を全開にし、爆発的な加速をかける。


木の上で本気で踏み出せば、枝が折れて落下してしまう。不安定な樹上では出せなかったスピードで、カロンはまたたく間に逃げるデモルとの距離を詰めていく。


障害物の多い林の中でありながら、それを全く苦にしていない。時に跳躍や、両手まで使って器用に方向転換しつつ、ほとんど減速せずにトップスピードのまま追いかける。


が、その数秒後……カロンが地面を蹴ってより一層勢いをつけたタイミングで、デモルは一瞬で振り返り、つがえていた矢をカロンめがけて放つ。


やられた、誘われた、と悟るより先に、カロンの体は反応していた。

高速かつ直線の動きをした直後で、どうあっても避けられないその一矢を、カロンはなんと口で噛んで受け止めた。その衝撃で、さすがにやや突進の勢いが殺される。


それを悟ったデモルは、足を止めて弓を構え……恐るべき速さでそこに矢をつがえ、発射。

それを一呼吸もしないうちに、2度、3度と繰り返す。


さすがにまずいと感じたカロンは、急カーブしつつ……それでも自分を正確に狙い撃ってくる矢を、両の拳で叩き落しながら機をうかがう。

デモルの攻撃手段は矢。弾数は無限ではない。さばいていれば、いつかは限界が来る。


だがそれより先に、視界の端で動くものを……カロンのみならず、デモルも見つけた。


次の瞬間、木立を陰にして、デモル以上に静かに、しかし猛スピードで林の中を疾駆していたアイビスが、剣を腰だめに構えた状態で2人の間に割って入る。


手近にいたデモルの方に走ってくるアイビスに、デモルはとっさに矢の放つ先を変え、一瞬で彼に照準を合わせて放つ……が、アイビスはそれを、木剣の切っ先で『そらした』。


切っ先の部分にできているカーブを利用し、驚くほど素早く繊細な動きで、切り払うでも防ぐでもなく『反らす』ということをしてみせ……あまつさえ、その反らした後の矢は、こちらの様子をうかがっていたカロンめがけて飛んでいく。


またたく間に間合いを詰めるアイビスに、どうにか2発目の矢をつがえ終えたデモルは、それを放とうとアイビスに狙いを定め……しかし次の瞬間、アイビスは突如剣を後ろに引いた。

下段に構えるにしても、構え方が妙だ。そんな印象を受け、一瞬戸惑ったデモルの目の前で、アイビスは地面を切りつけた。


ゴルフのスイングでダフったのと同じような、しかし最初から狙って相応の威力で叩きつけられたその一撃は、そこの土砂を巻き上げて散弾のように飛ばす。


驚きつつも、射出した直後にデモルは飛びのいてその場から退避。

少し無理に、体勢を崩してでもその場から飛び退ると……次の瞬間、今までいた場所を横一文字の一閃が薙ぎ払った。

その時に聞こえた、ヴォン、と空気を切り裂く音が、その一撃の鋭さ、威力を物語る。


しかし、その土砂の散弾を放つ際に、一瞬だがアイビスが減速したのを見て、そこに今度はこちらから攻撃すべく、カロンが突撃していった。


そしてそれに一瞬意識を向けた隙に、素早くデモルも体勢を立て直し、矢をつがえる。


それに挟まれているアイビスもまた、木剣を握り直して、今はなって見せた必殺の一振りで、両方の襲撃にいつでも対応できるように構えた。


その周囲に極限の緊張感が漂い始めた……次の瞬間。



「お、いたいた」


――ズドォオン!!


