八話
秋葉は、五人を相手に見事な立ち回りを披露していた。
大鎌により炎弾と光弾を弾き、地面から生えてくる竹ヤリをバックステップで回避し、板金鎧の突進を足払いによって撥ね退け、放たれた手榴弾を斬り熱風を鎌で払う。
その一瞬の出来事の連続に五人が五人共眼を剥く。
「こんなものなの?」
蠱惑的な笑みを浮かべ、余裕の表情でかわし続ける秋葉。
秋葉は巧みに自分よりも大きな大鎌を扱う。柄を軸にして回転し、回し蹴りを後ろの男に喰らわせる。
「真斗君が受けた痛みはこんなものじゃないよ?」
秋葉が疾駆する。目標を真っ直ぐな視線で定める。
自分に薬品を嗅がせた副会長を務める男だ。
大きなストライドで見る見るうちに距離を詰める。
鎌が男の首を後ろから捉え、それを内側に引く要領で押していく。
鎌の刃が首を捉え続けるが、絶妙な秋葉の力加減で斬れることは無い。むしろ、これはゲームなのだから分かっていても血が出るようなことは無い。
それにこの鎌は秋葉の能力によって生み出されたものだ。
能力『サイズ・サイズ』
鎌の大きさを自由に変える事が出来る能力。
この鎌は秋葉の影によって生み出されており、鎌の質量はこの影の大きさによって変化する。よって、秋葉の影が大きければ大きい程、その鎌の質量と変化出来る上限が変わるのだ。
光あるところに影は出来る。
この能力は秋葉自身を体現している。自分の為だけに裏生徒会へと参加した秋葉自身と。
秋葉自身が行くのは先の見えない闇の世界。
真斗を自分の過ちによって失い、けれど諦めきれずに縋りついた。そんな醜き己を忌むべく生まれたのがこの力。
その形は処刑鎌。慈悲など一切持たず、眼の前に立ちはだかる障害をただ刈り取るべく、この力は存在している。
秋葉は己を穢れているという。それは、自分の進むべき道を何が何でも成し通すという固い決意と、真斗の為ならばどんな事でもするという半ば視野狭窄的な思考に基づくモノ。
そんな自分を客観視出来ていながら、それを秋葉は良しとしている。
自分を救いだしてくれたヒーローを狂信している。
けれどそれが今の秋葉を支えるたったひとつの確かなモノであり、秋葉が今こうして戦っている理由の全てだ。
前のめりに倒れる男の眼前に、秋葉の膝が迫る。
「――!?」
飛び膝蹴りの要領で軽く飛び上がりながらの蹴りが男の鼻頭を叩き上げた。
だが、後ろ倒しになる男の首を決して斬れる事の無い鎌の刃が支える。
次の瞬間来たのは、無限に続くのではないだろうかという蹴りの連続だった。
後ろに吹っ飛ばされる体を鎌が支え、それを内側に引っ張ることで体は自然と前のめりになる。そこに待ってましたと言わんばかりに、秋葉の膝小僧が迫る。
その際にスカートが捲れるか、捲れないかのギリギリのところまで見える白い足が、男達に一瞬の隙を生み出していた。
まさに悪夢。その魅力的な足から逃れる事の出来ない男達の視線と、蹴りを喰らい続ける一人。
誰か一人が犠牲にならなければ見る事の出来ない光景に、見ているだけの男達が唾を飲む。助けたくても助けられない。悲しき男の性がそれを許しはしない。
知ってか知らずか繰り出し続ける秋葉の表情が、いつしか楽しそうに意地の悪い笑みへと変化する。
遂に、無限コンボに正気を保てなくなった男が気を失った。
すると、それに気付いた秋葉がやっと手(?)を止め、少し離れたところでその光景をただ眺めていた四人の方を向いた。
「次、誰かしら?」
悪戯に楽しそうな笑みを浮かべる秋葉。男達が身をぶるっと震わせる。
誰も来ようとしない男達に、少し落胆の色を表情に出す秋葉。
秋葉は、鎌を構えなおし、
「なら……こっちから行かせてもらうわ」
行った。
身構える男達。しかし一直線に迫る秋葉の気迫は凄まじい。
それに耐えられなくなった男が能力を行使する。
手を掲げ、打つ。
放たれたのは炎弾。しかしそれは秋葉には意味が無い。
ザンッと大鎌が袈裟切りの要領で振り下ろされる。炎弾はいとも容易く掻き消える。
秋葉の勢いは止まらない。
だが目の前に立ち塞がる板金鎧に身を包んだ男。相対し、突っ込んで来る。
右肩を前に突き出した直線的な突進。威力は申し分無い。
だが秋葉は慌てず行った。
