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七話

 真斗は、手に握った木刀の感触を確かめるようにしっかりと握りしめた。

 秋葉も、両手で持つ鎌を肩に掛けるようにして持つ。

 目標は白石ただ一人。

 二人は並び、目標へと突っ込んだ。

 しかし前に立ち塞がる白石の取り巻き達。

 乱心する上司を見ても尽きぬ忠誠心に、呆れすら覚える。

 先程、真斗をリンチにしていた取り巻きが手の平を向けている。

 光弾を放つ前の予備動作だ。

 真斗は、木刀を下段に構え、そのまま突っ込む。

 呼び動作を終えた取り巻きが、真斗に向け光弾を放った。

 一発の威力は大したことが無い、と身をもって体験したとはいえ、体が自然と反応し隙が生まれる――が、

「真斗君は、私が守るわ!」

 ジャキンという音と共に真斗の目の前に現れた秋葉が光弾を鎌で真っ二つにした。

 秋葉はニコッと真斗に目線をやると、

(私が取り巻きをやるわ。真斗君は白石を)

(分かった)

 アイコンタクトで意志の疎通を図る二人。

 真斗は、秋葉の横を通るような形で抜け、白石へと向かう足を止めない。

「くっ!」

 それを見た取り巻きが真斗へ再度光弾を放とうと掌を向けるが、秋葉の鎌が首元にかかり、その行動を静止させた。

「真斗君をよくもいじめてくれたわね」

 首元にかかるぎらつく鎌の持ち主へと視線を戻す男。

 そこには、天使のような笑顔を浮かべる、

「私、怒ると怖いよ?」

 悪魔がいた。


     ●


「すげえ……!」

 横目で、秋葉を見た真斗が呟いた。

 一人で五人を相手に全く危なげもなく威風堂々とした立ち居振る舞いを見せる秋葉に、感嘆の言葉を漏らさざるを得ない。

 自分も負けていられないと自身を鼓舞し、目標を目指す真斗。

 ゴーレムを生成してから全く動きを見せない白石。

 何か、策があるのだろうかと勘ぐっていたのだが、どうやら違うようだ。

 白石の傍らの主を守る泥人形も、今か今かと戦いの時を待っている様に見える。

 すでに、真斗と白石の距離は五メートルもない。

 下段に構えた木刀に力を込める。

(出来るか……?)

 能力の発動。このゲームにおける自分のアイデンティティ。

 全くの初心者(以前このゲームに参加していたらしいが確証はない)の自分がぶっつけ本番で能力の発動が出来るのだろうかという不安が少なくともある。

 しかし、今木刀に力を込めた時に感じた『流れ』、力の流動。

 それが、能力発動の鍵だと信じ――、

(今は突っ込む!)

 下段に構えた木刀をゴーレムへ向け、右下から左上へと振りきろうとしたその瞬間、白石は動いた。

「ヴァアアアアアアアアァアアアアアアアア」

 否、動いたのは白石ではない。

 先ほどまで沈黙していたゴーレムが、耳が張り裂けんばかりに雄叫びを上げ、突如動き出し真斗の左脇腹をえぐったのだ。

「ガハッ!?」

 横殴りに吹っ飛ばされた真斗は、腹の臓器がぐるぐると中を回っているような感覚を味わっていた。

 自身の右下から左上への流れの中へと打ち込まれた一撃は真斗の想像以上の物だった。

 ゴーレムの拳はかなりの密度を誇っていてそれはまさしく岩のような硬さだった。

 泥人形なんてそんな軟い印象を与えるようなものではなかった。

 岩人形。相応しき名はこちらだった。

 目先まで迫っていた白石が、今は遥か遠くにいる。

 ゴーレムの一撃によって頭がぐるぐるに回っていて更に遠くにいる気がする。

「くくく、おいおい、それで終わりじゃないだろう?」

 沈黙を続けていた白石が口を開いた。

「寝てるなよ。立て。私の貴様への恨みはこんなものではないぞ」

 切れ長の瞳からは怒りのようなものを感じる。

(……怒り? ふざけるなよ……!)

