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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第一章・サン=フレイアの策動 前編
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第五話 始動(5)


 グラスを半分ほどあけたところで、ヴァンはカウンターに立つバーテンに話しかけた。


「ひさしぶりに来たら、やけに物々しい様子だったが」


 マスターは耳が良い。自分がカウンターの客の話し相手をしている時でも、店の客の会話は、大抵聞いている。

 情報が欲しければ、まずはこの男から引き出すのが効率がいいことを、ヴァンは知っていた。


 まずは世間話を装って様子を伺うと、あぁ、とマスターはグラスを磨きながら相槌を打った。


「噂がね」

「噂?」

「物騒な噂さ。それで、みんなピリピリしてるんだろう」


 目で問うと、マスターが先を続けた。


「聖日祭の少し前に、隣の国の王女様がなくなったことは知ってるか?」

「……あぁ、聞いたことはある」

「これがタイミングが悪くてね。成人される15歳の誕生日に亡くなったのさ」

「タイミングが悪い?」


 単純な同情で出てくるセリフではないので、ヴァンは聞き返した。


「エルドラド王国の王女と言えば、美貌で名高い白雪姫だ。あの王女のハートを射止めんと、各国の王侯貴族が先を争って機嫌を取ったっていうのは有名な話さね」

「…………」


 一般市民の間では、そういう話になっているらしい。


 実際の白雪姫は、塔に軟禁に近い形で隔離され、人前に姿を見せることすらなかったはずだ。

 いくつかの国が白雪姫を妃に欲しいと打診したのは事実だが、そこには美貌以外に、政治的な思惑も絡んでいる。


 彼らが機嫌をとる相手がいるとすれば、白雪姫ではなく、決定権を持つ父王の方だろうが、それにしたって小国で外交力の弱いエルドラドが、自国より立場の強い周辺諸国にゴマをすられる図というのは、あまり思い浮かばない。


 どちらかと言うと、ゆさぶりをかけられていたと考える方が自然だ。それでなくとも、エルドラド王国は地理的に東西の勢力争いの緩衝地帯にあたり、昔から日和見を続け、パワーゲームに翻弄されている国だ。


「――だが白雪姫を溺愛する王様は、すぐには婚約者を決めず、王女が成人する15歳まで粘った。そして、誕生日の翌日、正式に白雪姫の婚約相手が発表されるはずだった。だが、その前に不幸が起こった。となると、婚約は白紙だ」

「当然だ」


 白雪姫の婚約者になる予定だった男の顔を思い出し、ヴァンは酒を舐めながら顔をしかめた。


「結局、王様がどの国を選ぶ予定だったのかは、公表されていない。だが、そんなもんは噂で流れ出す。お相手は、我らがアルファザード王国のレナード王子様になるはずだった。あの方は『世界一美しい女』を妻にするなんて言い出す変わり者だが、美貌で聡明なお方だ。お似合いちゃあ、お似合いだっただろうなぁ」


 少し惜しむような声は、完璧に身内びいきだろう。どうやら稀代のナルシスト王子は、こんな国境の街のバーのオーナーにも、それなりに愛されているらしい。


「だからなんだ。自国の王子の婚約者候補が死んだのがそれほど悲しいのか」


 知らず投げやりな口調になった。『候補』をやたらと立てて言ったヴァンを、マスターが不思議そうに一瞥したが、すぐに首を振って否定した。


「白雪姫を巡って争っていた相手が悪かったのさ。相手は、あのシュヴァルト帝国の第一皇子だ」

「……!」

「エルドラドの王様がレナード様を選んだってことは、シュヴァルトの皇太子様を蹴ったってことだ。仮にそれでも、白雪姫が輿入れしてアルファザードと縁戚になれば、怖い事なんざなかったんだろうが、それすら白紙になった今、残ったのはシュヴァルトを蹴ったっていう事実だけだ。それを、あの好戦的な国が黙っているかねぇって話だ」

