与える。
勢いで書いてしまった…
人肌恋しくなって奴隷を探していた私が見つけた猫の耳と尻尾を持つその男の獣人は見世物小屋の端で横たわっていた。
その獣人が持つ色は黒でこの世界では忌むべき色とされていた。それをもつことで同じ種族からも迫害され売られたのだろう。最初は戦闘奴隷として使われていたらしく何年か前に左の手足を失ったと言う。その獣人は肋がこれでもかという程浮き出ており、左の肩から先と、膝から下が無く、ぼんやりと窓から空を見上げていた。
何とも言い難い綺麗な水色の瞳をしていた。
私はふと気になったことを店主を聞く。
「なぜ実験用として売らなかったのですか?獣人だと食費がかさむでしょう」
店主は苦笑し、「人は自分より弱く不幸な見せものを好むのでこれでも客寄せにはなっていたのです。黒を持つものは忌み嫌われている分珍しいですし。お金次第で石も投げ込めるようにしておりましたし…
今は反応が無く客寄せにならないのでそろそろ処分も考えていますが…」と答える。
それを聞いた私は熱く、ドロリとした感情がこみ上げてくるのを感じた。本当に人は自分より弱く不幸なものが好きらしい。少なくとも、私は。
首には私が力を込めればすぐに壊れる隷属の首輪が重々しく存在し、己の食糧を己で賄うことも出来ない。
空を見上げるそれは死を待ち望んでいる様に見える。
嗚呼、私がそれを生に縛りつけてしまおう。
私の隣に縛りつけてしまおう。ひとりぼっちの弱すぎるそれと、強すぎる私はなんともお似合いではないか。
そのかわりにそれに満足出来る食事と小綺麗な服と温かい寝床を与えよう。約束さえ守れば少しの自由も与えてあげよう。ああ、それと化け物じみた私の力で新しい左の手足も与えよう。
急にニヤつき始めた私がとてつも無く不気味だったのだろう。店主は遠慮がちにお客様?と声をかけてきた。私はそれにその黒い猫の獣人をくれるかしら?と返す。
予想通りに返ってきた困惑に思わず声をあげて笑ってしまった。
「ふふっ処分しようと思っていたのでしょう?ちょうどいいじゃないですか」
「しかし、獣人で食費はかさみますし、実験用くらいしか使い道はないですし…」とどこかで聞いたような事を店主は返す。
「かかった食費を払いましょうか?」と私が聞けば店主はギョッとした様に目を剥き「いいえっ……いいえっ!そこそこ稼がせていただいておりましたし、お金をいただくなんてそんな」としどろもどろになりつつも最終的には契約の書き換えの手続きをしちゃっかりとお金を受け取った。
生憎私には無くなってしまった国々からありがたくいただいた財宝があるためお金には困っていない。
その奴隷を鎖で繋ぎ街の外れまで歩いてから転移魔法で自分の家のある森に飛ぶ。後ろを這いずってついてきたそれは何度もへたりこんだがゆっくりとついてきた。
家に着き、それと向き合う様に目を合わせるとそれはぼんやりとこちらに視線を寄越す。
「なんて呼ばれてた?」
「黒いのとか、悪魔の生まれ変わりとか、」
「そう。」
大した答えではなかったのでとりあえず私はそれが左の手足が生え、健康体の域に達するように祈る。
次の瞬間にはそれがまだ痩せてはいるが見苦しくない程度になり、左の手足が生え、顔色は少し良くなった。なかなかの美青年だった事は誤算ではないかもしれない。
それは生えた手足を握ったり開いたりして観察したり、何度も頬をつねったりした後、驚きと困惑の表情でこちらを見つめてくる。ほんの少し表情に嬉しさが混じっている様に見えるのは私の願望なのだろう。
「ぅにゃ、……それで僕は……」
ーーーーー何をしなくてはいけないのでしょうか?