目前で跳躍。そして、鎌が伸びる。
鎌の柄がまるで、棒高跳びのポールの様な長さに伸びた。
それは秋葉が能力を発動したという事。秋葉の影の大きさに応じ、その形は姿を変える。
秋葉が伸びた柄を支えに、板金鎧の突進を回避する。
「!?」
板金鎧に包まれた男の視界は狭い。まるで瞬間移動でもした様に目前で姿を消した秋葉に、彼は驚きを露にする。
秋葉は男の背後で着地し、男の丸ぼったい背に蹴りを打ち込む。
男はその衝撃で、前のめりに仰け反り地に転がった。
秋葉はそれを見届けることなくスカートを翻す。
残るは二人。
秋葉は大鎌に意識を集中させる。
能力発動のキーは己のイメージ。秋葉が想い描くのは長大な鎌の姿。今手にしている物よりも大きい、見上げんばかりのそれ。
その時、秋葉にスポットライトが当たった。眼が眩みそうになる光が秋葉の影を大きく、大きく伸ばしていく。
そして影は、秋葉のイメージによって形を得る。
果たしてそれは鎌と呼べるのだろうか。
囚人達に明確な死を与える断頭台。
ファンタジーの巨人すら容易く刈り取ってしまいそうなそれは、今秋葉の手の内にある。
絶句する二人の男達。能力を発動する事すら忘れ、ただ臆し、見上げる。
「はああああああああああッ!!」
叫び、秋葉は振るう。
軌道は水平。広範囲を一斉に凪払う一撃。
一閃。ただそれだけで、男達二人は逃げる事も出来ずに敗北した。
死神の鎌は、男達の命を刈り取ったかのようにその身の力を奪って行った。
二人が地に伏せる。
同時に秋葉がふう、と息を吐き、鎌が元のサイズに戻る。
なんの達成感も無い。それは当然の事の様に秋葉にもたらされただけだ。
秋葉にとっては他の存在など、その程度の意味しかない。
有象無象の雑魚共。秋葉の怒りを買った愚かな者達。
愛しの真斗をいたぶった奴らを排除した。ただそれだけの事。
秋葉は月光の下で、氷の様な眼差しを、気を失った5人に向けた。
――後は真斗君が勝つだけ。
秋葉の意識は、すでに真斗の試合の行方へと移り変わっていた。
●
(……はぁ、はぁ。やった、やったぞ! 能力の発動を!)
真斗は自分の成し遂げたことに驚くと同時に、笑みを浮かべていた。
自分が放った斬撃がゴーレムの拳を裂いたのだ。
木刀が堅い拳に触れた瞬間感じた、手応えにも似た出来るという自分に対する肯定。
自分の力の流動を感じ、怒りと共に放った一撃。
成功するかは半ばやけくそのようなものだったが、実際成功した。
能力『硬軟自在』
触れている物質の硬度を自由に変える事が出来る能力。
触れた物を間接的に自分の体の一部とみなし、その触れている物が触れている物質の硬度も操ることが出来る。
例えば、先のゴーレムの拳を裂く現象は自分の肌に触れている木刀を、体の一部とみなし、ゴーレムの拳の硬度を極端に下げたのだ。故に、ゴーレムの拳は砕けることなく裂かれたというわけだ。
その代わり、この能力は意識を向けた個所にしか作用しない。同時に別の場所を堅くしたり柔らかくすることは出来ないという事だ。
さらに言えば、この能力の現象は面ではなく点で起こる。
意識を集中するという事は、一つの物に対して意識を向けるという事だ。
例えば、ゴーレムの拳が直撃する際に、服全体に意識を集中しても能力の発動はしない。ゴーレムの拳が当たる個所を予測し、その一点のみ硬度を変えることが出来るのだ。ならば、服に触れた際に、ゴーレムの拳の硬度を変えれば良いのではないかとも思うが、そうはいかない。ゴーレムの拳が触れ、その威力や勢いによって一瞬でも触れなくなってしまえば、効果は瞬時に失われる。
だから、最初の力の発動を試みた際にはゴーレムの拳を防御する為に服の方へと意識を集中し、威力を相殺しようと考えた真斗だったが、その意識を向ける点が微妙にズレ、あえなく吹っ飛ばされるという結果に終わった。
が、そのおかげで能力の特性を掴むことに成功し、また、ゴーレムの拳の威力を身を持って把握したことで、ゴーレムの二撃目を木刀で受けきることが出来た。それは、一種の神業的技術であり、ゴーレムの拳の威力を殺しつつ、木刀に触れている対象物に、即座に意識を集中させるという、一歩間違えれば即、敗北という恐ろしい事を成し遂げたのだった。
