新・心の折れたエピローグ
私と黒槻さんはコンクリートの上、隣合わせになって倒れていました。
終わったのです。積み上げられた想魔の山も、黒槻さんと二人で心力を吸収して宿主の怪我を治してという作業を何度も繰り返す事で無事に処理。ついでに記憶も曖昧にして、夢の中の出来事でした、という事にしました。ああ、魔法の便利たるや如何ともしがたいです(やり遂げた感が度を越して日本語がおかしくなった)。
夜明けを控え、コンクリートの上に四肢を放っていた時です。ふと、とある疑問が脳裏を過ぎりました。
「どうして、救急車やパトカーが来なかったのですか?」
あれだけの惨事になりながらも公共機関が発動しないのはおかしいと思いました。事実、私が軟禁されていた五日間ではそれらが動いていたはずですし。
「ああ、それはな」
魔法少女の衣装ではなくなり、ジーンズにシャツというラフな格好の黒槻さんが言います。
「どうやらこの駅周辺に住んでいた人間は、全てが想魔になっていたらしい」
「な、成る程……」
道理で、未来から来た『私』が言っていた数と実際に群がっている想魔の数に違いがあったわけです。明らかに百どころの数ではありませんでしたからね。とにかく、本来ならば通報する役目だったはずの一般人はこの付近にはおらず、全員この辺りで倒れている、というわけですか。……この街にまっとうな人間は居ないのですか?
ふと、とっても存在感の薄いマスコット、ミネルバが言いました。
「あ。エースのご到着だーよ」
そういえば、私達が戦っていた場所以外でも沢山の想魔が居たはずです。それらと戦っている魔法少女が居る、と、黒槻さんが言っていたではありませんか。想像するに、私達が戦った倍以上の想魔と一人で戦っていたのでしょう。そう考えると戦慄さえします。
きっと、この街に住む唯一の良心的存在であるはずです。偏見ですが、そういう人は美しいものだと私は思います。
この街のエース。いわば守護神である魔法少女。
それは――
「彼が、この街で一番の魔法少女、藤枝重弦だーよ」
「おや、ついに君も魔法少女になってしまったのかい? こうなるかもおとは思っていたのだけれど、そうなる前に止めてあげられなくて申し訳ないね」
いつぞやお世話になったおじさんが、茶色い魔法少女衣装を身にまとってこちらに歩いてきました。
「…………」
魔法少女ゲシュタルト☆崩壊~少女とは、なんですか。
「彼は本当によく働いてくれるんだーよ。自分の利も追求せず、人のために心力を費やす、まさしく理想的な魔法少女。彼こそが魔法少女の鏡なんだーよ」
「やめたまえミネルバ。僕はただ、困っている人を見たくないだけなんだ。ただのエゴだよ」
理想的な魔法少女というのならまずは性別を変えていただきたいのですが……。
「すまないね、稔君」
ふと、その人は私のほうに素敵な笑顔を向けてきました。
「この間預かったペンに盗聴器が仕掛けられていたからまさかと思って何度も連絡したのだけれど、繋がらなくてね。ソナーで検索しようにも想魔の反応が多すぎて君を見つけられなかったんだ。しかもどういうわけか、君に似た反応が二つもあって僕も混乱してね。流石に少し焦っていたのだけれど、いや、無事みたいで良か――待ちたまえ稔君。どうしてステッキを振りかざしているんだい? ここにはもう想魔は居ないよ?」
「え? ああ、いえ、でも、想魔ってようは変態さんなんですよね」
「その言い方はやめたまえ稔君。人は皆、なんらかの形で欲を持っている。そのはけ口が無く途方に暮れた迷い人がつまり想魔なのだからそのステッキが伴っている輝きをどうにかしたまえッ!」
「え? ああ、いえ、でも、想魔ってようは変態さんなんですよね」
「どうして同じ事を言うんだい!? まずは話をしよ――黒槻君だったかな、初対面だというのにこんな事を言うのはなんだけれども、その手を離してくれないかな。このままでは彼女の魔法の餌食になってしまう!」
「あ? ああ、いや、でも、魔法少女ってのには年齢制限ってもんがあると思うんだ」
「性別制限もあるはずだから君も同罪だよ!?」
「まぁなんだ。…………気にスンナ」
「年上には最低限の敬意を払いたまえ!? よもやこんな事を僕が言う日が来ようとは思わなかったのだけれど、僕には僕の事情ってものがあってだね!」
「変態さんは皆そう言うのです」
「急に悟ったねぇ! 稔君は魔法少女になって日が浅いはずなのにどうしてそんな知ったふうなんだい!?」
「いや、これはあれです。ほら……気にスンナ☆」
「敬意を払いたまえ!? なんで二人揃って色々とそんなに適当なんだい!? いいから徐々に強まりつつあるその光を仕舞いたまえ!」
「そうなんだーよ! 二人とも落ち着くんだーよ! 彼はこの街にとって無くてはならない存在! エースの魔法少女なんだーよ!」
「まず少女じゃねーよ」
「この街を救うためなんだから、そんなのは瑣末な問題なんだーよ! 見てよ藤枝のこの鍛え抜かれた肉体を! 想魔との戦いを完遂するに適した体系なんだーよ!」
