第11話 『半悪魔』
結局予定通りに……というべきか、何事もなくその組織は壊滅。
ため込んでいた金やら何やらは、全て『ヘルアンドヘブン』が回収した。
組織の幹部格は一応捕らえたものの、特に強くもなければ、大したコネもない。使い道がない上に敵対してきた相手となれば、そりゃ容赦する必要もない。さっさと『処分』された。
で、今俺は、下っ端仕事の一環として、戦利品に餌をやってるところだ。
連中、色々と裏取引をして稼いでいたようなんだけども……そこで扱う品物は多岐に渡っていた。奴隷、武器、貴金属、薬物、珍獣まで……ホントに色々。多分、主な収入源だったんだろうな。
そしてその商品の一部……奴隷や珍獣、魔物といった、生きているものの、在庫について。
とりあえず手元に置いておくことになったんだが、俺はそいつらの餌やりをはじめとした、飼育委員みたいな仕事を割り振られたわけだ。
いつもとちと毛色の違う仕事で正直戸惑ったものの、すぐに慣れた。
これも仕事、修行の一環だと思って頑張るとしよう……下っ端はただひたすらに、目の前の仕事をこなすのみ。他の仕事はほぼ免除されているし、気楽に行こう。
……っとと、そろそろ時間だな。
ちなみにここは、ソラヴィアの拠点である教会……ではなく、そこから少し離れたところにある、牛や豚などの家畜を飼育している牧場。
その地下にある、これまた『ヘルアンドヘブン』の隠し拠点の1つである。
例のカチコミ現場から近く、また収納スペースが広いので、生き物の戦利品は一括してここに全部運び込まれた。
そして俺は、この仕事のために、現在ここに寝泊まりしている。
なお、さっきも言ったが、ここにいるのは珍獣や魔物だけだ。人間や亜人の奴隷はいない。
奴隷たちはいったん『ヘルアンドヘブン』で保護した後、適切に処置することになっている。
奴隷たちには、重要なこと、やばいことは知らされてなかったようだし、こっち側の同じようなことも知らせていない。なので、解放するとしても不都合はない。
今回の収益の中から、いくらか手向けに金を持たせることもできる、とのことだ。
何人かはすでにそれを希望して、元の生活に戻ったらしい。
また、逆に『もう帰る場所がない』と言って、うちの組で雇ってもらうことや、奴隷商人に売却……つまりは『身売り』を希望した者もいるそうだ。家族にお金を送りたい、って。
これについても対応に動いている。売却については、組が故意にしている奴隷商がいるらしいので、そっちに相談するらしい。組で雇用は……聞き入れられるかどうかはわからないけど。
ただ、期待はできると思う。うちの組織……というか、『ヤクザ』はそもそも、行く当てのない者達が寄り集まってできた組織だという説もあるし、孤児や浮浪者を、色々目的はあるにせよ、囲い込んで仕事を与えて……っていうのは、昔からヤクザがやってることだ、って聞いたこともある。
『古き良き任侠』としては、事業と心条の一致した分野になる。仮に雇うのが無理でも、あまり無碍な扱いにはしないはずだ。そのへんは信頼できる。
さて、それはおいといて……俺は、生き物たちに餌をやる仕事なわけだけども……その中に、変なのが2匹、混じってる。
……いや、こないだと同じように……こう言う方がいいだろうか。
1人と1匹、と。
地下室に並べられている、いくつものオリ。
それらの中にいる獣たちに、俺は、餌の入った皿を入れて与えていく。
そのうち、一番奥に置いてある2つのオリ。
その1つに俺は……残り物で作ったサンドイッチを入れた皿を入れてやる……と同時に、
「待て!」
すぐにでも食らいつこうとしていた犬――もちろんその辺にいるただの犬じゃなく、俺と地下で戦ったあの犬――は、きちんと『ぴたっ』とその場で停止した。
しかし、じっと待つ気はないらしく……はた目から見てはっきりわかるレベルでそわそわしている。尻尾を左右にぶんぶん、視線で『早く早く』って言ってくるし、涎はダラーっと……
