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帰宅部の本気〜勝利への執念〜

作者: 二三八

 今日も一人、走って帰る少年がいる。

 彼は中学生。部活には入っておらず、授業が終わればすぐに帰宅するといった生活を送っている。


 そう言う者を総称してこう呼ぶ。


 "帰宅部"と。


 帰宅部など部ではない。

 しかし、彼は違った。彼は一個人として帰宅部の活動を行なっている。


 帰宅部の活動内容。それはいたってシンプル。そう、家に帰るだけだ。

 何を考えているんだ? と思う方もいるかもしれないが、考えてみてはどうだろう。帰宅部は部活に入らずに一直線に家に帰る者のことを言う。

 つまり、帰宅部の活動は家に帰ることこそが活動なのだ。登下校の『下』が活動時間なのだ。


 そして彼は今、その活動をしている最中。

 彼の今やっているのは、帰宅タイムアタックだ。

 ルールは単純明解。学校から家に着くまでの時間を計る、それだけだ。もちろん、タイムアタックと言うだけあって、相手がいる。しかし、今日はその相手がいないようだ。

 対戦のルールは今は割愛させてもらう。


 彼は走りながら考える。どうしたらもっと早く家に到着することができるのか。

 この帰宅タイムアタックで一番の弊害が、『赤信号』である。


 赤信号。それは多少は法則があるかもしれないが不規則に変化する。この変化こそが帰宅タイムアタックにおいて脅威となるのだ。


 彼はその脅威に立ち塞がれてしまった。

 軽く舌打ちをし、社会の法律に従う。


 彼は考える。ここまでは最短の距離で来たはずだ。それでも間に合わなかった。唯、自分が立ち止まってから約12秒後に、赤信号から青信号へと変わった。

 つまり、この赤信号に法則があるとしたら12秒遅らしたらスムーズに通れると言うことだ。


 横断歩道を渡りながら考える。しかし、これが正解ではない。

 この12秒が短いと感じたらそれだけだ。だが、もしこの12秒で他の道の方が速かったら? それに赤信号に法則がないとしたら? この計算が狂うとしたら大きなロスを生んでしまう。


 帰宅タイムアタックでは、常に最短の道を考え続けなければならない。どれが正解で、どれが不正解なのかを瞬時に判断し、そこから家との位置、方向を考え道を選ばなければならない。


 分かっただろうか? これが帰宅タイムアタックの難しさ。常に変わりゆく不確定なものを予測し、その日に応じた最短の距離を導き出さなければならない。

 そして何より、これは『帰宅』中にしか出来ないのだ。つまり、チャンスは一度きり。少しでも道を誤れば相手と大きく差が広がってしまう可能性が生まれる。

 もちろん相手にもその可能性があることは否定できないが、そこまでいくと運に頼ることになる。

 そんな不確定要素に頼るわけにはいかない。


 そう、これは一種のスポーツと思ってくれていい。

 一瞬の判断。その日の調子。不確定要素に対する意識。予測する能力。体力。これらが必要となる。


 彼は今日も今日とてその活動に励んでいる。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 次の日。面倒な授業も終わり彼は今日も帰宅タイムアタックをしようとした時。彼の肩に手を乗せる男がいた。この男もまた帰宅部の一人だ。


 親指だけ上げ、後ろに親指の先を向ける。ついでに顔も少し動かす。

 男はそのまま去って行く。

 彼はふっと口角を上げ、その男について行く。


 男のとった行動。これは宣戦布告の合図だ。

 そう、帰宅部として、どちらが強いかを示すためのバトルの合図だ。

 自然と彼の顔は引き締まる。男との勝負は何度もしたことがある。勝敗は五分五分。力は拮抗していると言っていい。


 校門の前まで行く。彼と男の家は学校から殆ど同じ距離にあるのだ。もちろん帰路の地形は異なるが、帰宅する道が同じだとそれはただの競走となってしまう。それでは帰宅部である意味がない。

 帰宅する速さを競う。これが帰宅部のモットーなのだ。


 男は拳を出す。彼もその拳に拳を重ねる。

 二人ともにっと笑う。


 ここでルールを説明しておこう。

 帰宅タイムアタックでは、学校と家との距離が殆ど同じものと対戦する。そして、どの道を使ってもいいので、より早く家に着き、相手の家に電話するというのが勝利条件だ。

 尚途中話しかけられても無視せずに対応する。


 下校中の生徒が沢山いる中、二人は静かに待つ。そして、時計の長針が12についた瞬間、二人の勝負が開始した!


