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テンゴク  作者: 和尚
第1章 事務所から始まる異世界生活
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第13話 チームアイビスの日常



『部屋住み』……下っ端の朝は早い。



―――ジリリリリ…………バチン



目覚ましの音が鳴り出すとほぼ同時に、それぞれが手を伸ばし、それを止める。


目覚まし時計……ではなく、悪魔デモルに頼んで作ってもらった、毎日決まった時間に音が鳴る呪いのかかったベル。すっかり朝の味方の便利アイテムだ。部屋の中だけに音が響く設定だから周囲に迷惑にはならず、止めるという意思をもって触れると止まる。


悪魔の使う魔法って、攻撃系や回復系のバトルファンタジー的な奴だけじゃなくて、こういう万能系というか、融通きく、痒い所に手が届く感じの魔法が使えるらしいので、マジ助かる。

というか、俺と契約してから使えるようになったらしいんだけど。


で、そのベルを、3人とも止めたところで……


「ふぁ……おはよ」


「おはようございます」


「おはざーっす……」


俺、デモル、カロン……起床。




俺たち3人は、同じ部屋で暮らし、寝起きしている。

下っ端の部屋らしく、あまり生活感のない、質素な部屋だ。


丈の低い、小さ目の机と、クローゼット的な少々の収納スペース。そして、俺たちの寝床である2段ベッド……が2つ。あるのはこれくらいだ。

3人で住んでるので、ベッド1人分は空いていて、もの置き場になってるが。


そこに、各自必要なものを買って持ち込んで置いておいて……って感じの部屋。


で、起きたら着替えだ。制服とかはないので、各自好きな服装に。

と言っても、この施設……教会の小間使いとして不自然でない程度に、っていう但し書きが付くので、まあ、無難に安っぽい布の服になる。動きやすい感じの。


例えるなら……俺は、Tシャツに長ズボン……っぽい服。

デモルは、ポロシャツに長ズボン、袖なしのベスト……っぽい服。

カロンは、ランニングシャツに半ズボン……っぽい服。これが精一杯の比喩表現だな。


なお、裁縫とか担当の下っ端チームに頼んで作ってもらったものだが、布地は当然安物だ。

それでも、十分実用に耐えるし、それぞれの好みに合ってる感じなので、割と気に入っている。


顔を洗って、寝間着を洗濯籠に入れて部屋の前に置いたら、各々さっそく仕事開始である。


☆☆☆


仕事は当番制になっている。俺たちと同じ下っ端達で分担する形になっていて、その日その日で担当するものが違うのだ。


朝当番が休みで、そのまま食卓について飯を待つ日もあるが……今日は俺たちは、朝食作りの当番だ。キッチンで、食堂専門のスタッフの手伝いをすることになる。


通常、このシフトで下っ端が任されるのは、主に雑用。野菜の水洗いや皮むき、料理のための水汲みや計量。食器の用意や、盛り付けた皿の配膳、テーブルの掃除なんかだ。


ただし、特定の得意分野なんかがある場合は、それに準じた振り分けをされる場合もある。


例えば俺は、貴族の屋敷でそこそこに仕込まれたことがあるという経歴を見込まれ、調理過程を手伝うことが多い。


今日もそんな感じで、厨房に立たされてメニューを1品任された。

が、何を作るかは指定されない……つまり、よくある『何でもいい』オーダーである。


……世のお母さんや奥さんに対し、この返し方は絶対ダメ……と言われる理由が、ここにきてよくわかるようになった。『何でもいい』って言われるのが一番困るんだな、マジで。


俺が悩んでいる間、デモルは、ドレッシングや調味料のビンの中身を補充したり、使い終わった食器や調理器具を先に洗ったりしている。他の料理の盛り付けを手伝ったりもしているようで……俺はその様子を見ながら考える。

