進撃の奇人
不快な視線を感じて目が覚めると、私は自室にて布団に包まっていました。友香さんから貰った荷物を運び込んで疲れ果てた私は、晩御飯も食べず、シャワーも浴びずに寝てしまっていたようです。
時計を確認するともう真夜中でした。少なくとも高校生が出歩ける時間ではないのですが、立ち上がって電気を付けて、冷蔵庫を確認すると中は空っぽ。とてもではありませんが、買い物に行かなければ明日を迎えられません。
疲れも多少は取れましたし、少し外を歩く事にしました。
お財布はどこに置いたっけ、と部屋を探ると、財布と一緒に、先日友香さんにあげたはずのペンが転がってきました。
「あら?」
貰った物の中に紛れ込んでしまっていたのでしょう。こうなれば月曜日に返す他ありません。だってほら、明日はお休みですし。疲れも溜まっていますし。休日は休みたいですし。
そのまま筆箱にでも入れれば合理的なのでしょうが、空腹と眠気のダブルパンチを喰らっていた私は、そのペンをポケットに入れました。そういえば私はいつの間に寝巻き用のスウェットに着替えていたのでしょうか。着替えた記憶は無いのですが……。今は深夜です。人目も少ないでしょうし、買い物に行くためだけに着替えるのも億劫でしたので、私は寝巻きのまま外に出ました。
握り締めたお財布。そのまま持つのは危ない気がして抱きしめるようにしていました。少し歩いてコンビニの前まで来ると、自分の失態に気付きます。
私、絶対に年齢確認されますよね。
普通の高校生が出歩いていて良い時間ではありません。社会ルールに敏感である善良な店員だったら、何も売らないどころか警察を呼ばれかねません。
私は嘆息しました。
「ここまで来てご破算ですか」
居直り強盗よろしく開き直って大人のふりが出来るのは外見がある程度大人っぽい人だけ。小学生に見えるはずが無い外見でも時折(極稀に。一週間に三回くらいだけ)小学生だと言われる私には出来ない芸当です。諦めて来た道を引き返し、自動販売機でお汁粉でも買おうかと考えていた時でした。
「おや、どうしたんだい?」
どこかで聞いたことのある声に呼び止められました。
警察の方でしょうか、と不安を抱きつつも振り返ると、そこには壮年の男性が立っており、ジーンズにワイシャツという間違えても警察には見えないラフな格好をしていたため、私は心中で安堵します。
「君、ご両親は一緒じゃないのかい?」
身を屈めて私と同じ高さに顔を持ってきたその人の顔がよく見えるようになると、安堵はさらに確固たるものとなります。この人は確か、私が都会へ初めて来た日、駅で親切にしてくれた人です。
「両親は地元です。えっと、私は進学で都会へ来たのですが、晩御飯を食べそびれてしまいまして……」
ご飯を買うために深夜俳諧していました、とまでは言えずに言葉を濁すと、その男性は柔らかく笑い、
「じゃあうちに来て食べていくかい? と言いたいところだけど君みたいな子をこんな時間に招待するには些か適さない場所だからね。もしよかったら、そこのコンビニで何か買ってきてあげようか?」
色々と察してそう提案してくれる。この人はいったいどこまで紳士なのでしょう。
普段ならそこまでの迷惑はかけたくないため丁重にお断りするところなのですが、如何せん状況が状況です。ここはお言葉に甘えさせて頂こうと思ったまでは良いものの、気恥ずかしさが優先して言葉が出ません。しかし、私の沈黙を是としたのか、男性は「ちょっと待っててね」と、コンビニへ向かっていきました。
ほんの二分程度で戻ってきた男性は素敵なダンディースマイルと共に、食べ物と飲み物が入ったコンビニの袋を私に差し出してくれました。当然の義務として対価を支払おうとお財布を取り出すと、男性はそのお財布に手を翳し、優しく下へ降ろします。
「これは僕の奢りだ」
ウインク付きの素敵なサービス。ああ、都会にはこんな人も居るなんて、感激のあまり泣きそうです。
「えっと……良いのですか?」
「ああ、もちろんだとも。ただ変わりに約束して欲しい。もう、こんな時間に外を出歩いたら駄目だよ?」
「あ……はい。ごめんなさい」
「そんなに落ち込まなくて良いんだよ」
男性は柔らかく笑って私から距離を置くと、ふと、私の腰元を見て怪訝そうな表情を浮かべました。何か付いているのでしょうかと思い見てみましたが、面倒が高じてつっこんでしまったペンがはみ出ているだけでした。
