六話
時は戻り深夜零時少し前――。
真斗は、校門の前に立っていた。手には中学の時の修学旅行で買った木刀を携えている。
今日の対戦の為に、家を抜け出してきたのだ。
その際に、トイレの為に起きていた妹に見つかってしまったが、コンビニに行くと言って事なきを得た。しかしコンビニは、真斗の家から三十分かかる位置に存在するため、やや不審そうな眼で妹が見ていた(ましてや木刀を手に持っていたのでなお怪しい)気がしたが、無理矢理家を出てきた。
そしてここ、校門前に来た時に届いたメール。
須藤真斗様が用意された道具を相手プレイヤーに使用し、直接的なダメージを与えた場合、その時点で須藤真斗様は失格となります。ご留意ください。
警告メールというやつだろうか。多少制限を設けられる事にはなったが、別に無くても問題は無い。真斗自身、この木刀は何かあった時用の護身の意味しか持ち合わせていない。あまり深く考えずに持って来ただけだ。
そして、現時刻は二十三時五十五分。対戦時間まであと五分だ。
いつもこの時間は閉ざされているはずの校門が、今は開きっぱなしになっている。
ここに着て、真斗に緊張の波が押し寄せてきた。
初めての対戦。
未知のゲーム。
きっと、自分の想像が追いつかないほどの途方もないゲームに違いない。
だがリスクもある。負ければ大切なモノを一つ失うというリスクが。
凄く不明瞭で信憑性の欠片もない話だが、それだけに不安だ。
真斗の主な緊張の原因はそれだった。
確かな情報が得られないこと、何も知らないという状況は、人間にとって最も恐ろしいことだ。
しかし、ここに来て引き下がることは出来ない。
まだ見ぬカタルシスを求めて、それを感じさせてくれるのではないかという期待を込めて、ここに来たのではなかったのか。
(――よし!)
真斗は意を決し、校門をくぐった。
ビリッ!
その瞬間、真斗は体の中に電撃が通り抜けた様な感覚を感じた。頭のてっぺんから足先までを一直線に貫かれたような感覚だ。
真斗は、思わずその場に手をついた。
心臓の拍動が早くなっているような気がする。
額を伝ってくる汗が妙にへばりつくような――いや、汗は流れていない。
額に触れてみるが、何も水滴のようなものは無い。
一体どういうことだろうか、確かに汗が滲んだような感覚があったはずだが……。
真斗は、地面についていた手を離し、前を向いた。
そして、その光景に違和感を覚えた。
毎日通う校舎。
いつも見ているはずの光景なのに何か違う。
白い校舎が街灯に照らされ異様な不気味さを漂わせているが、この違和感の正体はそれではない。
ただ、圧倒的に何かが違う。
一見すれば、いつもと変わらない風景だが――まるで、別世界にいる様なそんな感覚。
しかし、真斗はその違和感とは別の、もう一つの感覚を感じていた。
それは、懐かしさ。
真斗はこの光景。この空間。この感覚に、懐かしさを感じていた。
この懐かしさはどこからくるのだろうか。
(……いつも通っている校舎だから?)
