第8話 継続は力なり
その町の名は、『ディアンド』と言った。
そこそこに活気のある、その町は……この国、『インスガラム王国』において、田舎とも都会とも言えない……強いて言えば『田舎にしては大きな町』とでも評すべき立ち位置の町であった。
そこらの田舎町と比べれば、様々な点における利便性圧倒的に上だし、流通している様々な品物も、品質のいいものが多い。嗜好品・贅沢品なども潤沢で、ちょっとした貴族が暮らすにも、さほど文句は上がらないだろう規模だ。……都市部からかなり遠いという、交通の便の不利を除けば。
ただ、本当の『都会』……王都『イスガルス』や、その周辺都市などを見れば、流通しているものの品質や、その値段などはそれこそ青天井であり、そこを見るとやはり『単なる田舎町ではないが、かといって都市部とも言えないな』という評価に行き着くのだ。
そんな『ディアンド』の街中にある、とある建物の中で……一組の男女が、食事をとっていた。
建物自体は、何の変哲もない……しいて言うなら、それなりに大きくて頑丈そう、という感想を抱く程度のものである。貴族の屋敷や、大商人の営む商店のように、豪奢だったり、きらびやかに飾られてはいない。
だが、その中は……貴族の住む邸宅もかくや、というほどの、見事な内装の空間が隠されていた。確実に、外見からは想像できないレベルのそれが。
もっとも、貴族の邸宅と言っても、それは作りの立派さなどにおいてであり……無駄に豪華な調度品や、よくわからない絵画などといったものは置かれておらず、質実剛健さを物語ってもいる。
そんな邸宅の中の一室……『仕事場』と『居住区』に分けられているうちの前者、その一室である応接間にて、食事をとっていた。
出されているのは、貴族御用達の店で出るような、高級さ漂う食事……ではなく、普通に大衆食堂でも食べられるような料理だった。
一応、素材は一流のものを使い、料理しているのは一流の腕を持つシェフである。それが相応の量並んでいるので、『高級料理』に変わりはない。献立は、単にそれを食べる者の好みだ。
それを食べている2人のうちの1人が、食べながらもう1人に話しかけた。
「時にソラヴィア……ちと、珍しい話を聞いたんだがな?」
「勿体ぶらずに聞けばいいだろう、レイザー。そのために私をここに呼んだんだろうに」
席についている1人は、黒を主体とした服装に、黒髪に色白の肌、紫色の瞳が特徴的な……『魔人』ソラヴィア。
もう1人は……一言でいうなら、少々不自然というか、不可思議な恰好の男だった。
年のころは……見た目は、20代前半だろうか。銀色の長髪を頭の後ろで束ねてまとめており、明るい青色の瞳と、色白の肌が特徴的だ。
だが、それ以上に特徴的なのは……その服装。
なぜか……『浴衣』だった。その上から、法被か半纏のようなものを着ている。おまけに足は、裸足に草履である。
着ている本人がどう見ても白人系で、着ているものが完全な和装。
どう感じるかは人それぞれだろうが、仮にアイビスがこの光景を見ていれば、ひどい違和感を覚えたことだろう。
その、レイザー、と呼ばれた男は、とげとげしい感じで返されたソラヴィアの言葉に、しかし特に気分を害した様子もなく、にやりと笑って言った。
「それもそうだな。でもよ、結構話題になってんぜ? 何せ、常に一匹狼だったお前が、今まで誰に何と言われようと取らなかった『舎弟』を取った、ってよ」
「別に……興味を惹かれるガキに出会っただけだ。特別な意味はない……今までだって、私が弟子や舎弟を取らなかったのは、大部分が、単にそう思える奴がいなかったからだしな」
ソラヴィアは、その頭の中に、最近拾って連れ帰ったダークエルフの少年の姿を思い出す。
今は、住みこんでいる自分の拠点で、色々と家事手伝いをこなしつつ、自分の帰りを待っているであろう……自分のただ一人の『舎弟』を。
「それでも……いや、だからこそ興味あるね、俺も。今度連れてきてくれよ、一目見てみたい」
「まだ礼儀作法も何も仕込んでいないぞ?」
「そんなもん、俺とお前の間じゃあってねーようなもんだろ。俺も別に、多少もの知らずなガキに何言われたところで、へそ曲げるような狭量な男じゃねーつもりだぜ?」