 真斗は、腹の奥から湧きあがる感情に気付いた。

 勝利を確実なものとする為に、秋葉を人質にとり、仲間を引き連れての勝負。

 理不尽な物言い。白石の行動一つ一つが、真斗の湧きあがる感情を増幅させていった。

 そして、ついにそれは頂点へと達した。

 怒り。

 その感情の名だ。

 白石の浮かべている表情はまさしく憤怒。

(……ふざけるな、お前の怒りは自分のことだけしか考えていないじゃないか)

 真斗の浮かべる表情もまた憤怒。

(……ぜってぇ、許さねぇ!)

 真斗は怒りを力に変え、立ち上がった。視界がまだ歪んではいるが知ったことではなかった。

 先程までノックアウト寸前だったとは思えないほど、体は力を感じさせていた。

 ただ寝ているだけではあいつを、白石を倒すことが出来ない。だから立つ。

 真っ直ぐに見据えた視線を白石に向ける。

 澄まし顔でこちらを見て笑っているあいつを叩きのめす。

 真斗は木刀を支えにしながらなんとか立った。

 そして、

「うぉおおおおおおおおおおおお――――――!!」

 吠えた。


      ●


 その、獣の咆哮のようにも聞こえるそれに誰もが視線をやった。

 秋葉と戦闘を繰り広げていた取り巻き達も、秋葉も手を止め真斗の方へ顔を向けた。

 真斗は、先程と同じく木刀を下段に構え、白石に向かって突っ込んだ。

「性懲りもない奴だ……、ゴーレム!」

 白石は慌てる事無く自分の使役する人形へと指示を出す。

 ゆらりと動き出すゴーレム。無機質に光る眼は接近してくる目標を見据える。

 真斗は、前に立ちはだかるゴーレムに真斗は疾駆する。

 だが無謀。白石は嘲笑さえ浮かべながら真斗を見る。

 握るのは、木刀一本。果敢に突っ込んで来るその様は、兵隊アリの抵抗か。

 そして、これまた先程と同じ動きで、右下から左上へ一閃。

 ゴーレムは待っていましたとばかりにその流れの中へと一撃を打ち込む。

「バカの一つ覚えとはこのことだな!」

 白石が言い放つ。

 瞬間、ドゴォッという音を立ててゴーレムの拳が真斗を捉える。

「!?」

 白石は我が眼を疑った。

 真斗は先程の様に吹っ飛ばされることなく屹立していたのだ。

 そして、手に握られた木刀はゴーレムの岩のような硬さを誇る拳を肘のあたりまで裂いている。

「な……、バカな!?」

 先程は不意打ち気味の攻撃だったとはいえ、紙切れのように吹っ飛ばされた一撃をあろうことか、木刀一本で受け切ったうえに、それこそ紙同然のように二つに裂かれている。

 一体、これはどういうことなのだろうか?

 ただの木の棒に岩のような硬さを誇るゴーレムが裂かれるなどあり得ないことだ。いや、それよりも、気になるのは、ゴーレムの拳が砕かれたわけでなく裂かれているという事象についてだ。

 剣の達人ともなればそれは可能かもしれないが、目の前にいるのは一介の高校生。そして手に持つのは木刀だ。

 道具の所持はそれが能力と関係の無い代物であるのならまず試合前に警告メールが届く。それに従わなければ失格になってしまう。

 仮に、能力に関係のある物だったとしてもそれが殺傷力を持っているものだとすれば、その場合も警告が成され、従わなければ失格だ。

 今回の真斗の場合はおそらくグレーゾーン。直接的なダメージを木刀により与えればその時点で失格となるという警告が成されているはずだ。

 だとすれば、あの木刀が使用される場面は防御。そして今回の場合は白石の使役するゴーレムに、だ。

 だがゴーレムの岩のような肉体が、あのような棒切れ如きでその身を裂かれる等という事が果たしてあるとでも?

 有り得ない、能力が発動しなければこんなことは……。

(――能力……!?)