そんな事で懐かしさなど覚えるはずがない。ただ、自分はこの空間に来たことがある。
それだけは確かに感じていたことだ。
ただそれ以上の事は分からない。
木刀を支えにして、立ち上がる。
気付いたら真斗は一歩踏み出していた。
(……この奥に何かあるかもしれない)
自分の知らない世界が広がっている。
それを求めるために。
ヴー、ヴー、
突然鳴ったバイブ音。
それは『PA』が放ったメールの着信を知らせる音だった。
真斗はそれを取り出し、メールの内容をチェックした。
『裏生徒会選挙』がまもなく開始されます。
本日の対戦は、
白石正美 対 須藤真斗
です。
〇時〇〇分までにグラウンドに集合してください。
時刻までに現れなかった場合、失格とみなします。
それでは、対戦をお楽しみください。
言われなくても分かっていることだ。
真斗は、グラウンドへの道を一歩ずつ進んでいく。
胸が高鳴る。鼓動を抑えようとゆっくり息を吐いていく。
(……もうすぐだ、対戦はもうすぐなんだ)
やがて、グラウンドの中央ぐらいまで歩みを進めると、突然その中央にスポットライトが当たった。
その光に、一瞬目が眩んだ。
暫くしてその光に目が慣れたころ、スポットライトに照らされていないところから人影がぬるりと姿を現した。
整然とした態度が人をイラつかせ、他人を粗大ゴミか何かと思っている様な侮蔑の籠もった視線を送る瞳。眼鏡の角度を調節しながら現れたそいつは――
「白石、正美……!」
真斗の初対戦の相手、白石だった。
白石は口の端をニヤリと引き上げると、
「よく来たな、粗大ごみ。負けると分かっていても来てしまう。悲しい思考の持ち主だ。いや、思考という言葉すらおこがましい、それは人間でなければ行えない崇高な行為。粗大ごみの貴様には出来ぬ所業だったか」
怒涛の早口で畳み掛ける白石、
「口が過ぎるぞ白石。それ以上はみっともないぜ?」
全く意に介さない真斗、先ほどの緊張が嘘のように落ち着いている。
それはこの場の懐かしさの影響だろうか。
「くっ、貴様ッ! ――まぁいい。これを見てもそんな態度でいられるかな?」
そして白石は、ポケットから『PA』を取り出すと、ある画像をホログラムディスプレイに真斗に見えるようにして拡大表示した。
映し出された画像に、真斗は瞳孔を大きく見開いた。
薄暗い埃臭い部屋。
手をロープで拘束された少女。
それは――秋葉だった。
画像を見せる白石に、噛み付かんばかりに吠えるようにして言う。
「白石! 凍山に何をした!」
その真斗の態度に、これを待っていたとばかりに饒舌になる白石。
「何を? 何もしていないさ。ただ眠ってもらっているだけだ。私が下種のような行いをするわけがない。あの美しくも儚い。そんな可憐な彼女を穢すなど神に対しての冒涜だ」
手を広げ熱弁する白石。その表情は恍惚としていて、真斗はそれに不快感を覚えた。
「彼女は神が生み出した最高の代物だ。誰かが触れていいようなものではない……なのに!」
白石が伏せていた目をキッと開き、真斗に殺意の籠もった眼差しを向けた。
「彼女は貴様と接触しているではないか! あの時のように!」
白石の言葉に真斗は眉を寄せる。
(……あの時? 一体何時の事だ?)
真斗はこの二年間、いや、十七年間秋葉とは一度も喋ったことは無い筈だ。
喋ったのはつい最近――ほんの昨日の事だ。
「なんの事だとでも言いたそうな顔だな。ふん、このゲームのシステムの正確さをあの時は歓喜したが、まさか怨む日が来ようとは。この恨みの念が相手には届かないというのもまた、空しいことだな」
恨み。それは自分に対しての事だろうと真斗は思う。
しかし、白石の恨みがどのようなものか、何故自分に向けられているのか真斗には分からない。
が、このままでは、秋葉は助からない。まずは状況を確認しなくては――、
「凍山を拘束する理由は?」
答えはすぐに返ってきた。
「当然人質だよ。貴様に対しての」
「なっ!?」
驚愕に身を震わす真斗。
果たしてそのような事があっていいのか? いや、良い訳が無い。
勝ちを手に入れる為に人質を取るなどという非人道的な行いが許される道理がどこにある?
そんな事をしてでも勝ちたい理由が白石にはあるというのか。このゲームでの勝利にそこまでの価値があるというのか?
驚く真斗の表情に満足したのか、嬉々として話を続ける白石。
「勝ちを安全に拾う為には妥協しない。それが、勝ち続けるという事だ。人質など月並みな手など使いたくはなかったが、貴様への精神的なダメージを考えてこの手を打った。まあ、期待していた程の成果は上がらなかったがそれも仕方ないか。今の貴様では」
(……今の貴様? やっぱり、こいつは俺の知らないことを知っている……? だが何の事だ……?)
