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トンこま!  作者: 根谷司
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へん、たい、だぁぁぁぁああああああ!

 平和な日が何日か続きました。というととても良い響きなのですが、入学して一週間目で既に平和、というのはどうなのでしょうか。言ってしまうと友香さん以外に友達と言える友達が出来ていないのですが、これは看過できない事態なような気もします。そしてその日の放課後も、今まで通り友香さんと帰路に着いていました。


「本格的な授業が始まるとほんっと疲れる」


 隣で愚痴を溢す友香さん。疲れるほど難しい問題はまだ出ていないと思うのですが、それを言うと嫌味になってしまうでしょうし、私は苦笑だけで答えました。


 学校から駅付近を避けた、人通りの少ない道を歩いている時のことです。その悲劇は突如として訪れました。


「出された宿題明日までとか、ほんと最悪」


「よかったら、一緒にやりま」すか?


 言いかけた言葉がと止まったのと同時に、歩みも止まります。何か、柔らかいものをむにゅっと踏んだからです。


「どしたの、小町ちゃん」


「いや、その……」


 視線を下に落とします。


 私が踏んだもの。それは――




「幼女の脚に踏まれる……ああ、なんという快感……」




 ――仰向けに寝転がり悦に浸る男性の顔でした。




 思考回路カンゼン☆凍結~私の心、へし折れます~




 まさに、呼吸さえも忘れた瞬間でした。


「どうしたのかな? いいんだよ、もっと踏んでいいんだ。ほら、日頃のストレスを発散するつもりで、お兄さんを使って靴を磨くといい」


「…………」「…………」


 私と友香さん、揃って無言です。当然です。むしろ頭の中が真っ白です。どなたか、状況を説明して下さい。


 とりあえず離れましょう。距離を取りましょう。そう思って脚を挙げようとしたら、


「待ってくれ!」男性は血相を変えて懇願してきました。「その脚をどかす前に反対の脚で踏んでくれ! 勘違いしないで欲しいのだけど、これは決してぼくの性癖ではないということだ! 慈善活動なんだよ! ほら、現代はストレス社会って呼ばれているだろう? ならばぼくが、ストレスのはけ口になろうと思っただけなんだ! 信じてくれ!」


「へ、へへ、へ……へん……」


「ん? くしゃみかな? いいよ、くしゃみのついでにぼくを蹴り飛ばしてしまったところで誰も君を責めない」


「……へ、へん、たい、だっぁぁあああああああああぁ!」


 耐え切れずに絶叫してしまいました。勢い余って男性の顔面をサッカーボールよろしく蹴り飛ばしてしまったのですが、不思議なものです。罪悪感は皆無でした。


「素晴らしいキックだ! サディスティッククイーンを狙える程の威力だったよ! その調子でももっとぼくをドバフ! 待ってくれ、どうして君までぼくを蹴るんだい! オゴフッ!」


 復活した友香さんが無言で変態さんを足蹴にしていました。まるで、変態を撲殺する機械になったかのようでした。とりあえず、私も参加しようと思います。ほら、私は都会に越してきて間もないので、ストレスが溜まっているのですよ。この変態さんが先程公言した大義名分を真実とするためにも、ストレスは発散しなければ……。


「ああ、いい、いいよ! これぞまさに二人同時攻略! 新境地に飛び立てそうだ!」


 ……暴力は何も生まないとはよく言ったものです。ストレス発散どころではありませんでした。そもそも私、今ままで人を蹴ったことなんて一度も無いのです。逆に今、罪悪感に見舞われないのが不思議なくらいでした。それでもこの脚は勝手に、本能がそうしろと叫んでいるかのように、男性の顔面を踏み続けます。その度に歓喜して頬を紅潮させる変態さんを見たくなくて、さらにさらにと蹴っていきます。私、こんな暴力衝動があったんですね。自分でもびっくりです。


「しね……へんたい、しね……」


 呪詛のようなものを呟きながら変態さんを蹴り続ける友香さん。目から光は失われていて、催眠術でも受けているのでは、と思ってしまうほどに彼女は錯乱しています。そこで気付きました。このままではいけない、と。