「…………よし」
まだ『よ』までしか言ってないところで食らいつきおった。……まあいっか。
何となくしつけてみたが……やっぱり賢いなこいつ。俺の言ってること、きちんとわかるようだし、愛嬌もある。面倒見てるうちに、だんだんかわいくなってきた。
しかし美味そうに食うなー……こんだけ喜んでもらえると、作り甲斐があるわ。犬だけど。
ちなみに、こいつ以外の動物たちの餌は、くず肉とか野菜の切れ端とか、普通に家畜のえさみたいなのとかだ。わざわざサンドイッチとか作って食わせてはいない。
こいつも最初そうだったんだけど……それだと悲しそうにするもんだから。
そして、『隣の奴』に出す飯をうらやましそうに見るんだよ。
仕方ないので……まあ、1人分も2人分も同じだってことで、こいつのもサンドイッチなのだ。
それはさておき、飯を邪魔するのも悪いので、俺は残るもう1つのオリの方に向かう。
今ちらっと言った、『隣の奴』のオリに。
こっちのオリに入れるエサもサンドイッチだ。だがそれだけじゃなく、その皿を入れる際に、水の入った大きめのコップも一緒に入れた。
「はいよ」
「……どうも」
それを、オリの中にいる……俺が殺したはずの、あの少年が、普通に受け取って食べ始める。
それを俺は、折の外からじっと見ている。特に理由はない。
少年は、気にせず食べている。特に何も、それこそ不満も言わず、自分を殺した――生きてるけど――男が、鉄の柵を挟んで向こう側からじっと見ているというのに、何も感じない様子で。
「悪りーね、そんなもんしか出せない上に、こんな家畜みたいな扱いで」
「いえ、とんでもないです。むしろ、殺すつもりで戦った僕に、食事まできちんと3食いただけるというだけで御の字です」
平坦な口調でそう答えて、再び食事に戻る少年。
「それに、本当に美味しいですし、これ。少なくとも……あそこで出されていた残飯みたいな何かよりは、50倍は美味しいです」
「わんっ!」
「彼もそう思ってるみたいですね……ああ、あげませんよ」
「……お前もう食ったのか、犬」
じっ、と、隣のオリの中から向けられる、サンドイッチを欲しがる犬の視線は無視して。
確かに殺したと思った。というか、心臓を突き刺したんだから、死んでないとおかしい。
なのに、普通に生きてた。幹部たちと一緒に、地下室から運び出されてきて……驚いた。
得体が知れないので、こうしてオリの中で幽閉してる……って感じで、今に至る。
そして、世話役が俺になったわけだ。他の動物たちと一緒に。
一応、会話は成立するので、暇つぶしがてら話を聞いた。その中で、この少年の身の上や、あの組織にいた理由なんかも知ることができた。
彼の名はデモル。種族は……『半悪魔』である。
悪魔と言う存在についてだが……先に述べたように、アレは生物にカテゴライズしづらい。
魔力で仮初の体を形作って現世に顕現している存在だし、死ねば肉体は消え、精神は『魔界』に戻る。破壊や殺戮、呪いなんか以外で、現世にその痕跡を残すことなく。
しかしながら、一部には例外的な存在もいる。
例えば、一部の強力な悪魔は、人間と交わって子を作ることができるという。条件は力量以外にもいろいろとあって、滅多にあることじゃないらしいが。
普通の悪魔やら魔族であれば、そんなことをしても、性的虐待や精神攻撃以外にはならないが、もし悪魔と人間との間に子供ができて、生まれた場合……その子は『半悪魔』となる。
『半悪魔』は、一言でいうと、中途半端な存在だ。悪魔でありながら肉体を持ち、死んでも『魔界』に戻ることなく、普通の人間とかと同じように、そのまま死ぬ。
もっとも、生命力は普通の生き物の比ではなく、なかなか死なないらしいが。
こいつが俺に、心臓を貫かれながらも死ななかった理由はここだ。あの程度、デモルにとっては重症とはいえ、自然治癒する程度の傷に違いはないそうな。