何が気になったのでしょうと思い顔を上げると、男性は眉を潜め、口元に手を当てて何かを考えています。
ふと、何かを呟いたような気がしました。しかし声は聞えません。
「えっと……」
どうしたものでしょう、と考えていたら、途端に男性の顔が険しくなりました。まるで敵兵の気配を察知した兵士のように辺りを窺うと、急に私の手を取ります。
「特に用事というわけではないのだけれど、ちょっと着いてきて貰っていいかな?」
そして私の手を引き、彼は走り出します。私の体力を考慮してくれているのでしょう、そこまで早くはありません。それでも百メートル強の距離を走りコンビニの近くから離れると、男性は再び辺りを見回し、そして、なんの前触れもなく私の腰へ手を伸ばしました。
「ひゃぅぐっ……」
思わず悲鳴を上げそうになると、男性は人差し指を立てて、「静かに」と言外に告げます。その手には、私のポケットにあったペンが握られていました。
「君、これは誰から貰ったんだい?」
問われ、ふと思い至りました。もしかして、この人がこのペンの持ち主だったのでしょうか。だとしたら返さなければなりません。
「いえ、誰から、というわけではなく、拾ったんです」
「どこで?」
「それもよく解らないんですよ。えっと、気付いたら荷物の中に入っていたといいますか」
自分で言って、おかしな事を言っている自覚はありました。さらに訝しむような表情を深めた男性の顔つきが、事態の不自然さを証明しています。
男性は少し考えて、ふと何かを呟きました。よく聞き取れませんでしたが、態度から察するに「仕方ない」的な呟きだと思います。
「持ち主に心当たりがあるのだけれど、少しの間、これを僕に預けてくれないかな。勿論心当たりが外れたらすぐに返す」
正規の持ち主を探していた私としては渡りに船です。友香さんがこれを完全に自分のものだと思っていたとしたら少々寝覚めは悪くなりそうですが、元来、彼女は正規の持ち主ではないのですから、不承不承であろうと納得してもらいましょう。
「解りました。お願いします」
ペンは既に男性が握っているのですが、献上の意を示すために身振りでよいしょします。
すると男性はどこか安心したような顔付きで、「よかった」と浅い息を漏らし、さらに何かを思いついたかのようにアイフォンを差し出してきました。
「よかったらで良いのだけれど、連絡先を交換しないかい? このペンの持ち主を見つけた時の報告は勿論なんだけど、君は今、一人暮らしをしているのだろう? 困った時は是非、力になりたいんだ」
「え……いえいえ、ペンの持ち主については一任しますし、会って間もない人にそこまでお世話になるわけにはいきません」
そこまで優しくされてしまうと申し訳なさで押しつぶされてしまいそうですし。しかし男性はどこか遠い目をして、続けました。
「僕も昔、ここへ一人で来てね。地元が田舎だった、というわけではないのだけれど、訳あって色々と戸惑ったものだよ。君も同じ境遇なのだと思うと、不安で夜も眠れなくなりそうなんだ。僕のためだと思って、力にならせて欲しい」
伊達男とはこの人の事を言うのでしょうか。紳士の鏡。もしくは天然ナンパ師。この人を形容する言葉があるのなら、どなたか教えて下さい。
「解りました……。えっと、よろしくお願いします……?」
これほど優しい人、私の地元には居ませんでした。新手のナンパ師なのだとしても偽善は事実人を救いますし、悪い事ではないと思うのです。なので、私はその男性と連絡先を交換しました。そこでようやく知ったのですが、その人の名前は藤枝重弦というようです。成る程、渋い外見に見合った、かっこいい名前だと思いました。
ペンは持ち主に目処が着いた事を友香さんに報告しようとしたのですが、彼女は月曜日、学校には来ませんでした。
「体調でも崩してしまったのでしょうか……」
だとしたら心配です。しかし放課後、彼女の携帯電話へ連絡してみても繋がりませんでした。連絡も無く突然家に押しかけるのも気が引けます。なので報告は明日にしようと思ったのですが、翌日も、翌々日も友香さんは学校を休み、ついに木曜日になってしまいました。
「……寂しいです……」
私はまだ、友香さん以外に友達と言える友達が出来ていません。彼女が丸々一週間も学校を休むほど不健康な毎日を過ごしていたとは思えませんし、不登校になるほど追い詰められているようにも見えませんでした。少なくとも私が見ていた限りでは、彼女が学校に来なくなるような理由は見当たりません。