正確には、他のメニューがどんな感じかを見ながら考える。あんまし時間ないし。


今すでにあるのは……野菜と肉団子のスープ。カットしただけのチーズと、野菜のピクルス。

主食は黒パンか。安くてかたい奴……を、まとめ買いしてさらに安くした奴。


……タンパク質がちと寂しいか。おかずも……もう1品、主菜になるようなのが欲しいな。

となると、食材は、肉はもうあるし……無難に卵がいいか。けど、スクランブルエッグはこないだ作ったし、目玉焼きも……


「今日の分取ってきたっすよー。ジャガイモがいっぱい獲れたらしいんで、多目に貰ったっす」


「ナイス、カロン。スパニッシュオムレツだ」


「はィ?」


丁度いいところに、カロンが返ってきた。背負っている、あるいは手に持っている籠の中に、生みたての卵や搾りたての牛乳、野菜や果物をどっさり入れて持ち帰って。


これらは、毎朝近くの牧場や畑――もちろん、関係者経営の――からもらえるものだ。結構な量があり、運搬は力仕事になるので、カロンみたいに体力のある者が、それらをもらってきて運んでくる担当になる。


このまま保管庫に持ってく……前に、こうして厨房に顔を出して、朝飯に使えそうな食材を提供してくれる。それを持ってきたカロンの一言で思いついた。


タンパク質(卵)+メインのおかず+どっさりとれたジャガイモ……うん、『スパニッシュオムレツ』にしよう。手軽に作れてボリュームもある。なおかつ、肉みたいに重くないから、味付けだけ気を付ければ朝から出しても大丈夫だろう。


卵系は実は俺の得意料理だ。前世でも、スーパーでよく安売りしてたし、火を通せばすぐ料理に代わるから、よく作ってた。チャーハンとか、フレンチトーストとか、応用も効いたし。


転生後も……卵はアリシアの好物だったから、卵料理は練習させられた。自信もって『得意です』と言えるくらいには、卵系の料理は修めた……と、思う。たぶん、きっと。


……そのせいで最近、心なしか、料理手伝いのシフトの頻度が増えてきたような気がするんだが……まあ、いいか、掃除よりこっちのが好きだし。


☆☆☆


朝食ができたら、準備ができたものからそれを食べる。下っ端は全員、一緒の食堂だ。

で、それを食べ終えると、後片付けは他の係の連中に任せて、俺たちは仕事に出る。


こないだもざっと並べたように……仕事は色々ある。表の業務も裏の業務も。


カモフラージュ施設である教会の掃除や整備、業者から運ばれてくる食料やら物資の運び込み、数量の確認、訪ねて来た客人たちへの対応、備品の手入れやら整備、昼食の準備。

こういう、雑用・小間使い系の仕事がメインになる。


たまに、上の人たち……ソラヴィアみたいな幹部クラスや、それに近いような立場の人たちからの指示で、他の色々な仕事の手伝いに駆り出される時もある。

……こないだみたいに、カチコミとか。


まあ、そんなのそうそうあるわけじゃないが。


朝と同じような感じで、交代で食べる昼食をはさんで……午後の仕事。これも、午前中と同じような感じで進む。


ただ今日は、俺たち3人はそろって午後が空いていた。


なので、その分の時間は……というか、こういう空いている時間は、もっぱら俺たちは、己を磨くために使っている。戦闘や魔法の修行だったり、色んな分野の勉強だったり。


幸いと言うか、そういうのに使える空間が地下にある――ソラヴィアとの訓練にも使ってるあそこである。今日はいないけど――ので、俺ら3人でやってるわけだ。


筋トレとか基礎的な奴はもちろん、実践……というか、組手形式で戦ったりとかも。


一応、成果は結構な速度で出てる感じ。俺ら3人とも、自分で言うのもあれだが……メキメキと実力はつけてきている、と言っていいと思う。


それぞれ、現時点での自分の戦闘力や、長所短所を正確に把握し、改善する。

その繰り返しと、基礎的なトレーニングを並行して、継続して続けていくことで、徐々に実力を伸ばしつつ、戦い方を洗練していっている感じだ。この辺は、ソラヴィアの指導でもある。