「「「ぅぐぉあ!?」」」



知覚外の距離から突如として飛来したソラヴィアによって、3人まとめて吹き飛ばされた。



☆☆☆


「悪かった悪かった、ちょっと急いでたもんでな」


とんでもない勢いで突っ込んできて、その衝撃で俺たち全員を吹っ飛ばしたソラヴィア。

なんか用があって俺らを探してたらしいが、なかなか見つからなかったんでちょっと焦って、力が入ったらしい。相変わらずとんでもないことをさらっと……


まあ、差し入れとして弁当持ってきてくれたから許す。


「とりあえず休憩にして、まあ、食べるといい」


「あざっす。あと、いただきます」


で、食べながら話すことに。




俺らが『ヘルアンドヘブン』に入ってから、早いものでもう4年近くが過ぎた。


俺らももう13歳(多分そんくらい。何せ誰も自分の実年齢知らないもんで)。成長期の子供らしく、順調に背も伸びてきている。

まあ、それでも見た目はまるっきり子供のままなわけだが。


ただ、あれから……今日やってた感じで、修行は欠かさず続けていたので、3人ともそれなりに強くはなったと思う。

詳しくはまた今度話すが……色々と、それを活かした仕事なんかも既にやってきてるし。


この年齢と見た目を考えれば、結構な水準にはなったんじゃなかろうか。


自画自賛ではあるが、日々の努力が報われた結果だと思うし、ちょっとは自慢ないし誇ってもいいんじゃないかな、とも思っている。


とはいえ、うぬぼれられるものじゃない。まだまだ上を目指さなきゃならないとは思うし、今後ともより一層努力していくつもりではあるけども。いくら強くなったといっても、上には上が、いくらでもいるもんなんだから。例えば、今、俺の目の前に居る奴とか。


そんなことを考えていると、ふとソラヴィアが思い出したように言った。


「それはそれとして……お前達もそろそろ、各々自分の『シノギ』を見つけることを考えないといけないな」


その言葉に、僕ら3人、きょとんとして……一瞬、理解するのに時間が必要だった。


そしてその一瞬後、『ああ、確かに』という思いが頭に浮かぶ。


今まで、年齢を理由に見逃されてきた部分はあるものの、確かにそろそろ考えなきゃいけない。


確かに俺たちは、年齢を見ればまだ子供だけど、身分の低い階層になれば、年齢一桁のうちから何らかの仕事をして日銭を稼ぐ、なんてのは、珍しい話じゃない。むしろそっちの方が多いだろう……生活が苦しければ苦しいほど、『子供だから』なんて理由で遊ばせてはもらえないもんだ。


地球でも、日本じゃ下手すると労基法に引っかかるが……途上国とかじゃそれが普通だし。


それに俺たちは、見習いとはいえ、雇われや小間使いではなく、一応は正規の組員なわけだし……その年齢のことを差し引いても、そろそろ『見習い』の3文字が取れる頃なのだ。


そうなったら……いや、そうならずとも、本来であれば今の時点ですでに、俺たちには2つの義務ないし責任が発生しているはずである。


1つは、上納金。

もう1つは、部下への給料。


今現在、ソラヴィアの舎弟兼弟子扱いである俺たちは……普段任されている、『部屋住み』としての仕事以外の仕事……カチコミとかに対する給金を、ソラヴィアからもらっている。

ソラヴィア個人からもらうパターンと、組織からソラヴィア経由でもらうパターンがあるが。


そしてその中から、月々の上納金を組織に納めている。


ソラヴィアが天引きする形にしていないのは、その方が俺たちに、組織……『ヘルアンドヘブン』の一員としての自覚が出るからだそうだ。


「それだけじゃない。ぶっちゃけたことを言うが……私としては、お前らは全員、上に登ってくるものと思っているからな」


「うぇ?」


サンドイッチをほおばりながら、カロンがソラヴィアに聞き返す。


「まあ、改まって聞いたことはないが……お前達3人とも、見習いや下っ端で終わるつもりはないだろう?」


「それはまあ……これ、という具体的な目標こそまだありませんが……」


「ごくん……確かに、行けるとこまでは行きたいっすね」


と、デモルとカロンが返す。それにソラヴィアはうなずくと、今度はアイビスを見て、


「実に結構。特にアイビス……お前は元々、生きていく『力』をつけるために私の所に身を寄せる決意をしたんだったな? まさか、入ってちょっと上に言った程度で、身についたと思う……満足するわけじゃあないだろう?」


「もちろんだ……わかってる。というか、痛いほど思い知ってる」


その言葉を聞いて、また満足そうにうなずくソラヴィア。


同時に、俺自身も思い出していた。ソラヴィアに誘われた、あの夜のことを。

あの、燃える人攫いのアジトの中で、そして前世のラストで……力がなかったために、守りたいものを守れず、奪われる側に立つしかなかった、苦い記憶を。


そこから脱却するため、生きていくため、強くなると誓った時のことを。

あの決意は当然、今も変わっていない。そのために、上に行くつもりだ。単純な戦闘能力だけじゃなく……地位や、財力、そういう……『力』になるようなものを手に入れるために。


デモルやカロンと同じように、具体的なビジョンまでは、さすがに固まってないが……同じようにこれだけはいえる。行けるとことまで、行くつもりだと。


だとすれば……確かにまだ子供だの何だの、悠長なことを言ってはいられない。

そういう経験や実績は、上に行くための『武器』だ。なら、それを手にするのは早い方がいい……内容にもよるだろうが、取り組んで費やした分だけ、その分『力』になるだろうから。