皆目見当がつかない真斗。自分は以前に白石に恨みを買うような事をしただろうか。
だが真斗はすぐに考える事を止めた。今は、秋葉を助ける事が最優先だ。
「それで、俺はどうすればいい? 対戦が始まったらギブアップを宣言すればいいのか?」
(……冷静になれ、ここで俺が吠えたって凍山が助かるわけじゃない)
先程とは打って変わって大人しくなった真斗を、訝しむ白石。
「やけに物分かりがいいじゃないか。まあいい、貴様にはただ突っ立っていてもらう。ギブアップなど何の意味も無い、そんなことで貴様への恨みが晴れることはないからな」
「それだけでいいんだな? 凍山は、助かるんだな?」
「ああ、彼女への危害は一切加えない。それだけは約束してもいい」
白石はそう言って頷いた。
(いまひとつ信用できない奴だが、秋葉に対してのこいつの執着は異常だ。だから、今はこいつのこの言葉を信用するしかない)
真斗は何も言わず、ただ、試合開始のホイッスルを待った。
このゲームに負ければ、秋葉は助かる。
負けた事による、リスクなど今の真斗の頭の中には無い。
そして――時刻は、0時00分
試合開始のホイッスルが鳴った。
まるで、船の汽笛のように、遠くまで響き渡るように高らかに、どこからか笛は鳴った。
「さあ、復讐劇の幕は開いた! 出てくるがいい! 我が同志達よ」
白石が声を張り上げた。すると、グラウンドの中央のスポットライトが当たるところに人影が一つ、二つと増えていきやがて五つの人影を作りだした。
それらは生徒会メンバー。即ち、白石の取り巻きだった。
(……何故奴らがいる? いや、生徒会長の白石がこのゲームに参加していたんだ、取り巻きの奴らもこのゲームに参加していてもおかしくは無い。だが、この試合に関しては、俺と白石の名前しか明記されていなかった……なら、奴らはなんの目的でこの場にいる?)
真斗は、突然の来訪者にあれよ、これよと思考を巡らしていると、
「驚きを隠せないようだな。まあ、それも無理はないか。このゲームをプレイするのは初めてという事になっているのだから。知らなくても無理はない」
白石はくいっと口の端を吊り上げ、笑みの表情を作った。どうやら白石は自分の知らない情報をまだ持っているらしい。真斗は問う。
「白石、そいつらは一体何だ? この場には必要の無いメンツだと思うが?」
「くくっ、まあ、貴様はこの試合で退場するのだから冥土のみやげ程度に教えてやろう。このゲームにおいてのルールとは相手に勝利すること、これだけだ。試合前には当然メールに記載された者同士が争うことになるわけだが……これが、このゲームの良いところでね、このゲームはどのように試合を進めるかはプレイヤー側に一任されている。つまり、勝敗さえ決まってしまえば後はどのようにしてもいいというわけだ。だから、最終的に私が勝つという結果さえ生まれれば、こいつ等を使って貴様に何しようがルール違反になることは無い!」
「なっ!?」
真斗は、何度目とも知れないほどに驚いた。
白石の行った事は既にゲームという枠組みから逸脱している。
真斗はこのゲームを純粋な競い合いが生まれるゲームと評した。
それ自体は間違っておらず、むしろ本来の目的ですらあるのかもしれない。だがそれは、プレイヤーの解釈次第でそれは一変してしまう程に脆いルールだったのだ。
真斗は既にすでに、呆れすら通り越していた。
もうどうにでもなれという気持ちが心の奥底から湧きあがってきている。
何がゲームだ。何が競い合いだ。自分が負ければ、凍山が助かる。
(――それでいいじゃないか)
たとえ、それで自分自身の何かが失われようとそれで秋葉が助かるなら――。
真斗は、目を伏せた。
今の状況から目を逸らしたかった。
(早く終われ、終わってしまえ)
心の中で吐き捨てるように言った。
このゲームを始める前に感じていたワクワク感や高揚感。そんなものはどこ吹く風に消えていった。
この試合の為に持ってきた木刀も、今はただの棒きれになってしまった。
白石が、手を前へと翳す。白石の取り巻きが、前へと歩を進める。
取り巻きのおかっぱ頭の男と、生徒会の副会長が手を真斗に向ける。
すると、二人の掌がそれぞれ、赤と黄に発光し出した。
真斗へと手の平を翳し照準を合わせる二人。
白石がニヤリと笑い、
「壊れろ! 粗大ごみ!!」
瞬間。白石の叫び声が合図となり、手を翳す二人から黄色の光弾と赤色の炎弾が放たれ、真斗に向けて一直線に向かっていった。
「――!?」
バアン! という音を立て真斗は被弾した。