真斗はこの能力を設定する際に、能力の内容に関して、かなり大まかな内容でしか入力しなかった。そのおかげで、実際の能力の内容に関して、把握するのに手間取ってしまった。
それもこれも、幼少期のノート(黒歴史ノートとも言う)に出てきた怪人の能力をそのまま打ち込んだせいでもあるが、幸か不幸か、かなり使い勝手に難があるようにも見えるが、なかなか自由度の高い能力を真斗は手にするきっかけになった。
白石の表情を読み取る真斗。
呆然としており、今の状況が呑み込めていないようにも窺える。
しかし、これは畳みかけるチャンスに他ならない。
「うぉおおおお……!」
声を徐々に張り上げ、両手で持つ木刀を、ゴーレムの拳にさらに押し込んでいく。
「させるか!」
白石は、木刀によって裂かれたのとは別の拳、空いている左拳を振った。
そのアクションに呼応するように、ゴーレムの左拳が真斗の左脇腹めがけて放たれる。
「くっ……!」
今、真斗の両手は木刀を持つ為に塞がっている。先程の様に木刀による防御は無理。
ゴーレムの拳は、確実に真斗を捉えるかに見えた。
しかし、真斗はそれをとっさの判断で、左から迫る拳に合わせる形で右足を蹴りあげた。
ガキィンという金属音にも似た、甲高い音が響いた。
能力の発動によって硬度を増した足先(正確には靴)が、ゴーレムの拳を弾いた。
その際に、足に意識を集中したために、木刀に裂かれているゴーレムの拳が本来の硬度を取り戻すが、それは、本当に一瞬の出来事。
足でゴーレムの左拳を弾くのを確認すると、真斗は意識を再度木刀が裂く右拳へと向ける。
押しこんだ木刀で腕の半ばまで裂くと、刃を外側へと返し振りぬいた。
ザシュッという音と共に、泥で形成された筋肉がそげ落とされ、地に着いた瞬間、本来の土へと戻る。
真斗はその勢いを殺さず、一回転し、今度はガラ空きの腹に向けて袈裟切りを放つ。
そして、インパクトの瞬間意識を木刀へと集中。
先程はゴーレムの拳を裂いたが、それでは致命傷になりえない。
ならば、
(……砕く! 奴の意思ごと!)
木刀の硬度を、ゴーレムにインパクトする個所を予測し、その1点のみを真斗の能力が行える変化の最大値へと変化させる。
変化は真斗のイメージによってもたらされる。どんな物よりも硬く、逆境を乗り越える強さ。それを頭の中で連想し、練り上げる。
回転による勢いを加えた、全力の斬撃と同じ要領で放たれる一撃。
木刀の硬度は、現在ダイアモンドを遥かに凌駕する硬度へと変化を遂げている。それは真斗の持つ意志の固さか。
故に、その一撃を受けたゴーレムはいともたやすく――砕ける。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
ゴーレムが雄叫びをあげる。
本来感情などが存在するはずのない、主人の命令を忠実に聞く泥人形が放つ、悲哀の叫びのようにも聞こえた。
インパクトを受けた腹部から、全身に渡り亀裂が走っていく。
「ば、バカな……、私の、ゴーレムが……」
白石は顔面蒼白。今ある状況を呑み込めていない。
亀裂の走る自身の泥人形を見上げる白石。
すでに、その泥人形は沈黙。白石の操作は届かない。
自身の体の一部から作られた泥人形と白石の感覚は同調しているのか、白石の表情が徐々に苦痛で歪んでいく。
だがそれは、肉体的な痛みではなく心の痛みの様にも見える。
「あり得ない……、私が負ける筈がないのだ……、権力を手に入れ、人脈を手に入れた、ここまで策を練り、入念な計画の元、絶対に負けるはずのない戦い、いや、もはや戦いですらない、なのに! なんだこの様は!!」
フラフラと左右に揺れ、バランスを保つのに精いっぱいになっている白石の眼は、血走り焦点が合っていない。
真斗は白石に言う。静かに、ただ淡々と。
「お前は、一度でも自分の手で何かを成し遂げたことはあるのか? お前の手にした、権力や金は、全てお前のモノだったか? 作戦も、お前は指示を出すだけで、自分でやったのか? お前は全て人に頼って自分で何もしていないじゃないか!」
「だまれ、黙れ、黙れ、黙れ!」