「開戦の口実になるということか……」


 悟ったヴァンが、重く口を開いた。王室同士が婚姻関係を結ぶというのは、同盟を取りつけるに等しい。


 これは、白雪姫という駒を使った、両大国のパワーゲームだ。結果は、不測の事態により、最悪の形で出てしまった。


「東から来た商人の話じゃ、シュヴァルト帝国の軍が、開戦に向けて動き出してるって話もある。もっとも、あの国は冬以外は年中戦争してるようなもんだから、それがエルドラドに向けての準備かどうかは分からないがね」


 アルファザードの王立騎士団が、エルドラドとの国境沿いに兵力を集めているという話は聞かない。まだ噂の段階ではあるのだろう。だが、近年のシュヴァルト帝国の動向をみる限り、あながち杞憂とも言い切れないのが恐ろしいところだ。


「婚約が白紙になった今、うちの国がどこまでお隣を助けてやるのかは、私らみたいな下々の人間には見当がつかないがね……どちらにしろ、この街は東大陸への玄関口だ。もしエルドラドが帝国に攻め入られて、蹂躙されようもんなら、火種はここまで飛んでくる。みんなそれに怯えてるんだよ」


 そう結んだマスターが、別の客に向かってしまう前に、ヴァンは尋ねた。


「その亡くなったエルドラド王女のことだが、死因などの話は出ているのか?」


 それは少し、今ホットな話題からは外れていたのだろう。思い出すような間の後、マスターが答えた。


「そのあたりの話は、2、3週間前にずいぶん噂になったよ。聖日祭が控えてたから、祭りの後にはすっかり沈静化したがね」

「どうなんだ?」

「それが、お国は口をつぐんだまんまさ。怪しいだろう? 噂じゃ、葬儀すら内々で行われていて、亡骸すらね……お誕生日の夜以来、王女の姿を拝見した者がいないそうだ」


 マスターは眉根を寄せながら、苦い表情を浮かべた。あくまで他人事ではあるが、好奇心と野次馬根性、同情と体裁が混じったような、俗っぽい顔だった。


「王女様は、エルドラドの国民にとっては誇りであり、希望だった。めったに見れないそのお姿を、最期まで国王に隠されたと、王都の市民は怒り心頭だ――って話だ」


 その一言は、どこかで聞いた台詞を、そのまま復唱しているような口調だった。


 国内の式典には参加していた王女は、『白雪姫』の名ばかりが独り歩きする外国に比べ、市民にとってはより親しみのある存在だったのだろう。


「フィオナ様はなぁ、何にもない小さな国の、宝だったんだよ」


 すると、先程ヴァンの後に入店したカウンターの男が、話に割り込んできた。


 隣に座らせていた女と会話を交わしていたはずだが、こちらの話が耳に入ったのだろう。四十がらみの中年男は、すでに何軒か飲んできたのか、赤ら顔でろれつが回っていない。おまけに、なぜかけんか腰だ。


 隣の女は、肩をすくめてマスターとアイコンタクトを交わした。


 男は、身なりを見る限りはブルジョワのようだったが、仕立てのいいはずのジャケットはいやに古ぼけて、皺が寄っていた。アルコールで血走った眼は無気力で、オルフェンで見た景気の良い男たちとは随分と印象が違っている。


「エルドラド出身の男だよ。少し前まで王都に住んでいたらしい。こう見えて、以前は宮廷御用商人だったんだが、商売敵に寵愛を取られて、今じゃあこの辺りの成金相手の貿易で、御用聞きに走り回る毎日ってわけだ」


 眉をひそめたヴァンの心境をくみ取り、マスターは苦笑交じりに手早く紹介した。


「御用商人? 城を出入りしてたのか」

「うちは代々エルドラド王室の仕立てをお任せされてたんだ。それが俺の代になって……」

「では、王女や王妃の顔も見知っているのか?」


 相手の愚痴をさえぎり、重ねて問うと、男は鼻をこすり、少し自尊心を充たされたような顔で笑った。


「なんだい兄さん、興味があるのかい? そりゃあ知っているとも。今の国王は、若い頃は兄王子と比べてそりゃあ出来が悪くて、どうしようもない放蕩息子だと言われてたが、あれで見事に大国のお姫様を射止めた色男だ。前のお妃様は、慣れない異国の地に嫁がれた方だが、明るく天真爛漫で、太陽のように美しい方だった。新しい妃が来た時は、随分と趣味が変わったものだと思ったよ」