言葉にならなかった質問は言葉以上にはっきりと伝わってきた。やや毛並みが良くなった耳と尻尾がへたって震えている。
本当に可愛くて可哀そう。
笑いつつもそれに答えてあげる。ついでにお風呂に入って来てもらおう。
「フ、あはは、とりあえずは私の近くに居てくれればいいよ。あー、そのままじゃきたないからお風呂入って来て。廊下の先の左側のドア」
私のそれがお風呂に入っているうちに夕飯の支度をする。それ用の普通のお粥と私用のクリームリゾットを作り、同じテーブルに並べた。普通にごはんを食べる余裕があれば2人で食事をしよう。
少ししてから戻ってきたそれは買った時についてきたボロ切れを腰に巻いて戻ってきたがテーブルの上のごはんを見るとめし、と呟いてから熱いのも構わずガツガツと手で飲み込むようにごはんを食べてしまった。
お粥とクリームリゾットを完食し、こぼした分までしっかりと舐めとったそれは満足気ににゃふと鳴く。
それからハッとしたようにピクリと身体を縮こまらせ恐る恐るこちらを伺い、私の前で土下座をするに至った。
「申し訳ありません! どうか、どうかお許しください!」私の前で何度も額を地面に擦り付けるその猫はどうしようもない程縮こまっていて。
私がそっとその頭に手を置くとギュッと目を閉じより一層縮こまった。私はその湿った黒い髪と毛を魔法で乾かすとしばしはその柔らかい毛を堪能した。
「2人で食事しようと思ったんだけどね。しょうがないから許してあげる」
「へ?…あ、申し訳ありません」勢い良くあげた顔には奴隷と一緒にごはんを食べるのはおかしいと思っているのがありありと浮かんでいた。
それに対して久しぶりに誰かと食事したかっただけよと言い訳をする。もう少しその猫の毛並みを堪能する。
「貴方の呼び方なんだけどノエルにしようと思うの」
「はい。あの、ご主人様のお名前は?」
「クローディアよ。片付けしておいてね」
片付けを命じその間にシャワーを済ませる。それが終わってから添い寝を命じた時は夜伽と勘違いしそうだと考える事を忘れていた。
「あの、経験はないのですが、精一杯ご奉仕させていただきます」と頬を染め耳をピクピクさせているその男は謎の破壊力を宿していたが何とか勘違いを解き無事に1日を終える事ができた。
次の日も街に行きその猫の服を買い揃えた。それから数ヶ月、一緒に買い物に行ったりギルドの依頼をこなしたりした。色々な事があったが今その猫は自分の許される範囲を知り、必要以上にビクビクする事が無くなった。街の人に私の飼い猫と言う認識で親しまれるようになり、その猫は1人でも買い物に行けるようになった。街の人に黒に対する耐性がつくと頬を染めて私の猫を見つめる若い女性も見かけるようになった。
そんな夏のある日、ちょうど旅商人で街が賑わう頃にある話題が街で行き交うようになる。
5年前、人の姿をした神の怒りを買い、一瞬の内に海の底に沈んだ国があるのは本当であること。その神はその事を本当だと伝えるために商人の振りをしその国から持ってきた財宝を旅商人に売ったということ。
「何でも強欲の王のせいで戦争に駆り出された王子を助けるために周りの国を滅ぼしたがその王子が私利私欲にまみれていって結局は全て海に沈めちまったらしい」それから顔を歪めて言う。「工芸品は繊細で超逸品だからよ、もったいないったらありゃしねぇ」
と言って私にその国で作られたブローチを見せる。
生活のための資金繰りに4、5年前に遠くの地で売ったそれは旅商人にとても丁重な扱いをされていた。冷や汗が背中を伝う。それからどうやって帰ったかは覚えていない。
私の記憶は森の中で佇んでいる所から始まる。
しばらくぼんやりとしていると馬の足音が聞こえてきて、馬上にいた人から声をかけられた。
「ここで何をしている?」
「さあ? 気づいたらここにいたわ」
「異能持ちのようだが首輪はどうした?」
「異能持ち? 首輪?」
「何も知らないのか?」驚いたようにその人はきく。
「ええ。だってここまでの記憶が無いもの」
そこで私はその人に保護され、赤い色が混じる瞳を持つものは強い力を持っている事、国の紋章のついた隷属の首輪をつけることで国に保護してもらえる事を教わった。また私の様に純粋に赤い瞳は珍しい事も学んだ。その人はその国の王子でその人の護衛兼メイドとして働く事になった。