「少し押し付けがましい気はしますが、行ってみますか……」
毎日連絡をしても繋がらない、なんて、普通では考えられません。何かあったのだとしたらやはり心配です。でも、事故や大きな病気を患ったのだとしたら担任の先生がクラスに報告しますよね? そういった報告はされていないので、そこまで大げさなものではないだろうとは思います。
なんにせよ様子を見に行こう。そう思って放課後、土曜日に荷物を運んで貰った時の記憶を頼りに、彼女の家へ向かいました。しかし、当時の移動が車だったこともあり、途中で道に迷ってしまいます。
「……ここはどこでしょう……」
引き返せば帰れなくもないので、行けるところまでは行こうと思います。
そしてさ迷う事一時間。学校に居る間もずっと友香さんの携帯電話を呼び出していたせいか、私の携帯電話は電池切れになってしまいました。しまった、と苦虫を噛んだ調度その時、見覚えのある屋根を見つけます。ようやく友香さんの家にたどり着いたのです。
日はもう暮れて、街灯無しでは歩けなさそうな状況。そんな不安や疲れを忘れるために一度だけ自分の頬を叩き、家の呼び鈴を鳴らしました。
数秒の沈黙。しかしすぐに扉は開きました。
「あらあら、確か小町ちゃんだったかしら?」
出たのは友香さんのお母さんです。
「先日はお世話になりました」
礼儀として謝辞から入ると、友香さんのお母さんは嬉しそうに口元へ手を当てながら、
「あらあら相変わらずしっかりしてるわねー。友香にも見習わせたいわ」
と、決まり文句のような社交辞令を返してきます。流石は大人です。しかし、いつまでも円滑な人間関係の構築に時間を費やすわけにもいきません。私は早々に本題へ入る事にしました。
「友香さんのお見舞いに来たのですが……」
その言葉が合図だったかのように、空気が一変します。
「え、あの子、体調崩してるの?」
親がそれを知らない、というのは、有り得ることなのでしょうか。だとしたら都会、恐るべしです。
「今週は一度も学校に来ていないですよ?」
念のために言うと、お母さんもそのことは知っていたらしく、頷いてから答えました。
「てっきりずる休みかと思ってたわ。でも、せっかく来たんだから、上がっていって」
ずる休みを四日も連続で使うとは思えないのですが、私はそれは言葉に出さず、お母さんの後に続きます。
「あの子が中学の時は、休んでも誰もお見舞いに来てくれなかったから、うれしいわー」
「え、そうなんですか?」
それは意外……というのは、よくよく考えてみればそうでもありませんでした。確かに、友香さんが学校で、私以外の人とはあまり話していません。あんな活発な女の子に友達が少ない? そんな事って有り得るのですか?
そんな不安と不満が入り混じった気持ち悪い感情を誤魔化すため、友香さんのお母さんの背中を追いながらも辺りを見回しました。普通の一軒家です。といっても、ここは都会で土地や物価が高いことを考えると、田舎者たる私にとっての普通は通じないのだろうなとは思います。多分、結構な建築費が掛かったお家かと。
廊下を抜けて階段を上がり、二階へ。その一番奥の部屋をお母さんがノックすると、スライド式の扉がゆっくりと開きます。土曜日以来の顔がそこにはありました。しかし、妙にやつれているような気がします。
「こんばんわ、友香さん。大丈夫ですか?」
いきなりご挨拶だな、とは思いましたが、あまりにも顔色が優れないため真っ先に聞いてしまいました。すると友香さんはにゃははと元気なく笑い、
「来ちゃったんならとりあえず中入ってよ。風邪とかじゃないからうつらないし、今、調度小町ちゃんに会いたかったの」
私の腕を引いて中へ誘う友香さん。扉を閉める直前、友香さんは母親に向かって「絶対に入ってこないでね」と忠告していました。お年頃の女の子が、自分の部屋には誰も入れたくないと思う気持ならよく解ります。きっとその一環でしょう、と思っていた瞬間が私にもありました。
私は友香さんの部屋を一瞥して、不思議なものを見てしまいました。友香さんの部屋はとても質素で、無駄なものは殆どありません。
十畳程のフローリング。入り口、つまり私が今立っているのは北側です。西の壁際に漫画用の本棚。その隣に少し散らかった勉強机にクローゼット。東の壁際にベッドがあり、その上にふたつだけちょこんと置かれたぬいぐるみ。部屋の奥、つまり南側にどかんと置かれた二畳程のサイズの檻。
「…………」
ん?