 私は勝手に動いていた足をなんとか止めて、友香さんの肩を掴みました。


「逃げましょう」


 考えてみれば当然の対応です。


 私に肩を掴まれたことでようやく我を取り戻した友香さんは一瞬だけ浮き足立ってから頷くと、もう一度変態さんを一瞥。すぐさま逃げる態勢を取ってから、信じられないものを見たかのようにもう一度、男性のほうを見ました。どうしたのでしょう、と思い、私も男性を見て、自分の目を疑い、息を呑みました。


 寝転がったままの男性。下は当然コンクリートです。私も友香さんも、必死になって彼を蹴っていました。踏んでいました。にも関わらずその男性は、傷ひとつ負っていなかったのです。


「っつ……!」


 有り得ない。そんな馬鹿な。と、半ば現実逃避してみるものの意味はなく、硬直してしまった私達に気付いた男性こと変態が立ち上がるまで、何も出来ませんでした。


「ぼくはね、傷付けられるために生まれてきたんだ……」


 立ち上がりながら虚ろに、変態は呟きます。


「だって、傷付けられるって、とっても気持ち良いんだよ」


 一歩、変態はこちらへ歩み寄ります。


「特にね、美女美少女美幼女に罵られながらいじめられるのは……もう言葉も出ないくらいなんだ」


 言葉も出ないくらい気持ち悪かったです。なにがって、その愉悦に満ちた笑みが。


「だけど、ぼくは気付いた。ぼくがぼくのままでは、いつか、いじめられなくなってしまうと……だってそうだろ? 人の体には限界がある。いじめられすぎるとね、ガタが来ちゃうんだよ」


 変態語は私には理解出来ません。どなたか翻訳を……。


「そこでぼくは手に入れたのさ。限界の来ない体を……そう、回復能力を!」


 どなたか翻訳を!


 気付けば、私と友香さんは抱き合っていました。だって怖いんですもの。この変態さんはただの変態さんではありません。常軌を逸した変態さんです。


「ぼくに傷を負わせたのが美少女ならば、ぼくの傷はたちまち回復するんだ。これなら、相手が他人を傷付けられないような優しい子であったとしても、罪悪感に苛まれる事は決してない! 素晴らしいだろう!」


「なら消えて下さい」


「中傷さえも無効化されるのだから便利な能力だよ!」


「それはただ単に能天気なだけでは……?」


 勇気を出して会話を成立させてみたはいいものの、結局会話による譲歩は叶いませんでした。


「とにかく、逃げましょう友香さん」


 耳打ちして彼女の手を掴み走り出そうとしたのですが、彼女がその場から動こうとしませんでした。というより、一切の力が込められていない、いわゆる脱力状態にあったのです。おかしいと思い顔を覗きこむと、彼女は立ったまま気絶していました。かわいそうに、白目まで剥いています。


「どうしたんだい? 体調を崩してしまったのかな? それはいけない。今すぐ病院に行こう。ぼくが馬になるよ」


「この子のことを気遣うのであればそれ以上近付かないで下さい!」


 自分でもびっくりの反応速度でツッコミと回避行動を取っていました。


 気絶してしまっている友香さんを抱きかかえ、庇うようにして後ろにやります。壁が私程度では心もとないとは思いますが、無いよりはマシでしょう。


 変態は私の要求をあっさりと呑み、立ち止まります。思っていたよりは理解のある変態だったのでしょうか。……と、思った私が馬鹿でした。


 変態は両手を挙げて降参のような体勢を取り、言います。


「じゃあ荷台を用意しよう。それと三角木馬だ。君達は荷台に乗る。そして荷台と繋いだ三角木馬にぼくが乗る」


「三角木馬がなんなのかはわかりませんが、少なくともあなたが木馬に乗る意味はないかと」


 木馬では荷台を引けませんし。そもそも引っ張ってもらう必要も無いのですが。


「ならばどうしろと言うんだ!」


「ひうっ!?」


 変態がいきなり声を荒げるものですから、思わず変な悲鳴を上げてしまいました。喉が鳴った、と表現すべきでしょうか、そんな感じの声です。


 変態は主張を強めます。


「君の友達は病院に行ったほうがいい! ぼくはいじめられたほうが良い! ならばここは三角木馬に乗ったぼくが荷台を引き、ぼくの体力が危うくなったら君が鞭でぼくを叩く! それが理想じゃないか! まったく無駄の無い陣形じゃないか!」


