超ビックリ
「思ったより簡単に外に出れたな」
「簡単……簡単ってなんだろう」
森、というかジャングルとも言うべき木々を抜けた先には、緑の草原や所々にゴツゴツした岩、土の茶色に細い川、遠くには山も見える。
後ろを振り向けば酷い事になっていた。ジャングルの木々がへし折れて道ができていたり、ここからじゃ見えないけど道中にも沢山の動物の死体が転がっていることだろう。
いや、ジャングルの自浄作用で肉食動物に食われて、きっと明日にでも立派なうんこになってるハズ。そう思う事にしする。
この一直線の道を作り上げたのは、目の前の人。
見た目は180くらいの身長で乳とケツはでかいけど、ズシリと重量感の有るキン肉が身を固めるゴリラみたで、半袖のTシャツとジャージに身を包んだ山田さん。でも中身は男。
東がどっちかとわかったら、一直線に、曲がる事無く走りまくって木々をなぎ倒し、進行方向にいた動物は蹴り飛ばしとして走り通したのだ。
その間、障害物を壊しながらだというのに得にペースも落とさず走っていたのだからどうかしてる。
それを簡単と言われたら何が難しいんだかと言いたくもなる。
山田さんが走った事である程度障害物が無いとは言え、ジャングルといえば地面はデコボコだし、山田さんが強く踏み込んだ足跡が穴となったりするのに、山田さんに遅れる事無く走り抜けることが出来た私もきっと大概だけど。
私の名は佐藤花子。オタク趣味の女子大生で個人的にアニメや漫画よりゲームが好きな女の子。子、20歳だけど子。
今の私の見た目は13歳くらいの小さな女の子、黒っぽいローブに身を包んで綺麗なブロンドの髪に、人形のように整った顔をしていて、側頭部からは巻き角が生えてる感じの見た目。
いくら2918年だからってそんな人類は自然には生まれていないけど、私のこの体はたぶん自然の物。
と言うのも、私も山田さんも、今の姿は本来の物ではないから。
ゲームをやっていたら、何故かゲームのキャラになって異世界トリップしちゃいましたとか、大体そんな感じで今に至るわけ。
私は魔法使いタイプの『青君』というキャラ、山田さんは格闘タイプの『ゴリウー』というキャラになっている。
その能力も使えるもんだから、私は足場のいいといえないジャングルを走っても、ちょっと疲れるくらいだったし、山田さんは障害物を破壊しながら走っても全然元気だったりする。
ゲームでやってても思うけど、バケモノだわこれ。
「朝早くに出たと思ったんだがなぁ。森を出ただけでもうすぐ夕方になりそうだな……えらい広い森だったということか?」
「まぁ、時々止まって水分補給や食事、休憩をしてましたし。仮に時速15キロで走ってたとしても、走ってた時間は5時間くらいでしょうか? 片道75キロくらい?……というのは森の面積としてどうなんでしょう?」
「単純に正方形と仮定して、俺たちがいたのがジャングルの中心だったというのも仮定して、一辺150キロ前後のジャングルになるから面積はえーと22500平方キロ? なんか数字がデカくて実感がわかないな。森としてどうなんだろう? 俺は高卒だからわからん」
「……すみません、女子大生だけど私も分かりません」
数字が大きすぎるのも有るけど、そもそも2918年は20世紀や21世紀よりも自然が少ないのだから、余計に自然に対する実感なんて無いの。
「わからんモンはわからん! でいいや。ところでどうしよう?」
「はてな?」
「今までは森、てかジャングルだったからとにかく見通しのいい所に出ようって事で、森の外に出たわけだが。いざ出たらどうよこれ?」
「とても……広いです」
「だろ? どこに行こう。とりあえずまた東で良いかな」
森の広さは良いとして、森の外はもっと広いわけだしどこに行けばいいか迷うのも道理。
せめて町とか見えればなぁ……
「東も良いですけど休みませんか?」
「んん? ああ、確かにちと疲れたしな」
そういう事になった。
山田さんはちょっとジャングルに入って、中の動物を取ってくるとの事なので私は私でやれる事をやろうと思った。
私達は昨日、突然この世界にやってきてしまった。
何故私たちなのか、理由があるのか、何かをやらせたいのか、その他にも色々と言い出せばキリがないだろうけど、山田さんも私もまずは自分から動くという事で意見が一致。