そして、『悪魔』と同様に、召喚者、あるいは主と定めた者と契約を結んで、魔力その他を対価に色々とその力を振るう、ということができる。
というか逆に、そうでもしないとろくに力をふるえない。
『半悪魔』は、悪魔の力を持ちながら、人間の肉体という枷があるために、それを十全に扱うことができない。肉体と言う脆弱な依り代は、悪魔の強大すぎる力に耐えきれない。
だが、誰かと『契約』して、その『契約』を媒介にして力を振るうことで、その力を十全か、それに近い領域まで使うことはできる。どの程度振るえるかは、契約者の力量にもよるようだ。
で……だ。デモルは、あの連中の中の1人と『契約』していたそうだ。未熟なデモルは、そうでもしないと、自分で自分の身を守るだけの力も発揮できなかったそうだから。
しかし、そうして待っていたのは、奴隷としての扱いだった。
十分な食事も衣服も与えられず、牢屋の中という劣悪な環境で生活させられた。
他の奴隷たちと同じように、日常的に虐げられた。
理不尽に暴力も振るわれたし、食事を抜かれたこともあった。体調を崩しても、薬なんか与えられず、治るまで放置され、苦しんでいた。あのぼろきれ一枚の服装も、その一環だったらしい。
性的な虐待だけはされなかったそうだけど。男にしてはかわいらしい顔や、華奢とも言える体躯から、時々そういう目で見られはしたものの……『悪魔』だってことで気持ち悪がられて、忌避される感情の方が大きかったらしい。よかったのやら。
命令があれば、強制的に戦わされる。用心棒代わりに敵組織の鉄砲玉を迎撃させられたり、俺の時と同じように、あの広間で奴隷の殺し合いに参加させられたりもしたそうだ。
そこで酷い傷を負っても、時間が経てば治るからと、これまた放置。
……このあたりまで聞いたところでいたたまれなくなり、俺は、小遣いで買って保管していた砂糖菓子を思わず分けてやっていた。無意識的に。
デモルはしばしきょとんとした後、お礼を言ってそれを受け取った。
美味かったらしい。食べ終えた後、重ねてお礼を言われた。
……その時、となりの奴も『いいなー』って感じに見てて……けど、犬にお菓子食べさせてもいいのかわかんなかったから、やめといた。悲しそうだった。
それから俺たちは、お互いの暇つぶしその他のために、ちょくちょく話すようになった。牢屋の中と外で、お互いの暇な時間が重なる時だけ、だけど。
たまに、俺のポケットマネーや個人的な備蓄から、菓子やおかずを進呈したりもする。
ちなみにその時は、こっちの犬とも一緒に遊びながら話すことが多い。デモルにばっかり構ってると寂しそうにするから。
「この間もらった、キイチゴのジャム、とても美味しかったです。ありがとうございました」
「マジで? あー、あれ……酸味が強くて俺ちょっと舌に合わなかったんだよな……捨てるのももったいないし、どうしようかと思ってたんだけど、欲しい?」
「……いただけるなら」
「じゃ、今度持ってくるわ」
「ありがとうございます。……それはそれとして、チェックメイトです」
「う゛、マジか……うわ、ホントにもう逃げるとこねえ。あー、また負けた……デモル強すぎ」
牢屋の中と外でやっていたチェス。たった今、俺の15敗目が確定した。
15回やって15敗である。つまりは全敗。デモルの15連勝。
他に……置いてある遊び道具の、オセロや将棋、囲碁でも、一回も勝ったことがない。
俺が弱すぎるのか、デモルが強すぎるのか……まあ、どっちでもいいか。
何でこの世界に将棋やら囲碁があるのか、とも思ったけど……たぶん、昔の『前世持ち』か何かが考案して伝えたんだろう。
ちなみに今は、食って腹が膨れたからか、犬はお昼寝中だ。ちょっとそばで話してた程度じゃ起きないので、騒がない程度に気を付けつつ、こうして普通に将棋をしていた。
ため息をついてチェスの駒を回収していると、じっとこちらを見ているデモルと目が合う。
「……どったの?」
