第12話 『霊獣』
もともと俺は、ソラヴィアから、今回の件の褒美について打診されていた。
いきなり自画自賛が入ってくるんだけども、俺は割と強い。
もともと『アルーエット』の家でも訓練を受けていたのに加え、ソラヴィアから直々に稽古をつけてもらっているということもあり、結構強くなった。
魔法なしでも、大人の男が相手でも普通に勝てるくらいには、磨きをかけた。
そんな俺と一時でも拮抗したデモルは、ぶっちゃけこっちも強い。
奴隷ではあったが、用心棒代わりとしてあそこに置かれていただけのことはある。
ソラヴィアとレイザーの見立てでは恐らく、もし僕があの場におらず、普通の人間の部下たちが相手をしていたら、両手の指に余る数の死人が出ていたかもしれず、最終的には自分たち幹部が出て仕留めなければならなかっただろう、とのことだった。犬の方も合わせて、だが。
で、偶然とはいえ、その敵を倒して、こちらへの被害を防いだ俺に対し、何か望みの褒美をとらせるか、という話になったそうだ。
毎日真面目に働いてるし、っていう評価もこめて。何がいいか考えとけ、と言われてた。
で、考えた末に俺が望んだのが……まあ、大方の予想のとおり、『デモル』である。
同情とかそういうのが全く無いわけじゃないが、単に、その『悪魔との契約』ってもんに興味があったし、デモル本人とも利害はおおよそ一致していた。
俺は、最近忙しくなってきた仕事を一緒に取り組める同僚が手に入る。
しかも、物覚えがよく頭もいい、ほとんど職業教育の手間がいらなそうな優良物件だ。
一方デモルは、『契約』がないと力の大半を封じられている状態であり、このまま放逐されても困る。その点、俺が『契約』の相手となれば、あらゆる意味で都合がいいとのこと。
一度は刃を交えた仲とはいえ、その辺は双方特に気にしていない。
前の主人と違って、無茶な命令もしてこないだろうし、自分を虐げもしないだろう。
こうして世話してくれている恩義もあるし、話していて楽しい友好的な関係も築けている。
何より、『契約』状態の自分を圧倒するレベルの実力となれば、先の相手との『契約』以上に自分の力を高めてくれること間違いなし。
また、こいつの危険度そのものを考え、始末するべきだという意見も組織内には出てきていた。このままだと危険視されて処分されかねない立場だったので、その意味でも実は好都合だ。
そして結論として、俺の申し出は、無事にソラヴィアに受理された。
『ちゃんと責任もって面倒見ろよ』という、ペット飼う時のお母さんみたいなセリフと共に。
どうやら、可能性の1つとして予想されていたらしく。返事は即だった。
ヤクザの世界では、刃を交えた相手と、お互いの実力を認め合う好敵手となり、時には杯を交わした兄弟分になる……なんてこともあるそうで、もしかしたらそうなるかも、と思われてたそうだ。
ただの利害の一致による打算と、興味本位とか好奇心なんだけど……いやまあ、友情的なものが全くないとは言わないけれどもね?
「そういうわけで、許可下りたわ。出してやれるのはまだもうちょっと後になるけど、その時に『契約』する方向で」
「承知しました、楽しみに待たせていただきます」
「よかったっすねー。いーなぁ、出られて。俺もそろそろ外歩きたいっすよ、ここ、狭いし」
「牢屋なんだから当たり前だろ。そんなお前、広々して過ごしやすい拘束スペースなんてあってたまるか。遠慮なく不満を口にしやがって……」
「ああいや、広さはともかく、過ごしやすさは全然文句ないんすよ。あの地下牢に比べれば、隙間風も入ってこないし、底冷えもしないし、飯もうまいし……何だったらこのまま飼われてても全然いいなー、って思えるくらいで」
「それは僕も正直思いました。まあ、そうは言っても欲というのは出てくるもので、今は出してもらった後のことが楽しみで仕方ないですけどね」
「どんだけひどかったんだよあそこでの生活……まあ、とりあえず普通に人間らしい生活ができるのは確かだから、ほどほどに楽しみにしといてくれや」
「くぅ、やっぱりうらやましい……あー、俺も出たいっす。ところでそろそろ昼飯っすよね?」
「…………そろそろいいよな?」
「ええ、さすがにそろそろいいかと」
「? 何がっすか?」
「「お前、誰?」」
俺とデモルは、声をそろえて……隣の織の中にいる、1人の少年に向けてそう言った。
ついさっきまで、確かにいなかったはずの……いや、正確に言えば、あの『犬』が入ってたはずのオリの中に、素っ裸で、胡坐をかいて座っている少年に。
何か普通に、あたかも当然のように話しかけてきてたけど……全ッ然見覚えねーよお前!?
