表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第一章・サン=フレイアの策動 前編
3/57

プロローグ




 その人里離れた山の奥深くには、人知を超えた力を持つ賢者が住んでいるという。



「あなたがこの森に住むという賢者?」


 標高の高い山々が連なる、その中腹、暗緑の帳に隠れるように建つ小さな山小屋に、女の声が響いた。


 昼なお暗い密林。山頂には万年雪が積もり、切り立った渓谷を吹きすさぶ寒風は、絶えず悲鳴を上げながら岩肌を削っている。


 鋭い嘴と巨大な羽を持った野鳥が、奇妙な鳴き声を上げながら、凍える滝壺の表面を旋回していた。その断崖の合間に、どこからか獣の咆哮が反響する。こだまが別の獣の遠吠えを誘い、幾重にも重なり合っていく。


 野生の狼が跋扈するその場所は、とても人が住むようなところではなかった。


 従者を外で待たせた女は、一人、小屋の主と対峙していた。

 分厚い灰色の外套を着込んだ女は、フードを目深にかぶったまま、戸口に立っていた。


「この森に住んでいるのは事実ですが……賢者というのは、人里の人間が勝手に呼んでいるだけでしょう」


 フードの下の赤い唇が発した言葉に、その男は応えた。箱のような窓のない部屋の奥で、全身を黒いローブで覆った男は、顔を上げることもなく、ただ卓の前に座っている。


「私は、何者でもありませんよ」


 だがその主張は意に介さず、女は一方的に質疑を重ねた。


「こんな古びた山小屋に、いつから住んでいるのかしら?」

「さぁ……100年か200年か……よく覚えていませんね」


 思い出すのも億劫で、男は曖昧に答えた。

 だがそれを、女は戯れ言と受け取った。冷笑に近い笑みで、受け流す。


「あなた、欲はある?」

「欲、ですか」


 高飛車な女の物言いは、人に命ずることに慣れたの人間ものだった。


「膨大な知識を持ちながら、こんなところで燻っている人間の欲など理解出来ないから、初めに聞いているのよ」

「なるほど、貴女は賢い女性のようだ」


 男は頷いた。交渉の入りとしては、悪くない。


「貴方がたの提示するような報酬では、私への交渉材料にならない可能性を見越している」


 男は、少し女の話を聞いてもいい気になった。それは、たまたまそういう気分になっただけで、ただの気まぐれだった。


 魔女とは、そういう生き物だ。


「たまに来るんですよ、やれいくら払うだの、側近に引き立ててやるだの……そんなわずらわしいものを対価として支払おうなど、愚かにも程がある」


 低く、男は喉の奥で笑った。黒いローブの奥に隠れた翡翠の目が、嘲笑に歪む。


「何がお望みで?」

「私の息子を王にして頂戴」

「ほう」

「その為には、どんな立場でも用意するわ、必要であれば資金も。ただし、これは報酬ではない」


 女の言葉は正しい。それは、目的達成のための『必要経費』だ。

 なるほど、この女は――あくまで人間にしてはだが――賢い。


 男は、少しばかりの興味を持ち、女をすがめ見た。


「さぁ、あなたの欲は何?」

「では……」


 口角を吊り上げ、男は右手を上げた。人差し指を伸ばし、女の胸を指し示す。


「世界で一番美しい者の髪と心臓を、私に下さい」





『世界で一番美しい』などという、無理難題ともとれる世迷い言に、女はピンときた。


 ――あいつだ。


 髪の先までもが宝石のように輝く、この世で最も憎らしい存在を思い描き、女はほくそ笑んだ。


「男でも……女でも構わないのね?」

「ええ、構いませんよ。その者が本当に美しいのならば」


 これは運命だと――女はそう思った。


 女はフードを取り、顔を上げて笑った。会心の笑み。


「いいわ……くれてやるわ。いくらでも、望み通りに!」


 勝利を確信した女の高らかな哄笑が、鬱蒼と生い茂る木立の合間を縫い、空へと響いた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