 白石は気付いた。

 このゲームは、あらゆる事象をアバターの能力という形で顕現させるものだということを。

 このゲームにおいて、有り得ないなんて事は有り得ないのだ。

 白石は、岩の巨人の拳を裂く男の顔を見た。

「き、貴様、その顔は……!?」

 白石は、見た。

 真斗の顔が笑っているのを。

 既視感。かつて一度だけ見たその表情。白石が最も恐れ、最も忌み嫌う、二度と見たくないと思った顔だった。

 その顔に、白石はかつてのことを思い出す。


      ●


 奴の周りには常に人が集まっていた。そしてその中に彼女――凍山秋葉がいた。

 奴は、根っからの人に好かれる性格なのだろうか、誰にも人気があり、常に頼られる存在だった。方や、凍山秋葉も、美しい容姿に加え、誰にでも優しい聖母のような印象を抱かせる性格からこちらも人気があった。

 そんな二人は――恋人同士だった。

 誰もがお似合いだと噂し(中には多分に嫉妬の混じった風評も有りはしたが)、二人の仲は公然の物としてあった。クラスの中心人物二人が付き合っているのだから、誰もそれに口を出そうとする者はいなかった――自分以外は。

 白石は、秋葉の事が好きだった。最初は彼女の容姿に惹かれた。一目惚れだった。

 当時の白石は所謂目立たない生徒だった。

 別段、明るいわけでも友人が多いわけでもなく、少し人よりも勉強が優れているだけの生徒だった。変わっていることと言えば、父親が高校の理事長を務めているということぐらいか。

 しかしその所為で、カツアゲをされることも多かった。

 金持ちというだけで、カツアゲされた。気の弱い白石に抗う勇気は存在しない。それは毎日のことで日常の一コマに過ぎず、時折殴られることもあったが、基本的に金さえ出せば大人しく引き下がった。

 しかし、その日だけは違った。基本的に決まった金額しか要求してこない奴らが今日に限って更に倍の値段を要求してきたのだ。財布には余計な金はいつも入れていない。だから、昨日と同じ、要求額分しか持っていなかったのだ。

 それを不良グループに言うと、理不尽なことに腹を殴られ、蹴られ、壁にぶつけられた。

 不良たちの暴行はいつまで経っても終わらなかった。涙が溢れ、吐瀉物を撒き散らしても奴らの暴行は止まらない。

 もう駄目だ。死んでしまう。そう思った時だ。

 彼女は現れた。教師たちを引き連れ、自分を助けに来たのだ。

 その場は、教師たちが不良達を取り押さえ、何とか解決した。

 その一部始終を薄ら眼で眺めていると、秋葉がハンカチを差し出して保健室まで運んでくれたのだ。

 その時、白石は思った。秋葉は自分を助けてくれる、女神なのだと。

 そして白石は決めた。彼女に釣り合う男になると。

 まず必要なのは権力だと思った。今までの自分は目立つ事無く生活をしてきた、しかし、そのままでは女神を守ることはできない。ならば、権力を手に入れ人の上に立つ。その為ならば、親の力だろうと何だろうと利用してやろう。そう決めた。

 やがて白石は生徒会長という地位を手に入れ、自分の支配しやすい高校を作り上げた。その際に自分からカツアゲをした奴らを見せしめ代わりに高校から排除した。

 これで彼女は自分の物になる。自分は、彼女を守ることが出来る。釣り合った男になったのだと思った。

 しかし、そうはいかなかった。白石は完全に失念していた。女神には悪魔が取り付いていた事を。

 須藤真斗。

 悪魔の名だ。彼女はいつも奴の側にいた。

 彼女は楽しそうに奴と会話を交わしている。それを見るのが堪らなく苦痛だった。

 いつしか白石は気付いた。彼女の奴を見る目が、恋する者が放つ独特の熱を帯びている事に。それは最近の事ではなかった。以前から、彼女は奴にその眼を向けていたのだ。

 ただ、自分が気付かなかっただけだ。彼女のことを目で追うようになって初めて気付いたのだ。彼女も、自分が秋葉に向けるのと同じ眼を奴に向けていることに。

 彼女の為に力を付け、釣り合いの取れる男になろうと必死だった。

 生徒会長という地位を手に入れ、女神を守る騎士になれたのだと思った。

 だがそれは違った。まず、女神を悪魔の呪縛から解き放つ事が先だったのだ。

 白石は生徒会長になって暫くして、学校の中で『裏生徒会』というゲームが流行っているという噂を耳にした。

 その噂によれば、そのゲームはどんな願いも叶えてくれるという、一見すれば、バカバカしい、信じるのも愚かな内容だったが、それと同時に、あの悪魔と女神もこのゲームをやっているのだという事を知った。