いや、ていうかもしかしてこれは……そこにいるってことは? ひょっとしてアレか? ファンタジーでよくある、拾った動物が実はアレでした的なアレなのか!?
「うぇえっ!? だ、誰ってそんな……あ、そっか、この姿見せるの初めてだったっすね」
と、気づいたように言うと、次の瞬間……そこにいた少年は、一瞬でその姿を変えた。
人間から……見覚えのある『犬』に。
そして、『わん!』となく。最早見慣れた光景がそこにあった。
……やっぱり、擬人化したパターンか。
いや、人と犬、どっちが本当の姿だったのかはわからんけど。
すると、その直後に『犬』は、人間の姿に戻った。相変わらず素っ裸だが。
短い朱色の髪に、褐色の肌。それに……デモルと同じくらい、中性的でかわいい系の感じの顔。
背丈自体はデモルよりも小柄かも。それに……こっちも、華奢を通り越して、痩せてるな。
そんな少年が、全裸で牢屋の中に座っていた。
「お前……何者? あの『犬』なんだよな?」
「うっす! 自分、カロンって言うっす。一応、これでも一応『霊獣』なんで、よろしくっす」
とりあえず、適当に服を見繕って着せて、話を聞いた。
男とはいえ、さすがに全裸はアレだし。
この少年……カロンは、やはりあの『犬』が変身した姿で間違いないようだ。一瞬で犬から人間に、人間から犬に、何度も変身してみせた。
この能力は……カロンが『霊獣』であることによるものだそうだ。
『霊獣』とは、『悪魔』と違って、召喚依存の霊的存在というわけではないものの……普通の動物や魔物とはまた違った存在で、時に人間を襲い、時に人間を助けるという、摩訶不思議な獣だ。
めったに姿を見ることのない生き物だが、割と多くの、いくつもの種類がいて……人間の味方である種族もいれば、人間の敵となる種族もいる。特に関わらないものも、当然いる。
が、今言った通り総じて珍しい存在であり、普通に生きていれば、まず一度と目にすることはなく一生を終える、とされている。
そんな霊獣の中には、人間と交わって子を成す存在もいるとされ……その子は、獣の姿で生まれてくることもあれば、人間の姿で生まれてくることもある。
その両方が混ざっていることもあれば……両方の姿に『変身』することができる者もいる。
どうやらカロンは、その類の存在らしい。人間との混血か、あるいは種族の能力として人間に変身することができるのか……しかし、そのどちらなのかはわからない。
カロン自身、捨て子だったらしく……自分がどういう種族なのか知らなかったからだ。
あの姿が『霊獣』としての姿なのかもしれないが……確かに、パッと見でどういう獣なのかわかる感じではなかったかも。
とまあ、そんな感じでカロンに説明してもらい、俺とデモルは状況を把握したわけだが……それと同時に、カロンから提案、というか、お願い事をされていた。
「お願いします兄貴! どうか俺も、兄貴の所に子分として置いてくださいっす!」
牢の中で、見事なまでのDOGEZAを決めてそう懇願してくるカロン。
兄貴て……それ、俺のこと? 俺のことだよね?
いや、呼称はこの際どうでもいい。問題はうん、中身だ。
つまりはまあ、こういうことだ。『仲間になりたそうに、こっちを見ている』状態。
いや、見るだけじゃなくて、バリバリ意思表示してるけども。
俺としては、というか組としては、あの組織をぶっ潰したついでに、戦利品の1つとして持ち帰ったにすぎないわけだが……カロンにしてみれば、あの酷い環境から助け出してくれたことになる上、その直前の戦いや、ここに来てから今までの間に、大きな恩も感じている、とのことで。
俺の実力なら、自分を殺せただろうに、見逃してくれたこと。
それどころか、あんなに美味い食事までめぐんでくれたこと。
こうして今まで、飯も寝床もくれて、面倒を見てくれたこと。
どれもこれも、虐げられるばかりだった自分には経験したこともない、温かいものだったと。
「あいつらがあの時言ってた通り……俺、元々、別な連中に捕まって……よくわかんない、奴隷とか犯罪者とか相手に戦わされてたんすよね。見世物にするために。で、その後あの連中に買い取られて……まあ、そこでも似たような扱いだったっすけど」
「そいつらは、お前が変身できること……っていうか、お前が『霊獣』だってことは知らなかったのか?」
「そうっすね。俺、元々最初の連中に、どこか荒野みたいな場所をさまよってる所を捕まったんすけど……その時から今まで、腹減って力が足りなくてずっと獣の姿のままだったっすから。まあ、もし正体がばれてたら……珍獣扱いされて売り飛ばされてたかもしれないっすけど」