「いえ……変な話、今までろくに名前を呼ばれたことがなかったもので、逆に違和感が」
「何じゃそら……しっかし、聞けば聞くほどこっちの気が滅入るよな、デモルの過去。ああ、別に責めてるわけじゃ全然なくてな? なんつーか……こっちが申し訳なくなるというか」
「そればかりは、時の運と人との出会い次第ですし、仕方ないでしょう……それに、あなたとて、今の上役に拾われる前には死ぬ目に遭ったとか……十分に壮絶な人生だと思いますよ」
(それどころか実際1回死んでんだけどな)
「ところでさ、デモルって……今、フリーなわけ?」
「……? それが、契約者がいない、という意味であれば……そうですね。ここに連れてこられて間もなく、つながりが切れたのを感じました。おそらく、死んだのでしょうね」
ああ、まあ、処分されたからね。今頃はどっかの山の中かな。
で、今デモルは『契約者』がいない……すなわち、力を行使する媒介となる『契約』がない状態。なので、俺と戦った時の力の3割も使えないそうだ。その上反動も大きく、治癒力も低下しており……ほぼ完全に無力化されたに等しい。普通の人間と同等か、それ以下の能力しかない。
「今の僕は、ほとんど人間と変わらない存在です。殺処分するのも簡単でしょうね」
少しだけ、しゅんとしながらそんなことを言うデモル。
今自分で言った、あまり歓迎したくない未来を思い描き……しかし、諦めているように見えた。
「……お前さ、別に死にたいわけじゃないんだよな」
「それは、まあ」
「ちょっと聞きたいんだけどさ。悪魔との契約って、どんな感じなの?」
「……? どう、と言われても……基本的な話であれば、魔力などを対価に、契約した悪魔を使役する、というのが大筋ですね。魔力以外にも対価は設定できます。人の命や魂、処女の血肉や涙、苦しみや悲しみの感情など……悪魔の好みにもよりますが。実際、僕の契約相手は、奴隷を殺してその魂やら何やらを対価にしていました。魔力がそれほど多くない男だったので」
「ふーん。俺へのメリットは? 逆に、副作用とかデメリットは?」
「メリットは……悪魔自体の使役と、その戦力、能力の行使……後は、契約して両者の間に繋がりができることで、能力が相互に高まったりもするそうですが、これは、双方の相性にもよるらしいです。ただ、これは逆のケースはないので、最悪でも何も起こらない、変化がないという形ですね。デメリットは……調子に乗って力を使いすぎると、支払う対価、つまりは契約者側の負担が大きくなって、破滅する恐れがある、という点ですか……と言うか今、『俺』って言いました?」
「そこはいったん置いといて。契約ってどうやんの?」
「……一番手っ取り早いのは……血と魔力を少々いただければ、こっちでやります」
「なる。戦ったから少しは知ってるけど、デモルって何が得意?」
「雷の魔法が一番得意ですね。次いで風、火と水ですか。それと……色々と雑務やら何やらやらされましたので、その手の技能や知識はほどほどにあります。まあ、貴族の家で要求されるような、洗練された動きや働きはさすがに無理ですが。あと、頭の回転は早い方……だと思います」
「これ、わかる?」
「? これは……出納帳ですか? …………ふむ…………こことここと、あとここ、数値がおかしいですね、横領か何か起こっていると思われます。確認を要するでしょうね」
「おお、お見事…………さて、デモル」
「はい」
「俺が今、何考えてるか……わかる?」
「希望的観測が含まれますが……恐らくは。ちなみに、僕としては大歓迎です、が……」
「が?」
「……一応、僕はあなたを襲って、殺そうとした前科がありますが?」
「そんなこと言ったら、俺はお前を殺した前科があるよ。さて、ちょっと外すわ……さすがに、戦利品に手つけるわけだから……ソラヴィアに許可もらわんとダメだろ」
「はい、行ってらっしゃいませ、マスター」
「気が早い……もうちょっと待て」