 そのゲームが本当ならば、このゲームに勝てば彼女を自分の物にでき、悪魔を排除出来る。そう考えた。

 そして白石は、簡単に裏生徒会への参加を決めた。

 白石はゲームという物を生まれてからした経験が無かった。家に帰れば、親が呼んだ家庭教師が目を光らせ、寝る暇もなく勉強の毎日。

 しかし、その日は『裏生徒会』をするために、その家庭教師の目を盗み、近くの漫画喫茶へと入った(これも初めての経験で戸惑った)。

 そこで白石は、噂の内容を思い出しながらパソコンを起動した。

 裏生徒会をプレイするには『PA』をUSB端子に接続し、検索画面で裏生徒会と入力する。たったこれだけの事だという。どうしてこれだけの事でそんな現象が起こるのか、詳しいことは分からないし、知ろうとも思わない、実際それで、プレイすることが出来ている者がいるという現状、大した問題では無いと思えるのだ。

 裏生徒会と打ち込んだ画面には、見慣れないファイルが存在している。それを素早くダブルクリックし開く。現れたhtmlファイルもダブルクリックする。表示される黒の背景に白の文字で書かれる裏生徒会の文字。

 大した感慨の様なものは覚えず、すぐさまアバター製作画面へと進んでいく。

 最初から決めていたかのようにスムーズに打ちこんでいく。

 エラーが出ることなく、製作が終了する。

 本当にこんなことで、このゲームに参加出来たのだろうかという一抹の不安が脳裏をよぎる。だが、同タイミングでアラームが鳴った。

 メールの着信。開くと、書かれていたのは対戦日時と対戦相手そして場所。

 これでゲームに参加することが出来たのだという確信を得て安堵の表情を浮かべる。

 しかし、画面に表示されたある文字を見た瞬間、一転してそれは驚愕の表情へと変わった。

 対戦相手――須藤真斗。

 椅子から勢いよく立ち上がると、白石は自分の体が震えているのに気付いた。

 それは歓喜による、身震い。まさかこんなに早く目的の相手との試合が用意されているとは。

 それは、神が自分の為に用意した施しの様にも感じられた。

 これで、女神を悪魔の呪縛から解き放て――と。

 興奮冷めやらぬ中、項目を一つ一つ確認していく。

 対戦日時、明日の〇時〇〇分。場所、学校。

 どこだろうと関係ない。真斗を叩きのめせるのならばどこでもいい。

 奴を噛み殺す。女神を自分の物にする。

 この試合に勝つことが出来れば、もう裏生徒会に参加している意味の八割は達成出来たものだ。

 残りの二割も今一つ信憑性に欠けるが、魅力的な内容でもある。 

 アドレナリンの分泌が一向に収まる気配を見せない。白石は、明日の対戦を今か今かと待ち侘びた。

 そして、翌日の〇時〇〇分、試合が始まった。

 しかし、白石は――負けた。

 一瞬で負けたというわけではない。むしろ、白石は初対戦ながら、即座にゲームシステムを吸収し、自身のアバターの持つ能力の特性を掴んだ。

 しかも、後一歩のところまで真斗を追い詰めたのだ。

 だが後一歩。その瞬間、白石は喜びを噛み殺すことが出来ず、表情に出した。

 そして、真斗が浮かべているであろう自身の敗北という現実を目の当たりにし、絶望と苦悶に満ちた表情を見ようと身を乗り出すが、真斗が浮かべた表情は、白石の予想とは真逆の表情だった。

