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テンゴク  作者: 和尚
第1章 事務所から始まる異世界生活
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第10話 氷・雷・炎



先手は……右方向からだった。


予想通りと言えば、予想通り。悪魔、と呼ばれた少年(多分)の手からは、電撃がほとばしり……こっちに向けて高速で飛んできた。


が、俺はそれを、水で前方に膜を作って遮断する。


純粋な水は、電気を通さない絶縁体だ。それを俺は、前世知識で知っている。


ただ、魔力で発生させた雷はその限りではない。間にそういう絶縁体を挟んでも、その魔法の威力や性質によっては、純水だろうが絶縁ゴムだろうがぶち抜いてくる。


幸い、今放たれたそれは、そんなに大したことない威力だった上、俺が水に魔力を込めていたので、余裕で弾けたけど。


それに、十分見える速度だったし、膜がダメでも剣で切り払えた。


自然界の落雷とかなら、文字通りの雷速……マッハ30000だかで飛ぶけど、魔力で発生させた電撃はそのへんも違う。電気なのに、目に見える速度で飛んでくる。

まあこれも、熟練度次第らしいけど。実際に雷速で飛ぶ電撃魔法もあるらしいし。


それに至っていないこいつの攻撃は、そこまで警戒するに値しないだろう。

膜から伝わってきた感じ、そこまで威力もない。直撃しても、俺の魔力ならだいぶ威力を減衰させられるし、傷ついてもすぐに癒せるレベルだ。


……が、だからといって油断していいわけがない。これがこいつの全力だとは限らない。いやむしろ、まだまだ上があると思って対応した方がいいだろう。


それに、油断する『暇』もない。電撃に一拍遅れて、今度は反対側から獣が飛びかかってきた。


飢餓感と、そこからくる狂気に理性を押し流されているその獣は、一直線に俺ののど元めがけて、大口を開けて飛びかかってきた。


しかし、一歩バックステップを入れてそれを交わすと、素早く俺は獣の背後に回り込む。

そして、殺すつもりの一撃が空振りして着地した魔物が振り返るより早く……その横っ腹に蹴りを叩き込んで蹴り飛ばす。


しかし、さすがに大型の獣ともなると、痩せていてもかなりの体重がある。思ったより飛ばなかったな。


悪魔の少年の隣にまで飛んだ獣は、しかし素早く起き上がって耐性を立て直す。


そして、すぐ横にいる少年には目もくれずに、再び俺の方を睨みつけた。


とっさに俺は横に飛び、獣と自分の間に少年が来るように立ち位置を変えてみるが……それでもなお、獣の視線は俺に固定されている。

手近にいるもう1匹の獲物には、全く目もくれる気配がない。


「はははははっ! 同士討ちを狙ってんなら無駄だぜ、その悪魔の体と服には、獣型の魔物が嫌う香料をたっぷりしみこませてあるからな!」


「この場にそいつらしかいなければ別だろうが、今その獣の目に食料として映ってんのはお前だけなんだよ、侵入者! おい悪魔、お前もそれはわかってんだろ、さっさとそいつを殺せ!」


……なるほどね。そのへんは考えられてるわけか。


命令された少年は、面白くなさそうな視線を一瞬向こうに向けるも、言われた通りにこっちに向けて走ってきた。

そしてそれを追い抜いて、再び迫りくる犬型モンスター。


今の話からするに、この状況は三つ巴じゃあなく、あくまで1対2の俺の処刑……か。

となると、あの2者の連携も警戒すべきか……いや、動きを見るに、そういうのを訓練してそうな感じはないな。せいぜいあの少年の方が、獣に合わせて攻撃してくる可能性がある程度か。


獣を巻き込むような攻撃は……ありうるか? 自分もヘイト稼いでターゲットになりかねないことを考えれば、避けると思うが……楽観や希望的観測はできない。


となれば、理想は……速攻で決着をつけること、か。


水の刃ウォーターエッジ


俺は手から水の刃を複数放ち、獣と少年、両方にあたるように飛ばした

氷の刃でも良かったが、こっちの方が発動が早いし……ちょっとした狙いもある。


自分めがけて何枚も、それも狙いをバラバラにして飛んできたそれを、少年は魔力をまとわせた拳で叩き落す。肉弾戦もできるのか。


一方、獣の方は……おいおい、マジか。


今一瞬、体の表面に炎を纏ってたぞ。ゴウッ、て、燃え上がるように。それでガードして、強引に突破、そのまま突っ込んでくる。こいつ、炎を使うのか。


が、その一瞬の隙で十分だった。

俺は鋭く踏み込み、手に持った剣を構えて、向かってくる獣の脳天に突き出す――ふりをして、その場で地面を蹴って跳躍した。


そしてそのまま、突っ込んでくる獣の背中を転げるようにしてやり過ごし……その瞬間、今が隙と見た少年からの電撃が直撃する。

恐らく、狙ってたんだろう。俺が動けない、それでいて獣も巻き込まない絶妙のタイミングだ。


が、それを読んでいたのは俺も同じだ。この瞬間が一番危険だと見ていた俺は、あらかじめ魔法で水を出して体全体に薄くまとわせていた。


それによって、さっきと同じように散らされる電撃。俺に傷一つつけられずに。


着地した俺はそのまま突っ込むが、少年はギリギリの距離でそれを迎撃せんと、みたび手から雷を……んん?