よかったのやら。
ていうか、あの獣モードって、省エネ形態だったんだな。
「逃げ出そうとしても、あんな鎖1つ引きちぎる力も出せなくて……ずっとこのまま、人や魔物を殺させられて、食わされて、見世物にされながら生きていくのかな……って思ってたっす。だから、結果的にでも、そこから助け出してくれた兄貴には、本ッ当に感謝してるっす!」
そう言われると、確かにまあ……凄惨なもんがあるな。
カロンが、人間や亜人を同族、あるいは自分に近しい存在として見ているかはわからないが……無理やり戦わされて、相手を食い殺す、娯楽兼処刑用の獣として使われてきて、それを苦しく思っていた。しかし、自分ではどうにもならなかった。どうすることもできなかった。
もう忌避感も感じないほどに、多く殺して、食ってきた、とカロンは言う。
罪の意識、みたいなものはなくもないものの、必要なことだった。自分が生きるために。
それでも、その精神的な負担は、確実に蓄積していっていて……その心を蝕んでいた。
「いっそ本当にただの獣みたいに、何も考えずに殺して食うだけの頭になれれば……なんて、何度も思ったっす。そうすれば、そのことだけ考えて……寒いとか、悲しいとか、思わなくていいから。ていうか、実際もう少しでそうなってたと思うっす。割と、その……限界だったし」
自分の精神が、心が、ゆっくりと潰されていくのをぼんやり認識しつつも、やはりどうすることもできず、むしろこのまま心を失って獣になった方が楽かも、なんて思っていたところで……俺と出会った、と。
そして、今、自分はこうして救われている。
これからどうなるかはわからない。でも、あの地獄から抜け出せた今が、自分の未来を切り開く最大にして唯一のチャンスだと、カロンは直感したらしい。
そして、今自分はどうすればいいか。
いや……どうしたいか。これから、どこで生きていきたいか。誰と一緒に居たいか。
そう考えて……さっきのお願い事、ってことだそうだ。
「俺、兄貴についていきたいっす! 何でもします、その……敵と戦うでも、寝る時に見張るとかでも……力仕事とか、狩りして獲物とってきたりとか……後は、えっと、えーと……」
「待て待て落ち着け。こっちも考えまとまってねーから……」
「そ……それに! あの、デモルに対抗するわけじゃないっすけど、『契約』もできるっすよ!」
「え? そーなの?」
思わず聞き返す。あれ、『霊獣』ってそんな能力もあるんだ?
聞けば、『悪魔』と同じように、それによってより大きな力を使えるようになったりもするらしく、カロンとしては、子分として迎え入れられたら、ぜひ俺と『契約』したいと考えてたらしい。力量さえ伴っていれば、1人で複数の『悪魔』や『霊獣』と契約することだって可能だそうで。
2人を軽くあしらった俺レベルなら、実力といい魔力といい十分だろう、との見立てだそうだ。
デモルとの『契約』と同様に、こっちにもメリットとして魔力が高まったり、その他色々といいことがあるそうだ。カロンの場合、扱う特異な属性が『火』なので、そっち方面で何かしらの補正がかかったり、とかなら期待できるらしい。
ふむ……面白そうだな、それは。
「そ、それでその……どうっすかね? 俺、ここに置いてもらえるっすか?」
「まあ……俺としては文句はないかな。デモルもそうだったけど、こっちにもメリットある感じだし……後はまあ、個人的に愛着とかもあるしな」
とりあえず、後で追加で許可取りに行く、と伝えると、カロンはとってもわかりやすく嬉しそうな表情になった。安堵も混じってるようだ。
「よ、よかった……断られたらどうしようかと。あともうこっちが出せるもんなんて、オイラの体くらいしかなかったでぎゃっぶぁ!?」
思わず、反射的に拳を突き出していた。
俺の拳は、オリの鉄格子の隙間をすり抜け、中にいた駄犬(雄)の顔面をしたたかにとらえ、そのままひっくり返した。
「……気持ち悪ィことを言うな。今のでちょっとお前のこと遠ざけたくなったぞ」
オリから腕を抜き取りつつそう言うと、拳が顔面に直撃したにも関わらず、ちょっと涙目になった程度で、全くの無傷であるらしいカロンががばっと起き上がって、
「ちょ、ご、誤解っす兄貴! 体ってそういう意味じゃなくって……えっと、聞いたことないっすかね? 霊獣の血肉とか骨って、不老不死をもたらすとか、万病に効く薬の材料になる、とか言われてるんすけど」
「……え? そうなの?」
そんな、何か加工素材みたいな扱いを?
