第1話 牢の中のダークエルフ
どうも、和尚です。
性懲りもなく、気分転換に書いた小説になります。
お目汚しかもしれませんが、もしよろしければ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。
なお、この作品はいわゆる『クライムストーリー』の部類になると思います。あくまで作者の妄想の産物ですが、犯罪描写や暴力表現、反社会的なアレコレ等、所々に出てきますので、苦手な方ご注意ください。
では、皆さまに少しでもこの稚拙な文章をお楽しみいただけることを祈って。
第1話 牢の中のダークエルフ
轟々と燃える壁、
比喩でなく、物理的に熱くなっていく、周囲の空気、
失われていく酸素、苦しくなっていく呼吸、
そして……それ以上の勢いで、俺の体からは……熱が、力が、命が失われていく。
「放して、放してレオナルド!! アイビスが……アイビスがまだ!
「もう手遅れです、お嬢様……どうか、どうかお聞き分けください!」
「嫌……嫌! 私、私っ、こんなの嫌ぁぁあああ―――っ!!!」
女の子の悲鳴と、その女の子を諌める、若い男の声。
そんなに距離はないはずだけど、随分と遠くに聞こえる。死にかけて、耳か脳の働きが鈍くなってきているのかもしれない。
その声も、離れていったからか、はたまた耳が音を拾えなくなったか……何かの理由で、ついに聞こえなくなった。
目も、もう何も映していない。真っ暗だ。
さっきまで体全体を駆け巡っていた激痛も、もうなりを潜めている。
これはもう、本格的に死ぬな……と、妙に落ち着いた感じで、俺はこの現状を把握していた。
不思議と、怖くない。
一回死んで、そしてなぜか『二回目』の生を経験なんぞしていたからか。
あるいは……悔いはない、という思いがあるからか。
……どっちかっていうと、後者な気がするな。
(……よかった。今回は……守れた)
前は、だめだった。守れなかった。
けど、今回は……守れた。
『転生』して手に入れた、二度目の生の終わりにしちゃ……上出来かもしれない。そう思うことにしよう、うん。
…………そろそろ、だな。何だか、眠くなってきた。
火に焼かれるか、煙を吸うか、出血多量か……何が原因で死ぬかはわかんないけど……まあ願わくば、あんまり苦しくない方法で……逝きたいもんだ。
☆☆☆
異世界転生、というジャンルがある。
それは、ネット小説に、コミックに、アニメに……今や、色々なメディアにおける人気ジャンルの1つとして、その地位を確立している。個人的には、ここ数年から十数年くらいで、どっと伸びてきたように思えている。
読んで字のごとく、普通の世界……現代日本に生きていた少年だったり、少女だったり、おっさんだったり……そういう一般人が、死んで異世界で生まれ変わって、色々冒険とかしていく……的な展開が主だ。
似たようなのに、そのまま異世界に飛ばされる『転移』や、勇者的な扱いで呼び寄せられる『召喚』なんてのもあるな。
正直、ネット小説が大好きだった俺は、そういうのにあこがれたものだ。
もし、こんな風なことが現実にあったら。
もし、自分がこんな風に、異世界に『転生』できたとしたら。
そんな風に考えて……ありもしない未来に夢を見て。
そして俺は、結局、どうしようもない現実の中で……死を迎えた。
詳しく語るのは、ちょっと辛いというか、気分が悪くなるのでやめるけど……現代日本という、おおむね秩序だった平和な社会の中にあっては、中々に凄絶な死に様だったように思う。
そして、驚いたのはその後。
まさか、と思った。
微塵も、思ってなかった。
自分が、『異世界転生』するなんて。
驚いたし、信じられなかった。
けど、少々の時間をかけて、その事実を現実として認識してからは……まあ、正直嬉しかった。
これで、今までに読んできたラノベとかみたいに……俺の、輝かしい第二の人生が始まるんだ……なんて、思えていたから。
……そんな淡い期待は……わずか数分後に、打ち砕かれることになったけども。
名 前:なし
種 族:ダークエルフ
年 齢:7
職 業:奴隷