「お前でなく、お前の部下や舎弟が突っかかってくる方を気にしてるんだ。悪い奴らじゃないのは知ってるが、お前ほどおおらかでもあるまい」
「まあ、色々な意味で気にはなるだろうしな。手出しはしねえように言っとくさ……それに、見どころがある奴なら、逆にまともな意味でかわいがるだろうしな。そもそもいつかは通る道だ、お前が目をかけるほどなら余計に、早い方がいいだろ?」
「まあ、な……わかった。近いうちに連れてくる。……用件はそれだけか?」
「いや、もう1つある……近いうちに、また仕事を頼みたくてな」
その後しばらく、食事をしながらの……組織『ヘルアンドヘブン』の、『幹部』同士の会談は続いた。
☆☆☆
「……と、いうわけで、近々そいつに会いに行くことになった」
「えー……お偉いさんに面通し、ってこと?」
「ああ。だが、気さくな奴だからそんなに気負わなくてもいいだろうさ。あからさまにバカにしたようなことを言ったり、態度を取らなければな」
「そりゃそんな、調子こいてる系主人公みたいなことするつもりはねーけど……」
「またわけのわからんことを……」
ソラヴィアの方針で、『私と2人で話す時はタメ口でいい』と言われている俺は……教会の中、音が外に漏れないように作られている屋内訓練スペースで、ぐでーっと横になってそんな話をしていた。
さぼっているわけではなく、単に疲れて動けないからだ。
こないだ、俺の『部屋住み』――すなわち、下っ端新入りとしてのお勤め生活については話したと思うが、何も俺は1日それだけやって過ごしているわけではない。
いや、入ったばかりの頃は割とそうだったかもしれないが、今は違う。
現在、俺がこの『拠点』に世話になり始めて、約半年が経過している。
最初こそ雑用オンリーだったが、働き始めてしばらくするとシフトが調整され、日中の仕事が当番制になり、毎日共通してやる仕事以外はほとんどが自由時間、という日が、徐々にできていった。
そのできた時間で何をするかと言うと、だ。ぐーたらして過ごすなんでことはもちろんない。
率直に言ってしまえば、修行である。
異世界転生モノのテンプレと言っても過言ではない。修行して、力をつけて、強くなる。
筋トレもそうだし、魔法の訓練もそうだし、武器を使った修行もそうだ。
半分くらいは自主トレだが、もう半分は……というか、ソラヴィアがいる時限定なわけだが、訓練を見てもらっている。1から10まで自己流ってのは限界があるし、助かっている。
それに……わかっていたことだが、ソラヴィアは強い。半端なく強い。
出会ったあの時は、連戦に次ぐ連戦で疲弊していたところに、緊急的に対処しないといけない案件が出てきたため、やむなく行ってああなったとのこと。
で、そんなソラヴィアの訓練は当然スパルタで、俺は訓練中、動けなくなるほどに疲弊させられたり、結構なケガをして動けなくなったりするわけだが、魔法で回復させて何度もそれを繰り返す。ひたすらに繰り返し、『戦い』というものを体に叩き込んでいく。
アルーエットの家にいた頃は、ここまで苛烈な訓練はしたことがなかった。
しかし、師匠であるソラヴィアの指導の腕もあり、確実に身になっている実感がある。
だからこそ、俺は半年もこれを続けていられているし……これからも続けていけるだろう。
「つか、マジで俺全然まだ、偉い人とかに会って話す時の作法とか習ってねーけど、いいの?」
「よくはない。が……9歳のガキにそこまで要求するのもアレだし、相手はそういうのに大雑把なレイザーだからな。そこまで問題あるまい……ちゃんと自主的に気は使えよ?」
「……ならいいんだけど」
放してる間に回復したので、勢いをつけて起き上がり、再びソラヴィアに向かって木剣を構える。
呼吸を整え……『ヤァッ!』と掛け声を上げ、気合いを入れ、床を蹴り、向かっていく。
それをソラヴィアは、当然のように素手で裁く。掌にあざ一つ作らずに。
で、俺の動きが少しでも悪くなったり、踏み込みや脇の守りが甘かったりすると、容赦なく拳や蹴りが飛んできて吹っ飛ばされる。
この時点で、俺と彼女には、どうあがいてもひっくり返しようのない差と言うものがあることがわかるわけだが、そんなもんを気にしても仕方がない。