……なるほど、抜け目がない。見た目はさっきまでの2回の電撃と同じような感じだが、そこに込められている魔力は、こっちの方が断然多い。

さっきまでと同じ要領で防御すれば、貫かれて一撃食らうことになるだろう。


が、あいにくとエルフ系種族は魔力に敏感だ。そのくらいはすぐに……放つ前にわかる。


こっちも相応の魔力を込めて、まだ残っている水の被膜を強化して防御。

電撃が激突した瞬間、大幅にそれが削られ、消し飛ばされるものの……抜かれることはなかった。その勢いのまま、俺は氷の刃を、少年の心臓めがけて突き出す。


躊躇はしない。できない。戦いの場では、そういう一瞬の躊躇いが生死を分ける。それを俺は、実体験で知っている。前世と今世の両方で。


突破されたことに驚きつつも――表情の変化は少なかった。目を少し見開いたくらいだ――少年は後ろに跳躍して刃をかわそうとして……


その足元、着地点にいつの間にか張っていた氷に滑って、体勢を盛大に崩した。


さっき、俺が放った水の刃。そのうちの何枚かは、わざと外して床に落下させた。

ただしそれは、ただ外れただけじゃなく……あらかじめ込められていた氷の魔力で凍結し、足払いのトラップになっていたのだ。


上手くいけばいいな、くらいに思っていたんだが、予想外にはまってくれた。


こいつもそうだけど……後ろの方で、方向転換して襲い掛かろうとしていた獣の方も、見事に滑って転んでるのが、視界の端に見えた。おかげで、時間ができた。


少年は……こっちはどうにか転倒はせずに持ちこたえたものの、最早回避できない位置まで俺は踏み込んでいる。ただ突いただけでは届かなくなったので、もう一歩踏み込み……刃を突き出す。


すると、少年は左手を前に盾にするようにして突き出し、それで氷の剣を受け止めた。激痛と低温で、その端正な顔がわずかに苦痛に歪む。


「ぐぅ……っ!」


それをこらえつつ、右手を突き出し、そこから最大限に威力を高めた電撃を放ってきたが、そんな何度も何度もバカの1つ覚えみたいに繰り返される攻撃に、俺が備えていないはずもない。


こっちも左手に作り出していた、板状の氷の塊を盾にして、それを防ぐ。

ついでにそれを、シールドバッシュの要領で叩きつけた。指が何本か折れる音がした。


両手を失い、体勢は崩れたまま。

隙だらけの少年の懐に俺は突っ込むと、その勢いのまま飛び膝蹴りで顎を撃ち抜く。


そして、床に倒れた少年に馬乗りになって……その心臓に、『氷の針』を突き立てて、息の根を止めた。


「ぁ――」


少年の瞳からは急速に光が失われ……結局、名前も知らないままに、この世を去った。


……気分は、よくない。


連中の言葉を信じるなら、『悪魔』とのことだが……本当にそうなら、殺した時点で消滅するはず。

しかし、傷口から赤い血を流しているこの少年の死体は、消える様子はない。つまり……『悪魔』ではなかった、ということだ。


同じ年頃の少年。それも、悪魔でなく、れっきとした人間か、その近似種であろう少年。

敵だったとはいえ、こうして手にかけた。……当たり前だが、いい気分じゃない。


だが、やらなきゃこっちがやられてた。


こいつの攻撃の威力は、対処可能とはいえ決して弱くはなかった。油断して不意打ちか何かで直撃を受ければ、俺でも無事じゃすまないし、死んでいた可能性もある。

何より、こいつ自身も俺を殺す気できた。なら、こっちが遠慮する道理もない。


だから、こうなったことに……思うところがないわけじゃないにせよ、後悔はない。


さて、切り替えよう。


というか、ずっと警戒してたんだが……獣の方が来ないな? さすがに転倒からはもう回復してるだろうに?


