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 教室にゴブリンが入ってきた。


 簡潔に現状を述べるなら、そんな文言になるんだろうと、戦場(いくさば) 生人(いくと)は愚考した。

 他人から聞けば馬鹿げていると一笑する話も、馬鹿げているとはもう思えない。今、この教室で舞っている血飛沫が、悲鳴が五感に直接訴えかけてくる。


―――さぁ、さぁ、さぁさぁ! 突っ立っていては死ぬぞ!!


 五感を伝うシグナルが、明瞭に音声となって聞こえてくるのを自覚する。


―――逃げ場はない!! 背中を見せれば生き残れない!!


 その声が何故か、自分の声質と全く同じものであることに生人は疑問を持たなかった。それどころか、その声に向かって自然に質問を投げかける。


「どう、すればいい?」


―――どうすればいい!? 嗤わせるな、答えはとっくに出ているぞ!!


 息を飲む。また、一人、名前も知らないクラスメートが死んでいくのをその眼で焼き付けながら、しかし、どこか現実感を伴わない光景を切り捨てながら。


―――殺せ。


 拳を握った。今まで生きてきた中で最も強く、その拳を握った。


―――あいつらを殺せ!!


 その日、本来ならば、何事もなく平穏な日々を過ごすはずだった少年は、生存本能を覚醒させた。





「戦場 生人って言います。短い間にはなると思いますがよろしくお願いします」


 生人には自分でもどうかと思う性格が二つあった。一つ目は余計なことは一切考えないこと。二つ目は常に周囲を見渡すこと。


「ちなみに特技は、どんな混雑した駐車場でも、一発で空いている駐車スペースを見つけられることです」


 この二つは、両親の職業柄、転校の多い学生生活で後天的に身に付いたものだ。一つ目は、余計なことを考えることが出来ない環境下だったというのがあるのかもしれない。人間関係を考えようとしても、その間に転校してしまっていることはざらにあったし、何より勉学以外のことを考えても、頻繁に転校を行っていては無駄になることが多かったからだ。


「あー、ということで今日から戦場はみんなのクラスメートだ。仲良くしてやってくれ」


 二つ目は、もういっそ習慣といってもいい。住んでいる所が頻繁に変わっていく為、迷子にならないよう身につけた習慣だ。


「戦場、お前の席は窓側の一番隅だ。HRが終わって、10分休憩を挟んだら授業だ。その間にクラスメートと話しておくといい」


「ありがとうございます」


 名前も覚える気もしない担任に、生人は頭を下げる。そんな漫画みたいなこと出来はしませんと心の中で愚痴を言うのも忘れない。転校生が質問責めにあう描写が漫画には多く描かれているが、生人は経験したことは一回もなかった。


 どうせ、すぐに切れる関係である。考えることはない。除外しよう。


 真っすぐ自分の席へと向かい、着席する。担任が号令をかけHRが終了。担任は教室を出て行った。


 それを確認した生徒は思い思いに、友達と話したり、席を立って移動して友達の近くへと向かう者もいた。

 それをなんとなしに、生人は確認する。そのほんの少し後だった。


『クエストが発令されました。LV1 ゴブリン60体。制限時間は30分です』


 そんな校内放送が流れたのは。


 周りに人が居ない所為か、生人にはその放送がはっきりと聴こえていた。


 この高校には、校内放送で悪戯をする奴がいるんだなと、一人思考に耽る。だが、前にいた高校では校内ラジオといって校内放送が使用されていたことを思い出した。そのような類のものかもしれない。何より、自分はこの高校の事を詳しく知らない。在籍している高校をよく知らないというのも、奇妙な心持ちだが、それも仕方ない。今日が転校初日だ。気安く話せる人物もいないし、高校独自の慣習は知る由もない。焦らず、おいおい慣れて、いや、慣れたところでどうせすぐ転校だ。この考えも除外。


 生人は、鞄から真新しい教科書を取り出し机に置く。その際、いつもの性格、いや習慣で教室を眺めた。変な習慣だという自覚はあるが、常に周囲が気になる。転校してきた自分という異物を、既存のコミュニティがどのような目で見ているのか知ることは、非常に有益でもあったからだ。


 教室では、今日からクラスメートになった人物達が話を弾ませていたり、ゲームをやっていたり、スマホを見ていたり。こちらを見ている生徒は一人もいなかった。それは少し有難いと生人は思う。あの転校生に向けられる独特の目線は嫌いだ。


 しかし、ゲームやスマホを取り出している生徒を見る限り、存外自由な校風らしい。転校する前はもっと硬派な高校だと思っていたが。


 正方形に見える教室には6×5の机、端っこ窓側にプラス1.そのプラス1が生人の席だった。後ろには誰もおらず、あるのは、掃除用具を入れるロッカーのみ。


 こんなことをしても、あまり意味がないのは分かっているのだが、習慣は根付いて離れない。


 だが、そんな習慣のおかげで、生人は違和感にいち早く気づいた。


 教室前方の入り口。恐らく、一番使用頻度が高いのは先生であろうその入り口に、緑色の身体をした子供が3人。迷わず教室に入ってきたのを視認する。


 子供?


 生人は自分の考えを反芻する。あれは本当に子供だろうか。


 入ってきたその3人は、手に鉈のようなものや、斧のようなものを持っており、耳が非常に長く、ギョロっとした目は今にも零れ落ちそうだった。頭には鍋をボコボコにしてからひっくり返したようなものを被り、口からは涎が滴っているのが見て取れた。


 気持ち悪い。素直な第一印象。次に、まるで物語によく出るゴブリンのようだと思った。


 いや、そんな馬鹿な話があるか。生人は、自分の考えを否定する、否定するが、何故か除外することは出来なかった。


 じゃあ、アレは一体なんだ?


 その思考をするのが少し遅かった。手に鉈のようなものを持った一人が教卓に飛び乗り、音を立てる。


 その音は喧々とした教室内にもよく響いた。

 教室内が静まりかえり、そこで多くの生徒がソレを視認する。


「おい、アレなんだよ」


「きも、つーかクセェ」


 教卓の近くにいた生徒が声を出す。



 その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ギャッギャッ!!」


 それは勝利の雄叫びだった。猫の鳴き声をすり潰したかのような声は酷く木霊し、教室内に行き渡り、反響する。


 現実感の無いその光景を目にして、生人が考えていたのは、先程の校内放送のことだった。何故考えたかは分からない。それでも、捨てきれない考えが脳髄を刺激した。



 ゴブリン。


 ゴブリンが3体、教室に入ってきた。


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