「ですからあなたが木馬に乗る意味は無いです! そもそもそれらのアイテムを用意している間に病院へ行ってしまったほうがよっぽど効率的です!」


「あいわかった! 今すぐ必要なものを用意しよう!」


 変態が指を鳴らすと、何もなかった場所からいきなり煙が上がりました。しかしその煙は現れると同時に風に吹かれて消えていき、変わりに、煙の中からいくつかのアイテムが出てきます。


 鞭。


 荷台。


 鎖(首輪付き)。


 人が乗る場所が何故か三角に尖っている木馬。


「……ふぇ……?」


 変態による変態のための変態魔法が行使された模様。


 私、もはや涙目です。


「泣かないでくれ幼女! 泣きたければまずぼくを泣かせていけ!」


 平和だった日々が蘇ってなだそうそうです。


 もういやです。もういやです。ほんとうに、こころのそこからもういやです。


「……へんたいさん……、どっか……、いって、ください……ひっぐ」


 言葉にした途端に恐怖と気持ち悪さが溢れてきて、嗚咽が止まらなくなりました。


「はっ……。いや、その、ごめん、ほんとうに泣かせるつもりはなかったんだ」


「うそです……泣かせるつもりがないなら、ひっぐ、今すぐ私達を解放してくれるはずです……」


「うっ……その……少し、テンションが上がりすぎちゃったみたいで……ぼく、どうかしてたよ。ごめん」


 そう言って踵を返した変態さんは、そのまま私達から離れていきました。きっと、私の涙が彼の心に平常心を与えてくれたのでしょう。


 ……まぁ、うそ泣きなんですけど。


 ざまぁみてください変態! と思いながら、去り行く変態の背中を見た時でした。


「どっせぇぇぇぇぇえい!」


 ――いきなり空から女の子が降ってきて、変態を踏み潰しました。


「ぐびゅっやぁあ!」


 地に伏す変態。変態の上に着地した女の子は、どこかで見たことのある服装をしていました。ピンク色の生地に白いふわふわフリルが付いたワンピース。まるで、私お気に入りのリュックサックを服にしたかのようなファッション。


 超、可愛いです。私もあれ、欲しい。


 アニメの魔法少女のそれに酷似した服装なのですが、現実に見ると可愛すぎていけませんね。少女の顔こそ見えないものの、背格好からして小学生くらいだろうと思います。


 その魔法少女もどきの少女はいったいどこから降ってきたのか、という疑念は勿論ありましたが、それよりも、着地早々に無言で変態を蹴りまくる姿は圧巻でした。


「いたっ、あの、ちょ、ま…っ」


「……………」


 無言を貫く魔法少女。回復するはずの変態は何故か徐々に力を無くしていき、次第に抵抗さえしなくなりました。


 そして空へ助けを乞うように伸ばしていた変態の手が地面に落ちると、魔法少女はどこからともなく魔法ステッキらしきものを取り出します。文字通りどこからともなく、です。服の中から出したわけでもなく、まるで空気の中に初めからあったかのように取り出された魔法ステッキ。


 魔法少女がそれを掲げると、紫色の煙のようなものが変態から漏れ出し、魔法ステッキの中心にあるピンク色の宝石の中へと吸い込まれていきます。


 事態が急展開過ぎたからか、私の視界が少しずつ霞んできました。


 全ての煙を吸い終えた魔法少女がこちらを向きます。しかし、視界がぼやけているせいで、顔がよく見えません。


 こちらへ歩みよる魔法少女。


 彼女はついに私の目前で立ち止まり、その手を、指をこちらへ向けてきました。


 目をこらして顔を見ようとしましたが、やはり顔はよく見えません。


「ごめんなさい。今のことは忘れてもらいますね」


 そう言って、魔法少女は指から灰色の光を放ちました。


 途端に、フェードアウトで終える舞台劇のように、視界が外側から暗くなっていきました。


 意識が手放されるその刹那、聞き覚えのある魔法少女の声に驚いたような気がします。


 霞んで曖昧な少女の顔。


 おぼろげに聞こえた幼い声。


 ……それはまるで、私のもののようでした。

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