 現在の王妃――つまりフィオナの継母の話をする時、男は不愉快そうに顔を歪めた。


「プリシラ様がお褒め下さったうちの仕立てを、センスが悪いと罵って、成り上がりの悪趣味な仕立て屋に鞍替えしやがった」


 プリシラ、とはフィオナの母親の名だ。住み慣れない土地で体調を崩し、フィオナが7歳の時に他界したと聞いている。入れ替わるように正妃に収まったエクレーネ妃は、出自が定かではなく、平民の出だと言われていた。


 現国王は側室をもたない主義で、妃はこのエクレーネのみだが、いまだに子供はいない。


 一人娘で血統も確かなフィオナに、小国であるエルドラドの命運が託されていたと言っても、過言ではないその状況で――頼みの綱の白雪姫すら、結婚前に失った国の悲嘆は、いかほどのものか。


 今の王妃について、私情を存分に交えた悪態をついていた男が、奇妙なことを言い出した。


「フィオナ様も、どうせあの魔女が殺したんだろう」

「魔女?」

「魔女さ。あの女は魔女だ。あの女が嫁いできてから、王様はすっかり変っちまった。確かに美しいことは美しいが、全く年を取る気配もない。城を出入りする者は、皆、そう噂してるよ」


 魔女、という怪しげな単語を連発されても、男の正気を疑うだけで、ヴァンには何もピンと来るものはない。


 ヴァンが王子として城にいた時も、兄の足を治すと言って、何人もの魔女や祈祷師を名乗る人間が現れたが、いずれもただの詐欺師だった。


「前の王妃様は、あの魔女が殺したのさ。もしかしたら、その前の王様も……」

「あんた、飲み過ぎだ。めったなことを言っちゃぁいけねぇよ」


 マスターがたしなめた。ここはアルファザード王国の領内だが、エルドラド王国とは国境を接している。いつ何どき、誰の耳に入るか分からない。


「そういう噂があるのか?」


 ヴァンが問うと、マスターは肩をすくめ、サバサバと答えた。


「噂くらいは、立つさ。噂を立てる分にはタダだからな。ま、確かな筋の話では、前の王様も、前のお妃様も病死だったらしい。おい、ロバート、これを向こうのテーブルへ持って行ってくれ」