私は精神的に貧弱なのでそうでもないけど、ただ生きるだけならこの肉体のスペックは十分にそれを可能としているけど、帰るにしてもこの世界で生きるにしても、私達はまず何かをしなければいけないだろうと思ったから。
だから、ジャングルの中で偶然見つけた屋根のある人造の建築物を捨て、ジャングルの外に何かを求めた。もし居るのならこの世界の人との繋がりを。
で、昨日は曲がりなりにも屋根の有る場所で寝れたけど今日からはそうはいかない。
ジャングルの外にも命の気配は感じられるし、空には鳥が飛ぶし草原にも大小の動物の姿は見える。山田さんの能力なら野生動物相手の狩りも簡単だろう。
だけど寝る場所は作れないはず。
私は生きた動物を殺すのが怖くて出来やしないけど、それでも不幸中の幸いで魔法使いタイプのボディなんだ。
だったら日々の寝床を簡単に作れるくらいの魔法を編み出して、山田さんの役に立たねばならない。
おんぶに抱っこの依存する寄生虫ではなく、隣に並び立ち、同じ視点でものを見て意見を交し合う対等な存在となるためにも。
「で、早速寝床を作るわけだけど……」
果てさて、どうすればいいのやら。
魔法全般は出来るけど青君の得意技は、どちらかというと青属性、てか水とか氷とかそっちの系統となる。他にも防御貫通の攻撃もあるけど対生物設定のせいで、アンドロイドキャラにはその技が無効だったりもしたっけ。
それは置いといて。
魔法使いだからとて、チンカラホイと言っただけでスカートをめくれたり、何も無いところか何かを作ったり、またはカボチャを馬車にしたり出来る訳じゃないみたいなので。
「氷の壁を作って蓋をする……寒そうな気がするけどここは暑いから平気よね。ちょっとやってみよう」
えいや! とやってみたら簡単に出来ました。でも失敗。
「空気穴が無いでやんの」
とりあえず、密閉性を抑えて氷ハウスを作ってみたけどどうなんだろうこれ。
中はひんやりした空気が流れて気持ち良いけど寝床としては……ていうか床の部分は普通に地面だしなぁ。
さてここからどうするか……、と腕を組んで考えていると
「おおっ、氷ハウス? すごいな」
森の方から強い気配、というか声からして山田さんが現れた。
完成してから見せたかったのに早過ぎるよ……
「い、いえまだ完成してませんよ。こんな壁と屋根だけで」
「そうか? この体なら屋根と壁があるだけでも全然……うおー、ひんやりして気持ちイイ!」
ぺたぺたと壁を触りながら喜ぶ山田さんを見てたら、もうこれで完成で良いような気がしてきた。
「とりあえず肉食おう。蛇っぽいのだけど美味いかな」
そういって山田さんは引きずっていた動物を掲げる。
蛇っぽいというか、まさしく蛇って感じの動物。ちょっと大きいだけで。
アナコンダのイメージといえば、人の腕より太い胴体に10メートルくらいの長さの体。みたいな感じだけど。
山田さんの持ってきた『蛇っぽいの』とは山田さんの胴体より太い上に、体はまだまだジャングルの中に入っていて尻尾の先が見えない。
ここは何気にジャングルから50メートルくらい離れた平地なんだけどなぁ。
どんだけデカイの。
「えーと、じゃあ水出します? 氷のナイフの方がいいでしょうか」
「両方かな、蛇なんて捌いたことないけど、漫画とかでたまに見るのだと首を落として皮を引っ張れば良い気がする。」
言葉の通り、山田さんは手際よく……と、言える形ではないけど、ビッグ蛇の首を切断して、氷ナイフでちょっと切れ目を入れてからビーッと皮をはいだ。
その作業、自分ではまだ出切る気がしないけど、私はいずれ自分でもできるようになる為にと、何とか最後まで見届けた。
感想、グロかったです。
まぁ哺乳類系の動物の処理よりは見れたものだったけど。
ちなみに氷ナイフとは! 私の能力で氷を作るときに刃物っぽい形で氷を作ってみた物の事である。
切れ味はきっと良くないと思うけど、山田さん馬鹿力だから。あと氷だから握ってたら手が凍傷になりそうだけど、山田さんは頑丈なので大丈夫みたい。
「まぁまぁ美味いな」
「ウナギっぽいですね」
ビッグ蛇はタレが無いので、乱暴に焼いただけの原始的な料理だけど、言葉通りに美味しかった。
「食える部分まだまだあるし、一部だけ家の中に入れておこう」
「まぁ冷えてるし腐らないでしょうしね。残りの部分はどうします?」
「置いといて良いんじゃないの。その内近所の動物が食うだろ」
そういう事になったので、私達はその日、氷ハウスの中で寝ることになった。