少しでもこの訓練から何かを学び、それを次に生かすことができれば、それでいい。今は。
なお、ここに至るまでに俺は色々と武器を試した。
自分にどんな武器があっているのか、それなりに長い時間をかけて見極め……最終的に、オーソドックスな『剣』を選んだ。
ただ、剣は剣でも……どっちかと言うと、西洋のそれではなく、『刀』。
動きで言えば……『剣道』だ。
前世で、中学生の時に部活動でかじっていたこともあり、なんとなく手に馴染むし、動きもそこそこ体に染みついている。アルーエットの家にいた頃に倣った、短剣を使った護身術に通じる部分もあったので、上達も早そうだ、と思って、これにした。
そこにさらに、適宜魔法を組み合わせて戦っている。
格好つけて言えば……魔法剣士、みたいな感じになるかも。
そこまでやって、訓練で手加減してもらってる状態でさえ、ソラヴィアに全然勝てないどころか、まともな傷一つ負わせたことがないわけだが……まあ、繰り返すが、仕方ないだろう。今は。
大体の自由時間はそうやって使うわけだが、そればっかりってわけでもない。
『部屋住み』はこういう訓練の他にも、色々なことを勉強するためにその時間を使う。
例えば、学がない奴は、学がある奴に勉強を教わって、少しでもできることを増やしたりする。義務教育なんてもんがないこの異世界では、四則演算すらできない奴は珍しくない。それすなわち、できていればこなせる仕事……金勘定とかができないことになる。
だから、そこを克服するために、時間をつぎ込むわけだ。未来への投資である。
幸い、俺は前世が高校生……この世界で言えば、相当に高度な教育水準にあたる。
なので、普通にやっていく分には、学力は足りている。申し訳程度に、時々顔だけ出していた。
……そしたら、逆に俺が教える側になった。『やっぱ貴族の家で勉強してた奴は違うな』とか言われて、目をつけられて。
いや、目をつけられたって言っても、それはただ単純に『教師として』であって、いびられているわけじゃない。
むしろ、生徒役になっている、俺が教えている連中は、それはそれは一生懸命に学んでいる。俺みたいな、年下で立場も下な奴に教えられているというのに、文句ひとつ言わずに。
中には、俺(9歳)と親子ほどにも年が離れている人もいるのに、だ。大したもんだ。
で、俺はまあ、学力は問題ないが……別な分野の勉強をしている。
何かというと……薬学と、細工物だ。
シスターの中に、そういうのを得意な人がいるので、暇を見て教えてもらっている。
大掛かりな設備を必要とせず、かつ生産性がありそうな特技に結び付くものはないか……と考えて、ここに至った。
後は、『エルフ系種族は手先が器用』だという特性?を考えて。
まあ、そんなのは結局、本人の努力次第だとも思ってるんだけど。
薬学は、薬草とかキノコとか、普通に流通していたり、店売りで変えるものを使って、簡単な薬とかを作る方法や、その関連の基礎知識なんかを。
細工物の方は、簡単な彫金なんかを学んでいる。手作りのブローチとかなら作れるようになったので、『孤児院の子供たちの作品』シリーズに混ぜて、時々売ってもらって、小遣い稼ぎにしている。
……しかし……いかにも下積み、って感じの日々だな。
まあ、それがなきゃ後で大成することもできないんだ。土台をしっかり作っておくことは大事なんだから……そこに文句を言うような、罰当たりな真似はできない。しない。
幸いと言っていいのか、俺はまだ9歳だ。
この年齢は、異世界だろうが、ヤクザの業界だろうが、文句なしに子供である。
まだ泥だらけになって遊んでてもおかしくない年齢だ。んなことしないけど。
どういうことかと言うと、まだ、『部屋住み』として……というよりも、孤児たちと同じように、半人前の修行中の身としての立場に甘える生活を送っていられるということだ。
あまりいい気分じゃあないが、この先、確かな力を手に入れるための準備期間をゲットできていると考えれば、悪くない。
今、お世話になっている分は……俺が一人前になってから、恩を返すとしよう。そのためにも……今は、努力の日々だ。