「はい、ただいま」


 名を呼ばれ、テーブルの客の相手をしていた青年が立ち上がった。

 手際良く酒を出しながら、マスターが続ける。


「だが今回の白雪姫の死については、どうもはっきりしない。きな臭いのは確かだよ。なんでも噂じゃあ……1人、失踪した使用人がいるとか」

「――その男のことだが」

「そいつがやったんだよ! 魔女の命令で、そいつが白雪姫を殺したんだ!!」


 ヴァンの言葉を遮り、酔客が張り上げた声に驚いたように、派手な音を立ててグラスが割れた。カウンターの前に立った青年が、マスターに手渡された酒を取り落としたのだ。


 色のついたアルコールとガラスの破片が床に飛び散り、近くに座っていた女が悲鳴を上げた。


 一瞬、店内が静まり返り、全員の視線がカウンターに集まる。


「おい、ロバート! 何やってやがる。とっとと片づけろ!」

「は、はい! ただいま……」


 頭を抱え、怒鳴った店主の指示に、青年が慌てて床にかがみ込んだ。


「ロバート……?」


 よくある名前だが、聞き覚えがあり、ヴァンはカウンター横に屈んだ青年を観察した。


 酷く顔色が悪い。床に伸ばされた手は目に見えて震えていて、案の定、破片を拾おうとした矢先に、深く指を切った。


「痛っ……」

「おい、大丈夫か?」


 それでも作業を続けようとする青年が目に余り、ヴァンは隣に膝をついて、血を流したまま破片を掴む手を取った。


「す、すいません。大丈夫で……」


 歯の根の噛み合わない声でそう言った青年が顔を上げる。その、どこか愁いを帯びた濃い藍色の瞳は、いまや隠しきれない動揺と焦燥に揺れていた。


 掴んだ手が、尋常ではなく震えている。その指先から破片を取り上げた時、ヴァンはあることに気付いた。


「ロバート?」

「は、はい……」


 真正面から見据えられ、ロバートは何かを察したのか、逃げるように手を振りほどこうとした。だがそれを許さず、強い力で彼の右手を握り込む。


 固い掌だった。中性的な容貌に似合わない、厚い皮膚と節くれた指。


 こんな店で、酔客を相手に酒をつぐ商売をしていては、このような手にはならないだろう。


 豆が何度も出来て、その度に潰れた上から、なお塗り固めたような手は――


「ロバート、お前は猟師か?」


 ビクリと、大きく肩を震わせた青年は、撃たれたような顔でヴァンを見返した。それでなくとも青ざめた貌から、みるみる血の気が失われていく。誰もが同情を誘われるような悲壮な表情を、だがヴァンは冷淡なほどの冷静さで見据えた。


「……何を知っている?」

「ヒィッ……」


 低い質疑の声に、ついにロバートは怯えた悲鳴を上げて、その手を振り払った。立ち上がろうとした足がもつれて、傍にあったカウンターの椅子を倒して尻餅をつく。


 その音に、日常に戻りかけていた店内の注目が、またロバートに集まる。


「あ……あ……」

「知っていることを全て話せ」


 立ち上がったヴァンを見上げたまま、呼吸の仕方も忘れたように喘ぐロバートに、有無を言わせぬ物言いで近づく。


 唐突に、カウンターの奥から声がかかった。


「ちょっと旦那」


 見ると、初老のバーテンが、口髭の下にいやな笑みを浮かべて、2人のやり取りを眺めていた。


「どうにも美女に関心を示さないと思ったら、そっちの方でしたか」


 商売人じみた声色を使い、ロバートとヴァンを交互に見比べるマスターの視線には、確かな意思が含まれている。


 この店は、表立っては女が男客に酌をする場所だが、客が女を連れ出すことには何も言わない。そして、女が店の外で受け取った金のいくらかをオーナーにバックする。そういうシステムだ。