「どォ―――りゃああぁぁあ!!」


咆哮と共に、カロンが地を蹴って飛び出し、正面に立つデモルの元にかけていく。


その両手両足には……燃え盛る炎が灯っていた。

握りしめた拳の力強さに比例するように、手の炎が激しく、大きくなり……足の炎は、踏み込む瞬間に爆ぜるかのように瞬き、大きく膨れ上がる。


そのカロンが近づく前に、デモルは、カロンに向けた指の先から、電撃を放つ。


右手の指5本。ぴっとまっすぐに立ててそろえたその全てから、異なる軌道で電撃が飛ぶ。


しかし、魔法で発生させた電撃であるがゆえに、本当の雷速ほどは速くはないそれを、カロンはその反射神経と野生の勘で回避し、あるいは燃える手を盾にする形で防いで見せた。


その反応に、離れたところで休憩しつつ見ている俺は『おー』と感心した声を上げた。


デモルもカロンも、知り合ったのはごく最近だが、ほぼ毎日、一緒に寝起きし、一緒に働き、一緒に修行する中で、その特徴なんかは大概把握できている……と、思う。


カロンは、今の戦いっぷりを見ればわかる通り、近距離戦が得意なタイプだ。近づいて殴る蹴るという、単純な喧嘩殺法で戦っている。現状は粗削りだが、ソラヴィアの指導で動きは洗練され、日々の仕事やら自主トレで体も作られてきているので、メキメキと腕を上げてきている。


それに加えて、得意な『火』と『土』の魔法を使って戦っているが……戦闘中に使うとなると、魔法の制御がまだまだ追いつかないため、手やら足にまとわせる感じに留まっている。それだって十分強力な部類に入るが。


一方デモルは、遠距離攻撃が得意な魔法使いタイプだ。修行で電撃魔法が結構遠くまで届くようになりつつある上、最近では弓の練習も始めたので、本格的に後衛として成長しつつある。魔法の発動も早いので、距離が空いていれば一方的に相手を滅多打ちにできるだろう。


それに、接近戦もこなせなくはないし、剣の腕とかも並の兵士なんかよりはよっぽどある。そこに、得意分野である『電撃』を組み合わせた攻撃は、そこらの相手なら必殺になりうる威力だし、加減すればスタンガン的に気絶にとどめることも可能だ。


ただ、さすがにカロン相手だと接近戦では分が悪いようで、弾幕よろしく電撃を放ってかく乱しつつ、自分は位置を変えて距離を取ろうとしている。


それを、多少の被弾は覚悟の上、と言わんばかりに突っ込んでいくカロンが追いかける。

しかも、ただやみくもに続けてるわけじゃなく……徐々に目が慣れて来たのか、拳で電撃を叩き落したりまでし始めたぞ。霊獣のフィジカル、すごいな。


……しかしこうして見ると、俺ら3人、割と愛称いいのが上手いことそろった気がするな。


基本的に、身体能力を生かした喧嘩殺法と、得意であるらしい『火』と『土』の攻撃・強化系の魔法で戦うカロン。


遠距離メイン、魔法主体で戦いつつ、いざとなれば接近戦もできるようにトレーニングメニューをこなし、主力の『雷』系や、次いで得意な『風』の魔法も磨き上げているデモル。


そして、近距離・遠距離の両方に対応しつつ、前世でやっていた『剣道』や、『氷』と『水』の魔法をも活かしたバトルスタイルを作り上げ、磨き上げている最中の俺。


個々の積み上げに加え、できる範囲でではあるが、連携しての戦闘の訓練なんかもやっている。


組手の時は、大体は1対1で、残り1人が休憩、って感じ。

たまに、俺VS2人、っていう形にすることもある。一応、この中では俺が一番強いので。


そんな風に修行を続けてるわけだが……さあ果たして、俺たちのこの努力が実るのは、いつのことになるやら……



☆☆☆



訓練、あるいは仕事が終わると、だいたい夕方から俺らは風呂に入る。

汗を流しつつ、夕食前にリフレッシュする的な意味で。


この浴室は、一応風呂の係が準備やら整備をすることになっていて、通常、夜にならないと入れるようにはならないんだが……準備を自分でするなら、いつでもだれでも使っていい、ということになっている。被らなければ。


そして、俺は、大量に水を出す魔法なんて余裕で使える上に、カロンが火の魔法……というか『熱』の魔法で即座にそれを温められるので、風呂なんて数十秒あれば余裕で沸く。

結果、どうしようもないくらいに疲れてる……とかでもない限り、基本入り放題。


というか、そんな感じだから準備すら必要じゃない。大体今日みたいに、脱衣場でさっさと3人とも全部脱いで、準備のできてない風呂まで来て……その場で水出して温めて入る、みたいな。