光弾に命中し、穿たれた真斗の体は、遥か後方へと吹っ飛ばされた。
「ぐぅっ!?」
ザザアという音を立てながらグラウンドを滑るようにして吹っ飛ぶ真斗。被弾した腹を抱えるようにして呻いた。
真斗は目の前の出来事に驚愕する。光弾が掌から放たれたことに、だ。
このゲームに対して抱いていた違和感。それは昨日からずっと、だ。
まずゲームをするというのに全くと言っていい程機材などの情報が無い。ゲームをするのだから当然、ゲーム機やそれに相当する媒体が必要となる筈だ。
だがゲームをする前段階として真斗が行ったのは、サイトへの登録とアバターの設定。それに『PA』を持って来いと言われたのと、アバターの能力に関係するものは持ってこいと言われただけだ。だから、木刀を探して持ってきた。
まさか『PA』がその媒体の代わりと言うわけではないだろう。『PA』は勉強を補助するために造られた極事務的な機械なのだ。その正反対であるゲームをする為にこの『PA』が使われるなんて事は無い筈だろうに。
しかし、それ以外の物は今の自分には見当たらないし、ましてや、木刀が関係するなど論外だ。
すでに、ゲーム開始のホイッスルは鳴っている。必要な物はすでに揃っているという事だ。
あくまで仮定だが『PA』がこのゲームに必要な機材だったとして、あの光弾は一体何なのだ?
手からあんなものを人が出せる筈が無い。
いやそれよりもこの痛み。まさしく本物ではないだろうか。
腹が焼けるような痛みを訴える。痛覚がちゃんと機能しているのならこの痛みは本物だ。
――これが、裏生徒会だというのだろうか?
人が人知を超えた力を使うことが出来るようになる。
(これが、裏生徒会……!?)
目の前の驚愕に、遅れるようにして腹部からは鈍痛がひっきりなしに痛みをコールする。
光弾は致命傷にはなりえないが、それなりのダメージを叩き出していた。
あの能力は威力と引き換えに発動条件を緩くしたタイプだ。
一撃、一撃の威力は低い。しかし、連続すれば間違いなく真斗を敗北させるだけのダメージを与えるだろう。
白石は、二人に指示を出す。
「打て、奴を粉砕しろ!」
バシュ、バシュと二人の掌からは光弾と炎弾が放たれ、その全てが真斗に被弾する。
その度に真斗は、呻き声を上げる。
決して避けることの出来ない速度という訳ではない。
真斗が避けることによって、秋葉が受ける危険を最大限減らす為だ。
その光景は、見るも無残な弱い者いじめ、弄り殺しだった。
しかし、白石は呻く真斗を見て、罪悪感など欠片も持ち合わせないどころか恍惚とした笑みさえ浮かべている。
「ははは! 情けない、それでも裏生徒会を後一歩のところまで上り詰めた男とは思えん姿だな?」
意識が朦朧とする中で白石が訳の分からない事を言っている。
(……裏生徒会を後一歩だと? 何を言っているんだ。俺はこのゲームに参加するのは初めてなんだぞ?)
先程も感じていた事だが、白石は時折可笑しな事を言う。
(まるで、俺が裏生徒会のプレイヤーだったみたいに……)
その瞬間、思考のパズルが噛みあった。
白石のあの言動。この空間に来た時感じた妙な懐かしさ。
(その全てが、裏生徒会に俺が以前、参加していたのだとしたら?)
「!?」
そこまで考えて、真斗の思考が目の前に迫っている光弾によって遮られた。
『裏生徒会』においてゲームのようなHPバーというのは存在しない。故に、プレイヤーの状態を確認する術は他者には存在しない。
ならば、どのようにしてこのゲームの勝敗は決定されるのか。それは、立っていられなくなった者が負ける。それだけだ。
ゲームの説明でも書かれている『相手を倒してください』たったこれだけの文。
それは即ち、相手を行動不能になるまで叩きのめすこと。
そして現在、真斗の状態はそれに限りなく近い状態でもあった。
真斗は自身の敗北を直感していた。それほどまでに体はダメージが蓄積している。
今は震える足をなんとか意志力によって制御しているが、さすがに限界というものはある。
これが仮想空間での出来事だとしても、いくら歯を食いしばろうとも立っているのがやっとだ。
光を放つ弾丸の熱量がもう目と鼻の先へと迫る。
しかし、これを喰らって負ければ、秋葉は助かるのだ。
自分の為に人質に取られてしまった秋葉。
この一撃をこの身に受けることで彼女は解放される。
彼女が解放されたならば、彼女が裏生徒会のことを知っていようと知らなくとも彼女には謝ろう。
真斗はそう心に決めて、その時を待った。
バアン!