「それに、お前達には……長らく弟子を取ってこなかった私が、自分で育てることにした弟子、ないし舎弟っていうことで注目もされてるからな。こういう言い方はなんだが、私の評価にも関わってくるわけだ……中途半端は許さん。特にアイビス、私が直接連れて来たお前はな」


「ははは……責任重大っすね、兄貴」


「ええ、これは一層気合いを入れて努力しないといけませんね」


「言われなくても全力でやるさ。……また、後になって後悔するのは嫌だからな」


と、ふいにぼそっと呟いてしまったその一言のせいで、カロンとデモルが『?』な顔になり、ソラヴィアは……思い当たる節があるというか、あの夜のこと、そして俺が犯人に仕立て上げられて切り捨てられたことを思い出してだろう。ちょっと悲しそうな、同情するような顔をした。


……っと、飯時にこんな湿っぽい空気にするもんじゃないな。失敗、失敗。

ちょっと強引に話題を元に戻すべく、軽い感じの口調で2人に声をかける。


「それにその理屈で言ったら、お前らも頑張れよ? お前ら誘って組に入れたの俺なんだから……俺の評価にはお前ら2人が関わってくるんだろうが」


「おおっと、そうっすね。ご心配なく、俺らも気合い入れて上行くっすから!」


「ええ……もちろんです。というか、話がずれましたね……シノギの話だったはずですが。ですがそれを考えると、余計にシノギの方も重要になってきますね……上に行くとなれば、同時に、我々の下に人がいるということと同義なわけですから」


ああ、そういやそうだった。

話の脱線もそうだが、上に行くってことは、下に部下ができるってことだ。場合によっては、組の仕事以外に、シノギそのものにも部下とかが絡んでくる場合もあるだろう。


その際、今俺たちがもらってるように、駄賃ないし給料を渡す必要がある。


それが可能なくらいの収入を、俺たちは確保している必要がある。そのシノギで、あるいは、全てのシノギの合計で。


いや、そうでなくても、さっきも言ったように、いっぱしの組員である以上は、自分で何かしらの『シノギ』を見つけてやっていけるのが当然なんだ。


『拠点』の経営その他の手伝いもそれに含まれなくもないが、あれはあくまで雑用下っ端としての業務の一環ってところが大きいし……そもそも上に行く者がそれでいいはずがない。最初のうちだけとかならともかく、さっき言った部下云々のこともあるし、それなりの規模のものが要る。


……ちなみに、俺の場合……『部屋住み』としてここに来て間もない頃は、蓄えも何もなく、任される仕事もないということで……半ば、ソラヴィアに養ってもらってる形だった。

上納金も出してもらって……仕事を任されて、自分で稼げるようになるまで、数か月。


あの期間は……試練だったな、俺にとって。

『子供が気にするもんじゃない』『そう思うなら1日でも早く一人前になれ』そう言われたけども……俺、中身は一応、合計すればアラサーであって。


それが……上司とはいえ、女性のヒモとか。


……いや、何かで読んだ話だと、ヤクザってヒモの方結構いるらしいけどね?


部屋住みとか、生活費が苦しい時期は、家賃やら生活費は女性に出してもらって――まあ、ざっくり言って養ってもらう。住まいも、女性の家に住んで、そこから事務所とかに通って……ああ、シノギやるのにその女性の名義使ったりもするんだっけ。

中には、上納金すら出してもらう者もいるとか……なんか、世知辛いな、業界。


その代り、自分が偉くなって羽振りがよくなったら……今まで世話になってきた女性に、今度は自分が楽をさせてやる。むしろ、思いっきり甘やかして、贅沢をさせてやる……だそうだ。


……まあ、そのへんは置いといて……


自分のシノギ、か……さて、どうしたもんかね。


今まで色々見て来たし、俺らだったら……って考えたりもしてたから、アイデアとかなくはないけど……うーむ、何がいいか。


やっぱり、俺としては……俺たち3人で一緒にやれるのがいい。

これは、前に話になった時に、デモルとカロンもそう言ってくれてるし……1人より、3人で協力した方が、効率もいいだろうし、それぞれの得意分野も生かせるから、できることも増えるし。


コレ食べ終わったら、帰って部屋ででも相談してみるか。いいアイデア、出るといいけど。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