振り向くと、獣はちゃんと起き上がっていたものの……襲ってくる様子はない。

しかし、視線はこちらを捉えて放さず、うろうろと様子を見るように歩き回っている。うなり声をあげてるあたり、ビビったわけじゃなく、敵意は残ってるようだが……


……ああ、なるほど。わかった。

こいつ、俺じゃなくて……今俺が殺した、この少年を狙ってるんだ。


さっき、あの連中も言ってたもんな。『この場にそいつらしかいなければ別だろうが』って。


つまり、美味そうだけど戦わないと食べられなくて、しかも手ごわい奴より……まずそうだけど楽に、さっさと食べられそうな方を選んだわけだ。飢え死によりましだ、と。


こいつは今、俺に襲い掛かるつもりはない。

俺が、この少年の死体を置いて、どっか行くのを待っている。その後で、頂戴するために。


……戦意喪失してくれたならこっちとしても助かるが、何というか……いい気分はしないな。

今しがた、悪魔じゃなかったってわかったところだから……余計に。何か、このままこいつにこの少年の亡骸を、さっさとくれてやるって気にならない。


かといって……わざわざこいつの相手をするのもなあ。

あしらうのは難しくなかったけど、こいつだって弱くはなさそうな感じだし……さっきちらっと見た炎系の特殊能力も、防御膜みたいにまとうだけとは限らない。


もしかしたら、それこそ火炎ブレスとか使ってくるかもしれないし……あ、そうだ。


ふと思いついた俺は、背中側に密着する形で背負っているポーチバッグに手をやった。


これは、俺が仕事で初めて殺しを――相手は敵対組織の鉄砲玉だった――した時に、ソラヴィアが記念兼励ましに買ってくれたものだ。


アリシアを助けた(そしてその後見捨てられた)時にすでに経験済みだったとはいえ、殺人ってのは割とショック大きかったし、慣れるまで、落ち着くまでそれなりに苦労した。その間、いろいろケアしてくれたり、相談に乗ってくれたソラヴィアには、感謝している。


で、その時にもらったコレ、激しい動きをしてもほとんど揺れないし邪魔にならないので助かってるわけなんだが、俺はそこから……今日の朝作っておいた弁当を取り出した。


箱入りじゃなくて、小腹がすいた時にさっと食べられるように作ったサンドイッチだ。干し肉と野菜を固いパンで挟んで、塩で軽く味付けしただけ。


最早習慣みたいなもんで、毎朝作っては仕事の合間に食べている。今日もこの後食べようかと思っていたんだが……俺はコレを、この獣の目の前に差し出した。


俺の手の上のサンドイッチを、興味深そうに見る獣。すんすん、と匂いを嗅いだりして……どうやら、食べ物だと気づいたようだ。


『いいの?』って感じでこっちを見上げてくる。あ、ちょっとかわいいかも。


「いいぞ? ただし俺の手ごと噛んだらぶっ殺すからな?」


一瞬びくっと震えたものの、獣はさらに何度か匂いを嗅いで……ぱくっと行った。器用にも、俺の手の肉は噛まないようにして、サンドイッチだけ。

上手そうにがつがつとかみ砕き、飲み込み……俺の手に残ったパンくずまでぺろぺろと舐めとって、よだれでべちょべちょに……あー、これくらいは我慢してやるか。


と、思ったら……再度、上目遣いっぽくこっちを見上げてきて……おい、足りねーのかよ。


仕方ないので、もう一つ取り出して、同じように手に乗っけて出す。

獣、今度はノータイムで、ためらいなくかぶりついた。さっきと同じ光景が繰り返される。


こうしてみると、普通に餌もらってる犬っぽいな。かわいいと思わなくもない。

結構頭もいいみたいだし、きちんと満足したら言うこと聞くんじゃないか? 見る限り、連中もまともに調教とかしてたわけじゃなさそうだし。


今度はちゃんと足りたらしく、食べ終わるとその場にちょこんと『お座り』の姿勢になった。


…………すっ、と手を差し出してみる。


「お手」


ばっ、と鼻先を俺の手に向ける犬。よだれ垂らしながら。

違うっつの。もう飯はねーよ。……期待したほど頭はよくはないかもしれん。


くーん、と悲しそうになく犬。……うん、もうこいつ犬でいいな。


とりあえず犬には……少年の亡骸を指さして『食うなよ』と言いつけておく。

わかったっぽいので…………さて、残るは……だ。


柵の向こうで、頼みの綱の『悪魔』と『獣』の敗北?に青ざめているであろう連中に視線を移すと、すでにぎゃんぎゃんと喚きながら恐慌状態になっていた。


しかし、逃げ出す様子がない……? あれ、もしかしてあの向こう側、行き止まりなのか? そりゃ好都合。


と、思っていると……背後からどたどたと、何人もの足音が。


まずい、時間をかけすぎて新手が来たか、と思ったら……入ってきたのは、うちの組の連中数人を引き連れたソラヴィアだった。


当然のように、入り口をふさいでいた鉄格子を蹴っ飛ばして開けて入ってくる。横にいる犬が、驚いてびくっと身を震わせていた。


「何だ……まだ制圧してなかったのか?」


「すいません。少々手こずりました」


「……ふむ……」


ソラヴィアは、俺の足元で絶命している少年と、いつのまにか『ふせ』に移行している犬に視線をやると、そのまま特に何も言わずに、後ろに控えていた男たちに指示を出した。


「おい」


「「「へい!」」」


声かけ1つで意図を察した男たちは、奥で震えている連中の捕縛や、収納のがさ入れに入る。鉄格子破壊用か、大きなハンマーを構えている者も。

何人か混じっていた女の構成員は、牢屋の中から捕らわれていた女たちを助け出すようだ。


「ここはもうこいつらに任せとけ、上戻るぞ、アイビス」


「あ、はい」


そう返事を返し、俺はソラヴィアの後について、早歩きでその場所を後にした。





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