 真斗は――笑っていた。

 白石が浮かべた歓喜の表情とは別種の笑い。

 そこにあるのは、白石のような欲にまみれた笑いではない。

 純粋な子供が面白いものを見つけた時のような、そんな笑い。

 その笑顔には、何をしでかすのか分からないという、恐怖や狂気、そういったものを孕んでいるかのようにも思える。

 白石は自身の体が膠着しているのを感じた。その真斗の表情が体が強張らせ、寒気のようなものを感じさせた。

 こいつには勝てない。白石はそう思わされていた。

 その隙を、真斗は見逃さなかった。

 一瞬。何か強烈な一撃が入ったような気がしたが、白石には判らなかった。

 眼と鼻の先にいた真斗が遠くなっていく。最終的に一五メートル離れた位置で、白石の意識は闇の中に吸い込まれていた。

 白石は、敗北した。

 それを自覚した瞬間、自身が大変なものを失念していたと気付いた。

 『負ければ大切なものを一つ失う』

 当然、大きなメリットに付き纏う大きなリスク。

 ハイリスクハイリターンの関係。

 それにより、白石は失ってしまった。

 失ったものはすぐに分かった。

 今まで金をくれとねだれば好きな金額を用意してくれた父が、あれほど学校の成績に拘り、家庭教師をつけていた母が、眼に入っていないかのように、自分を素通りしていく。

 白石が失ったのは、親との繋がりだった。

 白石は笑いが止まらなかった。

 それは孤独感や、悲哀から来るものではない。

 ――なんだこんなものか、と。

 あまりのリスクの軽さに、白石は、笑いが止まらなかったのだ。

 ――また、来年、裏生徒会に参加すればいい、自分の存在意義は、彼女の為にある。築き上げた生徒会長の地位を失っていないのならば、好き勝手に学校を弄れる。

 冷静に、自分の失ったものの範囲を確かめながら、次の事を考える。

 それも、復讐の為。

 悪魔を倒す。彼女を自分の手に。

 一貫した目標。当初から変わらぬ決意。白石の原動力。

 自分と彼女以外の物は全て粗大ゴミにしか思えない。ゴミは片さなくてはダメだ。

 白石は一年間、この時を待っていたのだ。

 この一年の間に、色々な事があった。

 あの悪魔が何者かに負けたということ。

 それと同時に、彼女が奴から離れたこと。

 期せずして、彼女は悪魔から離れ、白石は秋葉と接点を持つことになる。

 すぐに生徒会への勧誘を始めたが、頑なに断る彼女に、手伝いだけという形で妥協した。

 それでも良かった。彼女と話す時間が幸せだったのだから。

 自分の手で奴を倒す事が出来なかったのは少々残念ではあったが、今の自分の現状を見ればそれもどうでもよかった。

 憎しみの感情が、鳴りを潜めていた。かに見えた。

 裏生徒選挙が再度開催されてから、一週間後、彼女がまた悪魔と接触した。

 油断していた。

 部室棟見回りなどすれば奴が部長を務める文芸部に行くのは明白。だから彼女には、常にそういった仕事を当てないように配慮してきた筈だった。

 しかし、憎しみの感情が隠れ毎日のように彼女と話すことが出来る現状に満足し、完全に失念していた。どうせ一人しかいない部活など、来年になればすぐにでも廃部にしてやれたのに。

 そのミスが、彼女に免罪符を与えてしまったのだろうか。

 彼女が奴に近寄らないのは、奴の敗北が自分の所為だと思い込んでいるところにあったようだった。

 奴と彼女がまた、寄り添っているのを見た時、自分の中の忘れていた感情がまた目覚めた。

 憎しみは、消えたわけではなかったのだ。むしろ、去年の敗北からより一層の密度、濃さを増した、純粋な憎しみとなっていた。

 しかし、裏生徒会の事を何故か奴は忘れているらしく、今年度は参加していなかったのだ。

 これでは恨みを晴らすことが出来ない。別の方法を考えなければ、そう思っていた時だ。

 『PA』に届いた、対戦通知。そこに書かれていたのは、須藤真斗。件の男だ。

 どういうわけか奴はこの裏生徒会のことを再度知り、参加していたらしい。

 その結果に、自然とあの時のように、歓喜に身を震わせた。

 今度はあの時の様にいかない。万全を期して奴を叩く。その為にどんな手でも使ってやる。

 そう、決意した。

 その為に白石は彼女を利用した。

 手荒なマネはしたくは無かったが、それもいた仕方ない事だった。

 なるべく痛みを与えないように、薬品を使い、手を縛り、体育倉庫に閉じ込めた。

 死んだように眠る美しい彼女に吸い込まれそうになり、思わず頬を一撫でした。透き通るきめ細やかな白い肌に自分の手が触れる感触を楽しむ。穢れを感じさせない彼女の姿にずっと触れていたかったが、奴がこの美しい彼女を穢す様を想像し、憎しみの感情を再度蘇らせる。