「ささ、入って入って」
友香さんは言いながら、私の背中を叩きました。いえ、違います。叩いたのではありません。私の背中に回りこみ、これでもかという程の素早さで私の腕を掴んで両手を束ねさせ、何かを装着させられたのです。
後ろで強制的に組まれた私の腕。鉄の感触。
「あの……今までに経験したことが無いので定かではないのですが……これはもしや手錠というやつでは……?」
冷や汗を噴き出しながら確認すると、私の前に回りこんできた友香さんは、さっきまでの青い顔が嘘だったかのように晴れやかな笑みでもって頷きました。
「うん。大正解」
にこやかに言って、友香さんはどこか愉しげに私の背中を押しました。
「ささ、入って入って」
聞き覚えのある台詞を言う友香さん。私は押されるがまま、檻の中に入れられます。
「んん?」
あれ? なにかがおかしいですよね。今、何が起きてるんですか?
現状は理解出来ないのですがひとつだけはっきりしているのは、この檻の中がとても快適だということです。絨毯は私が布団に使っているものよりもふかふかですし、入り口の隅を見るとなにやら高そうなアロマの機械が。ほのかに爽やかな香りのする水蒸気は、私のすぐ隣を通り抜けていきます。
「……あれ?」
がちゃ、と、檻の入り口が閉められ、素早く施錠されました。手際の良い友香さんの手付きは、どこか慈愛に満ちているように見えます。
「あれれ?」
現状が理解出来ず首を傾げると、友香さんはしゃがみ込んで両手に顎を乗せ、とても嬉しそうな表情を浮かべていました。新しいぬいぐるみを愛でる子供のような目は、見ていてほがらかな気分になってきます。
ところでなんですが。もしかして私、閉じ込められました?
「あの、友香さん?」
「んー? なーに? 小町ちゃん」
お酒でも飲んでしまったのでしょうか、と思うような、呂律の悪いゆったりとした口調。
「これは、なんですか?」
「あはは、どーみても檻じゃん。鉄製の檻だよー。これ作るのに五日も掛かっちゃったんだー」
本当に、心の底から嬉しそうな声。お酒に酔っているのではなく、空気に酔っているからこその口調なのだと気付きました。
「五日も掛けて作った檻に、どうして私を……?」
そもそもどうしてこんなものを作ったのかというお話でして。冗談にしては気合が入りすぎているようにも思えるのですが、如何せん私は彼女と出会ってまだ浅いです。もしかしたら彼女は、こういうジョークに心血を注ぐ方だったのかもしれません。
しかし、
「守るためだよ」
と、友香さんは言いました。
「この街には変態が沢山居るの。沢山沢山。本当にたくさん。中学の時もそうだった。同級生に沢山の変態が居て、沢山沢山更正させてきたんだ。別に、正義の味方になりたいとかじゃなくってね。そういう変態って、高確率で弱い子を泣かせるの。それが許せなかったんだ」
結構シビアなお話をしていると思うのですが、どうして友香さんはまだ笑っているのでしょうか。
「それでね、私、気付いたの。変態を駆除する方法」
彼女は立ち上がり、そしてクローゼットを開け放ちました。
「……な!」
思わず顎が外れそうになりました。開かれたクローゼットからどさどさと溢れ出してきたものは服なんかではなく、沢山の武器だったからです。刃渡りの短いナイフ。淡い青色のスタンガン。小型小銃を模したのでしょうガスガン。警棒。等々。
「武器は揃ってるんだ。でも、ほら、変態って逃げ隠れするの上手いじゃない? すぐに手の届かないところに逃げちゃうじゃない?」
友香さんは愉悦に満ちた感情を抑えきれなくなったのか、ふひひ、と不気味な笑みを溢し、自分の顔半分で片手で隠しました。
「それでね、ふふ、えっと……だからね」
握られたスタンガンが、バチバチ! と、断続的な音を鳴らします。
「ふふ、ふひひ、なんていうのかナ、変態って、ホラ、その、ゴキ○リに似てるじゃない? 増えるとこトカも」
……人権問題に関わる発言かと……。というか、この街の変態って本当に増えるんですか?