氷は透明なので空が見えて中々に、いい景色ではあったけどちょっと冷えるので明日以降は、家を作るときは氷を土で覆うような形にした方が良いかも知れないと思う私であった。
「うおっ、眩しっ!」
アサー! と日が昇る。そして昇った日は氷の壁に透き通り、というか光がペカーと強力に照射されたようになり、凄く眩しい。
「氷解除!」
ゆえに思わず氷ハウスの氷を解除した。
で、まだちょっと光の残像が残る目を擦りながら周りの景色を見ると、昨日まで家の外にあったビッグ蛇の死体は綺麗サッパリなくなっている。
ジャングルの動物は逞しいなぁ。
と、思ってふと周りに山田さんがいない事に気付く。
今日も元気に動物を狩ってるのかしら。
「昨日の蛇の残りがあるのに」
まぁそう時間もかけずに帰ってくるかな? と思った私はもっと成長する為にと、頑張って蛇の肉を水で洗い、汚れを落としてから火にかけた。
においに気づけばすぐに帰ってくると思って。
そして予想通りに山田さんは帰って来たんだけど、予想外の事もあった。
「佐藤さんおはよーっ、と。肉焼いててくれてたんだ、サンキューな!」
小高い丘を乗り越え、肉のにおいに釣られたかのように小走りでやってくる山田さん。それはいい。
でもその山田さんにゾロゾロとついて来るようにやってくる甲冑姿の連中は?
甲冑、というのもジャパニーズ戦国時代のとか西洋チックなアーマーじゃなく、どことなく中華チックな鎧というか。
皆それなりに統一された装備であることから、何某かの大きな集団の中の一部、といった所かしら。
「お、美味そうに焼けてるじゃん。食っていい?」
「え、と……」
今にも涎が垂れそうな表情の山田さん。まぁタレが無いので物足りなさは感じたけど、肉としては美味しかったからね。楽しみにもなるわ。
「ていうか! 何ですか? あの人たち!」
「ふが? ふがふがふが」
聞きたい事はあるのに既に肉を口の中に入れているという……もういいや。
「食べてから聞く事にします。いただきまーす」
とりあえず朝ごはんだ。
ビッグ蛇肉はウナギが大きくなった感じというべきか。タレが無いのが惜しくなるほどにサクサクした食感と、ジューシーな汁気がなんとも素晴らしい。
白米と一緒に食べたくなるわ。
あの鎧軍団の人たちが米派だったら分けてもらえないかしら?
「ふー、食った食った。ごっちゃんでしたー」
「ごちそうさまでした」
「そいや佐藤さん、肉触って大丈夫だった?」
「まぁ、怖いのはあったけど、昨日の肉だし。そもそも蛇っぽい肉だから、動物! って感じじゃなくてまだ触りやすかったです。すみません、この程度しか出来なくて」
「いやいや、最初にグロいの見たらトラウマにもなるって。俺もつい肉を置いたまま出て行って悪かった」
私としては、そのくらいで一々ビビッてんじゃねーよ! と言われても文句を言えないのに、山田さんはこんな細かいところでも気を使ってくれるのをとても申し訳なく思ってしま……じゃなくて!
「あの、それで彼等は一体?」
私がチラリと目を向けた先にいるのは鎧軍団。
近くで見れば全員が30くらい言ってそうなおじさん軍団でもある。
身長は170くらいから180くらいだろうか? 全員がガッシリした体系。
顔とか、露出した手にうっすら残る傷跡がいかにも戦いを知ってる兵隊と思わされる。
その表情は引き締まっていて、だれも口を開こうとしないで私達を鋭い眼光で凝視していて。
……で、誰よこれ。
「うむ、こいつらとの出会いは昨夜の事」
山田さん曰く。
私達が氷ハウスですやすや寝てたらこの人達、というかこの人たちの仲間がやってきたようだ。
そして氷ハウスを剣や槍でガシガシと傷つけようとしていたので、山田さんがムクリと起き上がりボコボコに締め上げたところ。
私達が最初にいたジャングルは死の森とかいう、いかにもな名前の森であったそうで。
その森にいる動物はとんでもなく凶暴で且つ恐ろしい奴らだけど、その内の数体は角や骨なんかが薬としての価値が高いらしく、危険な森であっても、いや、危険であるからこそ希少価値が上がり、時々大掛かりな軍隊を派遣して浅い所で貴重な動物を狩る事があるそうなのだ。
彼らの国では。
そしてちょうど今がその時期だったらしく、森に入る前の偵察的な任務に来ていたのが、山田さんにボコられた人達だそうで。
山田さんは半信半疑で、その人達の本隊の所までいっていたらしい。