 肌から手を離し、その際に、奴を脅すための写真を撮った。

 試合が終わったら、解放すると自分に免罪符を立て、断腸の思いで倉庫の扉を閉じた。

 そして試合が始まる前、奴を脅し、勝利を確実の物とする為に連れて来た自分の取り巻きを配置。

 奴がこのゲームについて忘れているのだとしたら、このゲームの裏側に気付く筈が無いと思ったからだ。

 以前このゲームのルールを再度確認した際に気付いた事だ。

 原則として一対一の勝負に見えるルール、しかし実際は複数人の参加が認められているかのようにも捉えられるのだ。

 すぐさまその考えを試した。すると、いともたやすく、対戦通知に書かれたプレイヤー以外のプレイヤーが入ることが出来た。

 それは、雷に打たれたかのような衝撃だった。

 負けるという思考を持ち合わせていない白石も流石にこの事に気付いた時は思ってしまった。

 確実の勝利を得られる、と。

 実験の際に対戦したプレイヤーに話されると不味いと考え、この事を黙っているようにと買収した。

 それも今日、この日の為だった。

 そして、取り巻き達が一斉に光弾を放ち、勝利は目前、復讐の完遂の手応えを感じた時、彼女は現れた。スポットライトに映り込んだ彼女は、まさに女神と呼ぶべき美しさだった。

 いつまでも、彼女を眺めていたいという気持ちを意志力によって制御し、今の状況を考える。

 何故、彼女が現れたのか、それは彼女自身の口から語られた。

 中村宏平。名前を知っている程度の男に自分の計画を邪魔をされた事に怒りを感じたが、それを上書きするほどの憎しみが襲った。

 彼女は、悪魔に触れ、寄り添う。本当ならばこちら側にいるはずの彼女が何故?

 そう思って彼女の瞳を覗き込んだ時、気付いた。

 彼女の眼が自分の知らない眼をしていた事に。

 普段自分と話している時の様な、他所他所しさを感じさせるどこか冷めた眼、ではない。

 奴にだけ向ける笑顔の時の様な、暖かな熱を感じさせる、恋する者が持つ眼、でもない。

 それは決意の眼差し。何かを成し遂げようとする真っ直ぐな眼。

 双眸が自分を捉えた時に、白石は感じ取った。

 彼女は既に、手遅れなのだと。

 悪魔にすでに毒されている。穢されているのだと。

 彼女は叫ぶ。自分の気持ちを宣言している。

 もうどうでもよかった。そんな言葉は耳には入ってこない。

 この行き場の無い感情をどう処理しようか。それを、考え始めていた。

 白石が行きついた先は、破壊する事だった。

 全ての破壊。この感情も、関係も、全て破壊する。

 そして、もう一度やり直す。彼女を諦めるという選択肢は無い。

 その為の裏生徒会。その為のメリット。リスクはもう知った。今はメリットが欲しい。

 だからまずは――須藤真斗、貴様を破壊する。

 白石はゴーレムを起動し、奴に向けて拳を放った。

 破壊した。そう思った。

 手応えはあったのだ。

 何故なら、ゴーレムは自分の一部なのだから。

 能力名『ゴーレム』

 自分の体の一部を媒体として、その周囲の物をなんでも取り込み肉とする。そして、自分の分身となるゴーレムを生み出す。ゴーレムが感じる感触はすべて操者も等しく感じる。

 基本的に校内で行われる裏生徒会において、グラウンドでの対戦は少なからずある。本来の意味である泥人形の力を発揮するのにこれ程適した場所は無い。

 昨年も同じ能力を使って奴との対戦に臨んだ。初戦で負けはしたが、その対戦は奇しくも自分の糧となっている。この能力を再度選んだのもその対戦の時に感じた手応えがあったからだ。

 そして、今年度の選挙戦において、ゴーレムの扱いを完全なるものとし、自分の体同然に操れるまでになった。

 だから、この拳が感じる手応えは本物なのだ。しかし二撃目を放った時に感じた、この痛みとは呼べない感覚は何だというのか。

 そして、白石は見る。

 奴が浮かべる表情は――あの時と同じ……!?

 狂気を孕んだ笑みだった。

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