音。それは確かに真斗の耳に届いた。だが、痛みが来ない。熱を感じない。
しかし光弾は、確実に被弾し、爆散した。
しかしそれは――漆黒の鎌に、だ。
光弾は鎌の刃によって弾かれ霧散している。
その場に居た者の視線は、突如現れた乱入者へと注がれていた。
その場に居た者全てが、注目せざるを得ないほどにそれは美しかった。
グラウンドの中央を照らし続けるスポットライト。
しかしそれは、ステージへと上がった彼女を照らす物へと、役割を変えていた。
キラつく漆黒の鎌を携えて、彼女は現れた。
刃に映るのは月。そして、その月の持つ美しさすら、霞んでしまうほどの美しさは、触れたらすぐに壊れてしまいそうなほどの儚さを内包している。
そう、彼女は――
「凍……山!?」
「大丈夫? 真斗君」
口元に笑みを浮かべて、現れた。
妖艶という言葉がこれ程までに似合う笑顔を、真斗は見たことがなかった。
以前見た時の印象とはまるで違う。
彼女の眼にはどこか覚悟のようなものを感じた。
全てを受け入れ覚悟した。そんな眼だ。
秋葉が言葉を続ける。
「真斗君、私の不注意で貴女を傷つけてしまった。本当にごめんなさい。この試合が終わったら、ちゃんと貴女に話すから待っていてほしい。その為にも――」
秋葉は真斗へと向けていた顔を目標――白石――へと向き直ると、
「奴を倒さないと!」
言い放つ。
秋葉の怒気の籠もった声にたじろぐ真斗。
その、怒気を向けられた白石は、
「そんな、バカな! なぜ、君がここにいるのだ!? 見張りまでつけたというのに……」
「見張りは、中村君がなんとかしてくれたわ」
その意外な人物の名前が挙がったことに驚く真斗。
「中村!? なんであいつが?」
「彼も裏生徒会選挙の参加者。そして、私達のかつての仲間よ」
疑問をすぐに真斗は投げ掛ける。
「仲間?」
眉を寄せ、肩を竦めて秋葉は答える。
「その事も後で話すよ。その前に奴を倒さないと」
聞きたいことは山程あったが、強引に喉の奥で押し止め、分かったと真斗は頷く。
「俺も戦うよ。これで心おきなく戦えるようになったわけだからな」
「うん。奴に止めを刺すのは真斗君でないと意味がない。だから、私は他の五人の相手をするよ。白石は、真斗君に任せるね」
言い、漆黒の鎌を構える秋葉。
真斗は手に握った木刀を下段に構えた。
「分かった。けど、一人で五人も相手にして大丈夫か?」
「ふふ、見くびらないでよ、真斗君は忘れちゃってるけど私、強いんだよ?」
ウインクをして、いたずらっ子のように答える秋葉。
それに安心した真斗は、秋葉を信じて頷いた。
「うわぁぁぁぁぁあ!」
「――!?」
突然、白石が吠えた。
その突然の行動にその場に居た者全員が驚愕を露にした。
普段の冷静さは今の白石には感じられない。瞳孔を見開き、真斗と秋葉をこれでもかと睨んでいる。
「ふうっ――、ふうっ――、何故だ、何故なんだ!? 何故、君はまたその男の元へと行ってしまうのだ!? こんなにも美しい君が、誰にも触れられてはいけないのに――何者にも汚されてはいけないのに――自ら愚行へと走って自らを貶める必要がどこにあるというのだ!?」
白石の言っていることを理解出来る者は誰一人としてこの場に居なかった。白石の取り巻きすらもその狂った上司の姿に呆れている。
そんな白石に声を掛ける者がいた――秋葉だ。
「好きだから」
白石が、眼を丸くして秋葉を凝視する。
白石が大人しくなったのを確認すると、秋葉は言葉を付け足していく。