「えっと、その言い方は酷すぎませんか……?」
「ひどくないヨ! 全然これっぽちもひどくない! だって相手は変態だもん」
さっきからどうしてカタコトなのでしょうか。
「友香さん、何があったんですか? そんなの、優しい友香さんらしくないです!」
私が変態さんを擁護すると、途端に友香さんは青ざめた表情で私を見下してきました。
「ああ、やっぱりコマチちゃん、あたしと同じでオボえてないんだね」
少し聞き取りづらくなってきました。だから耳を澄ましてしっかり聞こうとした瞬間、今度は耳を疑う事に。
『俺の作品を読めぇえええええええ!』
「ひう!?」
突如響いた機械交じりの怒声に、思わず浮き足立ちます。音のしたほうを見ると、友香さんの勉強机の上に再生機らしきものがありました。勝手に動き出したのでしょうか。しかし友香さんは再生機を止めようとするどころか、まるで聞き入るかのように目を閉じます。
『ライトノベルにはラッキースケベと萌えが必要不可欠だというのなら、致し方あるまい……幼女よ! 俺の作品の萌え要素となれ!』
再生機から漏れる気味の悪い声。ところどころ音が切れているのは、今のテープが編集されているからでしょう。
『幼女に股間を蹴り上げられる』『俺もまた萌えなのだ!』
編集の仕方に悪意を感じるのですが……。
『幼女の脚に踏まれる……ああ』『新境地に』『生まれてきたんだ……』
この材料となる発言をした人もした人ですが、編集した人はきっと心が病んでいたのでしょう。そうとしか思えません。
『美女美少女美幼女に罵られながらいじめられるのは』『素晴らしいだろう!』
気付けば、私の思考はフリーズしていたようです。再生機が止まってようやく我に返ると、最優先すべき疑問をぶつけました。
「今のテープ……私達の声も入ってませんでしたか?」
というか、まるで私が録音したかのような距離感でした。私が何かしらの発言をすると、殆どの音が私の声によって掻き消されてしまっていたからです。
「そう。これは、あたしたちがじっさいにそうぐうしいたことなの」
おや? 友香さんの様子が。
「でもおぼえてないんだー。ふしぎだよねー。もうさ、へんたいだのへんじんだのが、ついに、きおくをけせるようになったとしか、おもえないの」
なんとか聞き取ってはいるものの、そろそろ危うい気がしてきました。
私に記憶は無いのですが、こういった物的証拠があるのですから変態と遭遇していたことを事実としましょう。でもだとしたら、どうして記憶が無いのか、という問題もさることながら、もうひとつの疑念が生じます。
しかしその疑念はなんとか振りほどき、私は、違う質問を友香さんにぶつけました。このまま会話を中断してしまったら、友香さんが人ならざる人になってしまう気がしたからです。
「ところで、そのテープはどうしたのですか?」
「んー? とーちょーだよー?」
にんまりと笑う友香さん。
駄目でした。既に人ならざる人になってました。
「こまちちゃんに、ずっとしかけてたんだー。ほら、このまちのへんたいからまもるためにね」
大義名分も良いところです。そこまで言われたら感謝してしまうではありませんか。
「友香さん……そんなに私の心配を……」
「でも、もーだいじょーぶ。あたし、きめたんダ」
再び不気味に笑い出した友香さん。まるで悪魔の囁きを聞いてしまったかのように、何かに取り付かれでもしたかのように、彼女は続けます。
「まずはネ、やつらをオビきダすの。それで、イチモウダジンにしてやるって」
愉しげに、自身の顔を掌で覆い隠して、体をくねくねさせながら。
そして――
「スベてのキジンを、アタシがクチクしてやる……!」
――私は戦慄しました。
まず、友香さんが正気ではなくなっているということ。
次に、友香さんの背後にある、宙を舞う武器達。
そして、明らかに突拍子の無い作戦の提案。
「そんな……」
間違いない、と私はその悲劇を嘆きました。
「なんで……こんなことに……」
彼女は、友香さんは自分で言っていたではありませんか。
そう。
――この街の変態は、感染する。
と。