「や、もちろん迷信っすよ? そんな効能全然ないし……でも、一部の魔法の薬とか、装飾品とかの材料になるのはホントなんすよ。普通の魔物の毛皮とか骨とかよりも、上質で、いいマジックアイテムが作れるとか何とか……」
あー……なるほど、さっきの『体』ってのはそういう意味か。
こりゃ悪いことしたな。勝手に勘違いして拳でツッコミ入れちまった。
ただ、気持ち悪いっていうか、気分が悪いことに変わりはないな。
こうして話してる相手の血肉やら骨やらをどうこうって……仮にもこれから仲間にしようとしてる奴に対して、あんまりそういうこと、考えたくない。できれば、聞きたくもないな。
もちろん、教えてくれたカロンに対して怒ってるわけじゃ全然ないけども。
「あ、もちろん兄貴がお望みなんであれば、『そっち』の意味でもオイラは全ぜ――」
「……もっぺん殴るか」
「サーセンした!」
一瞬にして土下座になるカロン。今度は確信犯なので、さっき以上に遠慮なく殴るつもりだったが、残像が発生し、『ギュン!』と空を切る音が響くほどに見事な土下座に免じて許す。
許すけど、もう言うなよ。割とマジできついから精神的にそういうの。
「サーセン……その、あそこにいた頃によく、奴隷たちがそう言って命乞いとかしてたの見てたもんで……つい。そりゃオイラだって流石にそっちの趣味はないっす!」
「必死すぎっつーか、勢いで話しすぎだろ……とりあえず、ソラヴィア……俺の上司に話してお前も俺が引き取れるようにするから、ちゃんとお前大人しく待っとけ」
「う、うっす! あざっす!」
……どうも、素直で誠実な感じはあるものの……若干頭が弱いというか、色々考えが足りてない感じはあるな。天然、あるいはアホの子、と言っていいんだろうか?
率直な所を言えば、デモル同様、このカロンとも『契約』を結び、配下に入れることに抵抗はない。『犬』の頃からの付き合いだけど、なんとなくいい奴だってのはわかるし。
……というか、まんまあの犬が人になったら、って感じで、妙にすんなり納得できる。
話すたびに、撃てば響く感じで反応が返ってきて、表情豊かに一喜一憂するとこなんか、特に。
とはいえ、デモル同様、カロンもまた、いうなれば『戦利品』である。
俺がもらうには……やはり、ソラヴィアに話を通さなきゃダメだろう。
デモルの時に『それだけでいいのか? 何ならもっと他に欲しいものを言ってくれてもいいんだぞ?』って言ってもらってたし、何とかなりそうだとは思う。
そうと決まれば、善は急げだ。さっさと行こう。
……いや、時間的にその前に飯だな。
用意はしてあるから、2人分置いてくか……あ、でも、
「カロンお前、これから基本形態どっちで行く気? それによって、餌どうしようか考えるけど」
「あー、力も戻ったんで、基本こっちの姿で行こうと思ってるっす。あ、もちろん兄貴が、犬モードの方がよければ戻るっすけど」
「いや、そーいうのは特に要望はないけどよ。……じゃあ、デモルと同じで飯と一緒に飲み物持ってくるわ、食器も人間の使うか」
「あざっす!」
☆☆☆
そんなわけで、その数日後、デモルとカロンは無事に解放され……さらに、両名とも『ヘルアンドヘブン』に見習いとして加入。同時に、2人とも俺と『契約』した。
予想通り、前までよりも断然大きな力を振るえるようになったそうだ。今戦ったら、俺もだいぶ苦戦するかもしんない。とはいえ、強化されてるのは俺もだし、負ける気はないが。
まあ、契約する時に、基本的に敵対なし、ってことで条件つけてるから問題ないが。
絶対服従、とまでは言っていない。最終的にはこっちの命令を優先させたりはできるものの、違うとか、最善じゃないとか思ったら、遠慮なく指摘してほしいし、そういう内容にした。
なので今の2人は、俺にとって、対等に近い部下とか後輩、みたいな立場だ。
見習い組員として『ヘルアンドヘブン』に加入しているので、そっちの意味でも後輩だな。
そして俺は……先輩として、この2人の教育係を命じられた。
同じ部屋――2段ベッドが置かれた、飾り気のない質素全開なあの部屋――で寝起きして、色々必要なことを教えつつ共同生活で面倒見るように、とのこと。
あー……まあそりゃ、新人の面倒は見なきゃダメだよな。
俺自身、まだまだ新人で見習いで未熟者なわけだが……果たして務まるやら。
何にせよ、これから……忙しくなりそうだ。