 同様に、店の人間の情報は、雇い主の商品だ。

 ロバートから何を聞くにしても、この店主の目を逃れることは出来ないだろう。


 バックを支払えと要求されるかもしれないし、支払わなければ解雇すると脅されるかもしれない。果てには、逆にヴァンの情報を引き出そうとするかもしれない。


 この後、青年に振りかかると想定される事態を考えると、取るべき手段は限られてくる。


 仕方がない。腹を決め、ヴァンは今日オルフェンで渡された金袋を、床に座り込んだままのロバートの前に投げ捨てた。重い音を立て、貨幣の詰まった袋が床に落ちる。


「……分かった。お前を一晩買おう」


 その様子を見守るオーナーにも聞こえるだけの声で、唖然と見上げてくる青年に告げた。


「たっぷり教えてもらおうか」







 ――夜。


 明かりの消えたその家の扉が、静かに開いた。


 月明かりが差し込んだ床板の上に、人の影が落ちる。


「随分と遅いお戻りで」


 2階の欄干にもたれかけ、見下ろしたその影に声をかけると、男が顔を上げた。月の逆光と暗闇の中では表情は見えないが、いつも通りの渋面をしていることは想像に難くない。


「ユーリ」


 名を呼んだ男に薄笑いを返しながら、ユーリは手すりを辿って階段を下りた。


「もうイイんですか?」

「何の話だ?」

「イエ……アナタが慌ただしく外出するものだから、気になることがあったんだろうと思いまして――心残りが」


 最後の1段を残して立ち止まり、心残り、と言い直したユーリに、同じ目線のヴァンが眉間の皺を深める。

 この男は――彼の兄に比べれば、よほど分かりやすい。


「そろそろ動くつもりだったんでしょう? 弟クン、15歳でしたっけ。彼に成人されたら、あなたもマズいですもんねェ」

「…………」


 帯剣したまま戸口に立つ青年との距離を測る。同居人も寝静まった家の中で、剣を抜くような男ではないが、決して、全面的に信頼していい相手なわけではない。……お互いに。  


「……カミュとラウは信頼の置ける人間だ」


 相手の方も、同じことを考えていたらしい。距離を取ったまま、真っ直ぐに射抜いてくる眼には、敵意も殺意もないが、ただ、警戒はある。


「リッドも、いざとなれば強い後見になる。あいつはウィルに懐いているしな」

「そんなところまで計算済みですか。イヤですねェ。これだから大人は汚い」


 軽い軽蔑を向けたところで、相手が動じる様子はない。


「お前たちがこの家にいなければ、すぐにでも行動を起こしたいところだが」

「あァ、ボクたちが出て行くのを待ってたってことですか」


 分かり切っていたことだが、わざとらしく納得して見せる。


「ソレは残念。アテがはずれましたネ」


 両手を上げ、ユーリは肩をすくめて見せた。


 ジークが情報収集のために遠出をする時、必ずユーリはこの『森の家』にいた。それは偶然ではなく、意図的なものだ。

 そのことにこの男は気付いていたはずだが、理由までは知らないはずだ。


「アナタのお兄サンは、ボクに出て行って欲しくないみたいですから」


 ピクリと眉を跳ね上げた男の反応が面白く、ユーリは目を細めた。本当にこの男は、兄のことになれば分かりやすく、心を乱す。


 純粋培養のお姫様は、最近この固物を意識し始めているようだが、不遇な兄への信奉で凝り固まった男を心変わりさせるのは、いくら『世界一美しい女』でも難しいだろう。随分と高い山を選んだものだ。


「お兄サンを信奉しているアナタが、彼が何も気付いてないとは思っていないんでしょう? ジーク以上にボクを警戒しているアナタに対して、ボクがいることは牽制になる」

「…………」

「そのためにいつ寝首をかかれるか分からない相手を好んで傍に置くなんて、あなたのお兄サン、本当に剛胆ですよねェ」


 いよいよ敵意に近い色の目で睨まれ、ユーリはますます愉快になった。


 それは兄が自分以外の人間を傍に置くことを望んだ事に対する嫉妬か、兄が己の計略を知りながらそれを阻止しようとした事への不安か。


 本当はこの男が何をして、この兄弟がどうなろうと、どうでもいい。ただ――


「おもしろいんでね。彼の望み通りに動いてあげようかと」

「お前……」

「大丈夫ですよ。ボクは、アナタが思っているほど危険人物じゃありませんから。ま、言っても信じないでしょうケド」


 薄く笑い、相手の反応を伺う。ヴァンは、一度目を伏せ、呆れたように溜息をついた。


「信じさせる努力を放棄している者の言葉ではないな」

「おやァ? 努力したら信じてくれるんですか? コレは意外」


 茶化してみせながらも、それは半分以上本心だった。


「アナタはきっと、お兄サン以外誰も信じていないんだと思っていましたヨ」

「…………」

「怖い顔しないでくださいヨ」

「言いたいことがあるなら、はっきり言え。お前に迎えられるなど気味が悪い」

「ヒドいなァ」


 心にもない嘆きを口にして、ユーリは肩をすくめた。


「ただのお別れの挨拶ですよ。お望み通り、ボクとジークはしばらくこの家を離れます」


 しばらく、と言ってから違和感を感じた。これからの道筋は状況によって変わるが、少なくとも、ここに戻ってこなければならない理由はない。


 無論、口にした言葉に責任を持たなければいけないわけでもない。二度と会わないのであれば、でまかせを言ったところで何の問題もない。


 それ自体、あまり深く考えることでもないので、ユーリはその違和感を無視した。


「動くなら今……かもしれませんねェ?」

「さっさと行け」

「日が昇れば出ていきますヨ」


 虫のように払われ苦笑する。


 すでにジークが出立の用意を済ませている。恐らく、日が昇ると同時にこの家を離れることになるだろう。


 今回、兄は随分と先を急いでいる。理由は、だいたい予想がついた。


「ヴァン」


 寝室に向かおうとする背に声をかけると、窓硝子から差し込む星明かりを受けた横顔が振り返った。


「アナタ、魔女って信じます?」




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