「私が真斗君を好きだから。彼の元へ行くのは、好きな人の背中を追いかけるのなんて当たり前の事だから。それに、私は綺麗なんかじゃない。私の腹の中は自分の事でいっぱい。このゲームに参加したのも自分の為。その所為で私は大切なものを失って、それでもまたこのゲームに参加している。失ったものを取り戻す為に……。だけど今の私は、その事を後悔なんてしてない」
秋葉の真っ直ぐな眼に、一瞬気圧されたようにたじろぐ白石。
突然の告白に、固まってしまっている真斗。
秋葉は真斗の方に振り向くと蠱惑的な笑みを浮かべる。
手に持った鎌がギラリと光り真斗をその刃先に映す。
鎌を携える秋葉の姿に心臓を鷲掴みにされたような錯覚を真斗は感じた。
その二人の様子を静観していた白石の顔には憤怒の表情が浮かび上がっていた。
白石が口を開く。
「ふ、ふふ、ふはははははは! 分かったよ。君はもう壊れてしまったんだね。すでにその穢れはもう体中に毒として回って手がつけられないんだ。もういい、たくさんだ、私の美しい女神。穢されて重くなった翼でどこまでも堕ちていくがいい。私が、完膚なきまでに壊しつくして、消し去って――君を作り直す」
一旦冷静さを取り戻したかに見えた白石だったが、それは嵐の前の静けさの様なものだった。
今の白石は狂っている。いや――すでに狂っていた。
白石が、自分の髪の毛をこれでもかと鷲掴みにし、次の瞬間、ブチブチっという音を立てて髪を豪快に引き抜いた。
「!?」
その行動に驚く真斗と秋葉。
しかし、鮮血を額から滴らせ、白石はあたかも当然のような表情を作り言う。
「さあ、戦おう。粗大ごみ。私の一番の下僕が相手してやろう」
抜いた髪を地面に捨てた。
その途端、髪、一本、一本が黄土色に発光し出す。
ゴゴゴという音を立てながら、グラウンドが振動し、地面が隆起する。
髪の毛一本、一本にその赤茶色の土が纏わりついていく。
みるみる大きさを増していく土の塊。
ただの泥団子のように土が固まっていただけの物が、やがて一つの形へと変化していく。
それは人。
先ほどまでの土の塊は、巨大な人の形をした泥人形へと姿を変えた。
「……ゴーレム」
秋葉が呟いた。
ゴーレム――作った主人の命令だけを忠実に実行する召し使いかロボットのような存在。その多くが神話や伝承、ゲームの中で存在し、主な成分を土や泥によって形成される。
現在、そのフィクションの産物が目の前にそびえ立った。
真斗は、見上げるようにしてその泥人形――ゴーレムを見た。
泥の筋肉の鎧に覆われた、全長三メートルはあるだろう巨体。
口を大きく開け、その口内と、大きくくり抜かれた二つ眼は、にび色に発光している。
「どうだい? 私の下僕は。素晴らしく美しいだろう? 貴様ら粗大ごみとは大違いだ」
白石が満足げな表情を浮かべ言った。
真斗は、秋葉の方へと視線をやる。
秋葉は、白石のゴーレムに対し怯えの様なものを全く感じさせない程、強く屹立している。
そしてそれは真斗も同じだった。
怯えなど無い。むしろ、鳴りを潜めていたワクワクが姿を再度晒してきたとさえ言える。
先程の、光弾によるリンチでまだ腹部が軽い痛みを訴えるが、今はそんなものは関係なかった。
ただ、目の前のムカツク奴をぶっ倒せる。
最初に対戦相手が白石と知った時に思った気持ちと同じものを今、再度感じていた。
「凍山」
真斗は、傍らの少女へと語りかける。
「真斗君」
秋葉は、傍らの少年へと語りかける。
そして同時に、
「「開戦だ(よ)!」」
叫んだ。
生徒会選挙の開始の笛はすでに鳴っていた。しかし、少年少女の戦いの笛は今鳴ったのだ。