以上が、転生したての俺の現状である。
……人間じゃない種族に転生してるのは、まあ、いい。ネット界隈には、そういうのも少なからずあったし。
けど、まさか『奴隷』とは……
何か、ものものしい感じの革製の首輪が首にはまってて……暮らしてる場所は、狭苦しい檻の中。いかにもというか、ザ・奴隷って感じの待遇。気が付いたら……すでにこうだった。
転生して……というか、『転生した』ということを自覚して、すでに1週間が経っている。
この1週間の間に、ほんのわずかにではあるが、この世界のことや、俺がこうして閉じ込められているここ……奴隷商の店だと思われるこの場所のことが、徐々にだがわかってきていた。
この世界はどうやら、いわゆる『剣と魔法の異世界』って奴みたいだ。
さすがに詳しいところまではわからなかったけど……ここに奴隷を買いに来る客と、店の人間とが……当たり前のように、そういう系の単語を使っていたのがわかった。
『水の魔法が使える奴隷はいるか』とか、『剣を使える男の奴隷が欲しい』とか、そんな感じで。
そういう世界にはありがちだけど、基本的人権、なんて気の利いたものはなさそうだ。
胸糞悪いので詳しく描写は避けるが、色々と下卑た目的のために奴隷を買っていく客が、少なからずいた。奴隷だけこうなのか、それともどこぞの世紀末みたいに、力ある者の横暴がまかり通る世の中なのかは、わからないが。
それと、どうやら普通に『魔物』とやらもいるらしい。
野生動物みたいな位置づけで、どこにでも普通に跋扈している風に聞こえた。
次に、階級について。
剣と魔法の異世界だけあり、中世っぽい世界観で、階級制度があるらしい。
といっても、せいぜい……奴隷、平民、貴族、王族……みたいな、簡単な感じのそれだけど。
言うまでもなく、一番下は奴隷である。
そして、流通しているのは、これまたファンタジーの定番。金貨とか銀貨の貨幣だった。
最小単位である『小銅貨』から順に、『銅貨』『小銀貨』『銀貨』『小金貨』『金貨』『大金貨』となる。それぞれ、10枚で次の単位になるらしい。つまり、小銅貨10枚で銅貨になり、それをさらに10枚で小銀貨……って感じだな。
また、それぞれの貨幣は形もデザインもかなり違うので、見間違うことはないようだ。
ただし、単位がちゃんとあり……『ロール』というらしい。
小銅貨1枚で1ロール。日本円に直すと、1ロールがそのまま1円くらいのようだ。
つまり、最大の単位である大金貨は、1枚で100万ロール。日本円で100万円……すげ。
まあ、そこまでいくと、金額が大きすぎて超大口の取引ぐらいでしか出番がなく、手形みたいな扱いになるので、金貨より上は、普通の店での取引ではそうそう出番なんてないらしいが。
それと意外だけども、この奴隷商は、一応公的に認められた合法な施設らしい。
そうは思えないんだけども……そう感じるのは、日本という、世界全体から見れば恵まれた部類に入る、世界屈指の治安の良さを誇る国で、平和に過ごしていたが故だろう。仕事が過酷でも。
だってここ留置所みたいだもんな……。まあ、同居人がいない、個室なのはせめてもの救いか。
そしてここでは俺は……とにかくやることが無い。何にもない。
日がな一日、薄暗い牢屋の中で、ぼーっとしてるだけ。何もない。ホントに。
寝っ転がっていてもいいし、起きていてもいいし……筋トレしていても、部屋の中でうろちょろ動き回っていてもいい。
ただ、首輪をいじったり、外そうとすると注意を受ける。無駄だけど、触るな、と。
聞けば、この『奴隷の首輪』は、魔法がかけられていて外すことができず、さらに『主人』の命令に絶対に逆らえないようにする効果もあるらしい。
そして、外そうとしたり、主人の意思で任意で『発動』させると、激痛が走るらしい。
そんな感じなので、とにかく毎日が退屈で……聞こえてくる商人と客の会話から、この世界のことを想像・推理するくらいしか、やることがなかったわけだ。
その他は……食事と、風呂くらいだ。暇つぶしになるのは。
食事は、まあ……率直に言って、貧しい。