王子と戦場に行く事になった時のことを今でもはっきりと覚えている。
その日の王子は珍しく荒れていた。
私室に入るなり声を荒げ王を罵り異能持ちだからと戦場行くよう言われた私に何度も頭を下げた。
場面が切り替わる。
私は王子と高台にいて、草原に蠢めく敵兵を見下ろしていた。
「数が、、」敵兵は報告よりも何倍も多く、こちらの兵では太刀打ち出来そうに無い。前にいる王子は震えている様に見えた。
そのとき私には何をするのが最善かわかった。
「王子、私が何とかいたします」
「リア?」
「失礼します」
王子の前に立ち、祈る。
ーーーーーすべての敵兵にふさわしい死を
その瞬間に目下の草原は血の海になった。
本当にこんな事になるなんて。凄まじい吐き気と悪寒が全身を這いずりまわる。後ろにいる兵の騒めきが広がる。
「リア!」
王子は馬から降りると崩れ落ちそうになる私を抱きしめ、小さな声ですまないと言った。
それから王子は私を抱き抱えて馬に乗り、進軍を進めた。王子は圧倒的な勝利を収め、敵の国は私仕える国に吸収された。城に戻った私に待っていたのは金髪で赤い瞳の化け物を王子が飼っていると言う噂だった。
それから大陸を統一したい王は何度も他の国に戦争を仕掛けた。もちろんそれには王子も私も駆り出された。
本当の悪夢は王子が王になってから始まった。王になってから王子は、いや、その国の王は人が変わった様になり、私に戦争と言ってもいいのかわからない、1人で隣国を滅ぼす様に命じる様になった。
「リア、次はーー国を」
「王様、何故です?王子だったころはそんな肯定した事なかったではないですか。何故前王と同じことを」
私が必死に訴えると王は言う。
「必要だからだよ。他の国に君の様な化け物が居るかもしれないなら、攻め込まれる前に早く大陸を統一するべきだろう?」そう言って玉座から見下ろしてくる目は前王のそれと変わりなかった。
「私のリア。やってくれるね?」王がそう言うと首輪から不快感が広がる。首輪が壊れないように甘んじて受け入れていたそれを受け入れ、いつか悪い夢がさめてくれると信じ、私は小さくはいと答えた。
「ひっ、化け物!」
次の瞬間に上がる血しぶき。味方はいない。
ーーーー誰か、
「ち、近寄るなあああ!!」悲鳴をあげる敵兵。抱きしめてくれた王子はもう居ない。
ーーーー誰か、許して。
辺り一面の血の海。遠くなって行く王子の背中の幻が見える。
ーーーーお願い、側に
「側に居て…」
「ディア様?」心配そうに覗き込むノエルが視界に入る。気がつくと自宅のベッドにいた。どうやら夢を見ていたようだ。
ノエルが私の頬の涙の後に手を伸ばす。それで気がつく。奴隷に弱ってるとこを見られるなんて。
「ディア様、大丈夫で「出て行って。」」
「え、」伝わってくる、困惑。
「部屋から出て行って。」私はノエルに背を向けると首輪が反応するように命令する。抵抗すれば苦しむ事になるはずだ。
「ぅ…ぐっ」それでも呻き声は聞こえてもノエルが出て行く気配は無くて。
「出て行ってよ!!」ああ、もう泣きそうだ。
一瞬、後ろからまわって来た腕に理解が遅れる。私はノエルに抱きしめられていた。ご丁寧に尻尾まで巻きついている。
「や、です。………………僕は、側に居ます。」
背中から伝わる温もりは痛いほど優しくて、溢れる涙は止まりそうもなくて、私は抗うことをやめた。
朝の日差しが穏やかに入ってくる。重い瞼は昨日の出来事を証明していた。振り向けば愛しい私の猫が視界に入る。まだ眠っているそれの頬に手を添える。
「ほんと、手放せなくなったらどうしてくれるの」ふう、とため息を吐く。朝ごはんの支度をするために起き上がろうとして、強くなった腕の拘束のせいでベッドに逆戻りする。青空のような瞳が私を見つめていた。
「ディア様、僕の全てはディア様に捧げると決めているので手放さなくて、いいです」ふわりと微笑んだ猫は腕の拘束を緩めずに二度寝を始める。
「そう……そっか」ニヤけた頬をそのままに私も今日は二度寝をしてしまおうと決めた。
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