「戦いに適するために性別が適さなくなってますよね」
「稔君! それを言うなら僕を押さえつけている黒槻君もまた同罪だよ! 僕を裁いてしまったら彼も裁かなくてはならなくなるよ! そんなのは嫌だろう!」
「イケ面は無罪かと」
「私怨!? 待つんだ! ステッキを振り下ろすのはまだ早」「空の彼方まで飛んでいけぇぇぇええええええええ!」「ぎゃああぁぁあぁあああああああああああああああ!」
気付いたら、自称魔法少女の変な人はどこかへ行ってしまいました。挨拶もろくに出来なかったのですが、そんな事は瑣末な問題でしょう。
「ねぇ、ミネルバ」
「ど、どうしたんだーよ、稔?」
「魔法少女はどうして、魔法少女って言うのですか?」
「想魔を駆逐するシステムが作られた当初の計画だと、見目麗しき女の子があんな感じの衣装で現れたら想魔の心力供給が止まるかなー、って事で今のシステムが開発されたからだーよ」
「というわりには男女比率がおかしい気がしますが」
「世界中の魔法少女は五分の四が男だーよ」
この世界、終わってません? 色んな意味で。
なんだか色んな事がどうでも良くなってきました。
「諦めろ、稔小町」
と、黒槻さんが私の肩に手を置きます。
「お前はもう、戦うしか無い」
言われてふと、おかしな点に気付きました。
未来の『私』の話でもそうだったのですが、どうも黒槻さんは私を魔法少女に仕立て上げようとしていた節があります。
何故?
彼はいったい、なんのために戦い、なんのために私を誘ったのか。
まさかとは思うのですが。
「ところで黒槻さん。あなたが身代わりになって魔法少女になったおかげで安静に暮らしている妹さんは今もお元気ですか?」
「は? お前、なんで知ってんだ!?」
何故でしょう。今なら人が殺せる程の魔法が使えそうです。
「怪我で入院しているお姉さんを魔法で治す算段は付きそうですかね。とりあえず魔法少女を増やす事で姉妹さん達に変態さんが集らないようにしたんですよねー? うふふ」
「おいミネルバ! てめぇちくったのか!?」
「ちくってないんだーよ! だから羽むしらないで!」
イケ面は無罪でも変態は有罪です。ただカマを掛けただけでこうも引っかかるとは思いませんでしたが、引っかかってしまったのなら致し方ありません。そうだろうとは思ってたんです。シスコンかなーとは思ってたんですよ。
と、いうわけで、断罪のお時間がやって参りましたー。
「くーろつーきさーん、あーそびーましょー」
「とか言いながら魔法を使おうとすんじゃねぇ! いいか、心力は溜めれば自分の願いが叶えられるんだぞ!? こんな変な事に使うなんてもったいないとは思わないのか!?」
「え? いや、ただちょっと、全ての変人を私が駆逐してやろうと思いまして」
「それは真鍋の台り――」
こうして、その場には私だけが取り残されました。
次の変態が現れるその時まで、彼らと出会う事は無いでしょう。
……黒槻さん、同じ学校でした。
背景 お母様。
春も終わり、洗濯物の乾きが早まる季節になって参りましたが、お肌のほうはお元気ですか? 乾きすぎて荒れてはいませんか? 私は最近荒れ気味で、肌に良いと言われているサプリメントやお医者様から頂いた欝病の抗生物質等も投与しているのですが、効果は見られません。布団に入ってもうなされ睡眠時間は平均二時間。食事も喉を通らず、二週間で五キロ程痩せましたが、部屋に置いてある観葉植物は元気です。
さて、挨拶も程ほどにして、癪悦ながら本題に入らせて頂きます。
故郷に帰りたいです。
未熟な筆故に読みにくい所もあったかもしれません。いきなりのお手紙でこのような長文に驚いている貴女の顔が目に浮かびます。これ以上書くとホームシックになってしまうかもしれませんので、この辺りで筆を置かせて頂きますが、遠き地より、両親の健康を祈っております。
敬具
このような悪ふざけ満載の作品に最後までお付き合いくださいまして真にありがとうございます。根谷司です。まさか最後まで読んじゃった人は居ないだろうなぁと思いつつもあとがきとさせていただきます。
さて、この作品ですが……徹頭徹尾悪ふざけのことしか考えていませんでした。ほら、あの、公募用で真面目な話とかプロット構成に神経すり減らしてばかりだったので、たまにはこういう不真面目で超展開なのが書きたくなってしまったのです。この作品で気を使ったところは「変態をいっそ清々しく」という一点に限ります。謎解き風にも楽しんでいただけるとは思いますが、この作品はやはり変態を楽しむものでしょう、と、作者は語ります。
実はまともな登場人物は一人も居なかったという破綻したお話でしたが、これ以上に語る事が見当たりません。なのでここで失礼致します。
最後にもう一度、ここまで読んで下さい真にありがおとうございます。願わくば他作品でもお会いしましょう。
ではっ!