山田さんは向こう側との話で、自分たちは異世界トリッパーであること、この世界の常識を知らないこと、異世界人なのに意思疎通が出来るのは私の魔法のお陰なこと、私が魔法使いなことなどを説明したそうで。
……異世界人なんて見るのは初めてでしょうね。
通りで私達が蛇肉を食べてる時も、鎧マンの人たちは緊張してたわけだ。
「ていうかちょっと……いいんですか? 異世界人って事ばらしちゃって」
「なんで?」
「いやいやいや」
私はゲーオタだけど、ラノベも漫画もアニメも嗜むちゃんとしたオタクである。
ネット小説だってもちろん読む。
その中には、異世界トリップモノも沢山有るけど、基本的にその主人公である連中は異世界人だとかそういう情報は隠しているのに。
その事を言ったら山田さん
「しかし自分から真実を語らずして、どうして相手の信頼を得れようか」
と、正論で来ちゃった。
すみません、私がアホでした。
「えっと、それでどうなるんでしょうか?」
「うん、佐藤さんにはちょっと悪いけど、勝手に決めてしまった形になるんだが……」
「いえいえ、まずは事態を動かすこと。それを決めたのはお互いじゃないですか。今更ですよ」
「そうか、悪い……いや、ありがとう。で、決まった事だけど、まぁ彼らについていって彼らの国に暫く厄介になろうと思う」
「わかりました」
そういう事となった。
さっきの話からすると、彼等はこれから森に入って動物を狩って、それから国に帰る形かしら?
だとしたら、彼らの国に着くのも暫くかかりそうだけど、その間に私も狩ができるようになれば良いな……そうすれば少しでも山田さんの負担を減らせるんだから。
「えーっと、私達は彼らと行動を共にする、という事は何日かは彼ら一緒に狩をする、って事でしょうか?」
「いや、すぐに引き返すみたい」
「はてな?」
何でだろう?
山田さんと、鎧マンたちについて行って本隊の方に向かう道すがら私は不思議に思った。
彼らの口ぶりだと、かなりの大軍を動かしてそうなのに、その本来の目的を果たす前に国に引き上げていいの?
と思ったから。
「うん、ちょっと目的遂行ができそうにないくらいにしちゃったからなぁ」
そこで私は見た。
沢山の人なんて、一体どれくらい居るのかをパッと見で理解できるものじゃないから沢山という表現だけど。
沢山の人が、まるで大きな事故に見舞われたかのようにボロボロで、何人かは治療中ですって感じで倒れて包帯を巻かれていたり。
剣や槍だろうか? 金属が朝日の光を反射してその光は綺麗だけど、その光を放っている金属たちは剣や槍というより、元剣や元槍という残骸と成り果てている。
これは一体……
「いや、何か話し合いをしようとしたのに言葉は通じるのに話が通じずに、やたらと好戦的に喧嘩を売られたからついやり返しちまった。で、相手がもう降参だー、なんでも言うこと聞くから助けてー、って言うから、俺が言った形に落ち着いたわけさ」
「超ビックリ」
としか言いようが無い。
なるほど、鎧マンの人たちが緊張してたのはこれが原因か。
一人で一軍を相手取れる超人。そんなの見たらそら怖くて緊張もするわ!
「お陰でわかった事だが俺たちはこの世界ではかなり強いようだ」
「そうでしょうね」
死の森なんて物騒な所からの脱出が、走って木々や動物をなぎ倒しながらの一直線、って時点で山田さんがこの世界の中で凄く強いなんてわかってましたよ。
「ま、何はともあれ俺たちも明確な足場を手に入れれて良かった良かった」
「……はぁ。ま、文句を言える立場じゃありませんし、それで無くても山田さんに落ち度はありませんね」
「うむ。とりあえず、これから先の事はまた国とやらに付いてから決めるってことで?」
「賛成です。じゃ、いきましょうか」
「こいつらの引き揚げ作業も何日かかかるから出発自体は数日後だけどね」
ですよねー。
まぁ、色々と突っ込みたいことはあったけど。
それでもどうにか私達は明確な足場を手に入れることが出来た。
この世界が何なのか? なんで私達がやってきたのか? そんな事は相変わらずわからないまま。
帰れるのかどうかはわからないけど、それでもこれから先も生きていこう。
その先にきっと何かがあるはずだから。
「私達の戦いはこれからだ!」
青君に怒られるんじゃないかと思ったけど、青君は怒ってないよと言ってたことだし調子に乗ってまた書いちゃった