 彼は下校中の生徒も生徒の間をすり抜け、一目散に帰宅する。

 ここが第一の関門、『生徒の波』。彼はそう呼んでいる。いかにここを上手くすり抜けられるか。

 右、左、右、右。綺麗に隙間を抜ける。このまま行けばかなりいいペースで帰れる。そう思ったが、この『生徒の波』で最も困難な障害物が現れる。それは、手繋ぎカップルだ。


 これだけはどうしようもない。彼は人と人との隙間を抜ける技術は発達しているのだが、コミュ障スキルまでは発達しきれていない。


 それに目の前にいる手繋ぎカップルは結構な横幅を取っており、その後ろにも下校中の生徒がいる。横をすり抜けるのは困難を極める。

 それに、一目散にカップルの横を走り抜けてみろ。リア充でない彼の心が痛んでしまう恐れがある……。

 嫌、痛むと言うより、憎しみの感情が生まれてしまうかもしれない。


 どうしたものかと考える、余裕などない。今は勝負中のだ。目の前のことができなければ違う方法に切り替える。

 カップルを尻目に、彼は横の道にそれる。そこの道はそこまで人通りは多くない。遅れを取り戻すため、彼は必死に駆ける。


『帰宅部たるもの、帰宅するための道のりは何種類も持っておけ』

 これは帰宅部の教えだ。

 彼はこの言葉通り、何通りもの帰宅経路を持っている。今通っている道もその一つだ。


 一直線に走ると大きな道が見えた。鏡をしっかりと見て車が来ないかを確認する。勝負中だとしても、怪我をするのが一番怖い。

 右に曲がり、そのまま走り出す。この道は信号がない。しかし、家に着くまでの時間が少しかかってしまう。ここはもう脚力の問題なのだ。


 毎日走り続け鍛えた足を持って全力疾走。

 そして、この帰路の最大の関門が見えた。

 大きく傾斜した道は、まるで通さないよと言っているかのよう。

『心臓破りの坂』。彼はそう呼んでいる。

 傾斜角約29度。長さ約105メートル。この坂道を全力で駆け上がらなければならない。


 彼は一旦立ち止まり、一呼吸おく。

 そして、駆け上がる!

 上り道を走る際、初めは順調なのだが中盤足が動かなくなり、終盤には走るのをやめてしまうということがよく起こる。

 しかし、彼はタイムロスを食らった分、走り続けなければならない。

 だんだんと速度が落ち、中盤では顔が険しくなる。動悸が激しくなり、全身の細胞が酸素をくれと喚く。


 フラフラになりながら、それでも彼は走ることをやめない。動かなくなる足を無理矢理動かし、坂を上る。

 苦しくても、しんどくても、辛くても、彼は走ることをやめなかった。


 そして、ついに! 坂を上ることができた。

 彼を動かしたもの。それは勝ちへの執念。

 帰宅部の勝負だろうが、何のスポーツだろうが、勝ちたいと思うのは人間として当たり前だ。それが彼を動かした。


 しかし、彼は登りきったことに対しては考えない。彼は次の関門のことを考える。

 上りの道があれば当然、下り道がある。

 下りは上りよりも体を酷使する。そう言った意味では下の方がキツかったりする。


 そして、目の前の下り道を下り終えたら二つの帰る道がある。

 一つは信号のある道。もう一つは信号がない道。

 速いのは前者だ。しかし、不確定のものに頼ることになる。

 だが、



 ――やるしかない!




 今勝利を掴むためにはこれしかない!

 そう思った彼は坂道を下る。転けない最大のスピードで走る。

 下り道は足を酷使する。上り道で散々使っておいた足に鞭を打ち走る。


 下り終えたら、すぐに直線に駆け出す。ここから必要なのは走り続ける精神力と赤信号に引っかからない運。


 運はどうしようもないが、精神力ならと、彼は更に走る速度を上げる。限界は近いはずなのに。

 ここで、急に赤信号で止まってしまうと彼は走れなくなってしまうだろう。


 そして最後の関門。信号が見えた。丁度青信号だ。

 彼はそれを見ると気持ちが楽になった。道路を渡り、後は家まで直行するだけだ。


 走り続け、遂にゴールが見えた。しかし、ゴールに辿り着いたら終わりではない。相手の家に電話をかけるまでが勝負だ。


 家に入り、すぐに受話器を手に取る。

 家の電話にはまだかかってきていない。

 急げ急げ急げ。焦る気持ちを必死に抑え、電話をかける。

 そして、相手が出ないことを確認し、息を整え、留守番電話に伝言を伝える。


「今日は俺の勝ちだ!」


 その勝利宣言と共に、彼の勝利は決まった!

分かりにくいと思うので一応。

主人公は『彼』で、対戦相手が『男』です。

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