消費期限どんだけ過ぎたんだよ、って感じの硬いパンに、豆と野菜の切れ端が入ったようなスープ。異常に塩っ辛い、ピクルスっぽい漬物類。たまに、スープに肉や魚が入ってることもあるけど、注意しないと気づかないくらい、細かく切られてる。
そんな食事が、1日2回。朝晩。
回数が日本の通例より少ないのは気にはなるが、どうしようもないほどに空腹でつらい、ということは、今のところない。一回の食事が、思ったよりも量があるので。
単に、安かろう悪かろう、なものを仕入れているおかげで、余裕があるのかもしれないが。
風呂は……木桶に水を入れたものと、擦り切れる寸前の手ぬぐいみたいなぼろ布を渡されて、これで体を洗え……って、それだけ。どっちかっていうと、行水だな。
部屋の隅っこで、貫頭衣みたいな粗末な部屋着を脱いで裸になり、床を濡らさないように注意しつつ、桶の中で体を洗って、拭いて……終わり、って感じだ。体を洗った後の水は、部屋の別な隅っこについている、トイレ……というか、単なる穴でしかないそこに捨てる。
そんな日々を送っているわけだけども……不幸中の幸い、と言っていいのか……平和とは言えない生活の中にいて、無意識から休息を求めていた俺が、比較的この状況……『何もしなくていい』という安寧の時間を、さほどストレスに感じることなく受け止めることができていた。
少なくとも、今のところ……1~2週間くらいであれば、こんな留置所じみた暮らしも、何もせず心と体を休められるという意味では、俺にとっては『安寧』だったのだ。
それでも、一通り知識を吸収してしまうと……やはりというか、不安に思うことも出てくる。
今のところ、粗雑な管理体制以外は、奴隷らしい扱い?を受けていない俺だが……今後どうなるのかはわからないからだ。
さっきも言った通り、この異世界、中々にモラルハザードだ。
普通の社会がどうなのかはわからないけども……こと奴隷に関しては、まともに人権が認められているようには思えない。商人と客のやり取りを聞く限りは。
そういう世界だから……奴隷はあくまで、何らかの目的のための『道具』として購入されることが多いと見える。
護衛のために、盗賊や魔物と戦わせる、戦闘のための奴隷、
召使的に、家の雑事とかをやらせるための……雑務用奴隷。
奴隷の扱いとしては定番?の……夜の相手をさせたりとか、経営してる娼官に連れ帰って働かせるための、性奴隷、ないし愛玩奴隷。
変わり種では……奴隷を買って、転売して利益を得るための、資産としての使い方もあった。
後、モラルハザードここに極まれり、ってな感じの奴だと……『種馬』や『肌馬』という使い方をするケースもあるとか……。
奴隷と奴隷の間に子供が生まれた場合、その子供も自動的に奴隷身分になる。
奴隷商の中には、なかなか手に入らない『エルフ』とかのレアな亜人の奴隷を、奴隷同士で『繁殖』させて、赤ん坊から育てて手に入れる……みたいなことをしている者もいるらしい。
しかし、エルフとかの亜人は、種族が違う相手と交わっても子供ができにくい。しかも、寿命が長いためか、そもそも子供ができにくい種族だそうだ。なので、同じ種族の雄雌を用意して交わらせ、少しでも確率を上げる……と……そのための使い道が『種馬』と『肌馬』だ。
……果たして、俺はどういう売られ方をしていくことになるのやら……
まだ7歳。小学校低学年の年齢だし……さすがに『愛玩』や『種馬』はないと思いたいけど……いや、客の性癖次第では十分危ないか……?
その他の用途で買われたって……戦闘なんてしたこともないし、転売用だって最終的な行先がどうなるか次第だ。雑務用なら……まあ、前世知識とか経験もあるから、多少は役に立つかもだが。
……というか、何をどう考えたところで……俺にできることなんて、そもそもないんだが。
もしかしたらあるのかもしれないが……思いつかない。
なるようにしか……ならない、か。
そんな風に、徐々に不安が大きくなっていくのを実感しつつ、さらに数日を過ごした……ある日のこと。
食事とも、行水とも違う、中途半端な時間に……牢屋の柵の向こうから、『出ろ』と声がかかった。