俺が魔法で室内に雨降らせて、それをカロンが空気中で温めれば、なんとシャワー代わりになるし。範囲絞って降らせるとかもできるから、めっちゃ便利。


で、今こうして、3人仲良く湯船で脱力中。


コミュニケーションとしての裸の付き合い……というよりは最早、風呂自体も含めて、飯とか仕事中とかわらない日常の一部だな。早くも俺ら3人、四六時中チームとして一緒に過ごすことに、何の抵抗もなくなっている。


「しっかしオイラ、てっきり『ヤクザ』って、もっと日常からして殺伐としてるもんだとばっかり思ってたっすよ……ギャングの一種だって聞いてたし。なんか、普通に極楽っすね。若干拍子抜けっす」


「いや、まあそりゃ荒事はほとんどねーけど……全般的に違法行為ばっかだし、訓練とか普通にあるだろ。例えば、どんな感じのイメージだったんだよ?」


「そりゃまあ……どこかに殴り込みかけたり、商人あきんど脅して金巻き上げたり、金持ってる奴闇討ちして奪ったり、依頼されてタマ奪ったり……」


「殺伐としすぎだろ……ただの犯罪者集団じゃねーかそんなもん。心配しなくても、ヤバい仕事ならそのうち舞い込んでくるから、今はその準備期間だと思っとけ」


「そうですね……むしろ、こうして力をつける期間が与えられているのは幸運でしょう」


「あー、そうっすね……まあ、別にそういう展開にあこがれてたわけでもないっすし、今は地道に努力、ってのが一番いいっすか」


そのまましばらくゆったり。


日中の仕事と、訓練でたまった疲れを、ちょうどいい温度のお湯がゆっくりと解きほぐして消していってくれる感触。これが俺はたまらなく好きだ。


……前世は、風呂すらまともに入れなかったからな。


そもそも風呂がぶっ壊れてて、修理する金もなかったし……シャワーは一応使えたが、ガス代払えなくてお湯が出ないなんてこともしょっちゅうだった。

銭湯行くくらいなら、節約のためにって水シャワーで我慢してたっけ。


そう考えると……色々キツい部分は、要所要所にあるものの……前世より、こっちに転生してきてからの方が、俺っていい感じの暮らししてるのかもしれないな。


あっちは確かに、色々便利だったけど……それ以上に地獄だった。

思い通りにならないことだらけで、しかし、それを……自分の力ではどうにもできなくて。

ただ流されるまま……気が付いた時には、落ちるところまで落ちて、全てを失っていた。


こっちは色々不便さは感じるが、それ以上に……充実していて、楽しい。

それに、魔法なんて夢あふれるものまで使えるし……修行とかに、思う存分打ち込める程度には、家庭環境?も整ってる。商売は反社会的だが。


おまけに、こんな風に気のいい仲間たちもできた。


(これで、ここに先生がいれば……いや、やめよう、こういうこと考えるのは……湿っぽくなる)


一瞬だけ、頭に浮かんだセンチメンタルな感情を押し戻す。


いつの間にか、じっと視線を向けてしまっていたようで……『気のいい仲間』達が、きょとんとした、何か聞きたそうな感じの視線をこっちに向けて返していた。


「ふぅ……風呂あがったらシャーベットでも食うか? カロン、お前たしか今日の仕事の駄賃に、型落ちのリンゴもらってたよな?」


「お、いいっすね! あれ冷たくて甘くて好きなんすよー!」


「僕もです。ありがたくご相伴にあずかりましょう」


風呂から上がったら……後はもう、ゆっくりして、今言ったみたいに何か軽く食べたり飲んだりするくらいで……寝るだけ。

電気なんて気の利いたものがないこの世界では、夜は普通に暗い。燃料代もバカにならないし、それならさっさと寝た方がいい、ってわけだ。早寝早起きの健康的な生活に、嫌でもなる。


そんな生活を……俺はこれからも、しばらくは、こいつらと一緒に楽しむんだろうな。





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