「お前が、何かを成し遂げたいのなら自分で動け! お前が真正面から来るなら、俺は正々堂々受けて立ってやる! 来いよ、白石!」
届くか分からない言葉。だがそれは、今まで卑劣な行いをしてきた者への叫弾。
しかししっかりと、真斗の言葉は白石の中で確かに届いた。
白石の眼に力が宿る。
「うおおおおおおおおおお! ゴーレェェェェム!」
白石の叫びに呼応するかのように、
「ヴァアアアアアアアアアア」
ゴーレムが雄叫びをあげた。
全身に入った亀裂はそのままに、土で象られた肉の鎧を崩しながらも立ちあがった。
「貴様は、絶対に倒す!」
先ほどのような狂った眼差しでは無い。ただ正面、真斗を真っ直ぐ見据える白石。
「それが、お前の答えか……」
自分の能力を最後まで信じる。
それが白石の答えだった。
ならば、
「俺も受けて立つ。来い!」
真斗もまた、自身の能力を信じるだけだ。
白石が腕を横なぎに振るう。
それに応じたゴーレムの砕けていない左拳が、爆発的加速によって放たれる。
ジェット機の噴射にも似た爆速の拳。
真斗に照準された拳が真っ直ぐに迫る。
真斗は木刀を両手で握り、中段の姿勢をとる。
その構えは、素人とは思えないほどに見事で全く隙がない。
真斗が木刀を腰だめに構えた。
一瞬の溜めの後、真斗は持てる限りの力で、渾身の突きを繰り出す。
「うおぉおおおおおおおおおおおお!!」
力の全てが声に乗って流れ出る。
ゴーレムにぶつかる一点、それのみに集中する。
力を集約させ、能力の持てる最大の硬度を実現させる。
その際の真斗の集中力は、常人を遥かに逸脱させる。
それは流星の如き人間には到底生み出す事の出来ない速度。
しかし、このゲーム内ならば違う。
このゲームは、世に有り得ない事象を起こす。
有り得ないなんてことは、存在しない。
だから真斗のこの一撃は、紛れも無く現実。
そして、一瞬の閃きが交叉した。
ゴーレムの剛腕と真斗の突きが激突したのだ。
両者ともに全力で放たれた一撃は、とてつもない爆風と、轟音を辺り一面に拡散させる。
巻き上げた砂埃が二人の姿を隠し、辺りに激突の余波が浴びせられる。
その轟音に、秋葉が顔を真斗達の方へと向ける。
秋葉の、真斗に対する信頼は揺るがない。
必ず勝っていると信じている。
そして、砂埃が収まり、隠されていた情景が再び姿を現した。一つの結果を伴って。
真斗の木刀が、ゴーレムを砕いていた。先程よりもきめ細かく。細部にわたって、完膚無きまでに。
「真斗君!」
秋葉が声を張り上げる。
ゴーレムは動かない。もう動けない。
走る亀裂から、徐々に土で造られた肉が崩れ落ちていく。やがて、全ての土が元の何もない姿へと還元された。
肩を上下させる真斗は、白石に向け言葉を放つ。
「白石、俺はお前を許さない。凍山を人質にとり、やってはならないことをした。それは許されざる行為だ」
白石は、その場に両手をつき項垂れている。
真斗は構わず言う。
「お前の能力は、土による人形を生み出す能力だ。でも、お前は本来なら必要のない条件をつけたんだ」
白石が顔を上げた。
「な、に?」
「痛覚だよ。お前はゴーレムの感じる痛覚を自分にも感じるようにしたのさ。別に外の制約でも良かった筈なのに。お前自身気付いていたんじゃないか? 自分のやっていることを。だからお前は自分への戒め、自身が戦う事への意思の顕れをそこに出したんじゃないのか?」
「私は……」
真斗は微笑んで、白石を見て言った。
「最後の一撃、お前の本気を感じたよ。あれは紛れもない、お前自身の放った一撃だったよ」
その一言に白石の何かが決壊した。
「く、うっ、うううううう」
白石はその場に蹲るようにして泣き崩れた。
今までの自分の行動に、どこか、負い目を感じていたのかもしれない。
本当は踏み止まることも出来たのかもしれない。
誰かに止めてもらいたかったのかもしれない。
後悔の念が、波のように押し寄せてきて、溢れ出した。
声にならない叫びがグラウンドに反響した。
すると秋葉がノックアウトした白石の取り巻き達が、白石の元へと駆け寄り、取り囲んだ。
白石の恥を捨てたその姿に、笑い、嘲る者は誰一人としてその場にいなかった。
裏生徒会選挙
須藤真斗 対 白石正美
勝者 須藤真斗